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2004年10月29日(金) 本の尊厳

家を出て歩きはじめてほどなく、忘れものをしたことに気づく。それは財布と違って、なくてはどうしようないというものではない。しかし、気づいてしまったが最後、引き返さずにはいられない------そんなアイテムが誰にもひとつやふたつあるのではないだろうか。
その筆頭に挙げられるのが携帯電話だと思うが、手帳や化粧ポーチ、MDプレーヤーもある人にとってはそのひとつになるだろう。
では私の場合はなにかというと、「本」だ。それを読むためにどこかへ出かけようとしているわけでなし、駅のホームと往復の電車の中で手持ち無沙汰を我慢すればすむ話なのだが、それでもかなりの確率で取りに戻る。それが不可能なときは駅の書店で調達する。
読む暇があろうがなかろうが、バッグの中になにか一冊入れていないと心許ないのだ。

十月二十七日からはじまった読書週間にちなんで、讀賣新聞に「本のある生活」をテーマにした何人かの作家のエッセイが掲載されていたのだけれど、小池真理子さんの文章の中にこんなくだりを見つけた。

十代のころ、赤えんぴつや赤のボールペンが私の読書の伴侶だった。気にいった文章、表現はもとより、そこに書かれていることに感動したり、教えられたり、深い共感を覚えたりするたびに、ページが汚れるのもかまわず、私は惜しげもなく赤線を引っ張った。

へえ、そういう読み方をするのかと少しばかり驚いた。
図書館や駅の片隅でときどき見かける「善意の本棚」に並んでいる本をめくっていると、線が引かれたり蛍光ペンでしるしがつけられたりしているものを見つけることがあるが、私はそのたび不快感とも呼べそうな違和感を覚える。「公共の本にこんなことをして」という思いもさることながら、本に書き込みをするということ自体に抵抗があるからだ。
線であれ文字であれ、なにかを加えることによって、作家が作り出した世界に「自分」が持ち込まれてしまうのが嫌なのだ。もし映画を見ているときにスクリーンにちらちらと自分の影が映ったら、気が散ってストーリーに没頭できないだろう。本に書き込みをするというのは、私にとってまさにそういうイメージなのである。
そこには若かりし日の小池さんがどんな本を読んでいたかまでは書かれていなかったが、「感動したり、共感を覚えたり」というからには学術書ではないだろう。そんなふうに赤線をじゃんじゃん引いて、以後読むときに目障りに感じたことはないのだろうか。
そもそも、私は本を汚したり傷つけたりというのがだめなのだ。きれいに保存していたいということではない。私はどこにでも持ち歩くし、お風呂にも持って入る。同じ本を繰り返し読むので当然くたびれてもくるが、そういうのは自然な劣化と見なすので気にしないし、ここまで読んでもらえたら本も本望だろうと解釈している。これが私の思う、「本を大切にする」なのだ。
私が不思議になるのは、本に愛着というものをまるで感じていないように見える人たちである。
待ち合わせ場所で友人の姿を見つけ、駆け寄った私はぎょっとした。「お待たせ」の声に彼女は文庫本から視線を上げると、読んでいたページの右肩をなんのためらいもなく、大きく三角に折り曲げたのである。
それは『ホットペッパー』じゃないんだよー!見てはいけないものを見てしまったような気分でフリーズしていると、彼女はあっけらかんと言った。
「しおりって嫌いやねん。あれ、落ちたりして邪魔やん」
こういうのは本の尊厳というものを無視しているような気がしてならないの。

【あとがき】
私が一日で一番ほっとする(シアワセ〜と思う)のは、お風呂で本を読んでるときなのですね。讀賣新聞の読書に関する全国調査の結果では、回答者3000人のうちの50%が「ひと月に一冊も本を読んでいない」と答えたと載っていたのですが、私の生活から「本を読む」を削るなんてちょっと考えられないなあ。


2004年10月27日(水) 「ドラマティック」とは無縁だけれど

讀賣新聞の朝刊に、著名な人たちの半生を紹介する「時代の証言者」という欄がある。日本経済新聞の「私の履歴書」をイメージしてくださればよい。
いま連載中なのは帝国ホテルの第十一代総料理長で、現在は料理顧問を務める村上信夫さんである。
有名な方なので、そちら方面に疎い男性でもこの名を聞いて、見るからに人のよさそうなオヤジさんを思い浮かべる人は少なくないだろう。
尋常小学校五年のときに結核で両親をなくし、孤児になった。卒業を待たずに働きはじめることになり、大工修行や洋服の仕立て屋見習の話が持ち込まれたが、「家は建てたら二十年、洋服も一度あつらえたら五年は持つ」と考え、断った。よし、それなら食べ物商売にしようと決め、洋食の店に住み込みの小僧として入れてもらったのが昭和八年------というところからはじまった連載が本当に楽しみで、このところ私は新聞が届くと真っ先にこの面を開く。その中にはぐっとくるエピソードがいくつも出てくる。
当時は「料理の味は盗むもの」という時代。帝国ホテルの厨房で下働きをしながら、鍋を洗う前にすばやく鍋底にこびりついたソースを舐めて先輩の味を覚えたとか、太平洋戦争に出征することになった二十一歳のとき、親方に呼ばれ、「戦争に行ったらどうせ死んじまうんだから、お前には教えてやろう」とホテルの名物料理「シャリアピン・ステーキ」の門外不出のレシピを伝授されたとか……。もちろん親方は「生きて帰って、この味を伝えてくれよ!」と言いたかったのだ。
そして、私がもっとも気に入っているのはこの話。
中国の山中で敵を包囲し、明朝攻撃を仕掛けるという夜、部隊長から「明日は我々の部隊にも相当戦死者が出るだろう。今日はうまいものを食わせてくれ」と言われた。みなに希望を訊くと、「ライスカレー」という答え。そこで鶏をつぶし、はりきってチキンカレーを作ったところ。

気づいた時には、もう遅かった。一面にカレーのにおいが漂っちゃってね。部隊長が馬に乗ってすっ飛んできた。「この先に敵がいるのに、カレーなんか作ったヤツは死刑だ」とどなられ、私は覚悟して目をつぶりました。そうしたらそばに来て、「後で食わせろ」と言って行ってしまった。
あくる朝、包囲したはずの敵の陣地は、予想した通り、もぬけの殻でした。

