ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年10月10日(土) ただひとりの人に

晴れのち曇り。山里ではにわか雨が降る。

大気がよほど不安定なのだろう。

明日も秋晴れは期待出来そうにない。


朝の山道で5人のお遍路さんを見かけた。

最初の二人は外国人でとても背が高い。

声を掛けることは出来なかったが窓から手を振ってみた。

しかし反応はなくしょんぼりと気分が沈む。

やはりタイミングが悪いのだろう。

一生懸命に歩いていれば尚更のことである。


仕事は朝一にオイル交換のお客さんが来てくれた。

足の悪いお客さんで2本の杖を付いている。

「難儀なことよのう」と互いに労りあった。


義父は稲刈りの予定であったが空模様が気になるようだ。

午後には雨になるかもしれないと諦めてしまった。

思うように行かないのでいささかご機嫌斜めである。

細かいことに拘りねちねちと私を責めるのだった。

慣れてはいるがやはり気落ちせずにはいられない。


午後からもオイル交換のお客さんが来てくれて有難いこと。

若いお客さんで今日から三連休なのだそうだ。

待ち時間の間はずっとスマホを操作していた。

話し相手になる必要もなく大いに助かる。


義父は長いこと預かっている車のエアコン修理を始めていた。

部品はとっくに届いていたので直ぐに直りそうだったが

連休明けまで預かるつもりらしい。

そんな時は決して要らぬ口を叩いてはならない。


定時では終われず3時に退社した。

帰り道に平田町と山奈町に車検証を届けに行かねばならず

久しぶりに国道を走った。交通量はとても少ない。

「一風」の前を通ったら「ラーメン」の旗が風に靡いていた。

明日も無理だろう。明後日も無理だろうと思う。


国道沿いの「ちきん館」で買い物をした。

鶏肉専門店であるがお刺身も売っていてとても助かる。

しかもサニーマートよりずっと安値であった。

「びんよこ」のお刺身を3パック買う。

夫と娘夫婦が喜ぶことだろう。


4時過ぎに帰宅。市内は雨が降らなかったそうで洗濯物も乾いていた。

娘が畳んでくれていて大いに助かる。

笠原メイさんの日記は今日も淡々と記してあり

不調を受け止めながら乗り切った一日が見えた。

バンドをしながらアルバイトをしていた頃の彼を思い浮かべる。

どんな音楽を奏でていたのだろう。今は聴くことも叶わない。


5時になり大急ぎで夕食の支度。娘がチキンカツを揚げてくれた。

リミットは5時半でめいちゃんのダンス教室に行かねばならない。

準備を終えためいちゃんが「お母さん早くう」と叫んでいた。


夕食を終えると自室で30分程過ごすのが日課であるが

今朝の私の詩に「ありがとうございました」と伝えてくれた人がいた。

それほどの誉め言葉があるだろうか。一気に救われたような気持になる。

私にひとを癒す力など在りはしないが

寄り添いたい一心で書いた詩であった。

大勢の人に認められることより「ただ一人のひとに」と思う。

誰かの心に沁みるような詩をこれからも書き続けたいものだ。


※以下今朝の詩


     空

  哀しみは空の色
  一点の曇りもない
  澄み渡った空である

  だから涙は似合わない
  心の窓を開いて
  風を受け入れようと思う

  傷ついた心ならなおさら
  風が癒してくれるだろう

  見上げれば真っ青な空
  広く何処までも続いている
  鳥の姿になれば羽根が光り
  陽射しが真っ直ぐに届く

  風は空の息である
  例えどうしようも出来ない事も
  息として見守ってくれるだろう

  やがて哀しみが糧になる
  口に運べば心を満たし
  明日を信じようと思う

  どれほどの哀しみであっても
  空がある限り生きて行けるのだ




2026年10月09日(金) それぞれの人生

小雨が降ったり止んだり。夕方になりやっと晴れる。

気温はそう高くはなかったが蒸し暑い一日だった。

昨日肌寒かったので今日は秋物を着ていたが

半袖で良かったのにと悔やまれる。


朝の道の白い秋桜をうっとりと眺めつつ職場に向かう。

ポストの朝刊はそのままで事務所の電灯も点いていなかった。

やはり昨夜飲み過ぎたのだろう。二日酔いだと決めつける。


それを良いことに2時間程お暇をもらった。

めいちゃんの陸上大会が気になってならずそわそわと落ち着かない。

宿毛市の総合運動場で行われており山里から15分程で着く。

