++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2007年11月30日(金) どうしてですか

末っ子は寝ぼけながらも朝起きた。
どうするかなと思っていたが昨日の約束通りに10分間学校に行く事を
OKした。それもわたしの付き添いではなくて
以前学校からの提案でそうしていたように先生に迎えにきていただいて
(この方が彼にすれば勇気を必要とするし1歩前進なのだ)行くという。

わたしはゆっくりゆっくりだけど溶けていっている末っ子の心、
そこに頑張ろうと、彼にすれば精一杯の勇気を振り絞っている姿を見て
嬉しく思った。

早速 学校に電話してこのように言っていますので・・と伝えて
先生にお迎えをお願いした。
暫くして先生が来て下さって末っ子は緊張した面持ちながら
登校していった。

わたしは10分と言っていたけどそれが5分でもかまわないと思っていた。
どれだけ短い時間でも本人が自分で それも昨日はわたしの付き添いだけど
今日は先生と一緒に学校へ行くということ。
アリの歩みでも そうして気持ちを解きほぐしていくことこそが
今 一番必要だと考えたし 学校側にもその考えをお伝えして
理解いただいていると思っていたのだけど。


10分少しして玄関チャイムが鳴って
そこにはしょんぼりとした末っ子が泣きそうな顔をして立っていた。

何も言わずにすぐに机の下に潜り込んでしまったのでどうしたのかと
聞いてみると暫く黙っていたがぽつりぽつりと話し出した。

どうも 学校で(担任の先生では無い)先生に
「10分くらい来たって意味ないよ!」と言われたらしい。
かなりキツイ口調で大きな声で。それ以外も色々。

で 10分間、職員室でも教室でもなく廊下にいたらしい。

その先生は末っ子がかなり心を開いていて大好きだった先生で。
心配もしてくださっていたし理解も示していてくださったと
わたしも思っていたので尚更に何故今そんなことを・・と
耳を疑った。

でも正直いうと薄っすら感じていたようにも思う。
電話でのやりとりや学校へ付き添って出かけての
関わる先生方の空気みたいなものが
末っ子の、このことが長引いていくにしたがって 
どこか突き放したような感じを
微妙に漂わせるようになってきたことを。

ただ そうこちらが思い込んでしまっては子供にも良くないし
先生方とギクシャクしてしまう元になりかねない。
兄弟3人、お世話になってきた学校だ。
先生方の顔ぶれは変わったけれども 良くしていただいてきたし
それは変わりなく今も感謝している。

それでもこれはどうしようもないこととしてやっぱり
先生も人間だ ということ。

先生からすればこんなにしてきたのにまた繰り返し? まだダメなのか と
疲れもしようし教育委員会などへの報告義務も出てくれば
焦りも出てきてそれがイライラにもなろう。

それを承知で。
それでも
それでも
今 そんなふうにこの子に言って欲しくは無かった。


先生には先生のお考えがあったのかもしれないと考えた。
甘やかすばかりではなく逆療法で厳しくと思われたのだろうかとも。

それにしても やっと学校に行く(それが10分にしても)
行動を起こした子にとっては 大好きな先生から
「良く頑張って少しでも来れたね」と褒めてもらえるかも
という(甘いかもしれないが)淡い期待があっただけに
「10分くらい来たって意味無いよ!」はあまりにもタイミングが
悪すぎたし開きかけていた心を凍らせてしまったと思う。


わたしは
『先生も学校に来て欲しいって気持ちがいっぱいで
つい そういう言葉になってしまったんだと思うよ。』
と 末っ子に話した。

けど末っ子は寂しそうに下を向くばかり。
この言葉の他にもかなり厳しいことをそれも怒鳴るように
言われたという事実が彼の心を打ちのめしているようで
わたしは抱きしめて
『あのね、お母さんは○○ちゃんが10分間でも
自分から学校へ行こうって思ったこと。
頑張ってその約束を守って行ったこと、ちゃんとわかってるよ。』
というしかなかった。

末っ子はわたしの胸に顔をうずめながら ぎゅうううってしながら
こくん と小さく頷いた。
暫くしてあげた顔の目尻には涙の痕があったけど
「おかあさんだいすき」って照れくさそうに笑った。


正直 週明け月曜日 どうしたものかとまた胃がキリキリと痛む。
ただどちらにしてもその先生の真意を確かめてみてからだと思ってる。
言葉は難しい。時には想いとは別の形で相手に伝わってしまったり
それでボタンの掛け違いが起こることはよくあるから。

だからこちらも初めから決め付けにならないように。
穏やかに でも 聞くべきことと伝えるべきこと。
子供の想いはきちんと伝えたい。行き違いがあるなら正したい。


とりあえず今日から日曜日までは なーんにも考えない。
子供らにもそういっている。自分にも言い聞かせてる。
戦士の休息。

否応無しに月曜日はやってくるのだからせめてそれまで。


どうしてですか と こうして尋ねなければならないことは
わたしにとっても 子供と同じくらいに勇気を振り絞ることを
必要とするけれど。

どんなに逃げ出したくても逃げちゃいけない時が人生には
何度かあって そのうちの一度がきっと今。

だからね。少し休んだらまた向かおうと思うんだ。
後からぶっ倒れようと機能停止しようとそれはその時また考える。


ただ今は
この子と この子達と一緒に。


--------------------------------------------------------


                         ゆうなぎ



2007年11月29日(木) 東奔西走、全力疾走




心身ともに東奔西走、全力疾走の一日。


末っ子とは昨日一つ約束をした。
それは
「まず 生活サイクルをきちんと元に戻そう」
要するに学校行こうが休もうが
朝はいつもの時間に起き、ちゃんと朝食を食べ、
夜更かしせずに布団に入るよ ってこと。

元々体調崩して活動リズムが狂い昼夜逆転→朝起きれない→学校キツイ
っていうのも原因の一つとしてあるんじゃないかと思ったから。

だから昨夜は「一緒に横で寝てくれないとお母さん眠れな〜い」と
訴える搦め手作戦でいった。これは効果有りでまず殻が外れて
話をし始めた。そこにちょうどタイミング良く、学校から
末っ子が先週持って帰っていた給食エプロンを真ん中の子にでもいいので
持たせてくださいとの伝言。

そこで提案。
「ランドセルも何も持たずに給食エプロンだけを
お母さんと一緒に学校に届けない?」
案の定 すぐに うん とは言わない。
「届けるだけで先生に顔をみせるだけだよ。そしたらすぐに
お母さんと帰るの」
ちょっと心が動いた様子。ほんとに届けたらすぐ帰っていいのかって
聞いてきた。
「もちろん 約束するよ。だから明日も行く前にちゃんと目の前で
先生に電話をしてこういうふうにさせてくださいってお話しておく。
それなら安心でしょ?」
それならOKと約束。

無理するつもりは無かった。だまし討ちみたいなことはしたくなかったし
意味も無いと思ったから。

朝になり でも起こしてもなかなか起きない。
諦めかけたけど粘り強く声掛けを続ける。あくまでも穏やかに。
そしたら ふにゃふにゃしながらも起きてきた。
軽くだけど朝ご飯も食べた。

給食袋の件 再度 打診してみると思いがけなく
いいよ との返事。
そこで学校に電話して
今日はわたしと一緒に給食エプロン届けるだけで
帰りますけどよろしくお願いします と持って行く時間を伝える。

それから時間になってから末っ子に給食エプロンの袋を持たせて
一緒に学校へ。
学校への道すがらもゆっくりとせかさずに。
空気が美味しいね。お天気が良くて気持ちいいねと話しながら。

学校へ着いて担任の先生に給食エプロンを自分自身の手で手渡し。
他の先生方も何気なく声掛けしてくださる。
朝、早起きできたこと。生活リズムが戻ったことなどを少し
報告と共に先生にお話した。