名を成した人たちの回想録を読むと、「なんてドラマティックな人生なんだ」と圧倒されることがしばしばある。
彼らは多くの苦難を乗り越えてきたから、ひとかどの人物になったのであろうか。それとも大成する資質を持った人だったから、つぶれることなくここまでこられたのか。
村上さんでいえば、両親を相次いで結核でなくすとか厨房や戦地で毎日のように上の人に殴られるといった、時代に否応なしに与えられた試練も少なくなかったが、「自ら買った苦労」もたくさんあったことがよくわかる。そして、その経験を残さず血肉にしてきたことも。
私はなんと不自由のないぬくぬくとした環境で生きてきたことだろう。いや、これからだって時代に苦労させられたくはない。けれど、生きるためにがむしゃらになったことがある人とない人とでは「骨」がまるでちがうということは疑いようがない。
本当に平凡な人生を送ってきたのだなあ、とつくづく思う。人に話すほどの経験なんてまるでないもの。
しかしそれを思うと、派手なことはなにひとつ書かれていない見ず知らずの人間の日記を読みに来てくれる人がいるというのはなんてありがたく、またすごいことなんだろう。
小説家や脚本家、漫画家といった、それが本業でない人たちのエッセイを読んでいると、「エッセイを書くようになってから、日々の出来事に敏感になった」という意味の文章に出会うことがある。林真理子さんも講演会で、
「エッセイのネタ拾いには苦労している。アンテナを立てて生活し、キャッチしたものは『これは今月の連載で使おう』とか『あれはもうちょっと寝かせておこう』というふうに小分けして頭の中にストックする。人との会話も正確に記憶しておく癖がついている」
と話していた。
ときには芸能人に会ったりパーティーに出たり賞をもらったりするような、私の目にはイベントに満ちた生活を送っているように映る人たちでも、そうした心がけをしているのだ。たかが日記、されど日記。私なら足元の石ころにも気づくくらいの感度がなければ、明日のネタに困るのも当然か。
なにかにはっとすること、思いを馳せること、立ち止まって考えること。どんなに忙しくても私の中からそれらを排除しないよう、せいぜいていねいに暮らしていこう。

【あとがき】
「死ぬ前にパイナップルの缶詰が食べたい」という重病の仲間のために、戦地でリンゴを輪切りにして芯をくり抜き、まわりをぎざぎざに切って砂糖で煮たものを作って食べさせたら、彼は翌年元気になって病院から戻った。「パイナップルがおいしくて、死ぬものかとがんばった」と言うのを聞いて、コックをやっていてよかったとしみじみ思ったのだそうです。コック帽がよく似合う太っちょのオジ(イ)サンさんといった風貌には、村上さんの人柄がにじみ出ています。


2004年10月25日(月) 携帯メール中毒

内館牧子さんのエッセイでこんな話を読んだ。
ある会議の席で、出席者のひとりがずっとうつむいたままなのに気づいた。まったく顔を上げることなく、発言することもなければ他人の意見を聞いているふうでもない。いぶかしく思っていたら、近くにいた人が注意した。
「○○さん、メールは後にしてください」
なんと、その人は会議中に机の下で携帯メールのやり取りをしていたのである。
また、こんなこともあった。内館さんの友人が見合いの世話を頼まれ、先方の女性とその母親に会うことになった。レストランに現れた娘さんは感じがよく、「これなら誰にでも紹介できる」と思った。
……のも束の間、席に着いて母親と話をはじめると、彼女はバッグから携帯を取り出し、メールを打ちはじめたではないか。内館さんの友人はあきれ果て、前言撤回したそうだ。

これらのシーンを私は容易に想像することができる。なんせ、乗務中に携帯メールを打っていると乗客に通報され、懲戒処分を受ける電車の運転士が何人も出るご時世なのだ。今朝の読売新聞には、「歩道のない道路をベビーカーを押す女性がうつむいて携帯の画面を見ながら歩いていた」という投書が載っていた。
十年前初めて香港に行ったとき、街のいたるところで携帯を耳に当てながら歩く人を見かけ、「外にいるときにまでなにをそう話すことがあるのだろう」「そんなに多忙な人たちなのか」と首を傾げたことを思い出す。
しかし、いま日本のどこででも目にする、電車で向かいのシートに腰掛けている人全員が同じポーズで携帯をいじくっているとか自転車に乗りながらメールを読んでいるといった光景は、不思議を通り越して異様というしかない。
現在私は携帯持たずであるが、四、五年前まではそれの恩恵に与るひとりだったので、メールの楽しさは理解しているつもりだ。しかし、それでもいい気分がしないのは、自分と一緒にいるときに友人がしばしばバッグから携帯を取り出し、メールの着信をチェックすることである。たいていは届いていないので、彼女たちが携帯をぱかっと開いて閉じるまで五秒とかからないのであるが、その都度私は萎える。
そんな調子であるから、私が化粧室から戻ってきたときに彼女たちが携帯を触っていないということはまずないが、私はいつも思う。
「自分が席に戻ってきたとき、もし私が文庫本を読んでいたら。たとえすぐにページを閉じたとしても、『なにもこんなときにまで読まなくても』と思わないだろうか」
週末、義妹がふた回り近く年上の恋人を連れて来阪した。兄である夫に彼を会わせたいということだった。
ホテルのロビーで対面したその男性は義妹から見せてもらっていた写真とはだいぶ印象が違ったが、話した感じはふつうの人だったので安心した。ただ、ひとつだけ気になったのは、彼が食事中に頻繁にポケットから携帯を取り出しては画面に見入っていたことだ。
テーブルの下でこっそり、ではあったのだが、目ざとい私はそういうことにすぐ気づいてしまう。ふだんならともかく、義兄になるかもしれない人と初めて会い、紹介されている場なのである。三時間読むのが遅れたら大変なことになるメールでも届く予定だったのだろうか。そのマイペースさには正直なところかなり驚いた。
一緒にいる人がかかってきた電話に出ても、場所が不適切でさえなければ私はどうとも思わない。ストローの袋で人形を作ったりしながら、話が終わるのをおとなしく待っている。
しかし、届いたメールにその場で返信しようとしたり、私が席に着いても親指を動かすのをやめない友人には、「親しき仲にも……えーと、ほら、なんだっけ」と無邪気に尋ねることにしている。
それとも、今度彼女が化粧室から戻ってきたら言ってみようかな。
「ごめんやけど、これ、キリのいいとこまで読ませて」

【あとがき】
化粧室から戻ってきたときに携帯をいじっているのはたいてい女性ですね。というより、私が席を外している間にメールを打っていた男性には会ったことがありません。友人関係であっても女同士だとナアナアになってしまいがちなそういうところが、男性の場合のほうがきちんとしているような気がします。
最近、大学の講義中に学生の私語がなくなったのは、みなが自覚を持ったから……ではなくて携帯で「会話する」ようになったから、という新聞記事を読んだことがあります。さもありなん。


