思い出の貝殻をお気に入りの小瓶に詰めたら・・・
耳に近づけてそっと・・振ってみてください
懐かしい音が聴こえて来ませんか!?
2005年4月27日(水)
今朝元気に出掛けて行った愛する家族が・・・
もう二度と帰って来ない
JRの事故は大惨事になった
時間を追うごとに犠牲者が増える
突然遺族にさせられてしまったご家族の方たちの悲痛な叫びにも似た声に私も涙が止まらない
反対に未だ見つかっていないという運転士も 今はもう何も語ることはできないのだろう・・・
彼にも彼のことを大切に思うご家族があるに違いない
これだけの事故を起こした責任はたとえば彼が直接の原因じゃなかったとしても運転していた責任は到底逃れることはできない
それが直前の停止駅でのミスとスピードオーバーが確認されているのだから・・・
それでも運転士だけを責めることはできないような気がする
オーバーランのミスを犯した彼がもしかしたら脅迫観念に似た感情を抱いたとしたらそれが社内の厳しい罰則に起因するものだとしたら
罰則によって事故を防ごうとするJRのあり方に疑問を感じる
起きてしまったことを反省することは大切だ
だからと言って厳しい罰則が解決を導くとは思えない
真の問題解決を考えるのならば
どうしてその事例が起きたのかを深く探求し同じ事を繰り返さないための対策をなしていくべきではないだろうか
今もまだ列車の中に取り残された人たちが居る
今もまだ行方のわからない家族を思って不安と心痛の中辛い日を過ごされているご家族がある
二度とこのような悲しい事故を繰り返さないためにJRの首脳はハードとソフトの両面の対策に謙虚な気持ちで取り組んでもらいたい
2005年4月24日(日)
彩り鮮やか ツツジが美しい季節になった
昨日は私が8ヶ月間お仕事させていただいたNPOのオープニングパーティーが開催された
その会場の各テーブルの上には、とあるご家庭のお庭に咲いたつつじや鳴子百合・楓などが小さな花瓶に色よく飾られた
その方の心のように・・目立ち過ぎずひっそり優しい佇まいで
この何日間 みんなで準備して全てを手作りにしたこのオープニングイベント
テーブルの小花のようにNPOらしい派手すぎずとても温かないい会だったと思う
私にとってこのグループとの関わりは仕事を辞めた今も薄くなるどころかまた深くなっている・・・
その中の人たちとの関わりが続く限りこれからもそうなのだと思う
リアルでもこのネットの中でも いつまでも変わらないものがあるのだと最近感じることがある
私を取り巻く環境は常に動いていて変わって行くけれど
これまで築いた心の繫がりは たとえ環境が変わったとしても
いつも変わらずにそこにあって
私が気づかない時でさえも息づいているのだと・・・
感じることができるから・・・
2005年4月21日(木)
拙サイトに流れる音楽をずっと「Areyou」の鮎さんからお借りしたいと思っていました
なかなか言い出せなかったのですがとうとう意を決してお願いした私です
鮎さんの曲は彼女が弾かれたピアノの音をそのままMIDIにされていて
ほんとうに心が洗われるような綺麗な曲です
私には音楽のことはあまりわからないのですが
彼女が生み出す音楽は並外れた才能は言うに及ばず
ひとつひとつの音に彼女の感性が透過・投影されていると感じます
彼女の感性こそが素晴らしい音源なのだと思っています
だから素敵な詩人でもある彼女の曲はどんな場面を描いた詩をも自然な感じで優しく包み込んで流れるのです
私は今 このサイトで鮎サウンドを聴かせていただきながら
彼女のサイトでそれぞれの曲が流れていた頃を懐かしく思い出しては
いっぱいの幸せを味わっています
2005年4月20日(水)
2005年4月20日(水)
今日6時11分 まだ寝ていました
そろそろ起きる時間だなって思っていたら・・
グラグラ あっ また地震
起き上がったら 今度はもっとグラグラグラ・・・
まただ〜
結局今度も何もできないまま 揺れは治まり・・・
すぐにテレビをつけると地震情報
義母のところに電話を入れたら今回は無事一回で繫がりました
母のところも大丈夫でした
でも何だか気持ち悪い 今回のは最大規模の余震だそうだが・・
前回からちょうど一ヶ月
ボランティア先の生徒さんの中に前回の地震の時は温泉に入っていたとおっしゃってたご婦人が来られていたので
思わず「今日はお風呂じゃなかったですよね?」って聞いてしまいました
2005年4月18日(月)
2005年4月18日(月)
最近の私
怠惰・・・ 文字にすればこの二文字
もっと真面目にやれ!って発破かけたり・・
私らしく 自分らしく 肩の力抜いて・・
なんて自身を脅迫したり 甘やかしてみたり
でも結局どうにもならないし変わらないものだから
すっかり滅入りがちな日々
友人たちの春の誘いにも「うん 行く 行く」って
これまでのように気楽に返事できないのはどうして?
