12.鍵 (3) - 2005年08月27日(土) 「俺も…お前に助けられてるから…」 「え…?」 俺の言葉に、律は不思議そうな顔をする。 「お前だって俺を助けてんだよ。気づいてないのか?」 そりゃあそうか。俺が隠してた訳だし、律はそんなヤツだ。 全くの無意識の内に、律は俺を救っている、何度も何度も。 「そ、そんなこと…」 「俺だってへこんだり、何もかも嫌になったりすることあるんだぜ。死のうかと思ったことだってある。そんな時、お前の笑顔見てると元気になる」 普段の律は、他愛のないことでいつも笑ってる。 クラスメイトがどうしただの、先生がああしただの、俺にとってはどうでもいいようなことで。 そんな律を見てると、へこんでたことなんてどうでも良くなっちまう。 ああ、何でこんな下らないことでへこんでんだ、俺―――そう思えちまうんだよな、不思議なことに。 「俺がケンカして怪我した時は、何も言ってねぇのに飛んできて手当てしてくれるだろ、しかも泣きながら。大したことねぇっつってんのに、聞かねぇし…。そういう律を見てると、心配かけたくねぇなって思う」 律が笑ってると、俺は嬉しくなる。 律が泣いてると、俺も悲しくなる。だから…、 「律には笑っていて欲しいんだ、いつも…」 律を助けることは、俺を助けることにも繋がってる。 コイツがいなけりゃ、俺は…いつか死んじまうかもしれない。そうじゃなきゃ、人の道から外れた人生を送ってるかもしれないな。 勿論その為だけって訳じゃねぇけどさ。 ここまで言わせたんだ、もう分かるだろ? 俺がお前を必要としてるってこと。そして、お前のことが好きだから傍にいるってこと。 自分でも相当クサイ台詞を言っている自覚はあったが、律が聞いても相当クサイらしく、律は俺から目を逸らしたまま顔を真っ赤にしていた。 「食器、洗ってくるね」 そんな白々しいいい訳を作って、律は俺から離れようとする。 「そんなの明日でいい。お前、寝てないんだろ?付き合ってやるから寝ろ」 「で、でも…」 「いいから」 少し強引に言うと、律は黙ったまま頷いた。 そんなに照れるなよ…、こっちが恥ずかしくなるだろうが。 律の腕を引いて、寝室まで連れていく。 ベッドに腰を下ろすと、律は俺に背を向けて横たわった。 「…何でそっち向いてんだ?」 俺の問いかけに、律は答えない。黙ったまま、ピクリとも動かない。 大体分かるけど…、耳まで赤くなってるし。 「まあ、いいけどな…」 そうやって、真っ赤になって照れてる律もなんか可愛いし。 少し離れた位置にいる律の身体を、強引に抱き締めて俺は目を閉じた。 いつも笑っていて欲しいんだ。 笑っている君が好きだから。 どんな時だって、君の味方でいるから。 いつまでも傍にいて。 いつまでも生きていて。 了 ***** 何とも恥ずかしいような感じに仕上がりました、「12.鍵」です。 これは一応「20.扉」の続きになってます。 何でいきなりキャラに名前をつけたのか、自分でもよく分かんないんですが(爆) 名前なしで書くのって、結構難しいですよね。いつも書いてるけど。 暗いんだけどラブラブなんです、この二人。 二人で助け合って、支え合って生きてるんです。 愛っていいね!(笑) - 12.鍵 (2) - 2005年08月20日(土) 「おはようゴザイマス」 その顔を覗き込んで声をかけると、律はびくっと震えて顔を上げた。 カッターを持つ手の震えが大きくなる。 「………ごめんなさい」 小さく消えてしまいそうな声で、律は謝った。 謝るくらいなら、何でそんなもん握り締めてんだ?俺を不安にさせんな―――ああ、駄目だ。やっぱり律を責めてしまいそうになる。 律を責めることだけはしない。甘やかしてると思われてもいい。律には嫌われたくない。 俺のことを他のヤツらと同じだとは思われたくない。 結局俺は何も言えず、黙ったまま律の右手を掴んだ。 律はびくんと身体を震わせたが、構わず腕を引き寄せる。 カッターが強く握られた指を、一本ずつそっと引き剥がしていく。 最後の小指が離れて、カッターが俺の手に納まる頃には律は泣き出していた。 「泣くなよ…、別に怒ってねぇだろ?」 そう言って律の頬に触れても、律は泣き止まない。 俺は律の身体を抱き締めて、泣き止むのを待つことにした。 案の定昨日から何も食っていなかった律に、俺は何でもいいから食わせることした。 何でもと言ったって、俺は炒飯とかラーメンとかしか作れないけどな。 律は俺が作った炒飯をスプーンで弄んでいる。 「ちゃんと食えって」 少し強めに注意すると、 「え…、た、食べてるよ…」 と、律は目を合わせずに言った。 嘘吐け、さっきからカチャカチャ音を立てているだけで、量は減っていないじゃねぇか。 「折角お前の為に作ったのに…」 「ご、ごめんね。ちゃんと食べるから…」 律は少し困ったような顔で笑って、炒飯を口に運び始めた。 