2004年10月22日(金) 彼らはマニュアル人間か

前回の日記に登場した「お子様ランチ」のエピソードを聞いた、職場の朝礼でのこと。話をした上司が同僚のひとりに感想を求めたところ、彼女は「さすがディズニーランド、すばらしい」という内容のことを口にしたあと、こんなひとことを付け足した。
「マクドとは大違いですよね」
その瞬間、私のあたまの中にクエスチョンマークが浮かんだ。発言の意味が理解できなかったのではない。彼女はマクドナルドの店舗における画一的な接客を皮肉ったのだ、ということはわかっている。私が首をかしげたのは「不思議なことを言うものだなあ」と思ったからだ。
マクドナルドのそれは、「型にはまった」「機械的な」接客サービスの代名詞のように言われている。
「ハンバーガーを五十個注文しても、『店内でお召し上がりですか?それともお持ち帰りですか?』と訊かれる」
という揶揄をあなたは聞いたことがあるかもしれない。そこで働く人間はマニュアル通りの接客しかできないというイメージが、少なからぬ人たちの中に定着しているようだ。
しかしながら、こういう評価を耳にするたび私は心の中で問いかける。では、あなたがたはいま以上のどんなサービスを彼らに求めているのですか、と。
マクドナルドはファーストフード店であり、「客を待たせず注文の品を渡すこと」が大原則だ。加えて、そこでは客がそれを自分で席まで運び、食べ終えたらトレイを片づける「セルフサービス」が基本となっている。すなわち、客と店員がコミュニケーションを図る機会はきわめて少ないということだ。
商品を客に手渡すまでの一分ほどのあいだに、カウンター越しに“プラスアルファのサービス”を提供するチャンスがいったいどれだけあるだろう?いやそれ以前に、そこに提供を望まれるプラスアルファなどあるのだろうか。
客を席へ案内することも、お冷のおかわりを注ぎに店内を回ることもない。注文時以外に店員が客と言葉を交わすといえば、テーブルを拭いたりイスを整えたりしているときに席を立った客がいたらトレイを受け取りながら礼を言う、そのくらいのものではないか。
同じ接客業であってもディズニーランドのキャストやホテルマンのような、マニュアルを越えて“アドリブ”を必要とされる場面ははじめから圧倒的に少ないのである。そして、私たちはレストランで食べるよりもずっと安い価格で商品を提供してもらうことを条件にそのことを了解しているはずだ。
合理性の追求が「ファーストフード店としてのCS」につながるマクドナルドにおいて、そのオペレーションやトークが金太郎飴だなんだと言うのは、立ち食いそば屋で「ここのはちっともそばの香りがしないぞ!」と文句を言うのと同じくらい勘違いなことではないだろうか。
たしかにそこには数多くのマニュアルが存在するに違いない。が、それは“夢と魔法の王国”でも同じことだ。キャストの動きまでもショーの一部と考えるディズニーランドでは、持ち場ごとに緻密なマニュアルがある。切符売り場の係として採用された人は配属前に二週間の研修を受けなければならないし、カストーディアルと呼ばれる園内掃除の人たちはトイブルーム(ほうき)とダストパン(ちりとり)の持ち方、ゴミの掃き方、床に落ちたアイスクリームの拭き取り方まで指導されている。
あの行き届いたサービス、きめ細かい配慮はキャストの資質に頼った結果ではなく、彼らが完璧にマニュアルをマスターした上に成り立っているものなのだ。
「マクドナルドの店員は笑顔までマニュアル化している」
なんて声を聞くと、そこまで穿った見方をすることはないではないかと言いたくなる。それとも、そういう人たちはディズニーランドでもやはり「あのつくり笑顔は不気味だ」と思うのであろうか。
マクドナルドのクルーは業務中にアドリブを鍛えられる機会に出会うことは少ないかもしれない。が、だからといってマニュアルに従っているうちに思考能力を奪われてしまったかのように言うのは失礼である。ハンバーガー五十個の客に「お召し上がりですか?」と尋ねるクルーがいるとするなら、彼はどこで働いていてもたぶん同じだ。
「マニュアル通りの接客」以上のものが求められる場面が少ないために、私たちはそれを目にする機会がない----単にそういうことであろう。

いまだかつて、私は国内のマクドナルドで不愉快な思いをしたことがない。
どこの店舗のクルーも礼儀正しくきびきび動き、ハンバーガー一個の客にも笑顔を惜しまない。高校生アルバイトを見ては「七百五十円かそこいらの時給で、本当にけなげによく働くよなあ」といつも感心する。コンビニやファミレスの同世代のアルバイトと比べても、まじめさ、感じのよさは段違いである。
十年前、私が就職活動をしていた頃はマクドナルドでアルバイト経験があると有利だと言われていた。真偽のほどはわからないが、私はさもありなんと頷く。
先日の台風の夜、仕事帰りに持ち帰りしたてりやきマックバーガーに髪の毛がはさまっていた。二百円を捨てるのは悔しいなと思い、閉店五分前の店に電話をかけたところ、元気のよい若い男の子はすまなさそうに謝ったあと、「これからご在宅でしょうか」と言う。
時刻は二十三時、外を猛烈な雨風が吹き荒れていることは客足の鈍さでわかっていたであろう。しかし、彼は電話を保留にして誰に相談しに行くこともなく、「よろしければこれからお届けにあがりたいのですが」と言った。
「そのうち寄せてもらいますから」と電話を切ったあと、私はすごいなあとつぶやいていた。
これを「『クレームが入ったらすぐに駆けつけろ』というマニュアルがあるんだろう」というふうには、私は思わない。

【あとがき】
学生時代、マクドナルドのすぐ裏のマンションに住んでいました。外出しようと部屋を出るとドライブスルー担当のクルーの元気のよい声が聞こえてきて、とても気持ちがよかったです。私はマクドの店内(雰囲気)にディズニー・マジックと似たものを感じているのです。


2004年10月16日(土) マニュアルを越えたところに

最近、『ディズニー7つの法則』という本を読んだ。フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドの舞台裏を描いたものだ。
CS(顧客満足)についての話の中で上司が引用した、東京ディズニーランドで実際にあったというエピソードに心を打たれた私は帰り道、ディズニーについて書かれた本を探したのである。私の足を書店に向かわせたのは、こんな話だった。
ランド内のレストランに若い夫婦がやってきた。「お子様ランチをふたつください」と言われ、アルバイトの青年はちょっと困った。なぜなら、それは九歳以下の子どものためのメニューだったから。こういう場合、マニュアルでは子ども用であることを伝え、お断りすることになっている。が、青年はふと思い立ち、どうしてお子様ランチなのか、よかったら訳を聞かせていただけませんかと声を掛けた。
「死んだ子どものために注文したくて」
女性の言葉に青年は絶句した。
「今日は一歳の誕生日を待たずに死んでしまった娘の一周忌。それで大きくなったら連れて行こうと話していたディズニーランドに来たのです。そうしたらこのレストランにお子様ランチがあるとマップに書いてあったので、思い出にしようと……」
青年は「わかりました」と答え、夫婦のテーブルに子ども用のイスをひとつ追加した。そして、「子どもさんはこちらに」と女の子が本当にそこにいるかのように小さなイスに導いた。
しばらくして運ばれてきたのは三人分のお子様ランチ。青年は「ご家族でごゆっくりお楽しみください」とあいさつして、その場を立ち去った。
後日、その夫婦からランドに手紙が届いた。
「お子様ランチを食べながら涙が止まりませんでした。まるで娘が生きているかのように家族の団らんを味わいました。こんな体験をさせていただくとは夢にも思いませんでした。ふたりで涙をふいて生きていきます。そして二周忌、三周忌にはきっとまた娘を連れて遊びに行きます」
朝礼中に目をしばたたかせていたのは私だけではなかったと思う。その場所以外では起こりえないであろうエピソードは、先述の本の中にもたくさん出てきた。