思いっきり好きなことして 好きなもの食べて
好きな人と逢って・・・
いろいろと抜け出す手段考えてみるけれど
どれも机上の空論 sikiの空想 いや妄想に過ぎない
だって どれも これと言ってしたい〜って物が見当たらないのだから
やれやれ。。。
何時になったらこの嫌なムードから抜け出せるのだろうか・・
あっ 関係ないけど 加齢に寄る転倒防止教室とかって広報誌に書いてあったっけ
昔っからいろんなとこで転ぶ人だった。。。
冗談じゃなくて・・命取りになりそうだなぁ
たとえ転んでも骨折ったりしないように筋力つけておかなくちゃ
そうだ 教室の様子でも見に行ってみようかな (汗・・
2005年4月14日(木)
2005年4月14日(木)
夜のチューリップって閉じちゃうんですね
こんなに開いちゃって・・もう明日には散っちゃうのかな・・
なんて寂しく思っていたら 夜はちゃ〜んと花を閉じてしまうんですよ
ほんとに無知です (汗・・
夜の花壇とかってあまり見た記憶がないし・・(言い訳です)
・・という事で わが家に咲いた 赤いチューリップ(淵に少し黄が混じっています)です
他にももう一種ピンクが咲いています
球根を植えたときは確か3種あったはずなんだけど・・
咲いてみたらなぜだか2種?です
2005年4月11日(月)
2005年4月11日(月)
反日デモ・・・
中国で今回の教科書問題などから反日感情が高まっている
日本では北京や広州などのデモの様子が次々に報道される
一方、当の中国では新聞でもテレビでもほとんどの報道がなされていないようだ
娘はそんな北京で幸か不幸か実感はないのだそうだ
数日前から反日デモがあるらしい事は知っていたが
デモの様子については 当日、中国人の友人が撮影した写真や動画を見て知ったらしい
ただ学内の中国人の友人や学外で交流ある一般の中国人に接しているときはそんな感情は全く感じていない
果たして彼らの対日感情の中にそのような部分はあるのだろうか。。。
中国人の中でも温度差があることは確かだろう
娘は言う 今回の中国と同じように自分も日本に居る時は自国での報道がほとんどの諸外国の情報になっていたし、外国人から見た日本についての見解も同様だった
本当に自国のことを知るためには外からの報道や意見に目と耳を傾けなければならないのではないだろうか
語学を勉強する娘は今後の自分のあるべき道を考えさせられたようだ
それにしても同じ地球に同じアジアに・・・
まして近い外国なのだから・・
相互の国の歴史と現在の情勢を知った上で長い歴史を乗り越えるのに必要なことは
地味だけど・・ひとりひとりの底辺での友好的な交流が大切だと思う
そのひとつひとつが原動力となって長い間の相互の拘りや疑問を溶かすベースになるのではないのだろうか
私個人の甘い偉そうな考えだが・・
国レベルでも過去の歴史における過ちは過ちとして認めきちんと詫びる必要があると思う
そこで初めて白紙に戻り、今何をすべきかを相手の立場にたって考えられるのではないだろうか
ただ、今はこの険悪なムードが一日も早く終結し平穏な日が訪れることを願い
個人的には娘達日本人の安全と中国人の平穏な心が戻ることを願うばかりなのです
2005年4月8日(金)
2005年4月8日(金)
まったく暖かい
今日の桜はほぼ満開に見えた
わずか一日で一気に五段階昇進・・・
これは 単に私の見識にしか過ぎないが・・・
まぁそれぐらい 桜の花の開き方が超的にすごいということ
今日は「ギター侍になるんだから」
と先輩に誓いを立ててからはじめての練習日
技術内容は触れないがとにかく楽しかった
このメンバーで練習を始めて ほぼ一年になる
「今年度の方針を」とリーダー格の先輩が口火を切る・・・
楽しんで長く続けることが大前提なのだが
先生の過大な期待がある人を精神的に不安へと追い込んでいると言うのだ
私としてはどちらかと言うと
あまりレベルの高すぎる曲もちょっとねぇ・・
な方なので その人の気持ちがわからない訳ではない
みんなの意見もほぼ同じ・・
レベルの低いものばかりをやっていてもいつまでも進歩ないけれど・・・
せっかく集まったメンバー 誰一人落ちてほしくない
先生の持って来られた演奏会用の楽譜は
もう一度こちらで話し合ってどれを選曲していくか決めよう
と言うことで話が纏まった
先生には代表者から全員の意見として伝えてもらうことになった
ギター侍・・・
今の仕事は一旦辞めて ボランティアとして
同じ団体に関わることになった私は
今後きっと時間を持て余すことになるだろうからと先輩に
「このサークルひと筋に打ち込むつもり・・・ギター侍になるから」などと冗談混じりに語ってしまったのだ
とは言え 私のことだからザンネン・・・
そこまで没頭できる訳がない
ただ ずっと関わって行きたい仲間たちなのである
2005年4月7日(木)
2005年4月7日(木)
昨日仕事の帰りに見た神社境内の桜・・・
もう五分咲きだったのにはびっくりした
今年初めての桜の花
先週だったかしら・・・
その時はまだ 蕾が固そうに見えたのに
今年の気温は記録的
東日本のどこかは30度を超え真夏日だったと・・
スキー場も15度で半袖シャツのスキーヤーが目立ったとか・・
春が短いと言う娘が住む北京も暖かいのだろうか
冬物は持参したもので充分間に合ったらしいが・・
そろそろ夏物を送ってほしいと言ってきた
旬の季節は足早だ
ぐずぐずしていると春に追い越されてしまいそう・・
2005年4月1日(金)
2005年4月1日(金)
「私ね お仕事辞めたのよ」・・・
今日がエープリルフールだってこと忘れてた
お友だちからの電話にこんな話をしたら・・
信じてもらえなかった・・(笑)
一昨日くらいだったか ふっと彼女の事を思ったりしてたものだから着信を見て驚いた
以心伝心って言うのかな・・
この1、2ヶ月の私は
仕事の事で気持ちに余裕が持てなかったから
友人達とも会ったり電話さえもほとんどしていなかった
ふっと思い出せたのはたぶん私に心の余裕ができたからかもしれない
まだ全ての仕事が終わった訳ではないのだけれど・・
彼女からの用件はバレー公演のお誘いだった
声を聞くと何だかとても逢いたくなった
今度の日曜日・・・もうひとつの予定が曖昧だ
でも逢いたいな 彼女にも・・・
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