せっかく学校に来ることができたからと
一気に進めたくなるけどそこは辛抱。焦りは禁物。

約束通りに 今日はこれで失礼します とご挨拶して
学校を後にする。

帰り道。
なんだか 少しだけ肩の荷降ろしたような顔の末っ子。
ちょっとだけど学校に行ってよかった って呟いたのを聞いて
ああ 良かったなって思った。

これからも 三歩進んで二歩下がる って感じかもしれないけど
それでいいよね って。

どうも 先生と顔合わせてどうしたらいいのかわからないようなのだ。
1対1で向かい合えばやっぱり先生はこんな場合、
頑張らなきゃ! というようなことを当然ながら言われる
意外に気にするタイプの小心者の子供心にはそれが気重なようで。

あるべき良い子のイメージ というのを強く持っている子なので
それから自分が外れてしまったと感じた時にパニクって
先生にも友達にも合わせる顔が無いと思って結果 
貝になってしまうんじゃないかな と。

気持ち、わかる気がする。やっぱり似てるから。


明日(もう今日だけど)は 今日からもう1歩進んで
また一緒に学校に行って10分だけいることにしようと話して
彼はOKしている。

今日も早く寝せることには成功。
明日も今日のように早めに起こすつもり。

明日のことは明日にならないとまだうまくいくかどうかわからないけど
うまくいけばめっけものくらいのつもりでいようと思う。
末っ子の気持ちを大切にしながら焦らずにゆっくりと。


実は今日は末っ子と帰ってきた後で実家の父から電話があり
携帯の機種変更をしたいとのこと。
ちょうど今は長男が試験期間中で午後過ぎには帰ってくるので
急ぎ洗濯物だけを干してから 末っ子と帰ってくる真ん中のことを任せて
車で父と携帯ショップへ。
携帯について、プランの見直しや機種の選び方なども
もっぱら電話機能しか使わない両親にはわからないので
手続き一般は全部わたしがすることになる。

それはかまわないのだが最近父は偏屈な皮肉屋になってしまってて
悪気は無いのはわかるし 基本的に一本気で家族想いなのだが
こちらがかなり気を遣って話しても機嫌を損じてしまうことがあって
それが今のわたしには少々きつい。

父の体調を心配する母から わたしから何気なく話してみて と
言われたりするのだけど 言葉を選びに選んでも煩がられたり
ヘソを曲げられたりでなかなか上手くいかない。

今回も携帯ショップに行く道で迷ったことで 
辿りつくまで父はイライラしっぱなし。

わたしはその前、末っ子のことで既に気力のほとんどを
使い果たしていたから胃はキリキリ痛んでくるし頭痛は酷くなるし。
でも ここで口ごたえとかこちらまでイライラの欠片でも見せると
ダメなのだ。変にこじれてしまう。
だからあくまでも穏やかに柳に風と受け流しつつ。

機種変更は無事に終わったので良かったのだけど
せめて「助かったよ。ありがとう」の一言があったら
疲れも半減するのにな・・・と思ったり。

でもこれも父の不器用さだろう。
それに疲れているのだもの。父も母も介護で。
そう思えば仕方ない。


子供達、学校、両親・・・とにかく四方八方に対して
自分にできる最良を考えて気を遣い、話をして行動する
それが今 一番大切なことで
する人間が必要だし それは わたししかいない。

我ながら何とかにせよ良くやってる方じゃないかと思うから
人様から見たら 病気だナンだといってもやればできるってことじゃないか
と思われても不思議はないだろう。

ただ 今のわたしは気を張り詰めている時は
確かにそれなりの力を発揮できるが 
以前と違って持続力は格段に短くなっているし、
その後はガクッと弱ってしまう。

これを周囲はわかっていない。
まぁ、この落差を理解してという方が難しいのかもしれないけど。


今はまだ気が張っている。
末っ子のことがもう少し落ち着くまで倒れたりするわけにはいかない。
せっかくいい方向へと進みだしているし、
とてもデリケートな大切な時期だから。


それにしてもさすがに疲れた。
クタクタだ。
でもとにかく明日まで何とか。

ふぅ・・・・・・

この日記を書いたら少しでも横になろうと思う。
明日も早い。


今日もパソコンを立ち上げてこうして日記を書くことが
できたことに感謝。

書くことができているうちは まだわたしは大丈夫だと思うんだ。

明日も薬を飲んで頑張ろう。



週末は頭空っぽにしてぶっ倒れてとりあえず休みます。

がおーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!



--------------------------------------------------------


                        ゆうなぎ
 



2007年11月28日(水) しずかな決意



現状いよいよ四面楚歌状態。


末っ子の学校イキタクナイ病が再発した。今回はかなり手強い。
正直、ものすごくショックだった。先週は機嫌良く登校していたから尚更。

でも 落ち込むだけ落ち込んだ後 考えた。
学校云々の前に今は本人とじっくりしっかりと
向き合ってやることの方が大切な時じゃないのか・・って。

思えばこの子はこの歳になるまで比較的手がかからない子だった。

むしろ真ん中の子(今 やっと第一トンネル通過したかなという所)
の方が色々とあったくらい。
その間末っ子は大人しく普通に学校に行っていた。

真ん中が第一トンネル抜けた頃からだ。
入れ違いのようにトンネルに入ったのは。


わたしの側から見れば そりゃシンドイ。
やっと一息か・・と思ったら次のトンネルが待ってたんだもの。

だけど考えてみると子供らにしてみれば それぞれ一人一人。
自分を省みてもトンネルに入ってた時期があった。
わたしも長男も次男も内容はそれぞれ違ってるけどみんなトンネルに
一度といわず入ってる。

トンネルの中は暗い。先も見えないし途方にも暮れる。
それでもそれだけじゃない。トンネルに入って初めてわかったこと。
暗闇で転んで怪我してやっと知った痛み。
トンネルの長さは人それぞれだけど必ずいつか抜ける日がくる。
完全に抜けずともトンネルの中でさえ見上げれば隙間から
陽が射す場所もその陽をあびて咲く花もある。


不器用な生き方しかできないこの親の血は
子供達にもやっぱり流れているようだ。
もしかしたら わたしのところでなければ
もっと楽な人生もあったろうにと思えば不憫にもなるが
それでも わたしはこの子達を理由など必要なく愛しているし
わたしの元に生まれてきてこうして出逢えたことにありがとうと言いたい。

生きていくってことは本当に色々あるし、特に不器用モノには
生き難い世の中ではあるけど こうあったからこそ見えるものも
確かにあるってことを知って欲しいんだ。


なんて カッコつけたこと書きながら
実はまだジブンに強制自己催眠とド根性気合入れ中なんだけどね。

それでも強がってやろうと思ってる。
というか発想の転換。
今のジブンはいつの間にか視野がまたすごく狭くなっているようだから。

”〜でなければいけない”という意識は
幼い頃から植えつけられてきたもので
両親からすれば良かれと思っての躾けだったろうが 
今もわたしの呪縛となっていて かなり苦しい。

これが無ければもう少し肩の力を抜いて器用とはいえないまでも
生きることができたんじゃないかと何度も考えはしたが
でもこれを含めて”現在のわたし”が此処にいる。
それに自分がそれで苦しんだ分 子供達に対して考えることもできた。


学校に電話して担任の先生に今の子供の状態と
わたしの想いと考えを話した。
情けないが受話器を握る手は相変わらず小刻みに震えてるし
下手すると喉が詰まって声が出なくなりそうなので
腹の底からそしてゆっくり・・ゆっくり・・と心で呟きながら
時につっかえながらだけど精一杯話した。

・もう少し時間をください ということ。
・その間も子供への働きかけはしていくつもりだ ということ。
・決して学校や先生方との繋がりを切るつもりはなく
 できる限り現状の報告や相談をしながらしていきたいと
 思っているのでその点は安心していただきたい ということ。

