Promised Land...遙

 

 

嘘みたいな話(6) - 2007年01月09日(火)


「そんなつもりで撫でたんじゃないよ」
私が何を言ったって、榎木さんは優しく笑っている。そんな彼に、何だか涙が出そうになる。
「…断りたいなら断れば?」
そうだ、断りたいのなら、榎木さんが断れば良いんだ。私みたいなガキが自分に不似合いだって思っているのなら。
断られたって傷つかないんだから。こっちだってどうせ『会ってみるだけ』のつもりだったんだから。
そう思っているのに、どうして涙が出るんだろう。

「断らないよ」
………へ?
びっくりして顔を上げると、榎木さんの指が私の頬の涙を拭うところで。
頬に触れた指は私の手を取った。
「葉月さん、改めて交際を申し込みます。僕と結婚を前提としたお付き合いをして下さい」
信じられないような言葉を告げた後、彼は私の手の甲に優しくキスをした。

「な、何で!?」
「俺が君を好きになったら、おかしいの?」
「だ、だって、私が高校生だから…」
「高校生だから嫌だ、なんて一言も言ってないよ」
そうだったっけ?だったら、何の話してたんだっけ?
ああ、駄目だ。私、混乱しまくり。どうして良いのか、分かんない。
「返事はくれないの?」
「返事!?」
「俺、『お付き合いして下さい』って言ったんだけど」
相変わらずにこにこしている彼は、あくまで優しく私に尋ねる。
言われた事は分かる。答えを出さなきゃいけない事だ。
私の答えは?―――そんなの決まってる。一つしかない。

「…はい」
私は彼の言葉に小さな声で、だけどしっかりと頷いた。
私の答えなんて最初っから決まってたんだ。あの時、この人が私に現れた瞬間から。
一目見ただけで心臓が震えた。ろくに喋れないくせに、この人に良く思って欲しくて、殆ど無意識の内に嘘を吐いていた。自分でも訳分かんなくなるくらい…。

「葉月さん、今度は二人きりでデートしましょう。その時、君の本当の趣味を教えて下さい」
私の手を取ったまま、そう言った彼を私は王子様みたいだって思った。
高校生の私が見合いする事になって、現れた人は最高に格好良い人で、その人とお付き合いする事になった。
全てが嘘のような話だけど、一番信じられないのはやっぱり、
「ねぇ、葉月さん」
私の名を呼んで優しく微笑む彼を、どうしようもないくらい好きになってしまった事。

END


*****


お見合いで知り合った二人が恋に落ちる話。私としてはかなり憧れで好きな設定です。
で、この話は結構気に入ってて続きを書こうかと思ってたけど、もう忘れちゃった…(泣)だってこれ書いたの、去年の10月…。
いつかちゃんと考えて、続きというか本編というか…書いてみたいなぁ。

以上、過去小説でした。
ところで…背景のいちご、見辛いか?変えようかな…、素材探してこよう。

追記。
変えてみました…が、やっぱり少し見辛いかもしれません。気合いで読んで下さい!(変えた意味はあったのか)
あと日記タイトル変えてみました。ピエロちゃんじゃなくて、ラルクさんより。
そんな感じです。


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嘘みたいな話(5) - 2007年01月08日(月)


榎木さんは長椅子に手を付くようにしながら、大きく足を伸ばした。それから空を見つめ、『良い天気だね』と呟く。
私も同じように空を見上げる。確かに空は雲一つない快晴で気温もちょうど良くて、風が気持ちが良い。お見合いなんかなきゃ、今頃友達と笑い合いながら羽を伸ばしていた。
でも、お見合いがなきゃこの人に出会えなかった。

「…断っても良いんだよ」
ぽつり、と榎木さんが呟いた言葉に、私は彼を見る。彼は困っているような笑みを浮かべて、私を見ていた。どうしてそんな顔をしているのだろう。
断わる―――お見合いの事だよね?どうしてそんな事言うんだろう。断って欲しいんだろうか。
「君はまだ高校生だろ?、俺みたいなおじさんは似合わないよね。だから、断って良いんだよ。君のお父さんの会社の事なら大丈夫だから…」
「そんな事ないっ!!」
私は思わず榎木さんの言葉を遮って、彼の胸ぐらを掴んだ。

