ステテコ日和
地球に優しい、目にも優しい
Yes,I love ego☆
No,I love ero

2005年07月31日(日) 夏前哨戦06〜夢と現実のはざま〜

一晩中宇宙と交信してた
健三郎は車で寝てる
まだ五時にもなってない
時間や距離といった人間が考えたものが無い世界を彷徨っていた
この興奮を忘れないうちに記録しておこうと
走り書きは10ページを超えていた
そして7時、健三郎に別れを告げる
彼は本物だと思う
次に会うのはあっちの世界かもしれない
とりあえずおれに新しい世界への鍵を与えてくれたことは明らかだ
今でも彼と過ごした10時間を考えるとニヤニヤする
本部まで走り、十時にフェリーに乗る
大阪ジャーナルの柴田さんにスイカをごちになる
浜風が気持ち良い



2005年07月30日(土) 夏前哨戦05〜關さんに近づいた〜

昨晩は金城の公園に泊まった
蚊が多く三時まで眠れなかった
四回生になってやっとテントの重要性に気付いた
今朝は早くから雄也が来てくれた
あ、また詳しくは轍に書くからその時に
で、7時から10時まで子供たちと遊ぶ
心残りなのは葉月に愛してるゼBabyを言い忘れたこと
正午頃に道の駅許田で昼寝
炎天下の下ぶっ倒れそうだ
タイヤが燃えるんじゃないかと萌えてしまった
名護到着して公園で洗濯
そしてここで運命の出会いを果たす
健三郎だ
そしておれの人生は変わった
公では書けない
おれは沖縄で神の存在を知った



2005年07月29日(金) 夏前哨戦04〜ジャンピーとルンペン〜

ナオキさんに置手紙を残しゲストハウスに別れを告げる
国際通りにはもちろんヒロさんたちはいない
読谷まで爆走でヤン&ミカに出会う
HPアドレスなどを教えて石垣島などの情報も貰う
読谷から残波岬までの海でヒト泳ぎ
残波岬の灯台に上り、大阪と沖縄の女の子に声を掛けてみる
沖縄と大阪のアクセスが良いこともありこの2つの関係は強い
実際に大阪からの観光客にも数多く会った
真栄原はかなりやばい
金武の公園で体を洗ってると子供たちと仲良くなった
沖縄の子供は人の目を気にしないし 自分にスゴく素直だ
夜遅くまで一緒に 遊んだ



2005年07月28日(木) 夏前哨戦03〜出会い〜

朝日を見るために05:00起床。

しばらくすると台湾人の少女が燃焼系の体操をしてた。

あの、のえが普段やってるような

あまりきれいなサンライズは見れなかったが、
長い間デッキに腰を下ろして考え事をしていた。

ノート6ページにもわたり走り書きは続いた。

これはまた次の機会にでも紹介しよう。

08:40にフェリーが那覇新港に到着。

いよいよ沖縄だ!!

琉球の風を感じながら、目指すは糸満を越えたあたりのひめゆりの搭。

1時間ほどで着いたのだが、肌がやばい。

こっちの日射しはフィルターを取り去ったように、直射日光が肌を刺す。

水ぶくれが手足、腹部、胸部に広がる。

顔はえらいことになってた。

ひめゆりでは資料館や防空壕を見学。

次に目指したのは4km先の平和記念公園。

ここのすぐ近くに、かなりの上玉のダート発見して大興奮。

沖縄本島最南端の荒崎が見えた。

海は見た事もないような青。

青というよりも透明色に水色の絵の具を注したようなエメラルド☆

沖縄はやはり、内地(本土のこと)とは違う。

平和公園から10kmほど進み、奥武島というところに。

ここも海が綺麗で、小さな漁港も良い雰囲気を醸し出していた。

一人でしばらく泳いでいると、7人組の少年を発見。

田舎のやんちゃ小僧らしい、悪ガキどもだ。

旅のハイテンションからか、彼らに声を掛けてみた。

聞いたら15才だそうだ。

でも思いっきり車に乗っている。

もちろんタバコは当たり前。

彼らは本当にファンキーだった。

高さ10mほどの橋から海にダイブしたり、やりたい放題。

大阪の話も興味深く聞いてくれた。

ちなみに全員○○○みだそうだ。

お昼ご飯にもずくてんぷらを食べて、再出発。

那覇を満喫するために首里方面に向かった。

首里城や金城町の石畳を見てから、那覇に。

首里と那覇は芽と花の先だ??

なんのこっちゃ。

那覇でも一番栄えている国際通りはかなりの人。

とりあえず、今日はゲストハウスに泊る予定。

素泊まり1000円以下でマンションの一室を改造したりしたものが多い。

僕はバモスという音楽の匂いぷんぷんのところに決めた。

とりあえずシャワーを浴びて、服を着替えてまちを散策。

おなかも空いていたので、花笠食堂というところに立ち寄る。

そうめんちゃんぷるー500円!!