時間はかかっても北風流の強引なやり方でなく
太陽のように自らが気づけるようにしていきたい。
柔らかな時期の心だからこそ 今の時間を惜しんで
先でもっと長いトンネルへと向かわせたくは無い。


と ここまで考えるのにパニックになり
投げ出せもせず、死ぬにも死ねぬ と もがくだけもがき苦しんだ。


両親は大ばあの介護でクタクタで頼れない。
長男だって今は自分自身のことで必死で頑張ってる。
近くに心を許し、現実的に手を貸してもらえる人間はいない。

四面楚歌の八方ふさがり。
追い詰められるだけ追い詰められたような絶望感。


トモダチやKのようにわたしの気持ちに添ってくれるひと達は
みんな遠い場所に住んでいてそれぞれの生活がある。
そんないっぱいいっぱいの中でも気にかけて心配してくれるから
わたしは此処に未だ存在していられるわけで。
言ってみれば大切なひとたちの存在がわたしを現世に留めてくれている。

これは救いだし心から感謝しているけど 
でも反面、せつなくすらなっていた。このどうにもならない距離の遠さ。


パソコンも立ち上げるたびに状態が悪くなってて
今日なんかはとうとうデータの一部が消えた。
バックアップ取ってたので事なきを得たけれど。

やっとこさメール開いてみればこんな時に限って
エンピツメールフォームから意味不明のメールが来てた。
この日記読んで不愉快に思った人からの嫌がらせ?とか
ネガティブになってる心はズーンとまた落っこちる。

踏んだり蹴ったりじゃんよ。
もういっそ殺すなら殺しやがれ〜!って大の字になって
啖呵のひとつもきりたくなろうってもんだ。


で 開き直った。

とはいっても元がヘタレの小心者なので
この開き直りもどこまで続くか心もとないが。

それでもやっぱり アタシは頑丈だよ。
ほんと 我ながら かなしくなるくらいに。


でも そうやって生きてきたし
今は これでいいんだと信じることにする。



末っ子は昨夜わざとの夜更かし挙句
まだ 布団の中で 何度か声かけたけど 硬い殻被って丸まってる。
でもさすがに昼過ぎにはお腹も空いて起きてこよう。

そしたら 一緒にオニギリ作ろうと思う。
海苔つけて中はすっぱい梅干入りのヤツ。

食べ終わったら天気がいいようだから 窓開けて外の空気入れて。

ひとつずつ。ひとつずつ。
心をゆっくりと開いていけたらいい。



泣き言や弱音は此処で吐くよ。

大切なイトシイものの為に
今は出せる力の全てで一緒に闘いたいんだ。


きっとそれは今しかできないことだから。


--------------------------------------------------------


                           ゆうなぎ



2007年11月26日(月) そらかげ

日曜日の夜に自宅に戻ってきたけど
そのまま パソコン開く気力なくダウン。

そして月曜日の早朝3時半頃(いつも目が覚める時間だ)
おそるおそるパソコンの電源を入れた。
何とか立ち上がった・・・・と思ったら落ちて。
それから・・・長かった。
今度こそイカンのか?と思いながら諦めずチャレンジしてたら
立ち上がった。
一度落ちた後 立ち上がればあと勝手に落ちたりはない。
不思議と大丈夫なのだ。
ただまた電源落とした後 再度どうかわからないというのが
心臓に良くないんだけど。

とりあえず今回も此処に来れたことに感謝。



実は週末、末っ子が体調を崩して。
熱はそうでもなかったけど嘔吐と下痢。
吐く方は治まったけどお腹の方がまだ不安定。

それも月曜・・と思っていたらやっぱり
頭痛とお腹痛いと眉間にシワ寄せて布団から起き上がれない様子。
熱は無い。けどまんざらイキタクナイ病だけでもないような感じもする。
この辺、とても難しい。先週はお休みせずに頑張れた。
体調を週末崩していたのも事実。
迷ったけど今日はゆっくりと休ませることにした。

学校にもさっき電話で連絡を済ませた所。
今 子供は眠っているので 再度パソコンの前に座り
こうして日記書いたり、メールチェックしたり。

ただ 連休明けにも関わらず そんな具合なので
わたしも疲れが抜けきれてないというか、
相変わらずの頭痛と胃痛でそう長いことパソコンの前にも
いられないかも・・とは思ってる。

末っ子と枕並べて寝てしまうかも。

ただいま を言いたいみんなには
だから ここから
ごめんね。

あ 明日は美容院と病院に行ってきます。
髪の毛 マジで半白髪状態で余計に凹むし
病院も検査&薬も危ういのでハシゴになりますが。
ちゃんと全部無事にスケジュール?こなせるといいんだけど。




心の空には翳がさしていて
それはいつもみるユメの世界みたいに薄昏いまま。

身の置き所がないような鬱にずぶずぶと足元から沈んでいきそうだから
今日はできるだけ何も考えないように。


子供が起きたらまず 消化のいい温かなうどんでも作って
一緒に食べよう。

そうして調子が良いようなら一緒にビデオみたり
本読んだりしてくっついてごろごろして過ごす。



またやってきた週明け。



明日はきっと晴れると 
何度でも繰り返し信じよう。


--------------------------------------------------------


                         ゆうなぎ



2007年11月23日(金) ふたたび




末っ子今週休まず学校行けた。やったね!
入れ替わりに木曜 休みまで一日を残して真ん中の子が休んだけど。
それでも状況は日々変わっているのだと思う。
アップダウンしつつのデコボコ道でも 確かに。

わたしの方もこうしてまだパソコンの前に座れてる。
警告!は相変わらずでパソコンの”その日”が
いつになるのかわからないけど
少なくとも今回ではなかったことに感謝しよう。


水曜の日記で大切なひとたちには随分と心配をかけてしまった。
人としての出来が良いとはお世辞にも言えないわたしだけど
有り難いことに人との出会いに関してはしみじみと感謝している。

わたしのトモダチは人様と比べると多いとはいえないが
それでも みんなこんなわたしであると知っていても
手を繋いでくれて離さないからねと言ってくれている。

その程度で? と叱られてしまうかもしれないけど
この歳になるまで平均よりは かなり色々あった方だと思う。

心の砕け散る音を聴いて
もう 今度こそダメだ と何度も思った。
どれだけ失くしてきたか もう数え切れないくらいに。

本当にどん底になった時に
人は泣くよりも放心してしまうのだということも
思い知った。

それでも砕け散った破片を拾い集めてガタガタでも
もう一度 繋ぎ合せて。
その度に不恰好になって決して美しくはないが
こうして此処にいる。

そして わたしはそんなデコボコの繋ぎ合せのココロが
不思議とそんなにキライじゃなくなってる自分にいつか気づいた。

だってこの破片は見つからなくて泣きべそかいていたら
あなたが見つけて差し出してくれた。
そこのはキミが。あっちのだって・・・・・
誰かしらが手を差しのべて・・肩をたたいて・・・
教えてくれた。振り向いた時に大丈夫だよって言ってくれる為に
ずっと其処にいてくれた。