「何でそんな事言うの!?良い言い方してるけど、結局私の事を自分には不似合いだって思ってんじゃん!ガキなんか相手に出来ないって言いたいんでしょ!?」
榎木さんが呆然として私を見てる。驚いたように目を見開いて。
困ってるのは分かる。それでも、止められない。
「私、ガキじゃないよっ!もう十六歳だから結婚も出来るし、その気になれば子供だって作れるんだよ!」
「葉月さん、落ち着いて」
「たったの十歳差でしょ!?私が二十代になったら、そんなの気になんないよ!それくらいの歳の差で結婚してる人達なんていっぱい居るよ!だから…」
ふいに強く抱き締められて、私は言葉を失う。
私、抱き締められてる…。な、何で?どうしよう、ドキドキして頭ん中真っ白だ。

榎木さんは直ぐに私の身体を離してくれた。顔を見たらちゃんと笑ってるから、私はほっと息を吐いた。
「落ち着いた?」
榎木さんの問いに、私はコクコクと何度も頷く。何だ、私を頭を真っ白にさせて喋れなくする為に抱き締めたのか。そう思うと…、ちょっとがっかり?
何だか複雑な気持ちで首を傾げていたら、榎木さんは私の頭をぽんぽんと撫でた。
「…子供扱いしないでよ」
そうだよ、私はまだ子供だよ。まだ十六歳で高校生だよ。でも、そんな私とお見合いをしたのは貴方で―――どんな事情があったって、お見合いした以上、私を子供扱いしないでよ。


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嘘みたいな話(4) - 2007年01月07日(日)

きっと真っ赤になっているだろう顔を隠すように、口元を手で覆いながら俯く。
「…葉月ちゃん、どうしたの?」
ママが心配そうに顔を覗き込んでくるから、私は余計に俯いてしまった。
きっと皆、変に思ってるだろうけれど顔が上げられない。

「すみません、少しの間葉月さんと二人でお話がしたいのですが、庭を散歩して来ても良いですか?」
何を言い出すんだ、この男ーっ!この状況、よく見ろって!私達、まだ殆ど話もしてないのに!
「ええ、勿論ですわ。さ、葉月ちゃん行ってらっしゃい」
何となくママの有無を言わせない口調。仲人さんもにこにこ笑ってるだけで、私の味方にはなってくれそうにない。

そして榎木さんも、
「葉月さん、行きましょう」
にっこり笑いながら、私の元に歩み寄って手を差し出した。この人もどこか有無を言わせない雰囲気を醸し出している。
「…はい」
私は小さく返事をして、彼の手を取り立ち上がる。すると、榎木さんは私の手を取ったままスタスタと歩き出して、
「それでは、暫くの間失礼致します」
丁寧お辞儀して、個室を出た。
繋いだ手は私が思うよりも強く握られて、思わずドキっとしてしまう。

榎木さんは私を連れて料亭の中庭を暫く歩いた後、建物からかなり離れた場所にある長椅子に腰を下ろした。つられて、私も腰を下ろす。
榎木さんはようやく私の手を離してくれた。温かな温もりがゆっくりと消えていって、何だか寂しい気持ちになる。

「ここなら誰も居ないよ」
相変わらず笑ったままで、榎木さんは言った。
どういう意味だ、と私は顔を上げて榎木さんを見つめる。すると、榎木さんはさらに笑みを深くした。
「ああいう堅苦しい場だと言いたい事も言えないだろ?」
あ、この人優しい。凄く優しい人なんだ。きっと私がお見合いに緊張して、ろくに喋れなくなってると思って助けてくれたんだ。

でも、喋れなかったのはお見合いの所為じゃないんだよ。もし相手が剥げたおっさんか、マザコン男だったら、遠慮なく打ち壊してやろうと思ってたんだから。
それぐらいの勇気や度胸はあるつもりだよ。それなのに現れた貴方が―――
「俺も結構こういうの苦手なんだ。だから、分かるよ」
あんまり素敵な人だったから。優しく笑いかけてくれるから、考えてた事とか言いたい事とか全部真っ白になっちゃった。こんなの私らしくないのになぁ。


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嘘みたいな話(3) - 2007年01月06日(土)


「初めまして、榎木浩二と申します。お待たせして本当にすみませんでした。宜しくお願いします」
現れた男は思っていたよりも若くて、思っていたよりも格好良くて。
何より温かな笑顔を持つ男だった。

