
春休みのスローガンは「一日一冊活字運動」でした。
結局数はあまり読んでません。
でも、意味あるものであったと思います。
客観と主観を含んだ本の紹介は苦手なので、ここではしません。
だから一つ一つについてでなく、全体についてでの感想を書きます。
全体と言うか、客観的な読書の感想を。
作品は閉じたものであり、その中に作者がおり、その外に読者はいる。
だからいつまで経っても作者と読者が同じ位置に並ぶことは無い。
同じ内容の話でも、話し手により伝わり方や受け入れられ方が違ってくる。
それはもちろん話し手の力量によるところが大きいだろうが、 それが全てではない。
その著者がどのようなスタンスで人物描写をしているのかが重要。
ニュートラル(賛否両論)な見方が一番で、次に批判的なもの。
その人物を持ち上げたりしたものは、誇張や過剰脚色も多い。
著者の馬鹿さに腹が立ってくる。
かえって描かれた人物の評価を低くしていることに気がつかないのか?
写真:『生駒山』(奈良二月堂にて)
| 2006年02月27日(月) |
青春睡眠時間三時間感傷的電車旅行 |

普通電車で帰りたい時もあるさ。
鈍行列車に揺られて考え事するのが好きだ。
お菓子を買って快速特急や急行に乗らずにのらりくらりと行く。
車窓からの街並みが揺れている。
それを見ているだけで楽しい。
あとで後悔するだろうが、まだ揺られていたい。
お菓子がなくなった次の駅で引き返す。
そんなこんなで今日は崇禅寺まで来てしまった。
街並みは揺れ、僕も揺られている。
写真:『帰り道に出会った』(京都西小路太子道にて)

CAFEをよく巡っています。
気に入ったところ50%。
残りの50%は新しいCAFEに行ったり。
で、最近ミーハーながら築地に行ってきました。
感想は・・・「よくわからん」です。
何が良くて、どこが凄いのかすらわからなかった。
店自体も、置いてあるものも、食器も、全て凄いのだと思う。
でも僕には早すぎた。
この喫茶店は父が学生時代に通っていた場所らしい。
30年前のあの席には父の姿があったのか。
そんなことを考えると少し嬉しくなった。
時代が時代なのか、父と僕は違うのか。
父が足繁く通った喫茶店は他にもたくさんあるらしい。
「ミューズ」とか「ソワレ」とか。
こんなんを父子で共有できるって良いなぁとオモゥッタ。
写真:『前行く人』(鳥取県鳥取砂丘にて)

「楽しい 楽しい。青春って何だろう?」
これは『物語の体操』で紹介されていた言葉です。
スエードという人の言葉。
この短い言葉から伝わる、例えようの無い高揚感。
最近センチメンタルなので、よくこんな感じになります。
特に一人で山登りしたり、自転車を漕いでると。
閑話休題
そういえばネギが帰ってきたようだ。
オランダで何を感じてきたのか?
すごく話を聞きたい。
写真とかも見たいけど、実体験を聞きたい。
お土産も期待しておこう・・・笑
写真:『ごちそうな食器』(京都二条柳馬場にて)

小中高大と進んできて次は就職。
当たり前のように進んできた。
そしてその時々に「本当にそれでいいのか」という悩みは少なかった。
本当にこの道が正しいのかどうか。
それは今の時点では何とも言えない。
一つの命で二つの人生は無理な話。
ただ、どうしても欲が出てきてしまう。
全ては結果論。
この決断が良かったかどうかは死ぬ時に判る。
そして人生の良し悪しは、その時々の決断ではなく、 どれだけ夢中になれたのかに左右される。
ALL IS WELL THAT’S ENDS WELL
写真:『この道の先』(兵庫県加西町)

自分をさらけだす、考えの深いところを表してくれる。
それは非常に有り難い。
でもそれが信頼や共有を示す一つの手段となっているのは虚しい。
差別の一端を見られてしまった。
彼は良くできたお人さんだ。
手段と目的を踏まえればのはなし。
写真:『左ウィンカー』(京都三条御幸町にて)