丁度開会式が始まったところだったが生憎の雨であった。

いくら小雨であっても濡れたら風邪を引きそうである。

しかし競技が始まるとぴたっと雨が止みほっとした。

めいちゃんは50メートル走に出ていて8コースだった。

大きな声は出せず心の中で「がんばれ、がんばれ」と応援する。

残念ながら一番ではなかったが一生懸命に走っていた。

大きな学校は選抜だが小さな学校は全員参加である。

大きな学校に敵うわけはなかったが良い経験になっただろう。

ゴールしためいちゃんに声を掛けたら嬉しそうに笑顔を見せる。

娘夫婦は仕事で来れなかったので駆け付けて本当に良かったと思う。


11時には職場に戻っていてぼちぼちと仕事。

お昼前には義父も姿を見せ仕事の段取りを始めていた。

二日酔いではなく野球観戦をしていたそうでそれも良しである。

午後からは市内で「検査員研修」があり出掛けて行った。


法務局に行かねばならず少し早目に退社する。

受付が空いていたので用事は直ぐに済みカーブスに向かった。

法務局の直ぐ前なので近いものである。

お仲間さん達から口々に「今日は早いね」と云われた。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅したが夫はまだ帰っていない。

電話をしたらまだ高知市内を出たばかりで遅くなりそうだった。

玉子焼きは必ず買って帰ると約束してくれてほっとする。


夕食の支度はそこそこに。玉子焼きを充てにしていたので

いつも以上に質素な夕食であった。

食卓に独り座りしんみりと食べる。何と寂しいことだろう。


入浴後やっと夫が帰って来た。玉子焼きはまだ温かい。

義妹の診察が長引いたそうで昼食も食べていなかった。

来月早々にまた入院しペースメーカーの手術をするそうだ。

それも経過が良い証拠で何よりに思う。

そうこうしている内に年末も近づいてくるだろう。

義妹にとっては苦難の年になってしまった。


義弟は「肺がん」を克服し今はすっかり元気になっている。

夫は数年前に脳の手術をしたが幸い再発はなかった。

一番元気だった義妹が難病になるなど誰が思うだろうか。

いつ何があるやら分からないそれぞれの人生である。

だからこそ「いま」を大切に生きて行かねばならない。


※以下今朝の詩


      うさぎ草

  兎だったころ草を食べた
  まるで耳のように長い草で
  くるくると巻いて口に入れた

  チョコレート
  ミレービスケット
  アイスキャンディー

  十円のお小遣いでは
  足らなかったのだろう

  青々としたその草を見ると
  兎だったころが懐かしい

  お母さんに叱られた
  草を食べてはいけないと
  憐れむように私を見た

  私は兎だったから泣かない
  耳をぴんと立てて笑った

  ほんのりと甘い草であった
  明日も食べたいなと思う







2026年10月08日(木) ほうずき色の空

二十四節気の「寒露」露が冷たく感じられる頃。

季節はもう晩秋と云っても良いだろう。

今朝は全国的に今シーズン一番の冷え込みだったようだ。

北海道や長野、岩手でも氷点下を記録している。

季節は確実に冬に向かっているのだろう。

そうかと思えば日中は夏日となった地域が多く戸惑うばかりである。

温度差が身体に堪える。体調管理を怠ってはならない。


今日は義父の83歳の誕生日であった。

今朝は「おめでとう」と伝えたら満面の笑顔である。

例の故障車も直りお客さんが大喜びでやって来る。

義父の事を大学病院の医師だと云って皆で笑い合った。

義父の腕の良さが増々評判になりそうだ。
。

大安吉日でもあり新車の納車もある。

鉄工所のKちゃんが軽トラックを購入してくれたのだった。

真っ赤な「ハイゼットジャンボ」で価格は170万を超す。

奥さんが買ってくれたのだそうだ。素晴らしい夫婦愛である。

今夜は「新車下ろし」の宴会をするとのこと。

義父の誕生日と重なり大いに盛り上がるだろう。

明日はまた二日酔いかもしれないが笑って許したいと思う。


定時を少し過ぎてから退社。またカーブス病の発作である。

昨日のリハビリが効いていて足の痛みも和らいでいた。

私の姿を見るなりお仲間さん達が手を振ってくれて嬉しい。

それは今日も頑張ろうねの合図でもあった。

薄っすらと汗をかき心地よく筋トレを終える。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。15分程自室で過ごしていた。