名前を名乗った男をぼんやりと見ていると、ママが肘で私の腕を突ついた。私にも名乗れと言いたいんだろう。
「初めまして、野村葉月です」
私はそれだけ言って、ぺこりと頭を下げる。もっと何か気の聞いた事を言えば良かっただろうか。『大して待ってないから平気です』とか…?
「葉月の母で御座います。こちらも少し遅れて、今着いたばかりですわ。ご心配なく」
にっこり微笑んだママが言ったのは嘘だ。社交辞令ってヤツ?
やっぱりママ的にはこの見合い、上手くいった方が良いのかなぁ。
そんな事を思っていたら、男―――榎木さんが安心したように息を吐いて、私の前に腰を下ろしていた。

あんなにお腹が空いてたのに、運ばれてくる料理にはあんまり箸が進まない。
美味しいんだろうけれど、何だか味が分からないんだよなぁ。
榎木さんとは殆ど口聞けてないし。ママはやたらと楽しそうな話してるけど…。なんかママの見合いを見てるみたい。
私、変。この人と会ってから、絶対変。

「月並みな質問ですが葉月さん、ご趣味は何ですか?」
にこにこと笑いながら、榎木さんは聞いてきた。やっぱりそれ、聞くんだー。
「えーと…そのぅ…」
私は走ったり泳いだり、スポーツするのが好きだけど、あんまり良くないかもしんない。お転婆な子だって思われるかも。
あとは映画を見たり、友達とカラオケとか…。あんまり見合い向きじゃないなぁ。

「お、お茶を少々…」
結局、嘘吐いちゃったよー…。茶道なんて、小さい頃に一度ママに教えてもらったきり、家の茶道室にも入った事ないじゃん。
何で嘘吐いたんだろ、私…。
何となく後ろめたくて、榎木さんを上目遣いに見ると彼はやっぱりにっこりと微笑んでいた。

「素敵な趣味ですね」
そう言われて、ようやく気が付いた。
私、この人に良く思われたいんだ。お転婆だって思われたくない、ただの女子高生だって思われたくない。だから、嘘吐いちゃったんだ。
何で?私、もしかして―――


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嘘みたいな話(2) - 2007年01月05日(金)


「だからー!そうじゃなくって…」
「葉月ちゃん、お父様はね、葉月ちゃんが可愛くて可愛くて仕方がないのよ」
ママはいきり立つ私の言葉を遮るように言った。
確かにそれは分かるけど…、分かり過ぎるけど。だからって、見合いはないんじゃないの?
だって、私まだ彼氏も作った事もないのに。好きな男の子と一緒に帰ったり、クラスの皆に内緒でデートとか…、そういう憧れのシチュエーションを一度も経験する事なく、いきなり結婚かい。文句の一つも言いたくなるっつーの。

「お見合いって言ってもね、今すぐ結婚する訳じゃないのよ?先方には葉月ちゃんはまだ高校生です、と伝えてあるの。もし葉月ちゃんが相手の方を気に入って相手の方から良いお返事が頂けた時は、葉月ちゃんが高校を卒業するまでは待って頂ける事になっているから」
…あれ?思っていたより適当だな。パパの会社の運命がかかってたりしない訳?
それにママの口振りだと、私が相手の人を気に入らなかったら断っても良いよって言ってるみたい。

首を傾げながら、何となくママに目を向けると、
「だから言ったでしょう?お父様は貴方が可愛いだけ。葉月ちゃんがいずれお嫁さんになるなら、少しでも良い人の所に行かせてあげたいだけなのよ」
そう言いながら、またにっこりと笑った。


―――そんな事があって、結局情にほだされた私は約束の日曜日、着物着て髪結い上げて、ついでに軽く化粧なんかもして料亭『雪月花』に居る。
『会ってみるだけ』という約束で見合いをする事にした私に、パパもママも大喜びだ。
する事にしたって、私にやる気がある訳じゃないんだけど。
「ママー、お腹減ったんだけど。つーか、相手の…何とかさん、まだ来ない訳?」
今日は朝から準備やら何やらで朝ご飯も食べてないし、着物は何だか息が苦しい。髪も少し引っ張られるようで頭が痛くなってくる。
「葉月ちゃん、おしとやかに。直ぐにいらっしゃるわ、もう少し我慢しましょうね」
別にお腹減ってるのぐらい我慢出来るけどさー、こんな日に遅刻するなんてきっとろくな男じゃないわね。
やっぱり剥げたおっさんか、マザコン男かなぁ…。