ようやく見せてくれた笑顔に、俺はほっとした。 律は笑うと、本当に綺麗だ。女とは違うし、子供のような無邪気さもない。 どこか儚げで繊細な笑顔に、俺はいつも見惚れてしまう。 「大和は…、どうして来てくれるの?」 ゆっくりと炒飯を口に運んでいる律の横で、俺が煙草をふかしていると律は突然聞いてきた。 「どうしてって…、何で?」 「だって、面倒でしょ?僕みたいなの…。もう放っとこうって思わないの?」 何だよ、それ…。そう思われたいのか?律は。 放っておいたら、いつまでもここから出てこないくせに。飯も食わないだろ? 「勘違いしないでね、大和にそう思って欲しい訳じゃないんだ。ただ理由が知りたかったの、大和が僕を助けてくれる理由。幼馴染だから、…恋人だからって言うのが理由なの?」 “恋人”という言葉に僅かに頬を染める律を見て、俺は思わず目を逸らした。 そんなこと言うのに、いちいち赤くなんなよ…。俺が恥ずかしくなる。 俺が律を助ける理由―――勿論律が言ったのも理由の一つだ。 幼馴染だから、放っておけない。恋人を守りたい。それも嘘じゃねぇけど。 「それだけだったら、とっくに嫌になって捨ててたかもしんねぇな…」 律が俺に助けられてばかりの弱いヤツだったら。 もうとっくに諦めて、別のヤツのとこに行っていたかもしれない。 「そう…だよね。じゃあ、どうして?」 律は真剣な声で、俺に尋ねてくる。 今までは隠していたその理由を、今はどう考えても誤魔化せる気がしなかった。 続 - 12.鍵 (1) - 2005年08月19日(金) アイツは引き篭もっちまうと、ケータイの電源は切っちまうし、家の電話も線を抜いちまう。 自分からは絶対に家から出てこないし、放っておくと飯も食わないし寝ようともしない。 俺とアイツを繋いでいるのは、一つの鍵だけだった。 自分だけの空間に閉じ篭って、誰をも拒絶しながら―――俺が来るのを待っている。 律は高校に入ってから、直ぐに一人暮しを始めた。 それは律が願ったことじゃなく、律の母親の決めたことだった。 中学に入り始めた頃から鬱気味になった律を、アイツの母親は持て余し気味だったんだと思う。 どんな風に接していいのか分からないって気持ち、分からなくもないけどな。親として冷た過ぎるとも思う。 ただその鬱の主な原因がアイツの父親にあったから、一時的にでも律から父親を遠ざけたってのも理由の一つだ。 「あの子のことを宜しくね、大和君」 その部屋の鍵を俺に渡したのは律じゃなくて、律の母親だった。 “てめえの息子だろ。てめえで何とかしろよ”と言ってやろうかと思ったが、律のことなら俺が放っておける訳ない。 掌に乗せられた銀色の鍵を握り締め、俺は深く強く頷いた。 律が学校に姿を見せなくなって二日目、俺は律の住むマンションを訪れた。 いつ訪れても、立派なマンションだなと思う。 律の父親はクソ親父だが、金と権力だけは持っている。律に一人暮しさせるのにボロっちいアパートじゃ、プライドが許さなかったんだろう。 マンション内は沢山の人が住んでいる筈なのに、しん…と静まり返っていた。 エレベーターに乗り込んで、最上階のボタンを押す。この時が一番緊張して嫌いだ。 律が今何をしているのか、何を思っているのか、ちゃんと部屋にいるのか、一番不安になる。 律の鬱は突然やってくる―――いや、よく分かんねえけど…、律にとっては突然じゃないんだろうけど。 俺からしてみればほんの些細なことで、律は外の世界や他人を怖がって、自分の殻に閉じ篭っちまう。 ほんの些細なことだと思えちまう俺に、律は救えないのかもしれない。 それでも、律は俺のことだけは怖がらないから。俺だけは律の殻の中に入ることが出来るから。だから、助けてやりたいって思うんだ。 早く律の所へ行きたい。早く確かめたいんだ、律の存在を。 律の部屋の前に立って、なるべく音を立てないようにその扉の鍵を開く。 インターホンは勿論鳴らさない。鬱の時の律は、音に酷く怯えるから。 静かに扉を開き、律がいる筈のリビングに向かう。 いつ訪れても、物がない部屋―――必要最低限の物しか置いていない部屋の隅に、律はいた。 頭からすっぽりと毛布を被ってその身体を震わせながら、律はある一点をじっと見つめていた。 その視線の先には…、右手に握り締められたカッターナイフがある。 それを見た瞬間、俺は身体中から血の気が引いていくのが分かった。 怒りのような悲しみのような、自分でも何て呼んでいいのか分からない感情が沸き起こる。 思わず叫びそうになって、俺は慌てて口を噤んだ。 俺が激情をあらわにしたところで、律を怯えさせるだけなんだ。 怒鳴ったり、叱ったりしたら、俺は律のクソ親父と同じになっちまう。 それじゃ意味がない。律を救えない。 俺は大きく息を吸い込んで、律の前にしゃがみ込んだ。 続 -
|
|