この本を初めて読んだのは中学1年生の夏休み。
夏期休暇の読書感想文の推薦図書に入っていたからだ。
この本と出合ってから、10年が経つ。
そして流し読みを含めて7回くらい読んだ。
良いものはいつまで経っても良い。
読むたびに心が動かされる。
「私は金に対して人類を疑ったけれども、 愛に対してはまだ人類を疑わなかった。」
「本当の愛は宗教心とそう違ったものではない。」
「都合の良い仮面を人が貸してくれたのを、 却って仕合せとして喜びました。」
「月光の囁き」も5回くらいは見た。
こんな一冊・一本に出会えてよかった。
そういえば最近、「insider」という映画見た。
とても良くできた映画だと思う。
あと、「DOGVILLE」もDVDに違法コピーで見まくっている。
僕は映画を見るときに、監督の視点や姿勢を感じていたいタイプだ。
上に述べた三本は、内容もとても良い。
でも監督を見るという点でもすごく良い作品だと思う。
特に「DOGVILLE」は。
長いけどお薦めです。
こころって興味が尽きない。
写真:『淀み』(滋賀県今津町にて)
| 2006年02月21日(火) |
不器用な人生の終わり方 |

経験されるもの以外には何も存在しない。
仮に経験を超えた実在を認めたとしても、 それについては知識を得ることができないと思う。
そんな考えの下、22年間好き勝手にやってきた。
まだやりたりない。
だけど、できないことが毎日増えていく。
気がつけば人生終わっちゃってる。
しょぼしょぼの体にしょぼしょぼの心。
僕は死んでからも潤っていたい。
写真:『いつだって満月』(京都烏丸御池にて)

仮に一回目で100%の出来の品物ができたとする。
でも果たしてそれが受け入れられるだろうか。
五回くらい試行錯誤した95%の品物を選ぶと思う。
時間を掛ければ良いというものではない。
本物を見分ける眼と、固定観念から脱却した素直な考え方。
良くも悪くもプロセスを重視する人たち。
写真:『かつての光景』(岡山県倉敷市にて)

死ぬまでに口にする食事は限られている。
一日三回で一年間で千回。
百歳まで生きても十万回。
これを多いと見るか少ないと見るか。
でも確かなのは、さっき食べたのが十万分の一の食事。
だから大事に食べたいと思っている。
写真:『空は晴れたり』(大阪府高槻市にて)

宗教は言葉のあや遊び。
短い言葉でまとめてしまえば、それを説明する必要もないし、 説明すると愚かであるという風潮や考えを巧く利用したに過ぎない。
そして論理の通らないところは「自分で考えなさい」とか、 「私が答えては話にならない」などと逃げる。
また、論理の飛躍や強引な帰結・結びつきも多く見受けられ、 それらはたいがい後付や理論めいたことで丸く収める。
たとえ悟りを開いたとしても、 「悟った」と気付いた時点でそれは悟りではなくなると思う。
人間が仏になれないように、悟ることができないからそれが悟りになる。
道元は偉いのか?僕が偉いのか?
だけど両方そんなに変わりはしない。
写真:『大地雪漫漫』(宮城県山寺にて)

久しぶりに日記を書きます。
別に木村病を患っていたわけではありません。
この一ヵ月半の間に変わったことと言えば・・・
祖父の大往生、大学を卒業、入社前トレーニングetc
人生の節目を迎えているわけです。
が、特に日記的なものは書きません。
あくまでも日常と切り離されたもので。
思い付きとか、思い付きとか、プライスレスとか。
明日から正式な社会人。
そんなわけで、また今日から色々書いていこうというわけです。
とりあえず10日分くらいまとめて更新していきます。
書きたいことは山ほどありましたから。
写真:「近所の子供」(福井県大飯町にて)
| 2006年02月16日(木) |
学校で一番だったんだよね |

人生のマラソンで、じぃちゃんは一番しんどいところを走ってるんだろう。
じぃちゃんは自分でゴールを作ってるように思う。
気がついて足を止めたところ。
それがゴールなんじゃないかな。
僕の考えられないような世界で闘っているじぃちゃん。
やっぱりしんどいやろうし、もしかしたら早く終わりたいのかもしれない。
赤ちゃんのようにヨタヨタ歩きで、
息一つするのも心臓で呼吸をしている。
ついこの前まで陶器を運んでいたじぃちゃんはどこに行ったんだろう。
それを望むのは酷かもしれない。
頑張れという言葉がどれほどじぃちゃんを苦しめるかは想像に難くない。
でも、それでも頑張って欲しい。
給水ポイントで僕の姿は見えているんだろうか。
見えてなくても僕はずっと見守っている。
写真:『悲しい光景』(大阪高槻市川西町にて)