大盛りで美味しくて安い!!

通りを徘徊して、色んなものを見て回る。

全部が刺激的だった。

とくに印象に残ったのは、ないちーが多いこと。

ないちーとは沖縄以外からの人が、沖縄に移り生活している人を指す。

観光で来たけど、沖縄の虜となった人がかなりいるらしい。

また、沖縄の人はきれいだった。

日本人離れした顔だちの人も多くいた。

そして一旦、宿に戻る。

宿では直樹さん、原さんと仲良くなった。

直樹さんは3月からここに泊っており、最近仕事を見つけた40歳のおじさん。

原さんは僕と同じ日にここに来て(つまり今日)、これから沖縄を回る四国人。

直樹さんは東京の人で、4年前に会社を辞めたのだそうだ。

「人を愛し、勤めを愛し、国を愛せ」と仰っていた。

日も暮れて、街にまた違った活気が出てきた。

観光協会の26才の人と晩飯を食うことになった。

この人も神奈川出身のないちー。

で、10:00までぶらぶらしてると、今日一番の人物に出会った。

ベトナム楽器を数人でセッションしているヒロさんだ。

オーストラリアに住んでたり、放浪したりしながらサイケな音楽にはまったらしい。

関さんと同じ匂いを感じた。

口琴という簡単なベトナム楽器やホルン?を教えてもらった。

もしあの時にヒロさんが声を掛けてくれなかったら、この時間はなかった。

そして、その見知らぬフィールドに自ら飛び込んでいけた自分が少し誇らしかった。

那覇一のスクランブル交差点で、まさか僕が。

今考えるとなかなかやんちゃだと思う。

多い時には人は20人ぐらいいた。

そして彼らはギャラリーではなく、みんな一緒になって音楽に入って来る。

沖縄の風土の違いを実感した。

別れる時に、ひろさんをはじめとするみんなから自転車旅行頑張れと言われた。

もの凄く嬉しかった。

走行距離は70kmほどだったが、漕いだり泳いだり飲んだり歌ったりだった。

速効で深い眠りに落ちた。

そして一晩明けて、宿で日記を書きながら感慨耽っているわけです。

さて、今日は北に向かおう。



2005年07月27日(水) 夏前哨戦07〜挺進殉国〜

フェリーからの朝焼けを見て朝8時に鹿児島到着
海岸沿いをひた走り、谷山から山に入る
知覧までは350UP
前々から行きたかった特攻隊記念館を三時間ほど見学
昼飯は土産物屋の試食を食いまくる
そこから枕崎手前に下り、開聞岳へ
九州一の心霊スΓテットである外周コースは泣きそうだった
長崎鼻に寄って指宿へ
温泉にタダで入り海岸沿いに宿を決める
夜になると近くの少年たちがブレイクダンスの練習に
写真撮らせてと話かけて、そこから意気投合
合わせて六人で夜景公園に行くことに
21歳最後の夜に素敵な思い出をありがとう☆
月光の夏



2005年07月26日(火) 夏前哨戦01〜ひつまぶし〜

11:00高槻出発
家を出るときに記念写真
出だし快調安貞桓!!
途中予報通り雨が降ってきたので急いで南港を目指す
ちなにみゴアは確信犯的に忘れてきた
梅田、難波を抜けて四ツ橋筋を爆走
13:00右折すれば南港だが、早く着きすぎても退屈なので住吉大社を参詣
雨の太鼓橋が風情あった
14:00南港ATCにぶらりと寄る
無機質なビル群と色彩鮮やかな前衛的アートが織り成す、近未来的な街並みは何度来ても飽きない
ローソンで二日分の食料を買い込み、二時間遅れで出航
夜のうちにガチャから借りた石丸元章SPEEDを読了
沖縄に帰る人が多い



2005年07月25日(月) ジュウバオ・ヤンピン




















考えるより感じろ。

自分の夢は何なのか。

当たり前のことだが、今日より若い時はない。

RUCCに入って、もの凄い人たちに会ってきた。

それは走ることに限らず、考え方や人生観、遊び方、やんちゃ・・・

そんな中でも特に影響を受けてきた、というよりも影で憧れてきたのがセキさんだ。

そんなセキさんにインスパイアされて、頭にタカツキを刻んでみた。

そして明日から僕は南に旅立つ。

いつ死んでもいいように、毎日を楽しみたい。

今より若い瞬間は、もう二度とやってこないから・・・



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆きむそんの置き土産☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=7653
http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=13376