笠原メイさんは少し体調が良くなったようで何よりに思う。

波のある病気なのでまた辛い日もあるだろう。

しかし日課の詩は欠かさない。その意欲には「光」が見えた。


その後は5時まで茶の間で過ごしていたが

「ただいまあ」とめいちゃんが帰って来る。

明日は市の陸上大会があるので毎日の練習だった。

筋肉痛を訴えており可哀想でならないが

明日はきっと練習の成果を発揮してくれるだろう。

応援に行きたかったが仕事があり諦めざるを得ない。

陸上大会が終れば今度はマラソン大会である。

小学生最後の記念になればと願わずにいられなかった。


娘と夕食の支度。殆ど娘が作ってくれたので楽だった。

私は「マカロニサラダ」を作ったが胡瓜を切らしていて

人参とハムだけの見すぼらしいサラダになった。


明日夫はまた義妹の通院で高知市に行く予定である。

帰りに「たけざきの玉子焼き」を買って来てくれるそうだ。

めいちゃんが「やったあ」と楽しみにしている。


夕食後はまた自室から暮れなずむ空を見上げていた。

ほうずき色の空である。夕陽はもう川向の山に吸い込まれ

まるで仙人が引き止めようとしているようだった。

暮れる。落ちる。そうしなければ明日はやって来ないのだ。


※以下今朝の詩


       駅

  この先道なりに進んで下さい
  左手には四万十川
  右手は鬱蒼とした山並である

  小さな駅が見え始めると
  私が生まれ育った家があった
  しかし今はもう跡形もない
  坂道だけが昔のままである

  すすきの穂と背高泡立ち草
  駅には黄花コスモスが咲く
  そうして静まり返った駅舎
  改札口も見当たらなかった

  干物を背負った行商人が
  宇和島からやって来た頃
  その伊予言葉が耳に残っている
  母はよく鯵の開きを買っていた

  夕方になると蒸気機関車が
  白い煙を吐きながら
  ぽっぽうぽっぽうと駅を発つ
  子供心に何と逞しい姿だったことか

  線路は続くよどこまでも
  歌いながら家へ帰った




2026年10月07日(水) 婆さんの恋

今朝は涼しさを通り越し一気に肌寒くなった。

日中は25℃を超え爽やかな秋晴れとなる。

まだ夏物の衣類で過ごしているがそろそろ限界だろう。

去年の今頃はいったい何を着ていたのか思い出せない。


朝の道の真っ白い秋桜。今朝こそは車を停めようとしたが

県道の反対車線なので行動力が付いて行かない。

情けないものだなと少し気落ちした朝であった。


仕事はぼちぼちの忙しさ。例の故障車の部品が届くのを待っていたが

どうやらまたヤマト運輸のようで義父が苛立ち始める。

ドライバーさんに電話したらまだ平田町に居るとのこと。

義父を宥めつつ平田町まで受け取りに行くことになった。

山里に向かうには必ず通る県道沿いで待ち伏せをする。

20分程待っただろうかトラックがやっと見えてほっとした。

ドライバーさんは苦笑いしていたが急ぎの部品である。

今日も催促があるやもしれず一刻を争うのだった。


大急ぎで部品を持ち帰り後は義父と同僚の共同作業である。

しかし何度もセルを回しても一向にエンジンが掛からない。

いったいどうしたことかと義父は必死で調べていた。

おかげで原因が分かったが中古部品が必要となり

今度は同僚が市内の中古部品屋さんへと走る。

もうお昼を過ぎていたがその部品を交換すると

まるで奇跡のようにエンジンが掛かり皆で大喜びした。


義父もほっとしたのだろう午後から稲刈りをすると云い出す。

友人達には連絡しておらず一人で出来ると云って聞かない。

中手の稲なので作付量は少なく丸一日あれば終わるのだそうだ。

昼食も食べないまま田んぼに出掛けたので気になっていたが

一時間もしない内に舞い戻って来た。

何と困ったことにコンバインが故障してしまったらしい。

今度はコンバインの修理である。さすがに憐れでならなかった。

せっかくやる気になっているのに思うようには行かないものである。


後ろ髪を引かれるような気持であったが

整形外科のリハビリがあり義父に声を掛けて病院へ向かう。

今日も痛みが酷く藁にも縋るような気持ちであった。

リハビリ前の医師との面談で思い当たったのは

湿布かぶれがありしばらく湿布を貼っていなかったことだ。

かぶれはもう治っているので来週には湿布を処方してくれるそうだ。


「痛そうなね」U君も心配顔で施術をしてくれた。

軽い施術であったが痛い処に手が届いたのだろう。

おかげで随分と痛みは薄れまるで「天国」であった。

ふとU君と暮らしたいと思ったが

仕事以外では一切施術はしないのだそうだ。

たとえご両親であっても肩を揉むこともないと笑っていた。

恋する婆さんはただひたすらに週一の逢瀬を待つしかない。

「すごい楽になったよありがとうね」と伝えると

U君はほっとしたような笑顔を見せ「また来週ね」と応えてくれた。


西日を背に受け四万十川沿いの道を帰る。

川面がきらきらと輝いておりなんだか世界の中心のように見えた。


※以下今朝の詩


       道

  この道で良いのだろうか
  立ち止まれば不安になる

  真っ青な空を飛ぶ鳥は
  決して疑うことをせず
  果てしない空の彼方へ
  夢を運んでいるようだ

  たとえ叶わない夢でも
  信じてみようと思う

  道は曲りくねり
  草ばかりが続く

  遠くに見える樹は
  たわわに葉を茂らせ
  まるで道標のようだ

  行ってみないと分からない
  辿り着けば確かなことが
  待っているような気がする

  一歩踏み出せば二歩になり
  すくっと胸を張れるようになる

  この道を行こうと思う
  空がある限り続く道であった





2026年10月06日(火) ちっぽけな雲

