同僚の妹さんが妊娠四ヶ月で最近退職したという。本人はぎりぎりまで働きたかったのだが、職場の雰囲気がそれを許してくれなかったらしい。
不慮のトラブルで迷惑をかける可能性を考えて、妊娠判明後速やかに報告したところ、上司は言った。
「あら、そう。で、いつまで来るの?」
お愛想でももらえると思っていた「おめでとう」の言葉がなかったことに動揺しながらも、何事もなければ○月いっぱいはお世話になりたいと思っていると答えたところ、「曖昧なのが一番困るのよね。もっと早めでいいんじゃないの?」。
たしかに使う側からすれば、予定が不確実なのはあまりありがたくないだろう。しかしその上司も妊娠、出産経験のある女性である。もう少し温かい反応が返ってくると思っていたのでショックだった。
が、彼女を落ち込ませたのはそれだけではなかった。同僚にも伝えたところ、「えらく気の早い報告だね」とまるでこちらがうれしがりであるかのように言われてしまった。
「体調が悪いときに迷惑をかけることになるかもしれないと思って」
「それって残業はパスとかそういうこと?」
「そうじゃなくて、もしかしたらの話」
「よかったぁ、人の仕事してる余裕なんかないもんね」
いつも一緒に行っていたお昼ごはんはつわりのために何度か断ったら、誘われることがなくなってしまった。意地悪をされるわけではないが、なんだかそっけない。日に日に居心地は悪くなり、このストレスは赤ちゃんによくないと彼女は退職を早めることにした。
「妊娠って無条件におめでたいことで、他人事でも喜んでくれるものと思ってた私が甘かったわ……」
私は同僚からその話を聞いて、妹さんはたしかにちょっと甘かったかもしれないと思った。
世の中には他人の幸せそうな様を見ると面白くない気分になるという人がいるし、そういうタイプの人でなくとも結婚や妊娠といった事柄は個人の意思ではままならない部分があるだけにやっかみを生じやすい。同僚という間柄だと誰かが仕事のペースを崩したり退職したりすると周囲の人がカバーをしなくてはならないので、なおさら気持ちよく祝福してもらえないことが起こりうる。
しかしなんにせよ、働きやすい環境を作ろうとしての妊娠報告が仇になってしまったとは気の毒な話である。
* * * * *
「女の敵は女やなあ」
同僚がしみじみと言うのを聞いて、私はふと少し前に読んだ「発言小町」のトピックを思い出した。
「披露宴でお出しするコース料理に私の趣味である手作りベーコンを使ったメニューを加えたいと考えているのですが、皆さんが出席者の立場だったら食べたいと思われますか?」(こちら)
回答者はおそらくほとんどが女性なのだが、全部読み、私は「同性に対してえらい手厳しい人がいるもんだな」と思った。
私の感想は「ウェディングケーキが新婦のお手製って話はときどき聞くけど、自作のベーコンなんて意外性があって面白いじゃん。私だったら食べてみたいワ」というものだが、「食べたくない」派(のほうが多かった)の回答の中にも頷けるものはある。
「味の問題ではなく、素人が作ったものという時点で気持ち悪くて嫌」
「手作りと聞くと残せなくて困る。出席者に気を遣わせるのはどうかと思う」
「もし食中毒を出したら責任取れるんですか」
といった意見はわからないではない。そうね、いろいろな人が出席していることを思えば、披露宴の料理としてではなく新居に招いた際にごちそうしたほうが無難かもしれないわね、とも思った。
しかしながら、へええ!そんなことを思うの!と心底驚いたコメントも少なくなかった。
「趣味程度のものを押し付けがましいなあと思ってしまいます」
「素人の趣味の品をこの機会に皆に褒めてもらいたいという人間性に引く。新郎側の招待客ならば『自己顕示欲の強い嫁もらっちゃって』と感じるかも」
「お料理上手と褒めてもらいたいのかな?とどうしても思ってしまう。自己満足に陥らないでと言いたい」
「自慢したいのね、褒めてもらいたいのね、口に合わなかったけど美味しいって言わなきゃだめよね、結婚前の忙しい時にわざわざ一週間もかけて作ったんですって、あらまーなんか嫌味ったらしくない?デキる女って思われたいのかしら……などなど、ひがみ魔の絶好のネタにはなると思います」
自作のベーコンを出すくらいでこんなにあれこれ思われるのか!とびっくり。
私も自分の結婚式の際に手作りのお菓子をお土産に持って帰ってもらいたいなと考えたことがある。そんな暇はとてもなくてあきらめたのだけれど、もし配っていたら鼻白んだ人もいたんだろうか。
それにしても、お祝い事なのに自慢げだのなんだの冷ややかな反応だよなあ……。
さて、「女の敵は女」と聞いて私がこのトピックを思い浮かべたのは、このトピ主が男性であると判明した途端、反応が違ってきたからである。
「正直なところ、新婦の手作りベーコンは“ノー”、でも新郎の手作りなら“オッケー!”です。なぜか新婦の手作りって、『皆さんへ気持ちを込めて……』より『これを作った私♪』を感じてしまうのですよ。でも新郎だったら話は違うかな」
「新婦の手作りならなにもこんなところで出さなくてもと思いますが、新郎の手作りなら興味あります」
新婦の作なら嫌味に感じるが、新郎がアウトドアの趣味の一環で作っているベーコンと聞けば「爽やかでいいんじゃない?」と好意的になるとはこれいかに。
女性の中には同性に対する潜在的な対抗心が存在するということなんだろうか。