とにかく面白い!!
これを見ずしてあの世に行けるか!!あほ!!
特に二つ目はヤヴァイ!!
この前は15分以上これを眺めていました。





2005年07月24日(日) 素直すぎる

















立命館大学が一緒で、

2002年入学も一緒で、

A方式入学も一緒で、

文学部も一緒で、

自転車サークルも一緒で、

1983年生まれも一緒で、

マゾヒスト体質も一緒な、

上中君のHPに興味深い日記が書かれていました。

僕も心を素直にして書いた二つの日記と通じるところがあります。

・2005年4月15日
・2005年5月27日

過去の栄光にすがってばかりいては何も生まれません。

一番良かったときの模試判定などを心の拠り所としたり。

でも逆にそれはもの凄く悲しいことですよね。

現在の自分<過去の自分

みたいな方程式を作って、現在の自分を慰める。

本気を出せばここまでやれる。

そんな証明書なんか捨て去るべきなのかもしれないですね。

でも僕は捨てられません。

それもプライドなんです。

背伸びしたり、虚勢張ったり、出来る風を装ったり。

まぁ影の努力は好きですけどね。

それを今になって告白するのも一つのドラマだと思います。

秀才がいくら頑張っても天才にはなれない。

次元は違いますが、そんな苦悩で悩んでる人は山ほどいると思います。



2005年07月23日(土) 久しぶりに

















大学生最後の夏

2005年夏は日本気まま旅に出ることにしました

RUCC入ってからの夏はずっと自転車ばかり

大学生らしく友達と海とかはあまり行ってなかったので、
7月22日〜24日を使って白浜に海水浴に行ってきました

ひと夏のアバンチュール☆なんてものはなかったけど、
良明と一緒に女の子に声を掛けたり

水着のオネェさんをボートで追跡したり

どこまで本当かはわかりません

言葉を濁しておきます

まぁでも、大学生最後の夏にふさわしいヤンチャな三日間でした

あんまり詳しく書けないのが残念です

花火大会とかキャンプとか祭りにも行きたいと思います

なぜなら、もう失うものは何も無いから・・・




2005年07月22日(金) begin a beginning




















清く回れ、永遠のバンビー☆

7月20日を持ちまして、木村晃一郎はローソンを辞めました。

合宿とかでの旅館の夕食の際にいつも気になることがアリアス。

それは後片付け。

お茶碗同士を重ねといた方が、従業員の方も楽やろうし。

で、僕は超がつくほどの几帳面な性格のため、
いったん始めると全ての食器を重ねないと気がすまなくなる。

ここまでやると逆に迷惑なのは明らかだけれども・・・

従業員は片付けるの仕事なんやから、お客が片付ける必要は全く無い。

逆に気を使わせることになるし、それはやめておいた方が良いのでは?

なんても思う。

ローソンでも商品をカウンターに置くときに、
バーコードを上にしてくれるお客さんが極稀にいる。

たいがいの商品はバーコードが裏面についてて、
細かい話ながら、店員は商品をいちいち裏向けなければならない。

そんな中、バーコードをスキャンしやすいように裏側に商品を置いてくれると嬉しくなる。

ちょっとしたことで、小さな嬉しさを作れる場面は実生活でも多いと思う。

他人を思いやり過ぎることなく、相手本位を心掛ける。


あ、ここからはまたメモです。

”穎でのんびりプラン
  尾道
18:57
  ↓
 姫路
21:46
23:00
  ↓
 高槻
00:41


尾道ぎりぎりまでプラン
 尾道
19:37
  ↓
  岡山
21:00
21:00
  ↓
 姫路
22:35
23:00
  ↓
  高槻
00:41


おれって精神分裂病の手前なんでしょうか?

RUCCをはじめとする、みなみなさま。
本当にこんなわけわからんヤツですいません。

もう誰とも話ししたくない。

そんなオーラが出てるんでしょうか?

もっと素直になりたいのですが、他人にそれを求めるばかりです。

自業自得とはまさにこのことで、
せっかく生まれる前から願っていた大学生活も終わりです。

もっと話をしたかったなー。

色んなことを。

涙は枯れることはありません。

決して枯れない涙。

良い響きだと思います。








2005年07月21日(木) EーロッパとヨU















この日記を見てくださってるみなさmへ。

サランヘヨm。

さとえみとルースベネジクトの「菊と刀」の話を少しして、
忘れかけていた「恥の文化」を思い出しました。

この日記を見ている。

なんて、何様なんでしょう・・・

こんなん見てくれる人なんかいるわけない。

それやのに、みんなが見てくれているなんて勘違いして。

拍手とか賞賛とかいう考え方が嫌いです。

それがなぜなのかは、まだ自分でも消化しきれてないからわからんが。

モリエンテス!!