それからもう少し待って、約束の時間から三十分くらい経った時、
「申し訳ありませんっ、遅れました!」
個室に入ってきた見合い相手の男と、ばっちり目が合った。


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嘘みたいな話(1) - 2007年01月04日(木)


実際さ、有り得ないと思うんだねー。江戸時代じゃあるまいしさ。
不況だの格差だのと言われているけれど、比較的平和な現代日本で。
十六歳のうら若き乙女が着物着て髪結い上げて、お見合いなんてさ。

事の発端は、一週間ほど前のパパの言葉からだ。
「葉月、今度の日曜日に見合いする事になったから準備しなさい」
一瞬パパが何を言っているのか分からなかった。
見合い?見合いってアレ?着物着て、懐石料理とかの料亭で『ご趣味は?』なーんて聞かれるアレ?相手が剥げたおっさんだったり、マザコン男だったりするアレ?
「見合い〜!?嘘でしょ!?私まだ十六歳なんだけど!?」
「パパが嘘を吐く訳ないだろう。相手はパパの会社の取引先の社長の息子さんだ。二十六歳だから、結婚相手にはちょうど良いだろう」
今時女子高生が親の為に政略結婚とかって聞いた事ない。漫画か小説の世界だっつの。

「嫌、私行かない。日曜は友達と遊びに行く約束あるし…」
「駄目だ、大事な用事があると断りなさい」
「学生の身分で、人生の大事なパートナーを決める気ないから」
「何を言っているんだ、こういう事は早い方が良いに決まっている。パパだって、出来ればお前を嫁にやりたくないんだ。だけどお前の為を思い、涙を堪えてだな…」
…何言ってんの?意味分かんない。嫁にやりたくないんなら、やるんじゃねーよと言いたくなるのは私だけか?
駄目だ、この人と話していても埒があかない。
私との思い出だの、どんなに私を思っているかだのをくどくどと喋り出したパパを置いて、私は部屋を出た。

「あら、本当よ?葉月ちゃんは今度の日曜日、お見合いするのよー」
のん気ににこにこーと言われても…。ママの方がまだ話が分かると思った私が間違いだったか?
「マジでぇ!?ていうかこのご時世、親が決めた相手と…なんて有り得ないって!」
「葉月ちゃん、お言葉が悪いわ。女の子なんだからおしとやかに、ね?」
あーもう、ウチってそういうところが考え方古いのよ。…っていうか、人の話聞けよ。
「んな事分かってるから!だから、華の女子高生の私が今度の日曜に見合いってどーゆー事な訳!?」
「それはね、今度の日曜日が『大安』だからなのよ」
にこにこ微笑むママ。論点がズレてる。何で今度の日曜なのかなんて、どうでも良いし。


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始まりの合言葉(2) - 2007年01月03日(水)


「でも、ちっとも恥ずかしい事じゃないのよ。合言葉みたいなもんだと思ったら良いのよ」
「合言葉…ですか?」
「そう。『いらっしゃいませ』はお客さんと接する時の、一番最初の合図みたいなもんよ。お客さんがやってきた、『いらっしゃいませ』って言う。全てはここから始まるの」
「で、でも…」
「だから、恥ずかしい事じゃないんだって。お客さんからしてみれば、『いらっしゃいませ』って言われて当たり前なのよ。で、私達からしてみれば言って当たり前なのよ。片瀬さんだって、どこかのお店に入って『いらっしゃいませ』って言われなかったら、ちょっと嫌な気分になるでしょ?」
そう言われてみると…、確かに。何となく店員さんが私に気が付いてないのかって、嫌というか、少し不安な気分になるよね。

「私達がお客様に『気が付いてますよ』というサインにもなるって事ですか?」
「そうそう!良いところに気が付いたね、その通りよ。お客さんを歓迎する言葉とか、色んな意味はあるけれど、ようは始まりの合言葉だと思ってると言い易いと思うよ」
始まりの合言葉か…。でも…、私にちゃんと言えるのかな…。
そんな不安が顔に出てたのか、園村さんは私の肩に手を置いてにっこり微笑んだ。
「あとはほんの少しの勇気があれば大丈夫だよ。沢山言ってれば慣れるし」
園村さんの言葉って不思議だ。何だか大丈夫な気になってくる。
私は園村さんを見つめ、しっかりと頷いた。