満月は夕暮れの青紫雲に引っ張られてやってきた。
その黄色い月の中では時化こんだ兎がDRUGをキメテイル。
最近気に入ってるステンドグラスが飛び降り自殺みたいに落ちた。
それぐらい驚いた。
実際は何も起こっていないけど。
でもそれが事実であるかは誰にもわからない。
僕を除いては。
本当は節分の豆だって撒いちゃいない。
餅をつくのも疲れるんだ。
そんな人間を月の兎は中指立てて笑ってる。
地球の中の兎だって笑ってる。
答えは一つだけで、全てを0か1かで識別していく。
ルールがひっくり返れば、翌日にはみんなが逆立ちする。
月の兎はいつも変わらず大麻でラリってる。
月と地球は蜘蛛の糸で結ばれていて、繋がっている。
僕はこの時代に蜘蛛の糸を辿っている。
無重力の世界で、青紫雲とふわふわ浮かんでいたい。
写真:『サビツイタ』(京都造形芸術大学にて)

02月14日はバレンタインデー。
こんな日はなぜか暴れたいんやで。
チョコレートを貰いました。
そのチョコは・・・
GODIVA!!
もったいなくて食べれません。
木村家の家宝にしよう♪
一戸建住宅買うときの担保にでもなるでしょう。
あ、誰から貰ったとか聞かないでくださいね。
期待しているような話は出てきませんから。
ただ、自分自身が悲しくなるだけで・・・
ホワイトデーは何あげよう。
’てんや’で貰った日本酒一合瓶あげようかな。
写真:『素敵な時間』(京都五条西小路ロームにて)
| 2006年02月13日(月) |
WHAT THE MATTER WITH YOU &i |

結構前になるけど、愛宕ランのんが出来た。
http://www.geocities.jp/kimuracolor07/20051217
最近のおれはというと・・・
最後の大学生活を充実させるため、寝る間を惜しんで遊んでいる。
と、言いたいとこだが全く遊んでいない。
それでもここ2日間はすごく充実している。
NIMOとFranz Ferdinand のライブ。
究極の地下鉄無賃乗車。
急遽決まったPARTY。
川端通りの工事現場視察。
文学部卒業論文口頭試問。
須原先生や飯塚さんに最後の挨拶。
ギバ&赤津と久しぶりの赤広。
ちふぁさん、和尚、おかとも、スポにもENCOUNTER☆
Let's DOWN SIFT !!
良いメロディが浮かんだけど、すぐに消えた。
ケムリのように僕の思いもすぐ消えた。
空高く飛びすぎて、昔捨てた風船はしぼんでしまった。
バイバイ未来。
想像のつくような未来はいらない。
写真:『DULL BOY !?』(大阪土佐堀にて)

九回裏、2アウト満塁。
バッターボックスにはピンチヒッター、クロマティ。
でもちょっと待てよ。
本来ならバッターボックスに入るはずだった選手を考えてみよう。
彼にとって2アウト満塁がピンチなのか?
いや、どう考えてもチャンスだろ。
その選手の技量云々で代打を送るのは常套手段だ。
勝つためには情けなんていらない。
では、クロマティはピンチの時のヒッター(打者)??
ピンチなのはむしろピッチャーじゃないのか。
言い方一つ変えるだけで、辛い思いをせずに済む人がいる。
代打はこれからチャンスヒッターだ。
一方を下げることで、相対的にもう片方を上げるのか?
一方を上げることで、絶対的に両方を上げるのか?
たくわんにも同じことが言えると思う。
写真:『逆立ちしてみな』(京都河原町蛸薬師にて)

映画を見るのが好きだ。
監督とか主演俳優を限らないで。
好きな映画も結構ある。
特に好きなのが「Beautiful Life」
他にも「月光の囁き」とか「CUBE」とか。
「Dancer in the dark」、「GRAND BLUE」も好き。
で、また僕の映画史に残る名作に出会えた。
「DOGVILLE」
「Dancer in the dark」のラース・フォン・トリアー監督
二コール・キッドマンとか大物が起用されている。
この映画は映像方法や撮り方で評価を受けていた(気がする)。
でもそれ以上に、この監督の一番のメッセージが強大すぎる。
そして僕はそこに感化された。
感化されたというよりも、僕が考えていたことを主題にしているのだ。
自分の中でモヤモヤと纏まらない考えを、うまく凝縮させていると思う。
監督自身もその部分に関する表現には苦労しているように見える。
一朝一夕で結論が出るような問題ではない。
いや、どれだけの時間をかけても・・・答えは出てこない。
人間の醜さ、人間らしさ、その閾値。
興味ある人にはとてもおもしろいと思う。
犬と人間。
そういえば「月光の囁き」でも重要なタームだった。
昨日話をしていて、思い出した。
ので、書いてみた。
写真:『お前は犬なのか』(静岡県熱海海岸にて)

