2004年10月01日(金) |
emma様江:円環の乾き_後 |
浅黒い肌のキャスカと、北方の人間の容貌を持つガッツに血のつながりなど無いだろう。思うに、彼らはまったくの他者として出会い、浅からぬ縁でもって結ばれる事になったのだ。出会ったのはガッツが昔居たという傭兵団ででもあろうか。 人はそうして、血の繋がりとは別の縁を求めて外へと出ていく物なのだ。 血は異なる血を求める物なのだ、本来ならば。
「‥‥‥‥」
まだ冬なので空気は冷えるが、今日のような晴れた日の昼は暖かいものだ。暖かな木漏れ日が金色に周囲を染めていく。 ヴァンデミオン家の森も、こんな落葉樹の森だった筈だ。だがセルピコには暗く冷たい思い出しか無いのだ。時折、幼いファルネーゼが己の祭壇で火を焚いたが、その光景は心冷えるものだった。 己の行く道は血の因縁に縛られていた。偶然の出会いであったファルネーゼとの血の繋がり、父との出会い。そして狂気の母の望み通りに、父に出会い、爵位を得て、母を焼き殺した‥‥。 あの陰鬱で、己の夢を見る事しかしなかった母。死んでしまえばいいと思っていた。自分が唯一願った夢は母の軛から逃れる事。その思いへの罰でもあるかの様に、自分の目の前で母は火に包まれていった。 セルピコにとって、火は暖かな感情とは無縁の物だった。
ファルネーゼを受け入れてもよかったのだ、あの時。突然の婚儀の話にファルネーゼが錯乱する前でも。自分さえ黙っていればいい。心通わぬままでも、身体を抱きとめる事で暖めあう事が出来たのなら。 それを押しとどめた物はなんだったのか‥‥。
その答えが目の前にある様な気がする。ガッツとキャスカの様に、自分とファルネーゼは他者として出会うべきだったのだ。兄妹であるのなら、いずれは異なる血を求めて別れなければならない。 自分の中のどこかが、あのヴァンデミオンの円環、閉じられた庭は子供の揺りかごでさえあれ、成長する人間がいつまでも住まう場所ではないと知っていた。 ファルネーゼも荒れ狂う情動のままに、外へと、外界を求めてここへ辿り着いたのだ。
いつか‥、セルピコは思う。ファルネーゼと別れが来るかもしれないと。今まで考えた事もなかった。 女達はいつも自分の夢を求めて、やみくもにもがいてそこへ辿り着く。自分はその情熱を道標について来ただけだ。 独りになったら、すべての軛から解き放たれたら、自分はどうすればいいだろう‥‥。
東のビザンチン帝国へでも行ってみましょうか。一応、パトリキオスですし、何か仕官の道があるかもしれません‥‥。クシャーンの影響が無いならもっと東に行ってみてもいい。聞けばこの法王庁圏より、ずっと進んだ文化の国があるとか。その国は熱い砂の大地で、酒を愛した偉大な詩人の郷里でもありました‥‥‥。
白昼夢の様な、淡い形にもならないセルピコの夢だった。
================================================================ パトリキオス:ビザンチン帝国(東ローマ帝国)で貴族の称号を表す。
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