今もね・・・ごめんね。
やっぱり かなりすごく相当 やられてる。
不安も苦しさも痛みも抱えたままで相変わらず。

それでも それでも なんだかね
わたしはやっぱりシブトイんだと思うんだよ。

だから ダイジョウブ。
だって あなたがキミがいてくれてる。


ありがとう と もう一度言わせて。

相変わらずのヘタレだけどでも
砕け散ったらまた拾い集めて繋ぎ合せよう。

与えられた最期の瞬間まで諦め悪くそれをし続けよう。

これからも弱音吐く。
もうダメだって多分此処に書く。

けど どんなに膝をついても絶望に呑みこまれそうになっても
ジタバタと足掻き続けよう。




 明日から諸事情で実家の方へ
 帰りは日曜日の夜になりそうです。

 帰ってきてもまだパソコンが立ち上がってくれますように。
 こればかりは祈るしかないけれども。



* 以前此処にも書いたけど もう一度この詩を *


「命の讃歌」

生きていれば何だってできる

絶望しても決して諦めない
それが今までも今からも
たった一つの自負


 「山より大きい獅子ゃ出やせん」

もうすぐ米寿の祖母の口癖は
確かに人間(ひと)の真実
だから 勇気を出せ 生きることに怯えるな・・と
いつもわたしの精神(こころ)に脈打ち励ます

 「命まで取らりゃーせん」

ああ そうだよね と
何だか肩の力抜けてちょっと笑うことができたんだ



生きてさえいれば何だってできる

その圧倒的な真実
長い年月を
涙と汗と泥にまみれていつのまにか節くれ立った指で
それでも懸命に掴みながら生きてきたひとの

命への讃歌をわたしは聴いている




--------------------------------------------------------


                         ゆうなぎ



2007年11月21日(水) 何処に。

11月21日水曜日 朝9時50分をまわったとこ。

子供達に朝食らしきもの一応食べさせて
それぞれ 学校に無事送り出せた。
末っ子も今週は順調だ。
「いってらっしゃい!」と威勢良く声をかけて
後姿を見送ってホッとして大きく息を吐く。

今日は晴れているので洗濯をしておいたのを干した。
でも一度に干す気力が無いので最低限のものだけ優先。

部屋の有様は散々だ。
布団はまだあげてないし、朝食の洗い物も勿論そのまま。
そういえば自分はまだ食べてない。
掃除機 今日は かけれるといいなと思うが またダメっぽい。
気休めに100均で購入したコロコロで髪の毛や
見える埃(っていうのも相当なもんだ)取ったり
手で拾えるゴミ拾ったり。

我ながら嫌になる。
わたしはものすごいキレイ好きでチリ一つ許せない方ではなかったけど
ここまで酷くは無かったのに。

そういえば風呂もまた入らない記録更新中だ。
髪がベタついてキモチワルイ。


そんな中 パソコンを開いて日記を書いてる。
とりあえず今日今の時点でまだパソコンは動いている。

とはいえ 相変わらず「警告!」は出ていて、ビクビクしながら
毎回立ち上げている。
少なくとも24時間以上間が開かないように立ち上げるようにしてるけど
(メールチェックだけはしておきたいので)
最近は”今回もとにかく無事に立ち上がりますように”と
泣きそうなすがるような気持ち。

いよいよイカンかもしれない と既に処理能力を完全オーバーしてる
頭の中はパニックでぐるぐるしてる。

色々あるといっても普通ならこなせることなのかもしれない。
子供達のことも、色々な人間関係も、家事や仕事に関しても。

でも今のわたしは仕事するのに必須で
自分の唯一ともいえる窓口でもあるパソコンの不調に対してすら
逃げ腰になってる。
金銭的なこともあるが
サポートセンターに電話→即修理→修理に出す為の用意
→修理から戻ってきてからの1からの設定
とか思うとその時点でものすごく気が重く鬱になるのだ。

そのうえ それだけすればいいというわけじゃない。
これだけでも手に余るくらいなのにこれはほんの一部なんだもの。


ああ 泣き言だ。
つい先日の日記で往けるところまでとか強がっていながら
もうパニクっている。哂ってくれていい。
叫びだしそうだ。この程度で?そう、この程度でももうダメなんだよ。
手が小刻みに震える。瞼の痙攣がなかなか治まらない。
それでも それなりになんとかまだ取繕えているよ。

みんなゴメン。
いよいよダメそうだ。今回はどう強がろうとしても自信が無い。

だけど自分から命を絶ったりだけはしないから。安心して。約束する。
まずそんな度胸なんてないし、どんなにみっともない生き様晒しても
この約束だけは守り通すよ。


Kにもずっと心配かけてる。
トモダチにもすごく心配かけてる。
みんなの気持ち。心配してくれる気持ち。
一人じゃないからねって 
そんな優しい想いがわたしのカタチをかろうじてまだ保たせてくれてる。

でもごめんね。
うまくいえないけど今 その気持ちにすらちゃんと応えられない。
大切な大切なみんな・・・ごめん・・ごめんね。


ほんとうに支離滅裂だ。
タスケテ と叫び続けてる。叫びながら殻を被る。
だって知ってる。
どれだけみんなが思ってくれていても
こればかりは自分自身でどんな形にせよ整理していくしかない。

泣きべそかいてパニクりながらでも
グチャグチャになって途方に暮れようとも

崩れても そこから また やりなおしていくしかない。

何度そんなふうにしてきただろう。
もう 何度目か忘れるくらい。
それなのに今更 なんで 今更。


今日は不思議と肌寒い。
今年初めてやっとそう感じた。


泣けたら少しは楽になれそうな気がするのに

ココロはぼんやりと深く沈んでいくばかりで

やっぱり涙は でない。


--------------------------------------------------------


                       ゆうなぎ



2007年11月20日(火) パソコンとわたし とにかく往けるところまで。

とうとうパソコンが益々良くない状態に。

立ち上げで「警告!」が表示された。
本来ならサポートへ電話(ここまでは以前してその時は何とか
騙し騙しでも治った)→多分状態からして今回は修理へ とするのが最善 
というか ここまできたら少しでも早くそうした方がいいのはわかってる。

でも修理にはお金がかかる。故障場所にもよるが
多分ここまで引っ張った分状況的に楽観視できそうにない。

仕事(といっても細々との内職収入ではあるが)でパソコンを使う
個人SOHOの端くれとしては
―ねに出している間 仕事ができない
のは かなり痛いし

今の心身の状態で
⊇ねからかえってきたら必要ソフトを再インストールしたり
仕事を始められるまでの状態まで再設定などをしないといけない
のだけど 気力がどうにも無くて

一番の問題の経済状態も
修理代金どこから捻出するよ?
これ最大の難関かも。

何よりそして危なっかしくともひやひやしつつも
頑張って動いてくれてるので 今。
無理させてるのわかってるけど現実の諸々の前に
パソコンに甘えてる。


しかし これって 今の自分自身の状態に非常に酷似してる。

限界値は以前から越してる。
心身に警告!出まくり。
でも代わり無し。とにかく動いてるからいけるトコまでいくしかない。

ジブンを見てるようですごく複雑な思い。

本当なら そりゃ休ませてやりたい。
修理に出して、仕事いったん少しお休みとか・・って言っていられる
生活的、精神的、余裕があるのなら。
もしくはもう一台助っ人PCが持てるとか何とかなれば。

でも無い。そんなの現実的手段として少なくとも今無理。
ジブンとパソコンが一緒になっちゃってるけど
どこをどう考えても もっとポジティブに とか言われても
第一 どこをどうこれ以上 ポジティブになれるってんだ?