スペース・マウンテンで私たちの番が回ってきたとき、子どもがアイスクリーム・コーンを食べ終えていませんでした。それを持ったまま乗ることはできません。困っていたら、キャスト(従業員)の女性が近づいてきて、娘にこう言いました。
「おねえさんがそれを持っててあげる。乗り物を降りたら返してあげるから」
アトラクションを楽しみ、出口のほうへ歩いていくと、さきほどの女性がアイスクリームを持って立っていました。
でも、おかしいと思いませんか?フロリダの夏の午後、それが二十分も溶けないでいるなんて。
そう、彼女は私たちが出てくる三十秒前に近くの売店で新しいアイスクリームを買い、待っていてくれたのにちがいないのです。

私はこれらの話に登場するキャストの“機転”に驚き、感服してしまった。
たまたま彼らが特別優秀なキャストだったというわけではない。「積極的にフレンドリー」が全キャストの合言葉。困っているゲスト(来園者)を見かけたら、どんな仕事をしていても手を休めて駆けつけ、全力を尽くすよう徹底的に教育されているため、こういうことはちっともめずらしくないのだという。
ゲストの気持ちを瞬時に察し、自分の取るべき行動を決定する----「すべてのゲストを笑顔にしたい」という思いが、彼らの“アドリブ力”を育てているのだろう。
しかし、そういう気持ちがあればさえこのような対応が実現するかというと、そうではない。「マニュアルにないこと」を個人の判断でしても許される風土があってはじめて可能になるのだ。
風船を飛ばしてしまい、しょんぼりしている子どもに新しい風船を手渡したり、カメラのシャッターを押してあげたカップルから新婚旅行中でこれから園内のレストランで食事をする予定だと聞いて、「全キャストから心を込めて」というメッセージを添えた花束を席に届けたり。ふつうの会社でこんなことをしたら、上司から「代金は君が負担したまえよ」と言われてしまうにちがいない。
「マニュアルを越えたところに感動がある」
これは東京ディズニーランドを経営する「オリエンタルランド」の堀貞一郎相談役の言葉。お子様ランチの夫婦からの手紙はすぐに掲示板に張り出され、コピーがキャストたちに配られたそうだ。
ひたすらゲストに尽くせばよいというものでないのはもちろんである。しかし、そこを訪れる人の九十七・五%がリピーターで(そのうちの六割が十回以上のヘビーリピーター)、リゾート産業氷河期と言われる今日においても来園者数を伸ばしていると聞けば、「できることとできないこと、すべきこととそうでないことの見極めが重要である、うんぬん」などとしたり顔で口にする愚を知るというものだ。

【あとがき】
ディズニーランドで働く青年たちを見て、特別心がきれいで、特別笑顔がすてきな若者ばかりが集められているのだ……というふうには思いません。あの場所に足を踏み入れると、ゲストだけでなくキャストたちもディズニー・マジックにかかってしまうのでしょう。実際、東京ディズニーランドの採用試験はそれほど厳しいものではないそうです。しかし、入社後の研修はそれはもう徹底的に行われる。守らねばならない約束事やマニュアルも多い。そうでしょうね、でなければあのクオリティはありえません。


2004年10月15日(金) 「恥点」の違い

……ふっふっふ。
おっと失礼、ついしのび笑いが。実は、少しばかりうれしいことがあったのだ。
私の日常生活の中に誰かに褒められるシーンというのはほとんどない。が、先日、友人から「このあいだロングブーツを履いていたけど、よく似合っていたよ」と言われたのである。
そして、私のゴキゲンに拍車をかけるのが「このあいだ」というところ。その場で言ってもらえるのももちろんうれしい。が、「言いそびれてたんだけど」にはさらにぐっとくる。ブーツを履いていたことに「気づいた」に、何日ものあいだそのことを「覚えていた」という要素が加わるからだ。
こういうとき、「お世辞とわかっていてもうれしいわ」なーんてつまらぬ謙遜をしないのが私のいいところ。満面笑みで「ソウデショ、ソウデショ」と相槌を打ち、この素敵な言葉を心の床の間に飾っておくことにした。
それにしても、この違いはどうだろう。夫は同じブーツを見て、魚屋の長靴みたいだと言うのである。「どこの世界にこんなフェミニンな長靴履いてる魚屋さんがいる!」と玄関で地団駄を踏んだのは一度や二度ではない。
常日頃、私が男性に対してぜひとも遠慮していただきたいと思っていることのひとつに「思いつきで女性のファッションにケチをつけること」というのがある。私の中には自分が男性のネクタイを選べないように、彼らにも女性のおしゃれはわからないだろうというあたまがある。そのため、こんなのが似合いそう、着てみてほしいといったリクエストなら別だが、考えなしに口にしたひとことにはカチンとくることがある。
こんな私は男性と一緒に服を買いに行った経験がほとんどない。ブティックで彼が見立てた服を当然のようにフィッティングルームに持ち込む女性を見かけるたび、不思議なような羨ましいような気持ちになる。

ところで、男性と一緒に服を選ぶ、といえば。
先日、ショーウィンドウの中のマネキンが着けていたブラジャーに惹かれて、ランジェリーショップに立ち寄ったときのことだ。店に足を踏み入れて、ぎくり。大学生くらいの男の子がいるではないの。まるで照れる様子もなく、次々とブラジャーを手に取っては同い年くらいの彼女に「これにしろよ」なんて言っている。
なにもめずらしい光景ではない。百貨店の下着売場でも恋人の買い物に付き合っている男性の姿はしばしば見かける。しかしながら、男性にこういう空間をうろうろされるのは正直言ってあまりありがたいものではない。
口紅と同じで、下着も肌の色によって似合う色、似合わない色というのがある。私は色が白いため、濃い色との相性がよろしくない。黒やボルドーにも憧れるが、悲しいかな、水着を着ているようにしか見えないのだ。そんなわけで、自分の雰囲気に合うかどうかを確かめるために鏡の前で色合わせをしてみたいのである。
しかし、近くに男性がいるとこれが非常にしづらい。ほんの一瞬のためにいちいちフィッティングルームに行くのは面倒である。が、「よし、男性があちらを向いている隙に!」なんてタイミングを窺っていると、ここは女の領分なのにどうして私がこんな思いをしなくちゃならないのよ、とバカバカしくなってくる。
言われなくてもわかっている、誰も私のことなんて気に留めやしないということくらい。さっきから手当たり次第広げてはポイを繰り返しているこの男の子だって、ひと回りも年上の女がたとえ隣りでブラウスの上からブラジャーの試着をはじめたって目もくれないだろう。
だけど、あなたがよくてもこっちはよくないの、と私は言いたい。