私はその日から、大きな声で『いらっしゃいませ』を言う努力を重ねた。
ほんの少しの勇気を出して、大きく聞き取り易いようにはっきりと言うようにしていた。
お客様はきっと私がそんな努力をしている事なんて知らないんだろうな…。何も言われる事なく、商品を買って帰っていくお客様ばっかりだった。
そんな努力を続ける事、一ヶ月。

一人のお婆さんが来店された。
腰が曲がってて、髪は白髪交じり。にこにこしていて可愛いお婆さんだった。
「いらっしゃいませ、こんにちは!」
私はいつものように少し緊張気味に、でも大きな声ではっきりと言うと、お婆さんは嬉しそうな顔をして、
「はい、こんにちは」
と言ってくれた。
挨拶をして、返事を返してくれた―――たったそれだけ。だけど、これが初めての事で私は凄く嬉しかった。
私はにこにこと笑顔を浮かべるお婆さんに、笑顔を返していた。

それから、一年後―――

私は今日もファーストフードのお店でアルバイトしている。もうすっかり慣れて、ベテランさんの仲間入りだ。
あの時、私に挨拶の事を教えてくれた園村さんは、就職の関係でアルバイトを辞めてしまった。
凄く悲しくて、退職の日は園村さんの前で泣いたりもした。
でも、もう大丈夫。私はもう恥ずかしがらずに『いらっしゃいませ』って言える。
内気だった性格も、バイトを続けていく内に少しは変わった気がした。

もし入ったばかりの新人さんが、恥ずかしくて大きな声で『いらっしゃいませ』って言えずにいたら教えてあげよう。
恥ずかしい事じゃないんだよ、お客さんと接する時の始まりの合言葉なんだよって。
園村さんの言葉を忘れずに、今日も私は元気良く言うんだ。

「いらっしゃいませ、こんにちは!」

END


*****


これまた健全な…(笑)
これも別場所で書いた小説です。恋愛物じゃない!
実体験ですね、接客業をするようになってからの。
接客業をしている皆さん、頑張りましょう♪


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始まりの合言葉(1) - 2007年01月02日(火)


恥ずかしいなんて思っちゃいけないんだろうけれど…。
恥ずかしいって思っちゃうんだもん、仕方がないじゃない。

「ぃ、いら、しゃいま…せっ、こんにちは…」
私はついこの間から、ファーストフードのお店でのアルバイトを始めた。一ヶ月くらい経ったかな?なのに、今だにちっとも慣れない。
内気な性格の上に、アルバイト経験が全くない私には、『いらっしゃいませ』と挨拶をするだけでも恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがない。
今までそんなに大きな声を出した事ないし、『いらっしゃいませ』という言葉自体が私には似合っていない気がする。
だから、私は小さな声でしか『いらっしゃいませ』を言えなかった。その所為で、毎日のように上司に怒られていた。

どうして皆、普通に言えるのか分からない。
恥ずかしくない?お客様にからかわれたり、笑われたりしない?無視とかされたら傷つかない?―――色々考えてしまう。
私ってこの仕事、向いてないのかなぁ…。辞めちゃおうかな…。

「いらっしゃませ、こんにちは!」
私の背後からはきはきして元気の良い声が聞こえてくる。先輩の園村さんだ。
いつもきびきび動いて手際も良いし、元気も良くて笑顔もあって…、ファーストフードのお姉さんってああいう人の事言うんだろうなぁ…。
私のような後輩の人達には時々厳しいけれど、いつもは優しくて丁寧に仕事を教えてくれる。
辞める前に園村さんに聞いてみようかな…、どうしたら大きな声で挨拶出来るのか。
あの人だったら、私の問い掛けに答えてくれるかもしれない。

「『いらっしゃいませ』って言うのが恥ずかしいって?」
「はい…、すみません」
私はバイトが終わった後に、園村さんに少し時間を貰って相談してみた。
本当はこんな事言って怒られるんじゃないって、ビクビクしてた。
だけど園村さんはちっとも怒ってなくて、苦笑しながら言葉を続ける。
「最初はねー、やっぱり恥ずかしいよね。仕事以外の場所では使わない言葉だしさ」
「…園村さんも最初は恥ずかしかったんですか?」
「そりゃそうよ。大きな声で言えなくてさー、何度上司に怒られた事か…」
あんなに仕事出来る園村さんもそうだったんだ…、私と同じだったんだ。

NEXT



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憧れの人 - 2007年01月01日(月)