これでもかなりというか めいっぱいポジティブに考えてるから
今 こうしてなんのかんのといいながらもパソコンの前に座り
こうして日記とか書いてるんだよ。そう考えてるというか
ほとんど強制自己催眠の域に入ってるけど。


結局 現実目の前のことを具体的にどうするか?ってことが
一番重要なワケであって。

この場合 まず芯になるわたしは 
今 身体がせめてもう一つ欲しい。
子供達のことが一番大切な時なんで。
(特に下二人は)しっかり見て聞いて一緒に考えてやらないといけない時。
下二人は飛び立つ練習 第一段階をやっと仕上げにかかってるって感じで。
ここは見守り受け止められるようにしてることが必要だと思う。

お兄ちゃんにしても目の端で止めておかないと。
彼は第三段階くらいにきてるから干渉しすぎてもダメだけど
でも目の端にはとらえていないと まだ。
下の二人とは違った意味でデリケートな時期だと思うので。


両親やリアル周囲との関係。
これはこの所子供達問題や自分自身の心身の病気のことも含めて
かなり追い詰められて苦しかった。
過去形になってるけど正直心の中では現在進行形。

ただどうしようもないのだということを
改めて自分自身に言い聞かせた。
泣こうが喚こうが ソレした方が現状は悪化する。

全身全霊で(大げさなようだけどそのくらいのイキオイで)
とにかく”望まれてるワタシ”を実行し続ける。
あと見えないところでぶっ倒れようが思考機能停止しようが
自分にできる全てをそれでも足りないと言われて落ち込もうが
やり続けるしかない。

こう書くとなんだかヤケになってるように見えるかもしれないけど
それとは少し違うんだ。
変な言い方になるけど わたしは 現実主義者なので。

むしろヤケになれたり”そんなふうに頑張ってるジブン”に
酔うことができたらもっと楽なのになぁとか思う。
楽というか その方がずっと人間らしいし カワイゲだってある。

わたしが自分でもすごく嫌でだけどどうにもならない性みたいなものは
この 歪んだ冷静さとカワイゲの無い現実主義な所。
苦しいのに辛いのに感情は人一倍激しくあるつもりなのに
醒めた目をして自分をみてるジブンが常にいる。


だからこういう生き方しかできないんだろうと思う。
孤独から逃げ切れないのは。そのせい。



11月20日火曜日。現在AM3:30を過ぎ。

とりあえず今パソコンは起動してる。
仕事関連のバックアップは取ってあるし
もしもの為の最低限の連絡手段はなんとかした。
最悪の場合の時は腹を括って再度積み上げていくしかない。
5年かかって0から此処まできた。少なくとも0ではなくて
1からでも始められたならラッキーだと思おう。

とりあえず今わたしは息をしている。
心身共にかなり追い詰められてはいるし
気力も萎えてはいるけども
とにもかくにもこうして日記を書くことができている。
カラ元気でも作り笑顔でも まだできてるなら上等。
内側で知られずに壊れていこうとも
やっぱり守りたいと思うなら それは自分で選んだこと。


理屈にもならない理屈を相変わらず捏ね回しているのは滑稽だな 
とか
醒めた自分がジブンに呟くがそれにまで答えるのはさすがに疲れた。
放っておこう。


パソコンとわたし
とにかく往けるところまで。


矛盾も支離滅裂もいつものことだ。

ただ 
往こう。


--------------------------------------------------------



                           ゆうなぎ





2007年11月18日(日) けど晴れる日もある




土曜日、朝から下二人と共に街へ。
約束通りにいつものラーメン屋さんとアイス。
それからこれまたお馴染みの某チェーン店古本屋さんで
一人2冊までの約束で本を選ばせる。
わたしは買わないつもりだったけど結局 ダメですね〜
いつのまにかふらふらと2冊手に持って一緒にレジへ。
笑えるエッセイものと長編ミステリー購入。

ストレス溜まると本が買いたくなる。
こんな時はあんまり考えずに読めるエッセイ
(でも好みはかなり決まっている。軽ければいいというものでもないし
この辺は人の好き嫌いにも通じるものがある)
もしくは現実とできるだけ遠いもの。
別世界へと誘ってくれるものがいい。

それから100均へ。
ここでも気をつけないと100円だもんね〜と
余分なものまで買い込んでしまうから注意。

でも文具関係と特にこの時期カレンダーはお勧め。
わたしはイラストレーター・画家でもある林静一さんという方の
描かれる特に人物画が好きなのだけどなんと大小、数種類の
カレンダーが100均であるのを見つけて狂喜乱舞した。

カレンダーは一度 まだ早いや・・と思っていたら
いつの間にか全部無くなっていてガックリしたことがあるので
新年度のを見つけたらとにかく買うべし!なのだ。
100円でカレンダー画集(と思うほど充実してる)が手に入るなんて
凄く嬉しい。

子供らのここでのお気に入りはカリカリ梅。
これは梅干が個別に袋入り。4つで100円で売ってて
1つがかなり大きいし食べた後も種を口の中でカラコロいわせつつ
味がなくなるまで。種だけになったら慎重に(歯が欠けるなどの
アクシデントに気をつけつつ)種を割ると中にオタノシミがある。
すっぱいの大好き一家なのでお兄ちゃんにもお土産に4つ。

ここまででわたしは既にかなりふらふら。
週末は人も多いから尚更疲れる。

でも子供らが満足そうにして「楽しかった」と笑顔だから
やっぱり良かったと思うワタクシ。こういうところは単純。

帰りのバスではイネムリ。
行きがけは薄曇だった空は午後過ぎには見事に晴れてて暑いくらいだった。

家に着いたらもうダウンのわたしに比べて
子供らは また友達と遊ぶ約束。タフだね〜

とにかくこのままのイキオイでいい形で月曜日を迎えられたらいいなと
それを祈る気持ち。




最近 どうにもこうにもキツイのよ。
わたしの人生ってなんだかいつもあちこちに
気をまわし、気を遣い、それでも イライラぶつけられたりとかする。
これじゃ割りに合わないよなぁって胃がキリキリ痛む。
たまに反論や愚痴めいたこと、それでもすごく言葉を選んで口にしてすら
「じゃあ (私は・俺は・僕は)どうしたらいいっていうの?」って
相手から責める様に言われる。

そんなこと知らんわい。それはこっちの台詞だよ って
心で思うけどそれ言っても余計に拗れるので黙るしかない。

そんなの自分で考えやがれ!とか言えたらスッキリするかな。
けど結局はこの台詞は先に言ったモン勝ち。

出遅れた方は溜息をこっそりついて
とにかく自分で打開策を考える。


あ そんな我慢せずに素直な自分の気持ちをぶつけて・・とか
言わないでね。
そんなの何回となく してるから既に。

椅子取りゲームは苦手だった昔から。
諦めというよりも自衛。何度も繰り返した挙句の。




それでもそんな達観してない。
ツライコトは辛いし
何回言われても嫌な言葉には慣れない。

でも シカタナイコト は哀しいけどやっぱりあると思う。
どんなに求めても得られないものは ある。


けど その中で往くしかないんだ結局。

傘は無いしこれからも無いままだろう。
雨が酷い日は ずぶ濡れて風邪もひく。

大きな傘、キレイな傘さしてちゃんと守られて歩いてる人たち見れば
羨ましくて泣きべそかきそうにもなる。

それでも泣いて傘が手に入るわけじゃない。

傘は無いけど 
時には優しい木陰が雨やどりさせてくれる。

傘をさしていれば隠れて気づかないかもしれない
雨上がりの虹。水たまりの鏡。雨粒の光るレース編みみたいな蜘蛛の巣。



こっそり吼えて愚痴吐き。だってそんな聖人君子じゃない。



それに晴れる日もある。
だから傘なんていらない。

強がり200%



けど晴れる日もある。


それもやっぱりほんとう。


--------------------------------------------------------


                           ゆうなぎ



2007年11月17日(土) 真夜中、長いヒトリゴト

明日 というか もう今日になるけど 午前中から下の二人を連れて
街へと久々に出かける予定。木・金と約束通り学校頑張ったご褒美。
兄ちゃんは友達と約束があるとかで今回は不参加。

わたしの風邪はなかなか治らずに体調はあんまり良くない。
けど 学校から帰ってくるなり
「明日の朝はご飯食べないで思いっきりラーメン食べる!」と
宣言した末っ子や
「100均で3つまでだけ買いたいもの買っていい?」と
聞いてくる真ん中見てると
いかに楽しみにしてるかわかるから約束果たす為に頑張らねばと思う。
人様からみればしょぼくても我が家では特別なイベントなのだ。


ここ暫くは色々あって大切なひと達に心配をかけてばかり。
申し訳なく思いつつも 気持ちに甘えさせてもらってる。

わたしの トモダチ=大切なひとたち は そんなに多くない。
みんなネットの世界で出会ってそこからリアルな存在になっていった。
ネットの良さは最初に余分なもの全部とっぱらった心と心から始められて
だからこそ深く話ができるところだと思ってる。