それにしても、女の子がフィッティングルームの中から彼に指示して色やサイズの違うものを運ばせたり、試着した姿を見せて感想を求めたりしているのを見ていると、ある種の感慨に包まれる。
「へええ、そういうことを恥ずかしいと思わないんだなあ」
同じつぶやきでも、電車の中で化粧をしたりものを食べたりしている女性を見かけたときに漏れるそれとは質が異なる。皮肉でもなんでもなく、私は自分と彼女の「恥じらい」を感じるポイント、すなわち“恥点”の違いを思わずにいられない。
こういう女の子はセックスの後、「あー、のど乾いちゃった」なんて言いながら、裸で部屋をスタスタ歩きそうな気がする。そして、彼も「そんな格好でうろうろするなよ」なんてことはきっと言わない。なんせ他の客や店員の前で、堂々とフィッティングルームのカーテンの中に首を突っ込める無邪気さの持ち主なのだから。
子に餌を運ぶツバメのように、文句も言わず彼女と棚のあいだをせっせと往復する彼を見ていたら、ドライであっけらかんとしたふたりがなんだかほほえましく思えてきた。
と、そのとき。彼が棚に戻したブラジャーに何気なく視線をやり……。
「D65」
やっぱかわいくない。

【あとがき】
男の人が下着売場にいるのはいまやめずらしくもなんともない風景ですね。ひとりで来ている風だと「あれ?」となるかもしれませんが、いや、「彼女に贈るものを探しているのかな」と思えないこともない。言うまでもなく私は男性と下着を買いに行ったことはありませんが、もし夫を連れて行こうとしてもたぶん拒むんじゃないかと思います。化粧品売場を通るだけでも居心地悪そうにしていますから。


2004年10月13日(水) 「寄せて上げる」は許せても。

連休明け、始業のチャイムぎりぎりに出社してきた隣席の同僚にあいさつしようと顔をあげ、私は目を疑った。
「この三日のあいだに子どもでも産んだのだろうか……」
彼女の胸がいきなり倍の大きさに成長していたのである。
私の心の声が聞こえたのか、それともぶしつけな視線に気づいたのか、彼女はにんまりして言った。
「ふふふ。実は○○に行ってきたんよ」
○○というのは、心斎橋に本店を持つ有名なファンデーション・クリニック……といっても男性にはわからないか、つまり矯正下着の専門店である。彼女はバストアップを図るべく、そこのとってもお高いファンデーションを購入したらしい。
「いやあ、びっくり。金曜とは別人の胸やん」
「そうやろ。でも、店員のお姉さんにやってもらったときはもっとすごかってんで。下手くそやから、自分で着るとこんなくらいにしかならんけど」
脇から背中からおなかから、とにかくからだ中から余分な肉をかき集めてきてブラジャーのカップの中に詰め込む。聞けば、お尻の脂肪を胸に持ってくることも可能だとか。その下着を毎日正しく着用することによって、そういった出身地不明の肉をバストに“定着”させることができるのだそうだ。
「だから一日に何度か位置を補正せんといかんのよ」
よって、彼女のトイレタイムはこれまでよりうんと長くなった。

矯正下着といえば、以前ある男性からおもしろいメールをいただいた。美容整形について書いたテキストへの感想の中にこんな一文があった。
「男としては、整形以外にも憤慨するものがあります。たとえばブラジャー。“寄せて上げるブラ”は自前の胸を使っているということで、まだ許せます。しかし、まったく別のところにあった肉を無理やりおっぱいにしてしまう矯正下着は納得がいきません」
これを読んで思い出したのは、会社員時代の話。同僚のひとりがボディスーツを着けていることが発覚したとき、私たち女性が「本当に効果あるの」「トイレはどうやってするの」と彼女を質問攻めにしたのに対し、男性の反応は実に冷ややかであった。
彼らの言い分は、「あっちこっちの肉を寄せ集めてきて、これはバストだって言われてもな。そんなの反則だよ」というもの。彼女の胸は持ち上げようとするあまり不自然に高い位置についていたので、男性たちは「そのうち肩に載るんじゃねえの?」なんて意地の悪いことを言っていたっけ。
そして、私は彼らが彼女のことを皮肉たっぷりに「ボインダー」と呼ぶのを聞いて心底意外に思ったのである。恋人以外の女の胸なんて服の上から眺めるだけの代物なのだ。それならば天然もので貧弱なのより、養殖であろうが谷間が存在する胸のほうが目の肥やしになるんじゃないの?と考えていたからだ。
しかし、彼らは「量さえあれば、質は不問」というわけでは決してなく、背中の肉でできたバストは愛せないらしい。
高いお金を出し、窮屈な思いをしてでもボディラインを整えようなんてすばらしいじゃあないか。この涙ぐましい努力を評価しないなんて。ナチュラルメイクの不美人とばっちりメイクの雰囲気美人がいたら、迷わず後者を選ぶくせに不思議だ……。
想像するに、
「自分の知らないところで、女性が背中や脇腹の肉をバストに変化させてくれるのは歓迎だけど(そりゃあおっきいほうがいいもんネ)、その過程は知らされたくない。だって、ロマンが壊れるもん」
本音はこんなところではないだろうか。

どうやら男性の中には“つくられた胸”に対する「否」が存在するらしい……がわかったから言うわけではないが、私はその点かなり良心的なのではないかしらん。
大きく見せたいという女たちの願望はとどまるところを知らない。リアルなふくらみと揺れを追求したという特殊オイルパッドがあるかと思えば、冷やせばアイマスクとして使えるという便利なのかどうなのかよくわからないジェルパッドもある。
それをカップの中に入れるだけでバストの大きさは自由自在。矯正下着まで行かずともいくらでも深い谷間を作ることができるのであるが、私はそうあこぎなことはしていないつもり。
……なんてことを考えていたら、以前ある女性日記書きさんのオフレポに「でもねぇ、胸はわたしが勝っていました」と書かれたことを思い出した。
私の胸元を見てなぜだか気をよくしたらしい彼女はそのとき、いつも舐めているという“B-UP(バストアップ)ドロップ”を一錠くれたのであった。むきーっ。