俺はその日、内心ドキドキしながら地下鉄に乗っていた。

出入り口のドアのガラスで自分の姿を確認する。うん、髪はいつもより気合い入れてきたし、顔は良い顔してる。
念入りにアイロンをかけて貰った制服。ズボンのポケットには小さめの封筒が一枚入っていた。

俺は今日、憧れの女の子に告白する。
午前八時三分、前から二両目の車両に乗ってくるあの子に。

彼女はいつもと同じように地下鉄に乗ってきた。
真っ黒な長い髪、気の強そうな目、雪のような白い肌―――絵に描いたような綺麗な彼女が俺の好きな人だ。
俺は、いつも通勤途中の地下鉄で会う彼女の事を何も知らない。名前も、性格も、どこに住んでいるのかも知らない。声だって聞いた事がないんだ。
知っているのはいつも同じ車両に乗る事、制服から近くの女子高の生徒だという事、いつもつり革に掴まって文庫本を読んでいる事だけだ。

俺の友達は『そんなのは本当の恋じゃない』と言う。何も知らないのに好きだ、なんておかしいって。告白したって気味悪がられるか、痴漢に間違われるだけだって。
確かに俺は彼女の事を何も知らない。
それでも好きなんだ。
彼女の事を考えると、夜も眠れない。

俺はいつものように文庫本を手にしている彼女の真後ろに立った。
どんな風に声を掛けよう。普通で良いのかな。『あの、すみません』とか、『少し宜しいですか?』とか…?
変に思われないかな。思いっきり嫌そうな顔されたりして…。そう思うと、なかなか声が出て来ない。
駄目だ。勇気を出せ、俺!
「あの…すみませ…」
俺が彼女の肩に軽く触れようとした時―――
「何すんのよっ!この痴漢っ!!」
俺の手を強く掴まれ、車両中に彼女の声が響き渡った。


数十分後。
「いやー、ごめんね。思わず大きな声出しちゃって…」
何とか誤解は解けて、彼女は苦笑いを浮かべながらぺこんと頭を下げた。
「いえ、俺も悪かったんで…。すみませんでした」
俺は彼女に痴漢だと勘違いされてしまった。友達の言った通りだったんだけど、俺は気が付かない内に本当に痴漢まがいの事をしてしまったらしい。
どうやら左手に持ってた鞄が彼女の…お尻の辺りに当たっていたらしく、彼女はそれを俺の手だと勘違いしたらしいんだ。
俺は右手を彼女の肩に掛けようとしていて、左手に鞄を持っていた事を説明して何とか分かって貰えたけど…。

「ほんっとごめん。学校も遅刻だよね、これじゃあ」
「いや、それは君もそうだし、気にしないで」
時刻はもう八時半を過ぎている。彼女も俺も完全な遅刻だ。
ああ、でもそんな事どうでも良い。俺は初めて聞く彼女の声に聞き惚れていた。
何で涼しげで綺麗な声なんだろう。まるで夏の窓辺にちりん、と鳴る風鈴の音みたいだ。
どこか懐かしいような、優しい声。ずっと聞いていたい気になる。

「君…、いつもあの時間の、あの車両に乗ってるでしょ」
その涼やかな声に俺が言おうと思っていた事をそのまま言われて、思わずドキっとしてしまう。
彼女に目を向けると、ばっちり目が合ってしまった。すると、彼女はにっこりと微笑む。
可愛らしい微笑みに頬が熱くなる。鼓動がどんどん速くなって、俺は死ぬんじゃないかって思った。
これはニセモノの恋なんかじゃない。本物だ。じゃなかったら、こんなにドキドキするもんか。

「ねえ、このまま学校サボってどこかに行こうか。こうして知り合ったのも縁だし、ね?」
そう言って、彼女は笑う。彼女もほんの少し頬をピンク色に染めていた。

ポケットの中の手紙はまだ渡せていない。
それなのに、憧れの彼女と仲良くなるきっかけが出来てしまった。
俺は心の中でガッツポーズしながら、自分の口で彼女に好きだと伝えようと思った。
文字じゃ伝えられない想いを、いつか声にしようって。
俺は彼女と駅の改札口に向かいながら、ポケットの中の手紙をくしゃり、と握り潰した。

END


*****


別の場所に書いた小説です。ここに載せて、少しお気に入りを整理しようかと。
ていうか、こんな健全な小説も書けたんだ?私(笑)


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