スーパーとかの大感謝祭が良い例で、
お客はその店嫌いやのに、お店の方は勘違いして感謝の気持ちを還元しようとする。

そんなことにならないように、常に最低ラインを保つのが得策だと思います。

あ、せきさんにMAIL返信するの忘れてた・・・

あ、それと一部の方に。

ってこれが自分の言わんとしていることやねんけど。

RUCCの人たちは本当に良い人たちばかりですよー。

7月8日の日記で、変な捉え方された人がいらしたようですが・・・

その下りは学部の友達のことを指してるんですよ。

ってまぁ、友達ではないんですが。



2005年07月20日(水) 揺らめく灯火の色




















未来っていう響きが好きだ

もちろん未来への興味も尽きない

水辺に映った月が、波にさらわれていくかのように東に逃げていく

僕はそれをずっと追いかける

それでも月には手が届かない

太陽と月の駆け引きは、そんなふうに続いていく

それが人生だと思う

気がついたら何かを求めて、ずっと遠くまで一人歩きを続けてきた

そんな風にして前に進んできた


未来は明るいと信じていた

苦難の道の先には、月の光が待っている

でも実際はそんなドラマティックではない

ドラマよりもリアルなたった一つの現実が生々しく爪痕を残している

現在と未来には磁石のような力が埋め込まれている

惹かれ合ったり、退けてしまったり

勝手に色々と考えていると、最果てまで来てしまった

月は過去を作るもので、太陽は未来を作るもの

未来は明るいと信じていた

信じていたかった

自分を騙しながら、月に平伏しながら進めば良かった



2005年07月19日(火) 都会の天の川















NIMO∞NIKU

この日は鶴橋まで行き、肉にMEETしてきました。

まさに’meet the meat world 2005’!!

だいぶ前に赤津・アニーと足を運んだ吉田屋に行ってきました。

やっぱり肉が全然違う。

噛むと口いっぱいに広がる肉汁。

タンも厚さからして違うし、至福のヒトトキ。

そういえば前回は就職活動帰りやったしね。

二人で6500円。

背伸びしてこういう店に来るのも良いもんです。

帰りは二人で大阪駅まで夜のお散歩。

夜の大阪城公園や扇町公園は自由を謳歌している人たちでいっぱいでした。

SK8やBMX、サックスやドラムも聞こえてきます。

普段は意識しないけど、まちには色んな人の様々なドラマが繰り広げられてるんですね。

そして単調に思える自身の毎日も、それは立派な人生の1ページ。

8beatで響いていたドラムのように、
しっかりとした毎日を刻んでいこうと思いました。



2005年07月18日(月) 心の馬車馬
















最近寝ても覚めても、自転車旅行のことが頭から離れない。

一番の心配は熱射病だ。

だからといって距離を短くしたりはしない。

行かなければ逝ってしまう。

生まれてきた!!を実感するような毎日に向けて僕は動き出そうとしてる。

留守の間に僕の部屋は埃ではなく誇りが積もっていく。

苦しさを自ら求め、苦しさを楽しさに変換して前に進んでいこう。

上を見てもきりが無いし、

下を見てもきりが無い。

「一番」なんて言葉は使いたくはないが、この夏は例外だ。

だって最後の夏。

つまり人生の夏休みも終わりを告げる。

瑠璃色のこの夏を、僕は空蝉のように駆け抜けていく。

苦しいときこそ本当の自分が試されていると思う。

飢えも渇きも捨て去って、自分の心との旅にしよう。



2005年07月17日(日) 頑張れ若造!!
















昨日は溜まってたレポートに取り掛かる。

まずは倫理思想史毅未離譽檗璽箸鬘瓜間で書き終えた。

授業には半分も出てないので、それっぽいこと書いといた。

あの先生の基準は他のそれとは少しズレテルノデ、逆にそちらの方が良いかも。

応用倫理の方は頼れる後輩、ベンに書いてもらう予定。

で、今日は事前登録科目の人間関係論のレポートに着手。

そういやこの授業でタブチョを見かけた。

二つ後ろの席に座ってずっと観察してたが、至って普通・・・


卒業単位は大丈夫だが、このままでは200単位まで50単位ほど足りず。

200単位取得すると奨学金が貰えるって知ってました?

入学の時に言ってくれればなぁー。


あ、ここからはメモです。

百貨店についての研究は「CMSのイノベーション革命」P132

JR西日本伊勢丹に必要な情報は”どの駅からの購買客が多いか”

少ない場所にはどのような広告が必要か?

→まずは地域特性などを調べる

そして競合となるのは・・・

京都南地区のため、百貨店ではなくGMSが競合となる

百貨店には七五三などの行事も大きく関わる

他にも大阪・滋賀からの通学生もターゲットとなる

→年齢別の情報と、経年的なデーター収集が重要



2005年07月16日(土) 夢を打ち砕け




















ぴちょん君が祇園祭に現われました。


最近気になること・・・アスベスト。

アスベスト as best!!

開き直るしかないですね。

中途半端に開いてても蚊が入ってくるだけやし、全開OPENで行きましょう。

そりゃ木村ビルもアスベスト使われてますよ・・・

ちっちゃい頃から「触ったらあかんよ!!」言われてきましたよ。

父は一応その道で食ってる訳ですからね。

今日のお昼御飯は100均で買ってきたフルーツジュースとピザポテト。

税込み表示になってんから、「105円均一」に店名を変えるべきだ!!