【あとがき】
ご存知、「Kure's Home Page」の呉さんはテキストの中でこうおっしゃっています。「女性の胸は男どもの帰る場所であり、戦いの疲れを癒す桃源郷だ」と。聖地であるところのおっぱいは加工されたものであってはならず、「天然もので、しかもおっきいの」でなくてはならないらしい。そして「本物とニセ乳の見分け方」まで説いておられる。
「おっぱい本体だけでなく、肩や腕がそのおっぱいにふさわしいかどうか(それだけの大物を支えられる土台があるか否か)を見よ。たまに痩せてるのに胸だけボーーン!の場合もあるが、本物ならではの重厚感、厚みが伝わってくるはずだ」
男性というのはまったくおもしろいことを考えるものですね。よりかっこよく、より大きく見せたい女と、それを見破ろうとする男。おっぱいをめぐる攻防はまだまだ続きそうです。


2004年10月08日(金) 目指すべき場所(「それが、愛情。」追記)

十月四日付の「それが、愛情。」の最後に、最近多くの小学校の運動会で家族と子どもが別々に昼食を取る形式が採用されていることについて、
「『ビリの子がかわいそうだから、徒競走に順位はつけない』と同じところからきている発想だと思う」
と書いた。
これについて、「親が応援に来られない子どもに家族とお昼を食べる友達の姿を見せるのはかわいそう。全員が教室で食べるというのは思いやりと言える配慮なのではないか?」というご意見をいくつかいただいた。
ほかにも同じ感想を持った方がおられるかもしれない。先日のテキストでは軽く触れただけだったので、私の思うところを書いておこう。
その理由や事情にかかわらず、親が応援に来られなかった子どもにとって、家族と一緒にいる友達を見るのが切ないものであろうことは想像に難くない。そんな思いをさせたくないという心情はとても人間らしいものであり、私の中にももちろんある。
しかしながら、「全員が家族と一緒に食べるのをあきらめること」でそういった子どもたちを気遣うのではなく、もっと別の形で彼らをフォローすることはできないものか。私はそんなことを考えずにいられない。
「運動会の昼休憩に家族とお弁当を食べる」
このシーンが子どもにとって忘れがたい思い出になるということに異議を唱える人はそういまい。私はいまでも運動場の砂の上に敷いていたレジャーシートの模様やデザートの柿の鮮やかな橙色を覚えている。
このご時世だ、父親の仕事が忙しくてふだんはろくに話もできない、家族揃って夕食を取ることもできないという家庭はめずらしくない。そんな子どもたちにとっては、いや親にとっても、運動会のお昼は家族団欒の絶好のチャンスなのだ。
「応援に駆けつける人がいない子どもたちの中には、もともと両親がいないとか片親で仕事を休んでもらえなかったという子もいるでしょう」
というメールの一文には胸がきゅっとなる。うん、たしかにそうだ。
しかし、である。そういう子どもたちが切ない思いをするのは、おそらく運動会の日だけではない。○○式・○○会と名のつくもの、父の日・母の日前の図画工作の時間、日曜参観、お弁当が必要な遠足など、学校にはたくさんの行事がある。彼らはその日常において、クラスの友達とは比べものにならないくらい頻繁に「精神的にたくましくあること」を要求されているにちがいない。
「だから運動会も我慢できるでしょ」という話ではない。そうではなくて私が思うのは、友達の家族に混じったり、同じように親が来られなかった子どもたちと集まって先生と食べたりすることをみじめだと思わずにいられる明るさ、「僕んチはこうなんだから(しょうがない)」と受け止められる気丈さといったものを、彼らは周囲の大人が考えているよりもずっと早い時期から、またずっと切実に、必要としているのではないだろうかということなのだ。
そんなの酷だ、不憫だ、と私たちがどんなに眉をハの字にしたところで現実は変わらない、ということなのだ。
年端の行かない子どもがそうたやすく「よそはよそ。羨んでもしょうがない」の境地に達するとはもちろん思わない。思わないが、かけがえのない思い出の一ページになるであろう機会を多くの子どもから取りあげることに同意はできない。
全員が幸せや楽しみをレベルダウン、あるいはカットすることによって“均一”を図ろうとするのは簡単だ。実に手っ取り早い。しかし、そういう子どもたちに先生や同級生、近所の家族が分け与えられるものはないか、と彼らのベースを引き上げる方向に心を砕くのがあるべき姿ではないだろうか。その実現がいかにむずかしいか予測がついたとしても、目指すべきはそこなのではないのだろうか。
そして、私はその“分け与えられるもの”が「みんなで我慢」「みんながあきらめる」であるとは思わないのだ。

【あとがき】
実際に自分が経験していないことについて書くのは勇気がいります。私には運動会に来てくれる両親がいたし、いま小学生の子どもがいるわけでもない。だけど、経験があろうとなかろうといまの自分が真剣に考え、この身に感じていることは、これからも「そういう思いをしたことのないあなたにはわからない」と言われることを恐れずに書こうと思います。無知なら無知を、門外漢なら門外漢を自覚した上で。本当にたくさんの意見を聞くことができる。それまで知らなかった世界、味わったことのない感情の存在を教えてもらえる。恋愛の思い出話もいいけれど、得るものはこちらのほうがずっと大きい。


2004年10月06日(水) 「私はあなたの前で無防備です」

サイトを通じて知り合った人とオフラインでも会うようになって二年ほどになるけれど、当初少しばかり驚いたのは、人が私を「小町さん」と呼ぶときの発音だ。
私はそれまで、「コマチ」という名前は最初の“コ”にアクセントがくるものと思っていた。しかし、実際に会ってみたら、アクセントなしでフラットに読む人がちょくちょくいるのだ。
発音なんてどうでもいいじゃないと言われそうだが、メールだけの付き合いだったら一生気づけなかったことである。これは面白い発見をした、と私は喜んだ。
同僚に小松さんという女性がいるのだが、隣りの課から「コマツさーん、内線何番?」なんて声があがるたび、私はぎくっとする。フラットな「コマチさん」と「コマツさん」は聞き分けがつかないくらいよく似ているのだ。
職場で私をハンドルネームで呼ぶ人などいるわけがないとわかっていても、小松さんが反応してくれるまでの数秒間は胸の動悸でフリーズしてしまう私だ。