雨上がりの晴天。朝の内は涼しかったが日中は暑さを感じた。

全国的にも気温が高く真夏日だった地域もあったようだ。

朝の道の秋桜がほぼ満開となりほっこりと心が和む。

山里の県道沿いには真っ白い秋桜が咲いており

写真を撮りたくてならないが車を停めることが出来ない。

もっと行動力があればといつも思う。


職場に着くとみい太がにゃおにゃおと走り寄って来る。

やがて餌係のお客さんが来ると大喜びである。

がつがつと食べ終わるとまた鳴き始めるのだが

「もっと食べたい」と訴えているのだろう。

鉄工所のKちゃんが「遊んで来い」と声を掛けると何処かに消えて行った。

義父は厳しく「欲しがっても与えるな」といつも云う。

悪い癖をつけてはいけないとそれも義父の優しさだろう。


仕事はぼちぼちの忙しさ。昨日入庫した車は不備が多く

あまり高くなるのなら廃車にしようかとお客さんは云う。

義父が中古部品を探してくれて見積りをしたのだが

お客さんんが納得してくれ車検を受けることになった。

部品さえ揃えば明後日には完了するだろう。


困ったのは例の故障車のお客さんで今日も催促があった。

部品がまだ届かないので今日はどうすることも出来なかったが

よほど苛々しているのだろう。かなりご機嫌が悪い。

会社にとっては厄介なお客さんだが無下には出来なかった。


午後からシステム関係の研修会があり市内に出向く。

何もかもがデジタル化するばかりで付いて行けない。

70歳の手習いではないが覚えなくてはいけないことが沢山あった。

そうしなければ時代に取り残されてしまうのだ。


研修会は3時に終わったがカーブスは諦め近くの病院へ行く。

薬の処方もあったがインフルエンザの予防接種もしておきたかった。

午後はいつも空いている病院であったが珍しく混んでいて

殆どの人が予防接種であった。皆さん危機感を感じているのだろう。

早くも流行の兆しがあり早目の予防が肝心に思う。


薬局の待ち時間が長く急いで買い物をしたが帰宅したらもう5時前だった。

寝転ぶ暇もなく自室へ駆け上がり笠原メイさんの日記を読む。

やはりまだ体調が思わしくない様子であったが

何とあっけらかんとしていることだろう。今日も「心配無用」である。


息子の元お嫁さんもそうだったが季節の変わり目には不調になり易い。

彼女の場合には幻聴や幻覚があり息子も手に負えなかったようだ。

落ち着きがなくなり家事さえも出来なかった事を思い出す。

そんな彼女も今は実家で穏やかに暮らしていて何よりであった。

息子が守り抜こうとしたことは決して否定出来ない。


夕食後また暮れなずむ空を見上げていた。

雲ひとつない夕空に思えたがまるで鮎のような小さな雲が見えた。

そんな雲に自分を重ねると何とちっぽけな存在だろうと思う。

大志を抱くこともない。ただ一心に生きていたかった。

「ほらあの雲ね」きっと誰も気づかなかっただろう。


※以下今朝の詩


     あっこちゃん

  秋子ちゃんはみんなから
  「あっこちゃん」と呼ばれていた

  本を読むのが好きで
  お昼休みは図書室へ行く

  物静かで穏やかな性格
  運動は苦手だったから
  ドッジボールは嫌いだった

  一番好きなのは国語の時間
  音読が得意なので
  教科書を読む時には
  感情を込めて読むのだった
  先生にほめられるととても嬉しい

  放課後は真っ直ぐ家へ帰る
  今夜はシチューかもしれない
  お母さんの笑顔が目に浮かぶ

  銀杏の木が少しだけ色づく
  空にはお魚みたいな雲が見え
  群れをなして泳いでいるようだ

  「ただいまあ」重いランドセルを
  玄関に置くと「おかえりなさい」と
  台所からお母さんの声が聞こえる

  やっぱりシチューだった
  嬉しくて飛び跳ねそうになる

  お父さんが帰って来たら晩ご飯
  早く帰って来ないかなあ

  夕陽が眩しいオレンジ色の雲だ



2026年10月05日(月) 泣きなさい笑いなさい

一日中小雨が降り止まず夜になってやっと止んだところである。

明日は晴天とのことだがまた暑さがぶり返しそうだ。

台風27号が北へ遠ざかったと思いきや今度は28号と29号である。

28号はハリケーンだったそうで日付変更線を越えたのは3年ぶりらしい。

台風シーズンではあるが後から後から何と容赦ないことだろう。

どうかもうこれ以上の災害に繋がらないことを祈るばかりである。


朝の道ではご夫婦らしいお遍路さんを見かけた。

男性は黄色、女性はオレンジ色の雨合羽を羽織っており

雨にも関わらずその鮮やかな色を微笑ましく思う。

荷物はさほど大きくなかったので民宿泊まりに違いない。

歩き疲れた身体を温かいお風呂で癒していることだろう。



ゆるりと月曜日。同僚は車検整備をしていたが

午後にはまた新たな車検が入庫する。

例の故障車のお客さんも来店し催促の嵐であった。

義父がしっかりと説明をしてくれて大助かりである。

また新たな部品を注文したので今度こそ直って欲しいものだ。


経理は相変わらずゼロのままで笑い転げで涙が出そうになる。

「泣きなさい、笑いなさい」昔Rが歌ってくれた歌を思い出す。

Rもきっと思い出す時があるだろうと思えば励みになった。

札幌の短い秋が終ればまた厳しい冬がやって来る。



義父にカーブスへ行きたいと告げ定時で退社した。

「おう!」と機嫌よく送り出してくれてほっとする。

しかし数日前からの足の痛みが辛くてならず

思うように筋トレが出来なかったのが残念であった。

嘆いてしまえばお終いである。何としても前向きに頑張らねばならない。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。