初めてのお小遣いで100円握り締めた子供の夢を壊すだけじゃないか!!

詐欺だ!!詐欺だ!!鴫だ!!鴨だ!!

鴨(カモ)と鴫(シギ)って瓜二つなんですね。

始めて知りました。

夢の中でパッチンと二人だけの飲み会を体験しました。

二人で40人分くらいのビールを飲み干していました。



2005年07月15日(金) 掛かってこいや!!




そぼろと伏見のラウンドワンに行ってきました。

家で夏前哨戦のプランを考えていたら、電話掛かってきて行きずりで・・・

というわけで題名と掛けてみました。


晩飯食ってなかったのでサイゼリアで腹ごしらえ。

そして02:00ちょうどにラウンドワンに。

ここのラウンドワンは他とはちょっと違う。

JJクラブみたいに100種類とまでは行かずとも、かなり充実。

関西には伏見と西宮と高槻にしかありません。

ここを制する者が遊びKINGの称号を与えられるのです。

ダーツ
ビリヤード
アーチェリー
ボーリング
ゴルフ
キックボクシング
オート卓球
3人卓球
卓球
漫画ルーム
フットサル
スカッシュ
バッティング
カラオケ(cyberDAM)
3on3
ローラースケート
ゲームコーナー
ドリームボンバー
パットゴルフ
サッカー
キックターゲット
バスケットボール
ソフトバレー
プラネタリウム

そしてなぜか知らないが、クリオネが水槽の中で泳いでいた。

そぼろはその日に筋肉痛なったみたいやけど、
おれは一夜明けてから背筋中心に筋肉痛。

もう少しで遊びKINGになれるところだけに注意が必要です。

おれの教育係そぼろと朝までバトッていましたとさ。



2005年07月14日(木) セツナスイッチ




NIMO日記に日本縦断のことが書いてあった。

相変わらずニモは羨ましい人生の送り方をわかってると思う。

おれももっとやりたい放題やっておけばなー。

自転車に限らず、色んなことで中途半端な挑戦を続けてきた気がする。

日本縦断かー。

学生らしく毎日汗水垂らして、ペダルを回して。

NIMOにはまだ野武士らしさが足りてないから、良い経験になるやろなー。

北海道で熊にencounter☆したり、八甲田山で蚊中行軍したり。

磐梯山で遭難とか、軍艦島で漂流生活とか・・・

そんなおれの理想を少しでも味わってもらいたい。

そしたらきっと、北山で遭難ごっこしたくなるから。

あぁーもう夏か・・

最後の夏。

切な過ぎる・・

この切なさは刹那のものではないやろうし・・


右回りにコンニチハ

左回りにサヨウナラ



2005年07月13日(水) 梅毒で死んだ




神を殺したニーチェ。

そんなニーチェは梅毒で死んでしまいました交渉人。


久しぶりに良い写真が撮れたー☆

写真を見た人の脳裏にビンビン響くような、そんなリアルな写真を追い求めます。

だいぶ前にも書いたけどもう一度。

写真を見ただけで匂いや音、感情、不快感などを想起させるようなのが理想です。

あ、この日はSOBOROと琵琶湖ドライブ行ってきました。

朝4時に山科を出て、湖西からぐるっと回ってきました。

日本は左側通行のため、湖を見るなら反時計回りの方がBEST

さすが、蒼井優に告白されたい願望あるだけあって、ぺ様は物知りでした。

高島町あたりで日の出を向かえ、二人で湖岸でカップラーメン。

気温は20度前後と少し肌寒いながらも、心地よい朝のヒトトキでした。

早起きは良いねー♪

良い写真を撮るためには、夜遅くまで起きて朝早くから目を覚ますのが一番。

この後伊吹山を眺める三島池に足を伸ばし、伊吹信仰。

ちなみにここは趙さんの携帯待受け画面です。

ばちこん写真撮っておきました。

なんか面白い写真撮れるところ無いかなー。

テーマは「風と光の造形物」です。

良い場所知ってたら教えてくださいっえん☆

え、何それ?

知らない。



2005年07月12日(火) 見返りホモ




高知さんとか浅野のような一部の特権階級しか飲めないと言う牛乳。

その名前はホモ牛乳!!

