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2004年08月30日(月) 身も蓋もない話

俵万智さんのエッセイにこんな話があった。
コンビニのおつまみコーナーで、あるものが目に留まった。その瞬間、かつての恋人の記憶が鮮やかによみがえってきた。

 ほら、たとえばそこのおつまみコーナーに、ぶら下がっている「ジャイアントコーン」。Kが初めて私の部屋に来たとき、スナック菓子とか雑誌とかボールペンとかと一緒に、買ってきたものだ。
 別にスナック菓子やジャイアントコーンが食べたかったわけでも、雑誌が読みたかったわけでも、ましてボールペンが必要だったわけでも、ない。それらに混ぜて彼は、「?」のマークのついたベネトンの小さな四角い箱を、カゴに入れたというわけだ。

俵万智 『101個目のレモン』所収「コンビニの片隅で」


この三行だけでピンときた人がどのくらいいるかわからないが、「ベネトンの小さな四角い箱」とはコンドームのこと。
エッセイはこのあと、「自意識過剰ねえ。別にお客がなに買おうと店員さんは気にしてないって」と可笑しく思いながらも、俵さんが“手当たり次第”のひとつに過ぎなかったジャイアントコーンをすっかり気に入ってしまった……というふうにつづくのであるが、私はこのくだりを読んではっとした。ある事実に気づいたからだ。
自慢じゃないが、私は過去にお付き合いした男性の誕生日はもちろん、出会った日や初めてそういうことをした日まで覚えている“アニバ女”だ。
いちいち思い出して、「○年前の今日、私はオンナになったんだわ、ウフフ」なんてやることはないけれど、恋愛に関するかぎり記憶力は悪くないと言えると思う。にもかかわらず、私は覚えていないのである。その時々の恋人との“初めての日”にも必要としたはずのそれをどのようにして調達していたのかということを。
通販も含め、自分で購入したことは一度もない。そういう心配のいらないホテルで初めてを経験したこともない。いざとなって「あ、ない!じゃあ買いに行こう」となった記憶もない。よって、男性がひとり暮らしの私の部屋に持ち込んだのは間違いのないところだ。
しかしながら、私は彼らがそれを取り出したときの場景を----途中のドラッグストアで買ってきたものをカバンからだったのか、それとも財布や定期入れの中からだったのか、あるいは私が髪をとかしているあいだに枕の下に忍ばせておいたのか----私はどうしても思い出すことができないのである。
そのとき男性は照れ隠しのひとつも言ったのではないかと思うのだが、セリフのかけらさえよみがえってこない。これはいったいどうしたことだろう。
照れくささのあまり、私はその部分の記憶だけカットしてしまったのだろうか。はたまた、印象に残らぬほど彼らは手際よくスマートに切り抜けてくれたということなのか。
二度目以降であれば彼と散歩がてらコンビニに行き、アイスクリームやなんかと一緒にそれをカゴに入れることはできそうだ(ただし、カゴを持つのもレジで支払いをするのも彼、ということになるだろう)。夫婦ともなれば羞恥心や抵抗感はさらに減り、妻が夕食の買い物と一緒にスーパーで購入するのが当たり前、というふうになるのかもしれない。
しかし、どの男性との初めての日にも私はそれを用意することができなかった。必要になることがわかっていたにもかかわらず。
それは決して「恥ずかしかったから」だけではない。コンドームを自分で調達するというのは、ホテル代を割り勘にするのと同じくらい“身も蓋もないこと”であるように思ったからだ。
林真理子さんの小説、『不機嫌な果実』の中にこんな一文がある。

男はその時許されたと思っているが、実は十二時間前、朝、クローゼットから下着を選び出した時に、女たちは許しているのだ。


たしかにそうだ。
「今度の週末、部屋に行ってもいい?」
「うん」
この時点でセックスを思い浮かべていない女などいない。しかしそれでも、心のどこかで望んでいる。どんなに白々しくとも“そのとき”求められたから応えたの、というポーズを取らせてほしい、と。主導権は彼に預け、ベッドまでエスコートされたい、と。
だから朝食のサンドイッチの材料や彼の歯ブラシは買えても、コンドームだけは買えない。買いたくないのだ。

ここまで書いて、ふと思う。
女性が「待ってました」というふうに思われぬよう心を砕くのと同じに、男性もまた初めて彼女の部屋を訪ねるとき、「しに来ました」とは思われたくないと考えるものなのだろうか。
そうだとして、もし彼がなんの用意もしてこなかったとしたら……。
そのときは顔を見合わせてくすっと笑い、その夜は潔く“寸止め”の無念を味わおうではないか。「あのね、実は私……」なんてモゴモゴ言いながらタンスの引出しに手を伸ばすより、百倍甘美な気分になれる気がする。
本日は身も蓋もない話にお付き合いくださり、ありがとうございました。