自室で15分程過ごしていたが笠原メイさんが体調不良とのこと。

朝食のお味噌汁も飲めなかったそうで心配になったが

文面からは「心配無用」が伝わって来る。

何があっても前向きに。決して諦めようとしないのだ。

その証拠に日課の詩もしっかりと書いておりほっとする。


5時までは茶の間で報道番組を見ていた。

千葉の印旛沼周辺は未だ冠水しているとのことで気の毒でならない。

子供も居ることだろう。このままでは学校にも行けない。

行政も力を尽くしているだろうが一向に水が引かないのだ。

平穏な日常の暮らしが奪われどんなにか辛いことだろうかと思う。


夕食後はお風呂。それも決して当たり前のことではなかったが

湯船に浸かりながらぼんやりと物想う。

日常のことが愛しくてならない。失いたくないと強く思う。


※以下今朝の詩


     白い夜

  夜が白くなる時がある
  どうしてだろう
  まるで紙のように
  ひらひらと舞っている

  眠りは浅く夢ばかり
  亡き人と会う
  微笑んでいるのだ
  少しも哀しくはない

  語り合えば懐かしく
  その声が耳に残る

  紙にそのカタチを描く
  老いた人も若返り
  何と美しいことだろう

  草木も眠る丑三つ時
  秋の夜らしい肌寒さ
  蓑虫のように丸くなり
  夢の続きを見ようとする

  白は白のままであった
  私は私のままであった




2026年10月04日(日) 雨を見ていた

小雨降る一日。夜になっても止まず今も降り続いている。

随分と涼しくエアコンどころか扇風機も要らなかった。

雨が上がればまた一段と秋めいて来ることだろう。


夜の寝苦しさもなくなり今朝は二度寝をしてしまった。

夫は3時半から起きていたそうで驚く。

5時には空腹を訴え大急ぎで朝食の支度をした。


特に予定もない日曜日で何もする気にならない。

8時頃からまた寝てしまい困ったものである。

買物はサニーマートとセイムスで。

日用品はセイムスがお得でトイレットペーパー等を買う。

店内で久しぶりに親戚のS姉さんに会った。

「足はどうぞね?」と気遣ってくれて嬉しく思う。


帰宅後、夫と一緒に義妹宅へ行く。

体調は良さそうで顔色も良かった。

年内に新車を購入したいとのことで私は「営業」である。

夫の助言もあり近いうちに展示車を見に行くことになった。

今は通院に夫の車を使っているので気を遣っているようだ。

ETCの事もありやはり自分の車の方が気楽なのだろうと思う。


お昼にはまた4人分のちゃんぽんを作って食べる。

今日は海老を入れたのでいっそう美味しかった。

夫も私も大満足でお腹がいっぱいになる。

私はそのまま横になり2時まで寝入っていた。

美味しい物を食べひたすら寝るのが一番の幸せであった。


それから30分程自室で過ごしていたが喫煙に嫌気が差し

また茶の間に戻り今度は4時まで寝入る。

我ながらよく寝れるものだ。半日も寝て過ごしてしまった。


また自室に行き笠原メイさんの日記を読む。

今日はイオンに買物に行っていたそうだ。

そんな日常のひとコマが微笑ましくてならない。


山上秋恵さんがエレクトーンの演奏動画を発信しており

「北の国から」のテーマソングがとても良かった。

心地良く耳を傾けながら窓の外の雨を見る。

川向の山並みが雨に煙り何だか切なさが込み上げて来た。


今朝は寝坊をして夜明け前の詩が書けなかったので

また23年前の詩を引っ張り出して来てSNSに載せた。

苦肉の作とは云え何と愚かな行為だろうと思う。

それでも読んでくれる人がいて有難いことだが

いわゆる詩人と名乗る人からは完全に無視状態であった。

普段の詩もそうだがどうやら「読む価値」がないのだろうと思う。

無名だから仕方のないことだが気落ちせずにはいられない。

「もっと、もっと」と思うそれは私の愚かな「欲」なのだろう。

詩や短歌を書き始めてもう半世紀を過ぎたが

達成感は少しも感じずひたすら地を這いつくばっているようだ。

いくら地に種を蒔いても一向に芽が出ない。