ホモゲナイズ(均質化)の略で乳脂肪の粒を均質化したものだっていうのは後づけです。


今日はフォトアルバムを買いました。

一冊40円で40枚収納可能。

やらなあかんこといっぱいやのに、写真を見返してました。

そういえば写真の焼き増しもかなり溜まってます。

現役生の分はほとんど売り払ったけども、
OB・OGさんの分が・・・

こまっちとかカープさんの32期が8人分

セキさんや隊長の代も8人分

そして麻呂さんや趙さんの代は5人分

長谷川さんとかどうしよう・・・



2005年07月11日(月) 意識のシンクロニティー




集団無意識とか集合無意識って聞いたことはあると思います。

よく耳にする集団心理に近いもの(多分)

ユングの唱えたリビドー(情動)の分野に含まれるらしいです。

よくよく考えると、僕は絶えずこのことを考えていると思います。

階段を上る時やエレベーターの中、映画を見に行ったとき・・

幽霊や心霊現象に興味が強いこともあり、頭から離れません。

斜めから見てみると、集団無意識の集団無意識を考えているような感じです。

例えば、自転車で峠を上っていると「何か」をそこに感応するとします。

その場所に畏怖の念を抱いているからこその話で、
恐怖心が集合体となり自分自身で「何か」を作り出してるのです。

本当は何もなくても、そこに「何か」あるという思い自身が「何か」なんです。

怖がりのクセになんでここまでオカルト好きなんだろう・・・

この矛盾を誰か説明してください。



2005年07月10日(日) 心込めて




竹しゃん(OB1回)が日記に次のようなことを書いていた。

1度手放した10円玉がいつかまた自分の手元に帰ってくることがあるんだろうかとか。
是非、探偵ナイトスクープで調べてほしいものです。絶対に無理やけど。

無理は・・承知!!

まさに僕もそれを知りたいんです。

なわけで、財布に入ってる紙幣にはんこを押すようにしています。

千円札は「至急」で、五千円札は「極秘」

ちなみにこのハンコはRUCCでもらったものです。

一回生の春合宿TT2位の賞品です。

銀行員セット??

そんな感じのもん。

指サックとかは高知さん(OB3回)にあげました。

話は戻って、この「金は天下の回り物プロジェクト」!!

まだ始めて一年も経ちません。

それでも100枚くらいは出回っていると思います。

僕の至急漱石が。

巡り巡って手元に届いたらご一報くださいね☆



2005年07月09日(土) 沈黙の螺旋階段




好きな言葉

「科学は人間の広大な経験を、非常に狭い道の中に押し込めた」小林秀雄

この言葉は本を読んでて見つけたものではありません。

高校3年生の時にたまたま参考書(受験用)で見つけたものです。

自分の中でもやっとした考えを曲がりも無く言い表していました。

それ以来、ことあるごとにこの言葉を思い出しています。

科学のあり方を考えることなど有益ではなく、
考えたところでそれが科学の進歩に繋がるのか?