【あとがき】
大学時代、年上の友人は常にコンドームを財布に入れていました。異端の目で見る私たちに、彼女は言ったものです。「いつどこでそういう事態にならないともかぎらない。いざというとき、持ってなかったら困るから」。
当時、まだまだ純情だった私の辞書には「一夜の過ち」だの「恋のアバンチュール」だのといった語彙は載っていなかったんですね(いや、いまでも私はベースはとても純情です)。そのため「いざというとき」をレイプのことだと信じて疑わず、そんなことをする男に「これ、つけて!」と頼んだところでつけてくれるわけがないじゃない、無駄よ、と思っていたのでありました。後年私の勘違いだったことが判明、この一件はいまでも仲間内で笑いの種になっています。 


2004年08月25日(水) その人のハンカチ

掛け持ちしているふたつめの職場に二週間ぶりに出社したら、仲良しの同僚が私の顔を見るなり飛んできて言った。
「ちょっと聞いた?また禁止事項が増えた話!」
その会社にはかなり細かい就業規則がある。業務をするフロアにはボールペン以外のものは持ち込めないとかトイレに行くにも名札が必要といったことは、個人情報を扱う業種である以上セキュリティの関係でやむを得ないことであるが、顧客データの持ち出し防止云々とは関係のない部分においてもかなりシビアだ。
席での飲食は厳禁のため、マグカップを机に置くことも土産の菓子を配ることもできない。私語が注意されるくらいだから、ネットサーフィンや私的なメール書きなどとんでもない。ノースリーブやサンダル、ブーツ、ネイルアートもだめ。「常識に委ねる」ではなく、許されないこととして明文化されていることがとにかくたくさんある、緊張感漂う職場なのだ。
そして彼女が言うには、先日あらたな禁止事項が言い渡されたという。「業務中に足を組んではいけない」というものだ。横柄でだらしなく見える姿勢であり、それは顧客と電話で話しているときの声にも表れかねない、というのがその理由である。
「あの部長、ちょっと自分が足短くて組めないからってさ」
同僚が口々に文句を言う。彼女たちにとってそれはすでに癖になっているから、組まずにいようとすると気が散ってしかたがないらしい。まあ、そうだろうな。私だって、もし「頬づえ禁止令」が出されたらものすごく困る。
ところで、私がふだんから足を組まないのは見た目によろしくないと思っているからだ。性別によってしてはいけない事柄というのはないとは思うが、男には似合わない姿、女では絵にならないポーズというのは存在するのではないか。女性の足組みは、私にとってそれにあたる。タバコを吸っている姿ほどではないにしろ「ちょっとなあ」と思わせるものがあるので、私はしない。
というように、他人には「妙なとこかっこつけて、くだらない」と馬鹿にされるであろうこの種のこだわりを、私はいくつか持っている。
それはたとえば、「どんなに寒くても“ババシャツ”は着ない」といったようなことなのだが、最近そのうちのひとつを反故にした。
生まれてこのかた、私はハンドタオルなるものを使ったことがなかった。タオル地のそれは子どもっぽいというか色気がないというかで、「やっぱりハンカチでしょ」と思っていたからであるが、友人からかわいいものをもらったのをきっかけに愛用するようになったのだ。すぐにぐっしょり濡れてしまうこともなければ、アイロンをかける面倒もない。なんて便利なんだろう!といまさらながら気づいたわけだ。
それでもあいかわらずハンカチも一枚、バッグに忍ばせている。それはブラシや化粧ポーチを携帯していること以上に、その人の「女性」の部分を感じさせるものである気がするからだ。レストランで膝の上に広げるのはやはりハンカチにしたい。
友人と食事をしていたら、隣りのテーブルの女性が運ばれてきた料理の置き場所をつくろうとしてグラスを倒した。慌てるあまり、自分のほうに押し寄せてくる水を見つめるだけの彼女に、向かいに座っていた男性がすかさずハンカチを出した。
「まあ、素敵……」
私は心の中でつぶやいた。これを読んでくださっている男性の中に、スーツのポケットにハンカチが入っているという人はどのくらいいるのだろう。
どこの公衆トイレにもエアータオルやペーパータオルが備えつけられているから、なくても不便はないかもしれないけれど、こういうシチュエーションで紙ナプキンではなくハンカチをさっと渡せる男性には色気を感じる。
三十数年の人生の中で、私のためにハンカチを差し出してくれた男性は、ひとり。
その人が頬にあててくれたハンカチにはきちんとアイロンがかかっていた。それは二度とは会えぬことを私に教え、私の胸は決定的に張り裂けたのだった。