芽が出なければ土の中で枯れて行く運命なのだろう。

歳を重ねるごとにそんな生き方も良いのかもしれないと思う。

土の中だからこそ踏まれる。そうして強くなって行くのだろう。

誰も恨んでなどいない。むしろ感謝しながら生きている。


雨の日には雨を見ながら過ごすのが良い。


※以下23年前の詩

「恵み」



2026年10月03日(土) 人生もまんざらではない

爽やかな秋晴れ。気温も28℃に留まり暑さも少し和らぐ。

最高気温ランキングを見ればやはり沖縄は各地で真夏日である。

最低気温は北海道の十勝地方で氷点下の寒さであった。

同じ日本でありながら北と南とではこんなにも違うのだ。


朝の道で久しぶりにお遍路さんを見かける。

70代位の女性でたった独りで歩いていた。

健脚に見えたが俯き加減に歩いており気になったが

タイミングが上手く掴めず声を掛けることが出来なかった。

「道中お気をつけて」その一言が云えない。


職場に着くとみい太が鳴きながら駆け寄って来る。

餌係のお客さんを待っていたが一向に現れず

餌を与えようとしていたら鉄工所のKちゃんが来てくれた。

「俺がやるけん」元々はKちゃんが飼い始めた猫である。

寒い冬が来る前に家で飼ってやれないものかと思うが

犬を飼っているので奥さんが許してくれないのだそうだ。


工場の仕事はまずまず順調で午前中に車検も完了していた。

義父が検査をしてくれて大助かりである。

お客さんが引き取りに来てくれまた新たな車検の車を持って来てくれた。

今度はワンボックスカーでまだ新しい車である。

来週早々に二台分の代金を支払ってくれるそうだ。


しかしそれは今日のことではないので何とかしなくてはならない。

預金残高は5百円、現金は僅か2千円しかなかった。

ほぼゼロであるがよくもまあやって行けるものだ。

同僚のお給料は週給制であったが先週から未払いになっている。

事情を話せば承諾してくれたが心苦しくてならなかった。

そうしたら義父も気になっていたのだろう。

エアコン修理の2台分を立て替えてくれることになった。

それをそのまま右から左へ同僚のお給料とする。

おかげで今日のところは一件落着となり救われたように思う。


ほっとしていたら例の故障車のお客さんから催促の電話があった。

仕事で必要な車なのでとても困っている様子である。

同僚は頭を悩ますばかりで未だ故障個所が分からなかった。

しかし今日は義父の知恵を借り少しだけ前へ進む。

中古部品が必要となり同僚は市内へと走っていた。

その部品で直れば月曜日には納車出来るだろう。

どうかどうかとひたすら手を合わすような気持だった。


定時では終われず少し遅くなって帰路に着いた。

義父が新米を精米してくれて車に積み込んでくれる。

「もう買わんでもええぞ」と云ってくれとても嬉しかった。

もう遠慮はするまいと思う。少しぐらいは甘えても良いだろう。


4時に帰宅。車からお米を下ろすのが大変で

腰痛持ちの夫は役に立たず娘が家の中に運び込んでくれた。

たかがお米ではない。義父の苦労の賜物である。

「美味しいねえ」と感謝しながら頂こうと思う。


今夜はめいちゃんのダンス教室があるので

お惣菜を買って来ておりすっかり手抜きであったが

娘は手間が省け助かったようだった。

5時半になるとめいちゃんの「行って来ます」の声がする。

ダンスが好きでたまらない様子がとても微笑ましく思う。


夕食後はまた夕焼け空を仰いでいた。

遠くに鰯雲が見えたが近くには真っ黒い雲が不気味に見える。

明日は雨だそうで雨雲がもう出番を待っているのだろう。


今週もやり切った感が半端なく心地よい達成感であった。

ゼロになればまた一から始めれば良い。

今日のように思いがけなく救いの手に恵まれることもある。

だから決して嘆いてはいけないのだと思う。

人生もまんざらではない。もっともっと愉快に過ごしたいものだ。


※以下今朝の詩


      空と海

  空が海ならば風は波だ
  その波間を魚が泳いでいる