わかってるふうなことを口にするな。
お前におれの何がわかる。
おれの何を知ってる。
って僕自身が思ってるのと同じように、僕も何もわかってない。
僕はわかってるつもり、でもあなたはわかってない。
それを僕だけが理解している。
わからないことの方が当たり前らしくある。
閉ざされた狭い世界で深く生きるのか。
開かれた広い世界で薄く生きる。
両方のいい所を!!
なんて欲張りなこと言っちゃいけんと思う。
それをみんな知っているかな?
写真:『空が揺らぐ』(岡山県佐用町にて)
| 2006年02月09日(木) |
Not in Employment, Education or Training |

旧石器時代、縄文時代、弥生時代、飛鳥時代。
奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代。
江戸時代、明治時代、大正時代、昭和時代、平成時代。
ん〜。
なんか抜けてる気がする・・・
いよいよ明日は妹たちの私立高校受験日です。
そーり風にいうなれば、『2・10事件』
年末までクラブばかりしてたツケが回ってきてるようです。
そりゃもう、かなり必死に勉強してます。
そんなわけで一緒に勉強してるというわけです。
そういえば今の年号は「平成」
小渕さんが発表していましたね。
2000円札発行したのはなんのためだったんだろう。
もちろん良かれと思って出したんだろうけど。
歴史に名前刻めたしいっかって感じかな?
話を元に戻して、平成って誰が考えたんやろ。
省庁が考えるんかな。
平成の次の年号を自分で考えてみたけど思い浮かばない。
これはなかなか難しい・・・
ってわけで省庁さん、提案です。
次の年号は「森永」で行きましょう!!
江戸の次が「明治」なら、平成の次は「森永」だろ。
おっと、忘れちゃいけないお富さん!
ここまでの日記は前フリですよ。
バレンタインチョコレート、宜しくお願いします。
高校3年生の時みたいに、本命チョコと勘違いしませんから。
写真:『網膜剥離』(京都北白川にて)

高槻センター街が阪急からJRに向かって延びている。
その一つ北の筋が高槻中通り。
高校三年生の時に働いていた市場やマルコー、STEPがある。
盛期学園の角を曲がったところのイロハコロッケは最高!!
もう一つ北の筋が高槻本通り。
�睫攵攘瑤忙呂泙蝓⇒襯蕁璽瓮鵑簑臚洩隋�韓国ヘルス、ALOOK。
反対側には頑固やメシヤ丼、雀荘にゲームセンター。
そして宝くじ売場の裏側に七玄ラーメンがある。
そんな今日の日記。
写真:『Swallowtail』(兵庫県佐用郡三日月町卯ノ山峠にて)

i・ryan・san・su・u・ryu・chi・pa・kyu
村人A、村人B、村人C、村人D
今日は京都の老舗三旅館を書いておこう。
せっかく教えてもらったんだから。
一、炭屋
一、柊屋
一、俵屋
そして日本のホテル御三家は
一、帝国ホテル
一、ホテルオークラ
一、ホテルニューオータニ
現在の新御三家は・・・
一、ウェスティンホテル東京
一、フォーシーズンズホテル椿山荘東京
一、パークハイアット東京
実は旅館、ホテル業にも関心があったりして。
やっぱり接客業が好きみたいだ。
写真:『黄色い鳥』(兵庫県明石市にて)

あんまり考えずに、前を向いて歩いていくことも大切。
考えて行動するひと。
行動してから考えるひと。
文にしただけで、ほら、二文字も違う。
頭の中は一直線。
そして最後に直線は大きな球を描く。
迷ってもいいからとりあえず進もう。
なぜなら道は続いてるから。
写真:『creep』(京都鴨川にて)

同じものを持つ二人。
二人は惹かれ合っている。
それは+と+で+になる。
お互い好きじゃないけど、なぜか気になる。
二人は敬遠しあってる。
それは−と−で+になる。
でも恋愛の形はそんなに単純じゃない。
お互いを補い合うような+と−の関係。
結果だけを見れば−になってしまうけど、それは数学の話。
ただ、同じアイを共有しながらも、−になってしまう時もある。
i×i=・・・
あぁ恋愛なんてくだらない。
写真:『6時14分』(静岡熱海カフェ吉にて)