そんな狭い世界に科学者はいるものだと考えていました。

でもこの言葉を知って安心しました。

ちょうど昨日見た「es」という映画も科学者のあり方を問うもの。

極限状態に近い心理実験を無理矢理に続けた結果が応報するというお話。

科学者はそのような倫理観と向き合うことが大切だということです。

原爆も飛行機も毒薬も・・・

そんな板挟みから生まれたものでしたね。

小林先生の言う「狭い道」を、日常生活に当てはめてばかりいました。

自由な視線で、自由な視点で



2005年07月08日(金) 二番目に幸せな話




少し前になりますが、7月6日はJR西日本伊勢丹の内定者懇親会でした。

来春から同期となる16名との初対面。

4年制大学卒業予定者が8名と短期大学卒業予定者が9名。

百貨店業界ということである程度は覚悟していたことだが、
圧倒的に女の子が多い・・・

しかも短期大学卒業予定者の9人は全員2歳下。

あまり意識はしないようにしていたのだが。

相変わらず初対面の場では影が薄くなっていく。

まぁ日頃からいてもいなくても同じような感じだが。

自分の殻を作ってしまい、相手に心を開こうとしない。

今日はそんな自分自身の醜い点について少し振り返ってみようと思う。


相手に自分から話しかけるようなことがいつから出来なくなったんだろう。


幼稚園の時から脳裏にしっかりと刻まれており、
誕生日会や夕涼み会などの行事のたびに教室の隅にいた気がする。

小学校入学の時はあまり記憶がないが、
控えめな性格のため6年間ずっとションボリしたままだった。

唯一自分を出せたのが中休みのみんなとのサッカー。

クラスでも一番か二番くらい得点を決めてた。

中学校、高校、大学になるとひどいものだった。

入学式などでみんな勇気を出して、友達を作ろうとしているのにずっと黙り込んだまま。

最初の数ヶ月はサッカーつながりの友達としか話てなかった気がする。

16歳と言えば一番多感な時期。

人間関係などで深刻に悩みだしたのは高校2年生の頃だった。

高校入学当初も相変わらず、一匹狼的な立場しか取れず。

唯一の救いは健太や水戸といった狂った奴らと出会えたことだ。

彼らがクラスのみんなとの接点となり、次第にみんなとも仲良くなった。

クラスに一人、アホなやつがいるかいないかが大きいと切に感じた。

そしてほんとに賢いやつはその切込隊長を買って出るアホさを出すことが出来ると思う。

また、同じ中学校卒業の高槻の悪童2人(良明と藤原)がいなかったらと思うと怖い。

大学ではみんな「賢い自分」を演じてる人ばっかりだった。

僕はもちろん一人ぼっちだった。

登下校はもちろん、授業も一人。

御飯もほとんど一人で食べていた。

※ここで「ほとんど」を使ったのは何人かの友達と昼飯を食べていた時もあったから

友達が欲しくても、いまさら・・・

そんな感じで4年目を迎えた。

友達とあほなことしたかった。

RUCC以外でもつながりが欲しかった。

沖縄の友達や、福井の友達、岩手、京都、静岡、新潟、岡山、東京などなど

サッカーの友達や、音楽の友達、相談相手、暇つぶし、左利き・・

校舎の傍でバカ話してる人たちが羨ましかった。

お昼休みに小松原公園で一人で御飯を食べてる人に親しみを感じた。

こんな素敵な時間を、なんと無駄に過ごしてきたことか。

大学に来た意味の半分は涙とともに排水溝に消えていった。


自分は一人でも大丈夫。

友達なんて弱虫が欲しがるものだ。

僕は強いんだ。

そんな考えが今に受け継がれている。


自分から下手に出るのが嫌だったのかもしれない。


だから、

来春からは生まれ変わろうと思う。

僕はほんとに無能で、弱虫で。

自然体がなになのか自分ではわからなくなってきた。

だけども、自分を曝け出したい。

バカにされてもいい。

友達になってはくれないかもしれない。

話はおもしろくないし、カッコよくも無い。

そりゃ友達になってくれたら一番だけど、
その可能性は50%を下回っていると思う。

でも過去の自分にさよならを言わないと前に進めない。

僕の未来はどっちみち灰色の毎日だ。

それは言い過ぎかもしれないが、期待以上は絶対に望めない。

ではどうしたらいいか。

気が狂ったように、自分を曝け出すのみだ。

周りに求めるのではなく、自分自身に何かを求める。

自己満足で線引きをするのが一番だ。

「友達・・ほしかった。」

2005年7月12日の僕の心はここで止まってしまう。

でももう一つの心は一人歩きを始めている。

「友達一人もできなかったわ笑」

そんな慰めの言葉が死ぬ時に言えたなら、僕はそれを幸せと呼ぶだろう。



2005年07月07日(木) 反証ばかり




この写真何かわかりますか?

って聞いても答えは返ってこないよね。

一方通行なやりとりの囚人となりました。

全ての思い込みは自分自身に還元されるため、
たとえ不可逆的であってもそれはエゴイズムとして捉えられるのかもしれません。

それはパラレルワールドの住人と同じで、
「現在」での功罪をもう一つの世界の「過去」に戻って因果関係を整えるようなものです。

JR西日本からの性格適正診断のフィードバックを見ながら、
自暴自棄になってる自分を慰めてみました。



2005年07月06日(水) って何様だ




釈迦に説法って何様だ!!

幽霊って妖怪とは違うんです。

幽霊が存在しているという証明はないけども、
幽霊が存在していないという証明もされていない。

にもかかわらず、存在の証明がなされていないだけで幽霊は信じてもらえない。

不条理極まりない!!

出直して来い。



2005年07月05日(火) 普通な生活




6日の内定者懇談会の準備でテンヤワンヤ。

気分転換に昼から久しぶりに自転車でぶらぶら散歩した。

四条大宮の北東角に新しいセブンイレブンが出来ていた。

あまり動き回ってないから、色々な情報が入らなくなってきた。

天気は普通だったので、河原町に向かった。

どんな天気でも、それが普通。

晴れだから普通というわけではない。

ちょうど夏のセールが始まっていた。

人ごみとかが好きなので、自転車を置いて店をまわった。

藤井大丸ではUA(United Arrows)とnano-universe

それからSHIPS行って、JarnalStandard

山山WHOWHO行って・・・

服屋を巡り終えてから四条御幸町までいったん戻ってカフェに。

ずっと前から行きたかった「リズム」に足を運ぶ。

700円もする紫蘇クランベリーを注文。

30秒くらいで飲み干した。

時給換算すると8万4千円のドリンク。

なにやってるんだ・・・

それから高校時代の友達「ミチオ」の家に。

同志社大学のクセに住んでいるのは河原町あたり。

「大学は音楽だ」とか言ってた。

クラブメトロに近いからという理由からだけで下宿先を決めたとか。

今度は夜に遊びに行こう。

ターンテーブルも回してくれろ☆



2005年07月04日(月) 卒業論文




商売の4要素は人、物、金、場所

重要なのはデーターベースの構築ではなく、
それをどのように活用して利潤追求に役立てるか。

CMS(Computer Mapping System)・・・分析ツールの一つ

エリアマーケティング戦略の代表例
ランチェスター地域戦略→Operation Reserch

地理的情報と地域的情報を重ね合わせる

研究手法
/邑分布を色づけ・競合店の位置を把握
⊃邑が多くて競合店の無い場所に注目
さらに昼間人口、駅乗降客数、道路交通量を加味
ぜ太商圏を求める

百貨店については
「CMSによるエリアマーケティング革命」平下治 P132〜を参照

サーキュレーションデータ
全国鉄道駅乗降客数はオリコムから出されている

・CVSをピックアップしてから代表点同定でプロット
・競合ポイントデータ作成
・加えて背景に三次メッシュデータで人口、階級別人口、昼間人口を整備
・地図データベースは市区町村界
・道路、鉄道、河川を整備
・そして駅、大学、高校などの所在をプロットした