【あとがき】
ハンカチやハンドタオルがなくても困ることはあまりない。公衆トイレには必ずといっていいほどエアータオルかペーパータオルがついているから、一度もバッグから取り出さなかったなって日もあるくらいだし。それでも、たまに忘れるとなんとなく落ち着きません。


2004年08月23日(月) 「据え膳」を食わぬ理由

週末、旅行のお土産を持って実家に帰った。リンツのチョコレートを口に運びながら、思い出したように「そうそう、一週間くらい前にね」と母。
「広告代理店の人が来てね、うちの前で○○のテレビコマーシャルを撮りたいって。で、そのとき二階の角の部屋に明かりが欲しいから、撮影日に照明とか機材とか入れさせてもらえませんかって」
ええっと声をあげる私。○○といえば知らぬ人はいない有名企業ではないか。そのコマーシャルの背景にわが家が使われるなんてすごい!しかも、二階の角部屋といえば私の部屋なのである。
やだあ、じゃあ撮影の日は私、立ち会っちゃおうかな。なんだったら「通行人A」をしてもいいわよ。
「それがね、撮影は準備とかあれこれで半日かかるって言うのね。そのあいだ家の中を知らない人にうろうろされるの嫌だから、断ったよ」
えー、そんなあ。結局、話は近所の別の家にいき、来月そこで撮影が行われることになったらしい。
が、まあしかたないか。電話回線の工事、火災報知器の点検、電化製品の配達、引越しの見積り。どんな理由があろうと、女がひとりでいるときに見ず知らずの男性に家に上がられるのは気持ちのよいものではない。

しかしながら、世間にはいろいろな女性がいるらしい。
電車の中吊り広告に「奥サン、僕らを惑わせないで!」というコピーを見つけた。客の家を訪ねたら、欲求不満の人妻に誘惑されて……という引越しや宅配便の業者の体験談を載せた、週刊誌の記事の見出しである。
バカバカしい、そんなことがあるかいなと一笑に付していたところ、職場の同僚から驚くべき証言を得た。三十過ぎで派遣社員をしている彼は、以前エアコンのクリーニングで方々の家庭を訪問していたことがあり、何度か“そういう目”に遭ったことがあるというのである。
「そういうときはチャイムを押してドアが開いた瞬間になんとなくわかりますね」
「へえ、いかにも好きモノって感じ?」
「いえ、ふつうの女の人ですけど、ノーブラなんです」
夏の暑い最中のこととて、彼は汗だくになって作業をする。いとまをするときに麦茶を出したり缶ジュースを持たせたりしてくれる家は少なくないが、「シャワーお使いになって」と言われることはそうはない。ニップルが浮き出たTシャツ姿の奥さんにタオルを差し出されたら、どんなに鈍感な男性でもピンとくる。
「で、あなたどうするの?」
「もちろん、次がありますからって言って帰りますよ」
「なあんだ、そうなの」
「当たり前じゃないですか。だって怖いですよ、そういう人ってなに考えてんのかわかんなくて。あとで会社にばらされないともかぎらないし、そういうシチュエーションではちょっと無理ですね」
まあ、たしかにそうだ。ドアを開けたときからノーブラということは、奥さんは訪ねてきた作業員が若くてかっこよかったからついその気になってしまった……ではなく、どんな男性でもかまわなかったわけだ。そんな女性の「据え膳」を食ってしまったら、後々どんな厄介に巻き込まれるかわからない。「美人局」なんて言葉があたまをよぎるし、映画『危険な情事』のようなことにならないとも言えない。
「でも車に乗ってから、惜しいことしたかなとか思いますけどね」
彼はまんざらでもなさそうに、フフフと笑った。

うちのマンションのポストには女性を対象にした「出張マッサージ」のチラシがしばしば投げ込まれる。
それを目にするたび、こんなファミリータイプのマンションに投函しても無駄なんじゃないのと思っていたのであるが、一向に止まないということは意味がないということでもないのだろう。
いつ子どもが帰ってこないとも隣家に声が漏れ聞こえないとも知れない自宅でそういうことをして、はたして没頭できるんだろうかと妙な心配をしてしまう私であるが、日常の中で非日常をするのがいかにも“禁断”という感じで興奮するのだと言われたら、わからないではない。
ところで、このテのチラシの中にときどき見つける「一級性感マッサージ師免許所持」という謳い文句。いったいどこでそんな資格が取れるのだろうか。