  白い魚が紅い魚になる
  夕陽が落ちて行くのを
  引き止める事が出来ない

  やがて紺青の魚になる
  海に星が降って来るのを
  受け止めねばならない

  眠くなれば岩場に身を潜め
  珊瑚礁の夢を見る

  幸せでなくてもいい
  ただ寝息を確かめるだけだ

  朝になれば波が動き出す
  爽やかな秋の風である

  朝陽が射し始めると
  大きく深呼吸をする

  果てしない空である
  果てしない海である





2026年10月02日(金) いまはもう秋

連日の秋晴れ。しかし降り注ぐ陽射しはまだ夏であった。

朝は涼しく日中との温度差が激しい。

やはり足の痛みはそのせいかもしれないと思う。

今更杖に頼るのも抵抗がありひたすら我慢であった。


朝の道は日に日に秋めいており秋桜も直ぐに満開になりそうだ。

いたどりの花、背高泡立ち草、芒の穂と続く道である。

一番逞しいのはいたどりの花で地面にそのまま咲いていて

アスファルトの隙間からも咲き何とも健気である。

やがては枯れるだろうが沢山の種を残すのに違いない。


峠道を越え一番最初の民家には燃えているような鶏頭の花。

黄花コスモスを追うように秋桜が咲き始めていた。

夏野菜は殆ど猿に食べられてしまった畑には

もう冬野菜の種を蒔いたようである。

決して諦めようとはしない。その意気込みが心強い。



工場の仕事は朝のうちにオイル交換があり

お昼前には平田町のお客さんが車検の車を持って来てくれた。

営業ナンバーで牛乳配達をしており明日中に納車しなければならない。

同僚は例の故障車と格闘していたが後回しにした。

義父はまたエアコン修理である。いったい何台目だろうと思う。

まだ日中は暑いので急がなければならない。

他にも待ってくれているお客さんが二人いてパニックになりそうだ。


経理は今日も火の車となり重量税の精算が出来なかった。

仕方なくまた奥の手を使ったがそろそろそれも限界である。

流石に私も心細くなった。笑う門には福来るであるが苦笑いとなった。

来週には大口の入金がある予定なのでもう少しの辛抱である。


義父と同僚に声を掛けて定時で退社した。

カーブスは大いに気分転換となり楽しくてならない。

しかし足の痛みは変わらず思うように出来なかった。

どんな時もあって良しと思う。とにかく継続は力なのだ。


買い物を終えて4時半に帰宅。

今日はまた義妹の通院日で夫と義弟が付き添っていた。

経過は順調なようだがまた一週間後に行かなければならない。

ペースメーカーの手術日もまだ決まらないのだそうだ。

やはり慎重に経過を診る必要があるのだろう。

貧血が治まった義妹が元気なのが何よりである。


高知市に行くと帰りに須崎市内に寄って「たけざきの玉子焼き」を

義妹が買ってくれるのだが、夫はそれが嬉しくてならないようだ。

高知でも有名な玉子焼きで家族もみな大好きである。

如何にも自分が買ったかのように「お土産」とする夫も愉快であった。

義妹からはガソリン代も貰っており困った兄である。


夕食後また自室の窓から夕焼け空を仰いでいた。

今日は鰯雲だったので一段と綺麗で感動する。

「いまはもう秋誰もいない海」そんな昔の歌を思い出す。

空が海ならば風は波である。何だか詩が書けそうになった。


※以下今朝の詩


    足

  足が痛む
  棒のように固くなり
  踏ん張る事が出来ない

  走り続けた人生であった
  立ち止まれば哀しいことも
  振り払うように駆け抜けた

  大根のような足だったが
  その逞しさが支えてくれる
  転ばないように倒れないように
  どれほど助けてくれたことか

  しかし今はゴールが見えない
  いったい何処に向かっているのか

  転ばぬ先の杖であったが
  その杖を手放してしまった
  前途は明るく道を照らす
  幾らでも歩けるような気がした

  足が痛むどうしようもなく痛む

  駆け抜けた日々が遠ざかって行く



2026年10月01日(木) 優しさはほっこり温かい