既存店の分類
このようにして整備したデータベースから各店舗の分類を行った。
まずは市街店なのか郊外店なのか

農林センサス/建設省の交通センサス

道路の種類、車線、幅員、通行量、混雑状況などの属性データ

日本デジタル道路地図協会

小売業の売上を左右する基本は総売場面積をいかに増大させるか

面積按分→ドーナッツ商圏

年齢別人口のどれを取るのか?
ターゲットはどこにするのか?

クラスター分析
店舗を立地によっていくつかのグループに分けて分析する。
その際の因子は色々考えられるが、類似商圏により分類してグループ単位で売上状況を比較
※類似商圏(商圏規模・店舗規模・競合店配置)

新規出店計画については
「CMSによるエリアマーケティング革命」平下治 P66参照

マーケティング・データベース
|録泪如璽織戞璽后Αγ老楚沺行政界、道路、鉄道、駅、河川、湖沼
統計データベース・・エリアメッシュ、人口、世帯数、年齢別人口、事業所数
ポイントデータベース・・本店&支店、営業所、自社店、CVS、スーパー、病院、学校
ぅぅ鵐福璽如璽織戞璽后Αε絞浹模、出店年度、売上高、売り場面積

鳥虫瞰マーケティング
オープンデータは以下の通り
官公庁の人口指標、商業統計指標、事業所所得指標

統計データベース
・国勢調査
・住民基本台帳
・商業統計
・事業所統計
・家計調査年表

ポイントデータベース
ポイントを地図にプロット
緯度・経度の座標値交点に同定する
町丁や大字などの代表点に同定=ジオコーディング(によるポイント代表同定)

国土地理院25000分の1地図を縦横に10等分に線を引き、
出来た100個の四角形が1km標準メッシュである。
そしてこの1km標準メッシュが三次メッシュと呼ぶ。
ちなみに2次メッシュは25000分の1地図そのもの。
1次メッシュは20万分の1地図を指す。

日本全土は4400枚の25000分の1地図で出来ている。

マン・マシン・システム

統計データベース一覧(エリアメッシュデータ)を調べるときは、
「CMSによるエリアマーケティング革命」平下治 P157を見ろ



2005年07月03日(日) 溜息が流れていった




一週間も日記を書かへんかったん初めて。

毎日書かなあかんという強迫観念から、一週間分まとめて書きます。

気が向くときに、自由気ままに書いたらいいのに・・・

最近で一番のHITは「魑魅魍魎」

これを上回る四文字熟語はあるんだろうか?



2005年07月02日(土) 一日




結婚っていいなー。

幸せって触れるもんなんやーって思いました。

よく見たら、町中に赤い糸が張り巡らされているのかもね。

こんな広い世界で幸せの種と巡りあえたら。

そしてそれがRUCCだったら。

ほんとにおめでとうございます☆



2005年07月01日(金) CO−GROWING(一郎)




イチローは宇宙人なんですよ。多分。

彼は頑張ったら9割バッターになれるんです。

ただ、9割を打ってしまうと宇宙人て怪しまれるじゃないですか?

人間世界に入り込むためにわざと凡打を重ねているんです。

今は3割を切ってるっぽいけど、あれも波を作るため。

観客や野球ファンを魅了し続けるためには、波が大切なんです。

だからあえてスランプの時期を作って、
そして最後はスランプを越えて首位打者に輝くんです。

ではなぜ毎年首位打者ではないのか?

それは長い目で見た場合のスランプと彼は位置づけるんです。

12年連続首位打者なんかでは、
翌年も首位打者を取って当たり前♪

みたいなことを期待されるんですよ。

彼にとってはそれも簡単なこと。

だからと言って期待通りを続けると、期待通り+αを望まれてしまうんです。

そこは彼が宇宙人らしいところ。

人間ではないので「頑張る」ことが嫌いなんです。

魅了し続けるために、段階的に+αを生み出すことがめんどくさくなったんです。

そりゃもちろん、一塁から三塁までの盗塁もオチャノコサイサイ。

200kmの剛速球を投げることもできます。

宇宙人は新庄だけじゃない!!


あ、明日は久しぶりにわくわくします。

天気悪くても、最高な一日になるといいですね。

もとい、最高な一日を作れたらいいですね。

写真が写真ですが、別にそんなに飲みませんよ・・・


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きむそん

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