【あとがき】
そういえば、ファミリータイプのマンションだからかうちのポストに投げ込まれるのは、男性向けより女性(主婦)向けのチラシが多いです。そりゃそうか、男性向けのを放り込んだところでポストを開けるのはたいてい奥さん。ごみ箱に投げ入れられるのがオチだもんね。


2004年08月20日(金) スイス旅行記(後編)

ユングフラウ鉄道に乗って見に行ったヨーロッパ最長のアレッチ氷河、「アルプスの少女ハイジ」が生まれた村でのハイキング、グリュイエールでのチーズ製造の実演見学。どれも甲乙つけがたいスイスの旅のひとコマだが、さらに忘れがたい記憶となるであろうのは、ツェルマットから見たマッターホルン(四四七八メートル)だ。
ロープウェーを乗り継いでクライン・マッターホルンの頂上(三八八三メートル)に立ち、マッターホルンを眼前にしたとき、鳥肌が立った。
「神の山……」
中世には悪魔が棲んでいると恐れられていたというのも頷ける。アルピニストの聖地と呼ばれるツェルマットの村、その奥に鎮座するその山はアルプスの明峰の中でもっとも荒々しく冷酷で、そして圧倒的に美しかった。
この話をご存知だろうか。スイスとイタリアの国境上にそびえるマッターホルン。一八六五年七月、二つのパーティーが国の威信をかけてその初登頂を競った。
ツェルマットからアタックしたイギリス人エドワード・ウィンパーの一行と、不利を承知で自国からのルートを選んだイタリア人ジャン・カレルの一行。先に頂上にたどり着いたのはウィンパー以下七名のイギリス隊だった。ウィンパーが頂上から下を覗くと、遥か下に尾根を登ってくるカレル隊が見えた。彼が岩を投げ落とすと、初登頂が叶わなかったことを知ったカレルたちは引き上げていった。
が、数時間後、悲劇が起こる。自分たちの成功を見せつけるような真似をした罰が下ったのだろうか、ウィンパーたちが下山をはじめて間もなく、前から二番目を歩いていた登山経験の浅いメンバーが足を滑らせたのだ。七人はザイルで結ばれていたが、悲鳴を聞いてとっさに踏ん張った後方のウィンパー、山岳ガイド二人とのあいだで切れ、前の四人が千二百メートル下の谷底に消えた------。

それは、山というより巨大な岩。ヤスリで磨きあげた矢じりのような稜線の峰々に囲まれ、足元には二つの氷河が横たわる。そして、自身は雪もつかぬほどの断崖絶壁。このまるで斧ですっぱりと切り落としたような北壁は、何者をも受け入れないという意志の表れのように私には見えた。多くの登山家の命を呑み込んできたこのピラミッドは、侵してはならない領域があること、人間は自然には敵わないことを私たちに教えようとしているのだろうか。そんなことを考えずにはいられなかった。
コンクリートとアスファルトの世界、すなわち自分たちが作ったもの、征服したものに囲まれて生活していたら、人はいつしか勘違いしてしまうようになるのかもしれない。「生かされている」という感覚を失うというか、人間もほかの動物と同じ、自然を間借りして生きている存在であるという「分」のようなものを忘れてしまうというか。
「神が山に姿を変えて下界を見ているのではないか」
マッターフィスパ川に架かる橋からその山を見つめながら、そんなことを考えた。
村の教会の隣りにマッターホルンで命を落とした登山家たちの墓地があった。墓碑に刻まれた生没年月日を見て、言葉を失う。十代、二十代がとても多い。そういえば初登頂を果たしながら下山途中最初に足を滑らせたハドウもたしか十八か十九だったな……。
八十年前にエベレストで遭難死したイギリス人登山家の言葉を思い出す。生前、ジョージ・マロリーはなぜエベレストに登るのかと訊かれ、こう答えている。
「そこに山があるから」
ここに眠る彼らも同じ気持ちだったのではないか。親や妻や子を思いながら、それでも「あの頂点に立ちたい」という気持ちを抑えることができなかった。あの神々しいまでの美しさに魅せられて。
きっと彼らは言うだろう、本望だと。マッターホルンのこんなにそばで眠ることができて幸せだと。
「だから、泣くことはない」
花の代わりにピッケルが飾られた墓の前で、私は唇に力を込めた。

【あとがき】
マッターホルンには「神」を感じさせるものがありました。ふもとの村から見ると頂きに雪をかぶっていてとても美しいのだけど、マッターホルンと向かい合う山の頂上から眼前にすると、その荒々しさというか寒々しさというかに鳥肌が立ちました。人間とは言うまでもなく、周囲の峰々(4000メートル級の山が29もある)のどれとも打ち解けない「孤高の巨人」という感じでした。
村の山岳博物館には「ちぎれたザイル」が展示されていたのですが、とても細くて、どうして登山経験も豊富な地元ガイドとウィンパーがこんなロープを採用したのだろうと思いました。生き残った三人には「故意にザイルを切ったのではないか」という疑いがかかり、査問委員会が開かれたそうです。