僕は京都にいた。
受験番号:文100685
氏名:木村晃一郎
方式:A方式
試験日:2002年02月04日(月)
4年前の僕が甦る。
この0204が僕の出発点であり、終着点であるとは露知らず。
思い起こせば、この日僕は徒歩で衣笠まで受験しに行った。
もちろん西院からやけど。
「徒歩より詣でけり」
とか頭で考えながら、円町の緩い坂上っていったのを覚えている。
そして春が来て僕は立命館大学に通うことに決めた。
その時から終わりは用意されていたのだろうか。
その時から今日は用意されていたのだろうか。
オガリンちゃりで花背峠を必死に漕いだり。
真奈美ちゃんドロボーとか。
二回目のランで前歯を八丁に捧げた。
その頃僕は、RUCCが全てだった。
後期から入った僕の目には毎日刺激で溢れた毎日が映っていた。
追い出しを重ねるごとに考えるようになっていた。
僕が卒業する時はどんなふうに卒業していくんだろう。
そして時は流れ、僕が言葉をみんなに贈るようになった。
以下は追い出しの時に話そうと思っていたことだ。
だけど結局何も喋れなかった。
緊張じゃなかった。
多分頭がRUCCからの卒業を拒否していたんだと思う。
走ってる時からずっと頭は真っ白だった。
ネギの言うように、卒業なんて全然めでたくない。
この4年間は本当に早かったです。 大学で多くの友人に出会い、 多くの馬鹿をやり、 時にはケンカし、 時には峠の上で喜び合い、 時には悔しさや悲しさで涙し、 楽しい時間ばっかりじゃないけど、充実してた。
この追い出しに来る前に、昔の写真とか轍を見返していた。 ほんとに様々な思い出が蘇ってくる。
そういえばいつのまにか写真が好きになってた。 日本の地理に詳しくもなってた。 年上の人たちに飛び込んでいく勇気もついてきた。 旅に出て、友達のありがたみを感じた。 旅に出て、人のやさしさに触れた。 旅に出て、帰る場所があることを知った。 僕はどんな大学生よりも大学生をしてると思える。 どんな大学生よりも良い人たちに出会えたと思える。 そんなすべてが過去になってしまうのはちょっと寂しい。 でも、そんないい思い出があるからこそ次も頑張れる気がする。
まず最初に思うのが、4回生なのに何もしてあげられなかったこと。 就職活動とか試験とか色々大変な編集をはじめとする執行部たち。 轍の手伝いも全く顔ださへんかったし。 あんまりプライベートランとか誘うこともなかったし。 飲み会とかもあんまり行ってへんかったし。 気がつけば一人でフラフラどっか行って。 こんな小さな先輩でしたが、本当にすいませんでした。
僕が一回、二回の時に先輩たちに色んな旅に連れて行ってもらって、 執行部になる時に、強く思った。 「僕も後輩たちに恩返しをしていこう」 そして何よりも、後輩と走りたいなぁっていう思いがすごくあって。 で、頑張って3回生の夏前哨戦に初めて後輩を連れて行きました。 それまであんまり話したこともなかったけど、 勇気を出して3人を誘ったのを覚えています。 いざ北海道に渡ってからも毎日が精神的にハードな毎日で、 「どうすれば楽しませてあげられるのか。」 「やっぱり先輩から会話ふった方がいいんかな。」 「何か微妙な空気流れてるけど、気付かへんふりしとこ。」 とか毎日悩んでいました。
茶志内の夜とかルベシナイ川とか肉体的にも精神的にもかなり辛い時。 うまくいかないことや後輩たちへの気配りが全然できなくて、 そんな自分がものすごく嫌にもなって、 一人で来たら良かったって何度も思いました。 やけど前哨戦も終わって、3人からありがとうの言葉を貰って・・・ 泣きそうなぐらい嬉しかったです。 頑張って誘って本当に良かったと思いました。
だけど振り返ってみれば、まだまだ出来たことはあったなぁと思います。 本当はもっと喋りたかったけど、恥ずかしくて喋れなかった人もいます。 もっと大学生らしくアホやりたかった人もいっぱいいます。 いつも喋れへんで後悔ばかりで、だけど何も前進がない。 いつも決まった人としか話せない自分がすごく嫌いでした。
何かこのまま消えていくんかな。 そりゃ何も残せなかったし、大したこともしていない。 でも、忘れられたくない。 「木村晃一郎」ってやつがみんなの心の隅っこにでもいられたら、 それだけで僕は良いです。
このRUCCで出会ったみんなのことは忘れません。 死ぬまでずっと、死んでからもずっと。 もう一度生まれ変わって大学生活を送るチャンスがあったら、 もう一回同じようにRUCC生活を送ってみたいと思っています。 それだけ僕の大学生活は充実していました。
気がついたら木枯らしのように、サヨナラはやってきて。 僕たちはもうそこにはいないけど、 木枯らしの去った京都にはまた春がやってきます。
その頃には新しい執行部と2回生が春合宿を終えて慌しく新歓活動してて、 就職活動に悩むスーツ姿の4回生もいて、
そして京都伊勢丹の売場で毎日奮闘している僕がいると思います。
自転車に乗ってみんなと旅をしてきた4年間を誇りに思いながら、 僕も新天地で元気にやっていきたいと思います。
最後にもう一度、 「長くて短い4年間、本当にどうもありがとうございました」
僕は死ぬ時も同じことばかり考えてるだろう。
死ぬまでにRUCCに出会えて良かったと。
写真:『サヨナラ』(岡山鷲羽山にて)