ところで、「名前」といえば。
以前、仲良しの日記書きさんと食事に行った店で、席に案内してもらおうとレジにいた男性に「予約していた○○です」と告げたところ、友人が「へえ、そういう名前だったんだ」と言ったことがある。私はそのときはじめて、短い付き合いでもないのに一度も本名を明かしたことがなかったことに気がついた。
オフで人に会うと、よく名刺をもらえる。男性は仕事で使っているものを、会社勤めをしていない女性でも名前や携帯電話の番号を書いたお手製のカードをくれることがあって、とてもうれしい。
では私はといえば、そういうものを用意していたことがない。といってその場で「名前はなんていうの?」と尋ねられることもないので、私は相手の本名を知っているけれど、こちらのそれは教える機会がないまま現在に至っているというケースが多い。
だから、ときどきふと思う。ネット用とばかり思っていた名前が実は本名だった(下の名前をそのままハンドルネームとして使っている人はかなり多い)と知ったあと、たとえば「クミコさん、こんにちは、小町です」といつものようにキーボードを叩くと、変な感じがすることがある。
あちらは本名、なのにこちらはハンドルネーム。なんだかひどくアンバランスな気がして、水くさいんじゃないだろうかと自問してしまうのだ。
もちろん、本名とハンドルネームが同じであると知った人すべてにそれを感じるわけではない。実生活において「友人」と「親友」の位置づけが違うように、ネットの世界で出会って親しくなった人にもその差は存在する。
私にとって、本名とは「素顔」だ。誰にでも見せられるものではないけれど、ばっちりメイクをした顔だけでなくスッピンも知っておいてほしいなあ、と思う人も中にはいて。
本名を知らせたからといって、「今日からそっちで呼んでね」という話ではない。たとえるなら、「留守中に来ることはないだろうから必要ないのはわかってるんだけど、いちおう渡しとく。……持っててっ」と合鍵を強引に彼の手に握らせるような感じだろうか。
旧姓がめずらしいものだったため、私はありふれた姓に変わったいまでも見ず知らずの人に名前を知られることには敏感だ。加えて、実生活の知人にサイトバレすることをなによりも恐れている。
そんな私がごく限られた人に対してであるとはいえ、求められてもいなければ差し当たって必要もない本名を知らせたい衝動に駆られることがあるのは、百万言を費やすより「私はあなたに心を許しています」「私はあなたの前で無防備です」を伝えられるような気がしているからだろう。

読み手の方とやりとりを重ねていくうちに、届くメールの末尾の署名がだんだん厚みを増してくることがある。
初めましてのメールにはハンドルネームが記載されているだけだったのが、じきにURLが案内される。ここまではよくあることだが、ときに本名や携帯電話の番号が添えられたり、仕事用の署名が使われたりすることもある。
その人たちが「今後は本名でどうぞ」とか「電話してね」というつもりでそれらの情報を加えたわけでないことは承知している。だから私も返事の中でそのことに触れたりはしないけれど、実はひそかにぐっときている。

【あとがき】
「コマチ」をフラットに読むのは、いまのところ全員女性です。そのうちのお一方が今日の日記を読んで、「実は私も同じことを思ってました。小町さん自身が“コ”にアクセントを置いているのを聞いて、私の発音間違ってるのかしらーって」と教えてくれました。あはは。
このサイトももうすぐ開設四周年を迎えます。メールでは何千回も「こんにちは、小町です」を書いてきて、この名はすっかり私のものになっていますが、口に出して名乗ったり、誰かからそう呼ばれるのを耳で聞くと、いまでも少し照れくさい感じがします。


2004年10月04日(月) それが、愛情。

数日前の新聞の投書欄で、小学生の子どもを持つ四十歳の女性が書いたこんな文章を読んだ。

子どもの運動会を見に出かけたら、徒競走が一年生と六年生にしかなかった。不思議に思い担任に尋ねたところ、「時間短縮のため」という答え。私自身、子どもの頃は走るのが苦手で「これがなければ……」と思っていたが、本当になくなるとは。綱引きや大玉転がし、創作ダンスなどは全学年で行われていた。
徒競走をなくし、創作ダンスなどに力を入れるようになるとは、子供たちの頑張りどころも親の見どころも変わってきているなと思った。


私が子どもの頃、徒競走は運動会に欠かせない花形競技だった。が、それがなくなったという内容にもそれほど驚かなかったのは、これまでにも小学生の子どもの母親である友人や同僚から似たような話を聞かされていたからである。
プログラムから騎馬戦や棒倒しといった荒々しい競技が消え、組体操の型の中から人間ピラミッドがなくなった。理由は言うまでもない。
が、まだこれらについては「いまどきらしい」という意味で理解することができる。私がどうしてもわからないのは、徒競走が男女混合だったりクラス対抗リレーを選抜メンバーでなく全員で走る理由だ。
「ジェンダーフリー……だっけ?いまは名簿も男女混合が当たり前になってるしね」
「リレーに出られる子と出られない子をつくらないように、ってことなんでしょ」
と彼女たちは言うが、本当にそれが理由だとしたら、首を傾げざるを得ない。いったいこれのどこが“平等”なのだ?
徒競走に順位をつけない小学校があるという話は、多くの人が耳にしたことがあるだろう。同僚の子どもが通う学校ではこの“配慮”に加え、タイムの近い子同士で走るよう組まれているという。
私たちの頃は、ゴールテープを切った子どもは「一着」と書かれた旗のところに案内された。放送委員に名前を読みあげられる晴れがましさ、クラスメイトの元に戻ったときの照れくささをいまでも覚えているという人は少なくないのではないか。
「勉強は苦手だけど、運動は得意」という子どもはいつの時代にも、どこのクラスにもいる。私たちの頃はそんな彼らが運動会でスターになったが、いまこういう子どもの活躍の場はどこにあるのだろうか。
学校はきっとこう言うだろう。
「運動会の目的は運動能力の優劣をつけることではない」
「足の遅い子どもに劣等感を植えつけないように」
東京都教育庁も徒競走に順位をつけない学校が増えていることについて、「どんなに努力しても最下位になる子どもがいる。それはかわいそうだということなのでしょう」とコメントしている。
ああ、そうじゃないだろうとつぶやく。子どもたちがこの先もずっと競争のない「頑張ったから、みんな一等賞」の世界で生きられるのならそれもよい。しかし、そう遠くない未来に「一生懸命やりました」だけではなんの評価もされない実力勝負の社会に出て行かなくてはならないのである。
必要なのは、彼らを刺激やストレスから隔離することでも、負けぬよう傷つかぬよう庇護することでもない。「順位」というものがあるからこそ認識できる現実がある。自分の実力、他者との差を知り、敗北感に打ちのめされることもあるだろう。しかし、負けん気や根性といったものが「なにくそ」という感情を味わうことなしに培われることはないのだ。
負けることはだめなことでも恥ずかしいことでもないのだと教え、少々の困難にはめげないたくましさ、コンプレックスとうまく付き合える器用さを彼らの中に育ててやる------ゆとり教育が目指す「生きる力の育成」とはそういうことではないのか。
できる子のあたまを押さえつけ、無理やり「みんな一律」にする。これを悪平等と言わずしてなんと言う?
勉強が得意な子もいれば、走りなら誰にも負けないという子もいる。それが個性というもの。多様な尺度を用意して、それぞれの能力や実力を正当に評価する場を与えてこそ、真の平等といえるはずだ。