2004年08月18日(水) スイス旅行記(前編)

みなさん、お盆はいかがお過ごしでしたか。ただいま帰りました、小町です。
九州をひと回り大きくしたくらいの国をレンタカーで回る旅。昨年フィヨルドを見るために北欧を旅したとき、運転できないわ、地図は読めないわ、車酔いするわでなんの役にも立たず、夫から「重しを乗せてるみたいなもの」と言われた私であるが、今年は名誉挽回を目論む。道路マップを膝の上に広げ、夫が告げる町の名を必死に探す。
が、地図を読むコツをまるで持たない私は次の標識が現れるまでにその地名を発見することがどうしてもできない。
「ジュネーブ、ジュネーブ……」
「西の方角だよ」
「んー、この地図にジュネーブは載ってないわ」
この会話から小町ナビの性能のほどはお察しいただけると思うが、それでも八日間で九百八十キロを走破。すばらしい旅をしてきました。本日はスイス旅行記にお付き合いください。

頂きに雪を残すアルプスの山々、緑のアルプ(牧草地)に点在する山小屋風の家、エーデルワイスの白い花、のんびりと草を食むカウベルをつけた牛、穴のあいたチーズ、アルプホルン、首にブランデーの入った箱をぶら下げたセントバーナード。
すべてこの目で見てきた。ここまでイメージと寸分違わなかった国はほかにない。
とはいうものの、へええ!と感嘆したことはいくつもあった。たとえば、家々の窓辺にゼラニウムやペチュニア、ベゴニアの花が見事に咲き誇っていたこと。
茶色い木の家に赤やピンクはとてもよく似合い、本当にかわいらしい。どんな小さな村を通りがかっても素晴らしくていねいに手入れされていて、私は感動のため息をついたものだ。
が、その一方でこんな疑問も浮かんだ。
「この国には花の世話が苦手だったり、面倒だと思う人はいないのだろうか」
と思っていたら案の定、町並みを美しく保つことに協力するよう定められた条例があるのだそうだ。花の手入れを怠ると、市町村から派遣された庭師がやってきて、罰金とその実費を請求されるという。
そうだろうなあ、だってあまりにもきれいなんだもの……と頷きつつ(もっとも、テラスで水やりをしたり花殻を摘んだりしている人たちが渋々やっているようにはまるで見えなかったけれど)、京都に住んでいた頃、やはり景観を守るために大通りに面したベランダには布団が干せなかったことを思い出した。
そして、もうひとつ驚いたこと。それは人々がペットの犬をどこにでも連れて行くことだ。
電車に乗せて三千メートルを超える山の上にも同行するし、店で買い物や食事をするときも然り。シェパードやドーベルマンといった強面の大型犬でも、観光地の人ごみの中を遠慮なく連れ歩く。その扱いは人間の子どもとまるで同じなのだ。
マッターホルンを見た帰りのロープウェーで、誰かが私の足の上に荷物を置いた。ふと視線を落とした私はひええと飛び上がりそうになった。「伏せ」をした大きな真っ黒のボクサーが私の足の甲にアゴを乗せて眠っていたのである。
車内は日本の通勤ラッシュ時の電車なみに混雑している。誰かが彼の尻尾でも踏み、怒って私の足を噛んだりしないだろうかと心臓がドキドキ。が、飼い主がまったく意に介さぬ様子であるのを見ているうちに、「この犬は絶対に人を噛んだりしないんだな」と。
日本で公共の乗り物に犬を乗せたり、レストランに連れて入ろうものなら、「危険だ、不衛生だ、非常識だ」という投書がすぐさま新聞に載りそうだが、あちらの人を見ているとそういうことはまったくなさそうだ。
実際、犬たちの行儀のよさには感心する。犬同士すれ違っても吠えないし、主人がものを食べていても欲しがらないし、他人に触られても嫌がらない。本当におとなしいのだ。
人に迷惑をかけないという自信があるから、飼い主もああやって連れ出せるのだろう。あちらでは子犬のときにプロに躾をしてもらうのであろうか。
電車やバスは時刻通り発車するし(スイスの鉄道は安全、正確、清潔という点において世界一なのだそうだ)、店で釣り銭をごまかされることもない。トイレは清潔でペーパーが必ず備えつけてあるし、人々の環境保護の意識も高くアイドリング・ストップが徹底している。
海外に出かけるとしばしば感じる「大味」なところがまるで見られない。すべてにおいてきちんとした印象で、信頼の置ける、実に居心地のよい国であった。