今日も快晴であったが日中は真夏日となる。

全国的にも気温が高く群馬の桐生市では33℃を超えていたようだ。

10月になったがまだまだ暑さが続きそうである。

台風26号は銚子沖を北上しており熱低に変わるようだ。

千葉直撃がなく何とほっとしたことだろう。

しかし新たな台風27号は真っ直ぐに関東に向かっているようだ。

以前は九州や四国を襲うことが多かったがどうしたことだろう。

これも地球温暖化の影響かもしれない。

難を逃れたからと云って喜ぶのも不謹慎に思う。



今朝は朝の道の良心市に「新生姜」が並んでいた。

夫の好物なので迷わず買い求める。

三欠片ほど入って百円の安さであった。

夫は「生姜味噌」が好きでご飯の友になっている。

お昼のおかずがない時でもご飯に載せて食べているようだ。

青紫蘇を刻み込んだらいっそう美味しいのだが

もう花盛りになっており後は実になるばかりである。


工場の仕事はまずまず順調で今日は消防車の点検があった。

火事などない平和な村なので殆ど走っていないのだが

法定点検は欠かさず会社にとっては有難い仕事であった。

午後は先日トンネル内で故障した車の修理であったが

原因が分からず同僚が頭を悩ませていた。

見兼ねた義父がアドバイスをしていたが決して手を貸そうとしない。

例の如くで「やらせておけ」と見放すばかりであった。

同僚も46年目の熟練工であったがイマイチのようだ。

腕だけではなく頭を使わないといけないと義父はいつも云う。

馬鹿にしているように聞こえるがそれが義父の方針であった。


経理はすっからかん。預金残高は5百円しかなかった。

今日は自賠責保険の精算があり仕方なくまた奥の手を使う。

義父に話したら笑い飛ばされたので私も一緒に笑った。

いくらケセラセラでも歌うようには行かないものだ。


整形外科のリハビリがあり3時前に退社した。

病院に着くと大勢の患者さんで履くスリッパもない。

いつもは大先生と若先生の二人で診察しているが

今日は大先生が休診だったせいだろう。

待合室の椅子も満席で困っていたら席を譲ってくれた人がいた。

今朝から足の痛みが辛かったのでどれほど助かったことだろう。

ひとの親切が身に沁みる。優しさはほっこりと温かい。


U君に足の痛みを伝えると心配してくれて

いつもより軽い施術に留めてくれた。

朝の気温が一気に下がったせいかもしれないと云う。

これから寒い冬がやって来るので少し不安になった。


今日は診察はなかったが会計が混雑しており遅くなる。

サニーマートで大急ぎで買物をし4時半に帰宅。

ジャパネットに注文していた炊飯器が届いていてわくわくする。

明日の朝の美味しいご飯が楽しみでならない。


夕飯は簡単に「鉄板焼き」夫がホットプレートを出してくれた。

薄切りの「窪川牛」であったがけっこう美味しかった。

最後に目玉焼きを焼いて食べるのがまた良い。


食後に自室から夕焼け空を眺めていた。

いかにも秋らしい薄雲がほうずき色に染まってる。

飛行機雲も見えた。まるで雲を一直線に切るように貫いている。

飛行機は苦手で乗りたいとは思わないが

機内から見る夕焼け空はどんなにか感動することだろうか。


そんな夕暮れ時に煙草を三本も吸ってしまったことが悔やまれた。


※以下今朝の詩

 
     息ばかり

  息ばかり声ばかり
  命ばかりで生きている

  途切れないように
  繋ぎ合わせていると
  今にも切れてしまいそうな
  か細い糸が一本あった

  指先でなぞれば震えて
  痛い痛いと呟いている

  嘆いたからと云って
  何も変わりはしない

  どうすれば強くなるのか
  何度も息を吹きかける

  終らない夏がないように
  永遠の命など在りはしない

  真っ直ぐでなくてもいい
  どれほど捻じれていても
  貫こうとしているようだ

  そんな生き方を信じたい






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