読書記録

2009年08月27日(木) 本当は恐ろしい江戸時代       八幡 和郎


 少々 過激なタイトルではある。

そして表紙の帯には
「江戸時代は北朝鮮そっくりだった!?」 とある。
ますます過激である。

確かに 水戸黄門を初めとする時代劇で江戸時代とは人情あふれた時代として我々はそこそこ認識させられている。
物語にしても時代小説といわれるものはほとんどが江戸時代を題材にしているのだ。
捕り物帖、お家騒動、剣客シリーズ等々・・。
それらの文中には身分の格差や貧困に喘ぐ庶民の姿も頻繁に登場する。
それでも江戸時代が強く我々にインパクトされているのは何故なのだろう?

私は戦国時代を経て争いのない時代だったということが最大の理由のように思う。
徳川幕府の将軍様と北朝鮮の将軍様とは明らかに違うのだ。
北朝鮮の将軍様は世界を知っているが、徳川幕府の将軍様は鎖国をしていたが故に世界のことは知らなかったのだ。
ある意味 籠の鳥 のようだった徳川時代の将軍様と来たの将軍様と比べてはいけないと思うのだ。
ただ 歴代の徳川の将軍はほとんどが側室の子でバカ殿が多かったというのは面白い内容だった。

参勤交代や大奥など 江戸時代を象徴するようなことは多いけれど、それでも300年も続いた江戸時代を作者の言うほど酷い時代ではなかったと・・私は総括するのだけれど・・。










2009年08月06日(木) 喜娘               梓澤 要

○喜娘
第十次遣唐大使として唐に渡ったもののついに日本には帰れなかった藤原清河。(藤原北家房前の子で光明皇后の甥)
その清河が唐の女性と結ばれてできた子どもが喜娘。
その喜娘を第十四次遣唐使として派遣された大伴継人が日本に連れて帰った。

○惜花夜宴(はなおしむひとよのうたげ)
あの長屋王事件の前夜、長屋王の作宝楼の梅園で華やかな夜宴が催された。
長屋王家の資人であった沼辺はその夜宴の翌日、梅園の後片付けをしていて一本の白梅を盗んだ。

○夏の果て
皇后宮職写経所の写経生呉原生人は,ある時写経生に休みが欲しいと抗弁していて良弁と会った。
聖武天皇彷徨の最中も地味な写経の日々だったけれど、
良弁から天皇が平城京にまもなく廬写那仏を造られると聞かされたのだ。

○すたれ皇子
石川朝臣広成、広世兄弟の母である石川刀根娘は文武天皇のきさきだった。
広成と同い年の聖武天皇も同じ臣下の生まれだったが、母が藤原不比等の娘だったので皇位についた。
広成はすたれ皇子としての生涯だけれど、
皇位についた聖武もまた重すぎる帝位を背負わされ逃れられない重荷に打ちひしがれ押し潰されそうになっていたのだ。

○嘉兵衛のいたずら

歴史雑誌の編集部員である笹島怜子は「刻まれた歴史━古碑文のふるさとを訪ねて」の取材のため、奈良県五條市を訪ねた。

そして『吉備真備公母夫人楊貴氏墓誌』 
その墓誌には模作と思われる数葉の拓本が存在していた。


私はやはりこの作者が大好きだ。
どれもこれもほんとうに面白く読んだ。
そして どの物語もきっとそうなんだ・・と私は思っている。










 < 過去  INDEX  未来 >


fuu [MAIL]