というわけなので、ラブレター・フロム・スイスをリクエストしてくださった方々のお手元には間違いなく絵ハガキが届くと思います。定規を用意して(意味は受け取ったらわかるかと)待っててね。
次回、この旅でもっとも印象に残った場所の話をさせてください。

【あとがき】
そうそう、意外だったことといえばハエがやたら多かったことですね。ルツェルンの市場でスイカを見つけ、「スイスにもあるんやー」と近づいたら、種が一瞬にして消えた。種に見えた黒いものはスイカに群がるハエだったのです。どんなに清潔で美味しいレストランでもハエがぶんぶん飛んでいる。これがなければどんなに心安らかに食事ができたことでしょう。でもチーズを使ったスイス料理を食べてきましたよ。フォンデュもラクレットもほんとに美味しかった。


2004年08月08日(日) 本当の事情

朝、会社のエレベーターで隣りの課の社員の女性と一緒になった。私よりいくつか年上で仕事上の関わりもないのだけれど、気さくな人なので休憩室などで顔を合わせると、いつも軽口を叩く。
「小町さん、土曜出勤なんてやる気あるう」
「違いますよー、明日から十一連休するんで」
「ということは海外?いいなあ」
そんな話をしながら、あれ?と思った。こうして話すのが少しばかりひさしぶりのような気がしたのだ。案の定、彼女は昨日まで休んでいたと言った。
「へえ、どこか旅行でも行ってたんですか?」
一週間の休暇と聞いて、私は彼女が早めの夏休みを取ったのだと信じて疑わなかった。が、そうではなかった。
「ううん、父親が亡くなってね。実家に帰ってた」
私の目にはまるでふだんと同じ彼女だった。いやそれどころか、朝から元気がいいなあとさえ思っていたのである。私は自分の鈍さを恥じ、心の中で頭をぽかぽか叩いた。
そして、ああ、そうだったと思い出した。昔、似たようなことがあった。私が史上最大の失恋をし、一睡もせずに出勤した日、たまたま出張で来ていた別の支社の同期に「相変わらず元気そうやん」と言われたのだ。
ひどく驚いた。たしかに「つらい、悲しい」は表に出すまいとしていたけれど、それにしてもこんなに簡単に、こんなに完璧に隠し果せるものなのか、と。
こんなこともあった。夫とは恋人時代に一年弱別れていた時期があった。私はそれを誰にも話していなかったのだが、披露宴で司会が新郎新婦の紹介の中でそのことに触れたとき、“新婦御友人席”からどよめきが起こった。そして、後から口々に「全然知らなかった、気づかなかった」と言われたのだ。
少女漫画の世界では、女の子が浮かべたほんの一瞬の憂いの表情を男の子は見逃さない。木陰で泣いているとハンカチを差し出したり抱きしめたりしてくれるが、現実にはそんなことは起こらない。その人が“知ってもらうためのサイン”を意図的に出さない限り、誰かの異変を周囲の人が察知することはほとんど不可能なのだ。
いつもニコニコ、あるいは元気いっぱいに見える人でも、心の中も見た目そのままとは限らない。不機嫌だったり、食欲をなくしたり、ため息をついたりしている人だけが「何かあった」わけではない------まるでいつもと変わらぬように見える彼女を見て、あらためてそれを思った。

村上春樹さんのエッセイにこんな話があった。
東京に大雪が降った日、車を運転していたら、三度も間違えて右側車線に入ってしまった。どうしてそんな“うっかり”が起きたのだろうと考えたところ、道路に積もった雪を見ているうちに以前住んでいたボストンの雪景色を思い出し、無意識に右側を走ろうとしてしまったのだ、ということに気がついた。

 でも僕は思うのだけれど、もし僕がこの日に間違えて反対車線に入ったときに、運悪く事故を起こしてぽっくり死んだりしていたら、みんなきっとその本当の原因が理解できなかっただろう。
「もう日本に戻ってきて時間も経ったし、すっかり左側通行に慣れていたんですがね、どうして急に間違えたりしたんでしょう?」というようなことになっただろう。それが久しぶりに東京の街に積もった白い雪のせいだなんて、きっと誰にもわからなかったに違いない。自分自身でさえ、そのことに気がつくのにかなり長い時間がかかったんだから。  

(村上春樹 『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』所収「条件反射は怖いのだ」)