一回生の時は30期の追い出し。
和歌山県は白浜で行われた。
僕は吉野あたりまで一人で走り、そこから先輩たちと自走した。
いわさん、セキさん、そぼろ、そして趙さん。
ガストで一人寒さに凍える僕に、みんなの励ましメールは温かすぎた。
ナイトランでイワサンの自転車修理。
そこには僕の知らない星空が広がっていた。
二回生の時は31期の追い出し。
静岡県は館山寺温泉で行われた。
僕は当時一回生の赤津を誘い、自走の旅に出た。
雪の武平峠から見た星空。
深夜まで走ってようやく辿りついたガスト。
そして隊長や長谷川さん、そぼろと合流して廃線巡り。
宿に着いたときはホッとした。
三回生の時は32期の追い出し。
静岡県は島田で行われた。
僕は後輩を引き連れて静岡を目指した。
ワダカン終了後Avr28kmでドキッチとnight run
ディレーラーが凍り、足は凍傷寸前。
氷点下6度の作手村は語り草。
浜松で合流したYO平には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
過去最上級の旅を作れた赤津、横P、にぃやん、ドキ、クロマ、YO平。
野郎ばかりの旅は最高に楽しかった。
そして今年。
気がつけば追い出される側になっていた。
場所は岡山県岡山市。
知らぬ間に自走の輩は集っていた。
三年連続の赤津。
VIGOREに変わってまた自走のにぃやん。
走ることが本当に好きなんだろうと思う走り屋ドキッチ。
二回生の北山走り屋そーり。
そして今まであまり交流のなかったドンタ。
雨の171号線、176号線を駆け抜け滝野で6人集合。
ガストを深夜3時に追い出され、路頭に迷った僕らは走った。
体力なんて関係なしに走った。
コンビニでみんな死んだように突っ伏していたのが印象的。
西の横綱湯原温泉では混浴に6人大興奮。
赤津とはよく頑張った。
次の日も総理のディレーラーはイカレルは、2時間の遅刻やら。
ドンタと一緒に走れたのもすごく嬉しかった。
こうやって野郎ばかりの集まる追い出し自走。
それももう最後。
カウントダウンは始まっていた。
写真:『薄れていく日々』(岡山県佐用町にて)

自分としてはできる限り言い訳をせんとこって心掛けてる。
言い訳の内容が正当であっても、その行為自体は笑止千万。
100回の言い訳より1つのごめんなさい。
簡単そうに思えるけど、そうでない人もいる。
言い訳することで本人は罪悪感が打ち消され、自分の心は納得する。
それは失敗の正当化である時が多いと思う。
自分の論理を合理化してまで、僕は自尊心を保ちたくはない。
しっかりとこれができてから書こう思ったけど、今の気分だった。
写真:『黒い情景』(京都八坂神社にて)

今日気付いたことなんて何もない。
24時間1440分86400秒の中で僕は何も得るものがなかった。
損得勘定ならば、今日は自分にとって何も成長材料がなかった日になる。
おれがそのひとのことを考えていても、 その人の世界の住人はおれだけじゃない。
そっか、今日は無生産で価値のない一日だったんだ♪
三歩歩いて二歩下がる♪
写真:『四畳間に二人』(京都晴明神社近くにて)
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