とはいえ その匿名性は諸刃の剣なので
慎重であることは必要なのだけれども。


此処にも書いたことがあるがもう数年前に
学生時代からのリアル親友だった人から絶縁宣言されたことがある。
わたしが彼女への連絡を怠ってしまっていたことが
根本的な原因だったのだけど 一言でいってしまえば 
彼女は彼女の中にいる”あるべき姿のわたし”から
”現実のわたし”が外れていくのが我慢ならなかったのだと思う。

わたしにも闇や歪みもあるということをあれだけの長い付き合いの中でも
わかってもらえてなかった。いや わかっていても許せなかったのか。

当時はものすごいショックを受けたし やっぱり思い出せば傷は痛むけど
結局 彼女の考える親友の定義と
わたしのそれが違っていたんだろうと今はそう思える。


立場や状況は人それぞれ。
違ってて当たり前だし そこにどっちの方が ということはない。
例えばもっと過酷な中を生きてる人もいるんだからとか言われたって
自分が辛いと思えば辛い。
だってそうでしょう。辛さとか苦しさとかは主観の問題。
つつかれると弱い部分はみんな違う。

それがわからないひとは苦手。
自分の正義とか常識とかを持つことは自分自身を形作る為に
必要なことであると思うけど 
それだけに縛られていたら大切なものを見失ってしまう気がする。

なんて これもわたしの主観でしかないけど。


自信を持つことは悪いことじゃないだろうし
わたしみたいな人間からすれば そこまで言い切れる迷い無き自信が
羨ましくもある。
そういうふうに生きれたら こんな風に精神を病むこともなく
もっと楽だったんじゃないかと思うから。

だけど そういうひととはやっぱりトモダチにはなれないだろうなとも
思う。


闇を抱えて初めて感じることのできる光もある。

わたしは昔の親友だった彼女から見たら
面影もないくらいにヘッポコへタレで縁を切って正解だったくらいの
人間かもしれない。

でも わたしはあの頃のわたしよりも今のわたしの方が少なくとも
好きだ。
そんなご大層に宣言するようなことじゃないんだけど。


傷つけられるのは本意ではないし
痛いものは痛いので嫌だ。
そんなの何回だって慣れるわけもないので
臆病者に磨きがかかるくらい。

それと自分が全然人を傷つけてないとも思わない。思えない。
無意識に放った言葉が矢になっていないなんて言い切れるほどの
自信家には未だなれない。

きっと死ぬまで試行錯誤・五里霧中・四苦八苦


またえらく長い日記になってしまった。

こんなあっちこっちに思考が飛ぶような
まとまりのないヒトリゴト日記をここまで読んでくださった方 
本当にありがとうございます。


相変わらずっていえば ほんとに相変わらずですが

それでも

あなたがキミが
思考の海底に沈んで一時機能停止してるこのわたしの手を
離さないでいてくれているように

わたしもその手をしっかりと握り締めていたいと思ってます。

忘れないで。





”トモダチからトモダチへ

 どんなときでも 君が好きです
    どんな君でも 僕は好きです ”




--------------------------------------------------------


                         ゆうなぎ



2007年11月15日(木) グチグチぐしゅぐしゅへっくしょんシリメツレツ


どうも本格的に風邪ひいちまったようです。
(キタナイ話で恐縮ですが)水っ鼻が止まりゃしません。

ティッシュならぬトイレットペーパーを膝の上に置いてます。
何故にトイレットペーパーかというとその方が安いからです。
街で配ってる広告ポケットティッシュかなり溜め込んでたんですが
最近 とんと街に出ないのでとうとう底をつきました(ガックリ)

一足早い赤鼻のトナカイです。
トナカイは可愛いけど赤鼻のオバチャンのジブンはヤダ。


末っ子 今日少しだけ登校しました。
一応行くだけ行ってそれから帰ってきてもいいから 
って言ったら
ホントに少しだけで帰ってきました。ふぅ・・・

でもね それでもいいと思うんだ。
それでもちょっとでも行けた事を偉かったねっていってやりたい。今は。
だってさ 大人でも こういう休み続きの後 行くのって
すごくすごく嫌だもの。

今回たとえ木・金と学校に行けたら
土曜日にラーメン屋さんとアイス←(いつものコース)
に 連れて行くよ〜というご褒美目当てだったにしても だ。

甘やかしすぎって言われるかもだし 
モノやなんかで釣るようなことするのは
キョウイクジョウ ヨロシクナイのかもしれないけど。

でも きっかけ になればいいじゃん。
楽しみがあったら 気が重いことでもできちゃったりするし。

やみくもに学校に行かせること自体にこだわるわけじゃないけど
楽しく学校に行けるなら それが一番。

だから今日ほんの少しでも それが土曜日のお楽しみに釣られてでも
学校に行くって言ったのは大きな進歩だって思った。

『北風と太陽』のお話じゃないけど
強引に心をこじ開けてむりやりじゃ意味ないし 本末転倒な気がする。
自我が芽生えてくる 今 この時期だからこそ尚更。

実は少しばかり 先生の対応で もう少しここではこうして貰えたら
って思うこともある。
今日も
「もう○年生なんだからしっかりしなきゃね」とか「頑張らなきゃ」
って言葉じゃなくて できれば
「少しでもよく来れたね〜頑張ったね〜 顔が見れてホッとしたよ」
って言葉を まずは一番にかけて欲しかったんだけど・・・

先生には先生のお考えもあってのことだろうし
決して責めたてるようなニュアンスだったとは思っていない。

ただ 少し前の ある一件の時も感じたのだけど
どうも この子の性格の根本的な肝心の部分を
わかってもらってないようで それが気にかかった。

そうはいっても先生も人間。ましてや1対1じゃないんだから
それは仕方ないことなんだけど。


学校にも学校の、先生には先生の立場がある。
不登校 となると やれ 教育委員会への報告だの
児童相談所へとかカウンセリングとか そういう方向に
定められているのが現状。学校は学校で上から迫られるわけだ。

だから 少し不登校気味にでもなると 学校側は焦りだす。
本当なら ゆっくり時間をかけた方がいいことでも
北風のように攻めの体勢(少なくともこちらにはそう見える)で
迫ってくる。

ゆとり教育だとか色々言われて随分になるが結局一人一人の心のゆとりは
失われていくばかりの気がする。

大人も子供も、教師も親も生徒も みんな息切れしてる。

そうしてちょっとしたことがきっかけで歯車なんてものは
ズレていってしまう。


白状するとわたしは土曜日 寝てたい。
ここのところ 少しでも・・と先生方に事情や状況を話したり
子供たちに対して両親に対して・・と言葉を選び、それでも
伝えるべきところは伝わるように・・と心を砕いてきた。
挙句 この風邪でヨクデキタオカアサンじゃないわたしは
心身ともにキツイ。

でも ほんと今 ここがきっと重要、肝心なんです。
弾みをつけてやるための。
わたしの踏ん張りどころ。



病気のこと。特に心の病については 皆さんそうだと思うけど
理解を得るのがとても難しい。
動けない時にはホントにトイレに行くのもキツイ。
そんなの行けばいいじゃんって思うでしょ。
風呂もそう。キモチワルイのよ。入らないと。
でも 洋服脱ぐに至るまでに もういいや・・疲れた・・明日・・って
力尽きる。キモチワルサより心の疲労が勝ってしまう。

身内ならわかってくれるか っていうとむしろ逆だったり。
しゃんとしてた時の姿とか見てるし、
ここにきても信じたくない思いもあるんでしょう。
で 身内だから投げかける言葉も遠慮が無かったりするわけです。
それでまたガクッと落ちる。

元気そうにしゃきっと見えてもソレ維持した分だけ倍返しで
次にはぐったりダウンしてしまうんだよ。

でもダウンしたとこしかみてないと 
そんな風に寝てばかりいるから余計良くない
とか言われてしまう。

説明はできる限りしてきたけど 
シャキッと(もう全身全霊の力振り絞ってやっとなんだけど)
やろうとすればやれるんだから・・って思われるらしく・・・。

エンドレスですわ〜

最近 学校へとかストレスかかる電話が多かったからか
電話中に息苦しさで何度も言葉には詰まるし(空咳で誤魔化したけど
すごく変だったと思う)瞼のぴくぴくした震えとか、
手の震えまで出てくるわで1本電話切っただけでグッタリだった。

けど これ見てる人がいるわけじゃないし こういうのを
どう説明したらわかって貰える?