こういうことは世の中に、きっとたくさんたくさんある。すべての人が「本人しか知りえないこと」を内蔵していて、その“本当の事情”というものは本人が抱いたまま消滅するから、他人はその内容はもちろん、それが存在したことさえ想像できないのだ。
そして、私は考える。
あのときどうしてああしたのか、ああ言ったのか、あるいはああ書いたのか。私の中にはいくらかの人に対して弁解したいこと、釈明したいこと、謝罪したいことが存在する。それが実現する見込みは現時点でもまるでないけれど、もしこの先私か相手に何事かが起こり、私が然るべき人に然るべきことを伝えるチャンスが完全に失われてしまったとしたら、それはとてつもなく大きな無念となるに違いない。
……なんてことを私はどうして成田に向かう朝に考えているのだろう。よくわからないけれど、うん、気をつけて行ってこよう。
それではみなさん、次は十八日にお会いしましょう。

【あとがき】
あと一時間で家を出るというのに、まだシャワー浴びてない!手荷物も詰めてない!化粧もしなくちゃ!それでは今度こそほんとに行ってきまーす。うわー、大変、あたふたあたふた。


2004年08月06日(金) もしあなたがそんな人だったら、私は

昨日の朝刊に五十代の主婦から寄せられたこんな手紙が載っていた。

二十代後半の娘には付き合って四年になる恋人がいますが、彼が職場の女性と一度だけ関係を持ち、相手が妊娠しました。彼は彼女と結婚する気も子どもを認知するつもりもないと言いますが、女性は産みたいの一点張りです。
娘は彼をあきらめなければならないなら死を選ぶと言い、現在も付き合っています。母親としてどうすればよいでしょうか。


人生相談のコーナーに明るい話を期待できないのは百も承知であるが、朝から実に不快な気分になった。
理由はいくつかあるが、最大のポイントはやはり、男性のあまりにも身勝手で無責任な態度。子どもができたからといって、愛情もないのに結婚するのがあるべき責任の取り方だとはまさか思わないが、「認知する気はない」にはどの口がそんなことを言えるのかと言いたくなる。
今後の話し合いで折り合いがつかず、最終的に「産む」という選択がなされることになったなら、彼には背負わねばならないものが発生するはずだ。相手の妊娠が「事故のようなもの」であったとしても、彼は自分の行為に対する責任を取らねばならない。
だから、この相談を読んで私がもっとも気になったのは、この「結婚する気も認知するつもりもない」をこの相談者の娘はどんなふうに聞いているのだろう?ということだ。
彼女の立場からすれば、恋人が他の女性を妊娠させるというのは考えうる限りで最悪と言ってよい事態であろう。その巨大な困難の前には「一夜の過ち」自体は相対的に小さなこととなり、許せると思えるかもしれない。彼を奪われるかもしれないという恐怖の前には裏切られた怒りも悲しみも霞み、水に流せる気がするかもしれない。
しかし、自分が父親であることを認めるか、認めないかが子どもの人生に多大な影響を与えることを知りながら、「俺は知らない、産んでも認知しない」と言ってのける彼に不安を抱かずにいられるのだろうか。
この非情さは時が経てば自分にも向けられるようになるのではないか……。そんなことが頭をよぎらないのだろうか。
これはなんの理由もなく降って湧いた災難ではなく、文字通り、彼が“撒いた種”だ。人間だから過ちを犯すこともあるだろう。しかし、こうした事態にどう向き合うか、どう対処するかに人の真の姿が現れる。
「もし彼が妻や子を捨てて私のもとに来るようなら、そんな冷酷な彼を私は愛さない」
これを瀬戸内寂聴さんは妻子ある男性と過ごした八年間、心の中で繰り返したという。彼が愛すべき人である限り、決して自分のものにはならないという皮肉、哀しさ。それでも、自分の中のなにかがその言葉を捨てさせないのだ。
この「そんな人だったら愛さない」はこの娘の中には存在しないのだろうか。

さて、話はがらりと変わって。
『われ思ふ ゆえに・・・』はしばらくお休みをいただきます。八日から旅行に出かけるためです。というわけで今年もやります、絵ハガキ企画!
オーストラリア、中国、北欧につづき、第四弾となる今回はスイス。アルプスの大自然、エーデルワイスの花畑、本場のチーズフォンデュを存分に味わってくる予定であります。
「す、すごい……」「小町さんらしい」と毎度みなさんを唖然とさせる絵ハガキです。
どんなのかしらんと興味の湧いた方、どしどしご参加ください。移動中やホテルの部屋で夜、電気を消す前の隙間時間を使って書きますので、遠慮はご無用。明日(七日)の正午までにメールで必要事項をいただけましたら、ハイジの世界からあなたのポストにラブレターをお届けいたします。
これが出発前の最後の更新になるかもしれないので、一応あいさつしておきます。
気をつけて行ってまいります。みなさまもどうぞよいお盆をお過ごしください。