最近は運動会の日も給食のある学校がめずらしくないと聞く。昼食の時間になると子どもたちは親を校庭に残し、教室に戻って給食を食べる。家族が応援に来られない子どもへの配慮とのだが、私はこれも「ビリの子がかわいそうだから、順位はなし」と同じところからきている発想だと思う。
この世ははじめから公平でなどない。足の速い子、遅い子がいるように、容姿に恵まれた者、そうでない者、仲の良い両親の元に生まれた者、そうでない者、体の丈夫な者、そうでない者がいる。そういった差異が存在するのが現実であり、私たちにはどうしようもないことなのだ。
しかし、その“どうしようもないこと”を隠したり目立たぬようにしたりすることが思いやりや優しさなのではない。
「神様は不公平だ」と嘆いているのではなく、ありのままを受け入れた上で、じゃあ自分にはなにができるのか、どう生きていくのかを考えられる強い子になれ------そう導いてやるのが教育者のもっとも大切な仕事のひとつではないか。
「じゃあ、お昼は同級生のお母さんたちとお弁当食べたん?」
「ううん、いっぺん家帰った。一緒に食べるほど仲いい人もおらんし、だんなとふたりで校庭で食べてもしゃあないし。そういう親ってけっこういると思うよ」
たしかに運動会の風景は様変わりしていそうだ。 (「追記」はこちら

【あとがき】
「順位」があるからこそ認識できる現実がある。ちょっと話は変わるけど、友人の子どもの小学校の通知表は全学年二段階評定だそうです。私の通知表は四年生までは「よい・ふつう・もう少し」、五年生からは「5・4・3・2・1」だったけど……。六年生になっても「できました」「努力しましょう」で子どもの学力の程度がわかるのかと尋ねると、「わかるわけない」との答え。そりゃあそうでしょうな。


2004年10月01日(金) 男友達とふたりで会うときのタブー

で、前回のつづき。
「無人島でふたりきりになっても、そんな関係にはならない」
「いまさら彼とどうこうなんて、気持ち悪くて想像もできんわ」
考えるのもバカバカしいといった調子で、彼女たちは言う。一緒にいてまるでときめかない相手とふたりで会おうと思えること自体、私には不思議でしかたがないのだけれど、それはそれとして、感心したのは、
「そういう相手じゃないけど、一応男と女だからさ」
「パートナーがいるわけだしね」
と、自分たちの関係にふさわしい親密さをキープするための“ここまで”というラインをちゃんと持っていることだ。
「なにがあってもおかしくないのが男と女」には私も異議なしなので、“百二十パーセント純粋な友人”っていう主張と矛盾してない?なんてことは思わない。
それでは、独身三人、私よりもずっとあたまが柔らかい主婦三人から挙がった「男の友人とふたりで会うときのタブー」の中から、一理あるかもねとうなづいたものをいくつかご紹介。全面的同意には至らなかったけれど、なるほど人はこれを「節度」と呼ぶのかもしれないと思ったものだ。
ひとつは、「奢ってもらわない」。「友人関係で奢られる理由がない」という言い分を、へええ、そういうものかと興味深く聞く。とくに男性が女性に奢った場合、「男」と「女」という立場がくっきりしてしまうことがあるというのはわからないではない。
しかし、それで対等であるべき関係のバランスが崩れるというのはいまひとつ実感が湧かない。同性の友人に「待たせたお詫びにお茶をごちそうするわ」とか「もうすぐ誕生日でしょ?ケーキ買ったげる」と言われ、そんなことを考えたことは一度もない。
私も割り勘が気楽で一番好きだが、なにかのお礼やお祝いといった理由があるときに奢ったり奢られたりするのは健全だし、楽しいものである。
そしてもうひとつのタブーは、「セックスがらみの話をしない」ということだ。なぜなら、おかしな方向に話が転がることがあるから。「夫の愚痴を言わない」を挙げた女性がいたが、理由は同じだった。
私の場合、下ネタを除けば(私にとってそれとエッチな話は別物だ)、まじめにする分には話題を選ばない。が、その手の話が不適切なノリを生じさせる可能性があることは否めないから、「けじめ」という意味で、それは賢明なことなのかもしれない。

……なんて言いつつ。最近、友人からちょっぴり刺激的なプレゼントをもらった私。
喫茶店でお茶をしていたら、「今日はあげたいものがあるんだ」と言う。えー、なんだろう?とドキドキしている私に彼が笑顔で差し出したのは、無修正のアダルトDVDだった。
言っておくが、「小町さん、こういうの好きでしょ」ということでもらったのではない。といって、「おぼこそうだから、これでも見て勉強したら?」というわけでもない(シツレイしちゃう!)。
「こないだ知り合いが『これはスゴイよ』って言って、くれたんだ。で、小町さんにも見せてあげようと思って焼いてきたよ」
まるで他意などない無邪気な顔で、友人は言った。
あー、えー、コホン。こういうものにとくに興味があるわけではないけれど、何事も勉強だもんね。「これを見たら、男の哀しさがわかるよ」とも言われたしー。
私は帰宅すると、さっそくDVDプレーヤーにセットした。ちゃんと見るのは夫が出張で留守の日にするとして、どんなもんかちょいと試しにね。
……あ、あれ?液晶パネルには「ディスクが読み取れません」の文字。もらった二枚ともがそうだ。
おかしいなあ、どうしてだろうとテレビの前でうなっていたら、夫から声が掛かった。
「さっきからなにやってるの」
「もらったDVDが映らんの」
夫はそれを手に取り、おごそかに言った。
「当たり前じゃない。パソコンで焼いたDVDだもん、パソコンでしか再生できないよ」
……ということは。
「残念だったね。小町さんのパソコン、DVDついてないもんね」
そんなあー。だってこれもらうとき、パソコンでしか見られないよとかそんなこと、ひとことも言われなかったよ。
「DVDついてないパソコンを使ってるなんて思わなかったんでしょう。そりゃそうだよ、いまどきは通販の激安パソコンにだってついてるんだから」
そんなわけで、私はまだそれを見ることができずにいる。「どうってことないじゃない。このくらいでスゴイだなんだって騒ぐなんて、男の人って可愛いのね」というコメントまで用意しているというのに。
夫のノートパソコンでは見られるようだが、もちろん貸し出しなんてしない。木を隠すなら森へ。DVDは彼が永遠に手を触れないであろうマッキー(槇原敬之さん)のCDの間にサンドイッチして、パソコンを買い換えるときまで大切に保管しておこうっと。

【あとがき】
「夫の愚痴を言わない」というのは、賢いなと思いました。こういうのは牽制とか自意識過剰とか水くさいとかいうのではなく、やはり「節度」なのだと思います。