気の持ちよう とか 言われたらそれこそ ブチキレそうだ。


そうそう、例の社長から(そう あの資料ももらえないままの仕事
まだとにかくなんとかしてるんだよ)ノンキな「どうしてる?」って
電話があったらしい(わたしがダウンしてる間に兄ちゃんが電話とった)
仕事の話とか資料のこととかじゃなくて純粋に「どうしてるのかな」って
思ってるみたい。
まぁ もう こっちはその方がいいからいいんだけど。
今 彼女の声とか聞きたくないもの。

嘘じゃないので 風邪引いて 声が出ない(ここだけ嘘)で
乗り切ることにする。


薬はもう早くに飲んでるんだけど あんまり効いてない。
とりあえず アレルギーの薬と眠剤追加してみよう。

キリが無いのとさすがに疲れたので(←当たり前じゃ!おバカ!)
このグチグチシリメツレツ日記を〆ることにする。


ごめん。


--------------------------------------------------------


                              ゆうなぎ

 



2007年11月13日(火) おはよう

眠れないまま この時間。


風呂入れませんでした記録、やっと寒くなってきたせいで
より一層更新しやすくなった(ってそれじゃダメだろ!)

かなり過食気味。かろうじて下剤依存にて浮腫みは
食い止められているモヨウ(指輪の抜き差しでチェックしてるのだ)
けど体重はアヤシイ。 少なくとも減ってないのはわかる。



実は昨日は諸々でかなり追い詰められてた。
疲れて・・・ただひたすらにもう疲れて
でも 誰にも言えるはずも無くて

だって例えばそこで問題をぶつけて吼えても
それで楽になるか 解決になるかっていえば
結局 周囲を困惑させ糸をもっと縺れさせるだけ。

みんな疲れているんだ。
そしてそんなみんながそのストレスを無意識にでも出せる相手は
どう考えても現状 わたしだけなんだ。

そりゃ わたしだって好きこのんでサンドバックになりたいわけじゃない。
むしろ辛抱とか我慢とかすごい苦手だし
精神攻撃(それが意識されたものでなくても)にはモノスゴク弱い。

でもこれを受け止めて呑み込むのと
弾き返して大切なものを失うのと
どちらを選ぶかといえば 前者を選ぶ。

わたしはすごく怖がりで臆病だから
自分自身のエゴの為に受け止めて呑み込むのを選ぶ。

強いからでもニンゲンができてるからでもない。
そんなカッコイイ理由なんかじゃない。

だから ヘタる。
自分でも情けないくらいにヘタる。
心の行き場を失う。




どこか遠くにどこでもいいから此処でない何処かにいきたくて
家を発作的に飛び出した。
だけど 何処か なんて どこにもあるはずも無く

マンションの非常階段から下のアスファルトの地面をボンヤリ見てた。
ちょうど人もいなくて
下には車が一台止まっているだけで

ああ 今なら 誰も巻き添えにすることなく
迷惑かけることもない とか どっかネジの緩んだ頭で考えて

トモダチとのまだ果たしてない約束とか
大切なひとの電話の声とか
そういうのに向かって 
ごめん やっぱりもうだめみたい って身を乗り出しかけた。

地面が妙に近く感じてホップステップジャンプとか
できそうな気さえした。


でも 
そうだ 止まってるあの車の持ち主さんはやっぱり嫌だろうな って
ふっと考えた。


トモダチの顔が浮かんだ。
大切なひとの顔が浮かんだ。

何やってるんだ あたし って思った。




家に戻っても 問題が”はい、解決”といくわけもなく
多分 今日も髪掻き毟り アレルギー薬に胃薬と頭痛薬追加して
乗り切るだろう いや なんとしても乗り切る。

カッコつけてる余裕なんて無いから
そりゃみっともないことと思う。

とりあえず 生きること を最優先だから。

でも それでいい。それでもいい。



ヘタレだけどシブトイ。

なりふりは今はかまわない。



生きてりゃお日様が昇るのを見れる。
それがどんなお日様かなんてことはわからないけど
わからないから1%の希望を持てる。

思ったよりもマシな日になれば上等。

そんなふうにして生きてきたじゃないか。


おはよう。

もうすぐ夜が明ける。


晴れても曇っても雨でも 
今日を始めよう。


--------------------------------------------------------


                               ゆうなぎ  



2007年11月12日(月) お母ちゃんね・・・


揺れて不安定な柔らかなココロ


繋いでいたはずの手を迷子にさせるのは
イジワルなカミサマの悪戯?

とことん意地っ張りな背中が
だけどとても頼りなげにみえる



もどかしくて疲れて怒って
どうして?って打ちのめされて
それでもやっぱりこの手は探し続ける
迷子になったって諦めやしない

繋いでいた手が何度迷子になっても
きっとみつけてみせるよ



誰だって道に迷うよ
不器用は母譲りだから尚更

探し方 下手かもしれないけど
君が自分の力で見つけられるようになるまで
ちゃんと振り向けばいるから此処に



お母ちゃんね・・・

どんな時でもやっぱり君のことが好きだよ


だいすきだよ


--------------------------------------------------------


                               ゆうなぎ



2007年11月11日(日) さけび

 むかし書いた詩をふたつ。


「みんな生きている」

蟻を踏み潰した
とても無意識に

この蟻にも
命は確かにあった

もしかしたら
家族がいて 恋人がいて 友達がいて

いや 笑い事じゃなくて
本当に

みんな
帰ってこない蟻を
待ちわびているかもしれない

無造作に
この世から
消されてしまった命

大きなものの
ただの気まぐれな悪戯によって

ただそれが 蟻であったというだけ

それが人間には起こらないと
誰がいえるだろう

小さな命
大きな命
かたちは違っても
いろんな命

みんな命


みんな 生きている

みんな 生きていたい



***


「わたしを殺さないで」

あなたの言葉でわたしは死んでいく

今の言葉は左肩を刺し
さっきの言葉は右胸を貫いた

あなたは 何も気づかずに言葉を連ねる

耳を塞いでも
容赦なく襲ってくる指の隙間から

声をあげても
何故かあなたには届かない
ずっと 叫び続けても
あなたには 聞こえない

どうか お願いだから
多分耐えられない これ以上は


今 放たれた言葉の鋭い矢が
突き刺さる 逃げられない
わたしの心臓に

あなたの言葉でわたしは死んでいく

ああ どうか
わたしを殺さないで

お願い これ以上

ワタシヲ コロサナイデ



***********


 生を受けた瞬間から 死を考える人などいない。
 沢山のモノが人を傷つけ、蝕み、倦ませ、絶望させる。

 誰だって本当は生きたい。
 それが希望に満ちた人生ならば。
 死にたいんじゃない。
 ただ心のいき場を失くしてどうにも息ができなくなって
 苦しさのあまりに空へと逃げ場を求める。

 どうか耳をすませて
 わたしたちの心の声をきいて

 しずかなさけびに気づいて。

--------------------------------------------------------


                               ゆうなぎ

                             