【あとがき】
私の友人に、新聞の相談と同じ苦悩を味わった女性がいます。ふたりは泣きながら別れ、彼はその女性と結婚。友人は長い間、「相手の女性より子どもが百倍憎かった。私から彼を奪ったのはその子ども」と思っていたけれど、自分も結婚をした今、憎しみは跡形もなく消えたそうです。いつかどこかでその子を見かけることがあったなら、「私、あなたのお父さんのことが本当に好きだったのよ」と心の中で語りかけると思うと言っていました。彼女は昔話として笑顔で話していたけど、私は泣いてしまいました。


2004年08月04日(水) 「他人の夢の話と猫自慢ほど退屈なものはない」というけれど

出勤途中、散歩中の柴犬に出会った。私がはっと息を呑んだのは、その犬にあたりをはらうような「気品」が漂っていたからだ。
特別高価そうな首輪をつけていたわけではない。連れていたのもごくふつうのおじさんだ。しかし、姿勢と足の運びが驚くほど美しかった。追い抜きざまにさりげなく顔を見たら、やはり凛とした雰囲気の賢そうな面立ちをしていた。
街を歩いているときにベビーカーに乗った赤ちゃんと散歩中の犬が向こうからやってきたら、私は確実に後者に目がいくタイプ。見ず知らずのママに「抱っこさせて」と声を掛けることはないが、飼い主になら「わー、ちょっと撫でてもいいですかァ」と近づいて行ける。
これを人に言うとのけぞられるのであるが、私は中学に上がるまで、毎晩枕元にぬいぐるみを二十匹くらい並べて眠っていた。ベッドを海に浮かぶイカダに見立てていたので、朝、床に転げ落ちているものがあるとあわてて拾いあげたものだ。
人形は苦手だったのにぬいぐるみには惜しみない愛情を注いだのは、私が大の動物好きだったからだろう。二日前の新聞の投書欄に、ゴミ捨て場に生きたウサギがゲージごと捨てられていたという話が載っていたが、小遣いをはたいて「ムツゴロウ新聞」を取っていた当時の私がそれを読んでいたら、大変なショックを受けたに違いない。
隣席の同僚は職場のパソコンのデスクトップを愛猫の写真にしている。私は猫を飼ったことがないのだけれど、話を聞いていると、犬とはまた別のかわいさを持った動物のようだ。
彼女が猫を膝に乗せて雑誌を読むとか、朝になると前足で顔をノックされて目が覚めるといった話をするのを、私はいつも目を細めて聞く。夫は「飼うなら犬」という人だし、私自身も家の中で動物を飼うことには抵抗があるので、この先も私に猫との蜜月が訪れることはなさそうだが、だからなおのことうらやましい。
「他人の夢の話と猫自慢ほど退屈なものはない」は柳美里さんの言葉だけれど、私は少なくとも後者については否定できる。林真理子さんや村上春樹さんのエッセイにも猫がしばしば登場するが、これがかわいくてたまらない。
まるでそれが目の前にあるかのように疑似体験できるという点で、ペット自慢とグルメエッセイは似ている。

夫の同僚が新築マンションを購入したので、お祝いに行ってきた。
集まったのは夫婦四組の計八人。男性陣がビールを飲んで寝てしまったため、妻四人で盛りあがったのであるが、「こんなきれいな家に住んだら、夫婦ゲンカできへんなあ」と課長の奥さんが言う。
「え、なんでですか」
「だって、お皿投げて窓ガラス割ったり障子破ったりしたらすごいショックやん」
「えっ、そんなもの投げるんですか?」
驚きの声をあげたら、「うちのケンカはもっと派手よ」と部長の奥さん。大きなバイクを乗りこなす、活発で素敵な女性だ。
「手は出る、足は出る、K-1の試合みたいだからね。こないだグラタン投げたら、掃除がすっごく大変だった。あははは」
あまりの壮絶さに言葉を失っていると、「小町ちゃんとこはケンカするの?」と訊かれた。
「もちろんしますよ」
「へええ、そんなイメージなかったわ」
「そんなのしょっちゅうですよ。私、よく思うんですよね、うちに猫でもいてくれたら、もうちょっとケンカも減るんじゃないかって」
そうしたら、間髪入れず三方から声が飛んできた。
「猫じゃなくて!子どもをつくんなさい、子どもを!」
……ごもっともです。

【あとがき】
いまのところ、夫婦ゲンカで暴力を振るったことはありません。でも、ケンカをすると口を利くのも嫌になり、ぷいとそっぽを向いてしまうのが私の悪い癖です。だから仲直りするまでに時間がかかるんですよね。