2007年11月08日(木) 問いかけ

「問いかけ」


いつの間にか肌寒くなってきた夜


迷い子のように心が震えるから
一枚きりの夜色のカーディガンを羽織る

カーディガンは薄くて震えは止まらない

まるく蹲りながら
わたしは深い思考の海に沈んでいく


見つからない答えに胸を掻き毟る
カーディガンのボタンが取れて
ころころと行方不明

開いた胸元から風が吹き込み
思考の海を不安でさざめかせる



信じるということの難しさと
愛するということの意味を

今 あらためて

突きつけられて
問いかけられているような



そんな気がしている

--------------------------------------------------------


                               ゆうなぎ



2007年11月07日(水) ハート苺ジャムケーキ



*マーマレードホットケーキのバージョンアップ?版

.沺璽泪譟璽匹ら苺ジャムに変えた
(苺ジャムもマーマレードと同じくらいに子供らが好きな為)
⇒召辰神乎呂脳討い進をハート型に切り抜いて
それにジャムを塗ったのを上に乗せた

ハートの切り抜きを上に乗せたのはなかなか好評で
これだけで感嘆の声があがった。
ダテに歳とってないもんね〜
ちょっとしたことだけど目先が変わると
バージョンアップ度も倍増して見えるのだ。うっふふ。


これ、この日また学校休んだ末っ子と一緒に作った。
一緒に作ろうよ と声かけると だんまりながらも寄って来て
熱心に卵を冷蔵庫から出してきたり、粉飛ばしながらも混ぜたりと
奮闘してた。焼きあがる頃には粉だらけの顔で笑ってた。

今日 末っ子は学校へ行った。
少しホッとした。


でもそれで終わりじゃない。
色々な部分で今 我が家は重要な時期を迎えているのだと思う。
そして全てのことはわたしへの試練となってくる。
これは自意識過剰でも大げさでもなく仕方ないのだ。
実際、他に居ないのだから。



本当は大声で叫びたい。
本当は全部投げ出したい。
本当は何処かに逃げ出したい。

ワタシダッテキツインダヨ ゲンカイナンダヨ 
って喚きたい。

苦しくて息ができない。


でも今そうしてどうなる?
こんな頼りない柱でも折れれば崩壊する。
それだけは嫌だ。

立ち続ける。
崩折れそうな足 踏ん張る。

だって大事だから。
どうしたって大切なひとたちだから。



どこかにいるカミサマに目を閉じて静かに祈る。

どうか挫けぬ勇気と力をくださいと
祈る。

--------------------------------------------------------

 
                               ゆうなぎ



2007年11月05日(月) 明日はどっちだ

週末過ぎて週明け。

相変わらず胃痛に加えて頭痛に悩まされたまま週末おしまい。
耳ギレはなかなか治ってくれない。


末っ子落ち着いたかなと思ったら入れ替わりに真ん中。
この繰り返し 暫く続くんだろうなぁ。

きっとこれは魂が形創られていく為に必要な試練のようなもの。
親としてちゃんとしてやれてる自信は無いし
失敗失言の類も数限りない。

ただ よく無駄な経験はない って言うけど
それは言えてるかもって思う。
考えること、想うことは時にとてもシンドイけど
のた打ち回って苦しんで見えてくることも確かにある。


すっごい痛くて息も絶え絶えで 
その度に あと一回だけ辛抱って そこは諦めの悪さ。
もう限界って台詞何度 心の中で叫んだことか。
アンタの”もう限界”は何度あるんだよ!って思わず自分に
ツッコミ入れたくなるほど。

でも幽体離脱しそうな打撃でも 生き地獄・・ってこれ?とか
ダウン寸前ボクサーみたいにボコボコになっても
臆病モノの有り難さ。
その時 抜け殻だろうと生きる屍だろうと
生きる事を止めずにいれば どしゃ降りも時に小雨に変わる。
時には うっすらだが陽も射す。すぐにまた暗雲立ち込めてくるにしてもね。

そうして生きてきたし
これからもそうして生きていくんだろう。



今日も朝から胃はズキンズキン。
どうか うまくいってくれますように。

無事に子供らを送り出したら少々区役所関係などまわってこないと。
本当は出かけずに済めばいいんだけどそうもいかない。
それも一度では済まないだろうから余計気が重い。

電話にも出る気になれず。メールのお返事も止まってる。
とにかくシンドイ。みんな ごめんね。ちょっとだけ待ってて。


そういえば風呂にも暫く入ってない。
特に髪がすごいことになってるので朝一で子供ら無事に送り出したら
シャワーだけでもして髪と顔、身体だけでも洗おう。

さすがに少し冷えてきたからできれば湯船につかりたい所だけど
それすると出かける前に枕とオトモダチになって動けなくなるから我慢。


ああ もう朝だ。
今日がまた 始まる。

--------------------------------------------------------


                               ゆうなぎ



2007年11月02日(金) 耳ギレ

ここ暫く順調だった末っ子がまた今日学校を休んだ。

どうして?と泣きそうな気持ちになるけど
進んでは少しまた止まり後戻り、しゃがみこんでは また進む
これも必要な過程なのだろう。

ひとは機械ではないのだから。

きっと今は根気強く見守っていくことが大切な時期。



わかっているんだけど胃がキリキリ痛む。
月曜から金曜日まで祈るような気持ちで綱渡りみたいな日々。

左耳の上つけ根が切れてきてて、それがカサブタになったのを
気が付くと無意識に掻き毟っている。

ストレスが出たときのわたしの癖。

わたしはヘタレ母なのでわかってるつもりでもメゲてしまう。
打たれ強いと言いつつ かなり情けない。
母は強し なんていうけど なかなか・・
心の中は泣き言でいっぱいだ。


キツイものはやっぱりキツイよね?
親だって人間だもの。

でも コノヤローと思っても もう知らない!と頭から湯気噴いても
やっぱり 例えば 
涙の痕残したままの寝顔とか
無意識にくっつけてくるあったかな足とか
そういうのに触れた時 理屈じゃなくてイトシサが込みあげる。
不思議だね。


月曜日は学校行くからごめんね と
さっき末っ子がやってきてボソリと謝ってきた。

膝に乗せて どうして行きたくなかったのか理由を
改めて聞いたら 
この所 頑張って行ってたので疲れた と ほざきおった。

まったくもう・・と脱力したが 結構真っ当な理由かもしれないと
思ったりもした。
彼は彼なりに頑張っていて、ちょっとやっぱり疲れたりしたんだろう。



親子で四苦八苦、暗中模索、迷い道くねくね。
それでも一緒に ねぇ。


不器用ゴジラ一家は今日もこんな風にジタバタドタバタと往くのです。

とにかくとりあえず週末。

この耳ギレを治したいなぁ。

--------------------------------------------------------


                               ゆうなぎ



2007年11月01日(木) ただひとつ




言葉にしてしまったら
全ては ありふれたことになってしまう

その苦しみも
その痛みも

せつないくらい どこにでも ある


せつないくらい ありふれていて
それでも
せつないくらい ただひとつのこと


そんな 哀しみが

世界には 溢れている


*********

時々 自分のタフさ加減が嫌になる。

本当の意味で強い人間になりたいとは思うが
変な打たれ強さは自慢にもならない。
見せてないだけでその度 傷の上に傷を増やしていれば世話はない。

それでも不器用ゴジラは不器用ゴジラとして
生きるを全うするしかできそうにないのだけど。

せめてゴジラじゃなくて
もう少し、なよやかなモノでありたかった・・と正直思うけど
(わたしに決定的に欠けているのはそれだ)
ゴジラにはゴジラの哀しみもきっとあるのだから
わたしのようなモノにまでそういわれてしまったら浮かばれまい。



全ての人もモノもそれぞれが

同じものなどない
他のどんなものでも埋められない


ただひとつの存在。

ただひとつの命。


                               ゆうなぎ


 < 過去   INDEX  未来 >


ゆうなぎ [MAIL]

My追加