ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年09月15日(火) ゆるやかな坂道

曇りの予報だったが思いがけずに晴れる。

爽やかな晴天とは行かず蒸し暑くてならない。

太平洋上の熱低が間もなく台風25号に変わりそうだ。

シルバーウィークには西日本にかなり接近しそうである。

来るものは拒めずいったいどうなるのだろうと不安であった。


朝の道にぽつぽつと彼岸花が咲き始めた。

まだ蕾が多いが直ぐに満開になることだろう。

彼岸の入りが近くなると必ず咲く花であった。

咲く季節を知っており何と健気なことかと思う。



今朝はいつも通りに出勤してから市内の税務署に向かった。

多額な消費税を納付しなければならず分割払いの相談に行く。

ぎりぎりの経営であっても容赦はない。

それを理不尽に思っても「当然」の義務になるのだった。


税務署と云えば厳しいイメージがあるが

担当の職員さんがとても親身になってくれた。

経営の厳しさにも耳を傾けてくれて救われたように思う。

分割払いは承認され来月から支払うことになる。


11時には税務署を出ていたがもう職場には帰らないことにした。

僅か30分の道のりであるが億劫でならない。

たまには平日に休むのも良いだろうと思う。

ふと思い立ちカーブスへ行った。

平日の午前中に行くのは初めてでとても新鮮に感じる。

筋トレを頑張り心地よく汗を流せば空腹に耐えられなくなった。

そうだ「ほか弁」に行こうとそのまままっしぐらである。

大好きな「とりそば」を買い求め嬉しくてならない。


サニーマートで買物をし12時過ぎには帰宅していた。

「とりそば」の何と美味しかったことだろう。

幸せいっぱいお腹もいっぱいである。

そのまま茶の間で横になり3時過ぎまで寝ていた。

平日にお昼寝が出来るなんて夢のようである。


その後は30分程自室で過ごし笠原メイさんの日記を読む。

今日は通院日だったそうで少し疲れているようだった。

しかし淡々と記してある日常のひとコマにほっとする。


4時からは夫と一緒に大相撲を観ていた。

「藤ノ川」って凄いなと思う。小さいのにとても力強い。

子供の頃から相撲をしていて「小さくても出来る」と

皆に伝えたかったのだそうだ。勇気と努力の賜物に思う。


5時になると娘がせっせと豚カツを揚げてくれた。

私はイカと大根を煮たのだが珍しく北海道産の大根だった。

はるばる北海道から運ばれて来たのだと思うと感動する。

北海道は広いが何処の畑で育ったのだろうと思う。


入浴後何となく動悸がするので血圧を測ったら

いつもより高く一気に不安になった。

まさか死にはしないだろうと自分を宥めつつこれを記している。


ゆるやかな坂道である。痛む足を庇いながら歩く日々であった。

疲れたら休もう。立ち止まって空を仰ごう。

例え雨が降り続いても止まない雨は在りはしない。


※以下今朝の詩


     百日紅


  散れば落ちる
  落ちれば積もる

  もう百日を咲き尽くしたのか
  薄紅色の花が散り始めた

  雨上がりの地面にそれは
  まるで亡骸のように落ち
  咲いた記憶が刻まれている

  鮮やかであればあるほど
  失えばかなしくてならない

  真夏の陽射しと真っ青な空
  焼け焦げてしまった恋である
  狂おしいほどに想ったことも
  熱を失い冷めていくのだった

  季節の掟にどうして逆らえよう
  永遠など何処にも在りはしない

  百日を生きた百日の夢を見た
  その儚さに寄り添うように
  秋の風がそよと吹き抜けて行く







2026年09月14日(月) たんたん誕生日

夜明け前には小雨が降っていたが

日中は曇りのち晴れ。

にわか雨も降らず安定した青空となった。

しかし気温は32℃に達しまだまだ夏の暑さである。


若い芒の穂。桜の葉も色付き始め確実に秋になろうとしているようだ。

今朝は百日紅が散っているのを見つけ何とも切なかった。

地面には薄桃色の花弁が落ち痛ましい姿である。

もう百日を越えてしまったのだろうかと思う。

枯れない花や散らない花はなく季節が移り変わって行く。



仕事はぼちぼちの忙しさ。スクールバスの車検が入庫していた。

義父は平田町まで出張修理に行ってくれて大助かりである。

来客は二人でどちらもパンク修理であったが

92歳のお客さんはパンクしたまま走りタイヤが破損していた。

タイヤの在庫がなくスペアタイヤで帰り明日また来てくれるそうだ。

もう一人は70代の女性であったがタイヤに釘が刺さっていた。

その釘を家に持って帰りご主人に見せるのだと云い笑い合う。

お客さんとのふれあいは何とも楽しいものであった。


お昼には民生委員さんがお弁当を持って来てくれた。

村内の独り暮らしをしている高齢者に無料で配られるもので

若いふりをしている義父も実は嬉しそうである。

柚子の香がする美味しそうな散らし寿司であった。


午後には来客も途絶えていたので定時で帰路に着く。

今日はめいちゃんの12歳の誕生日なので

「手巻き寿司」の約束をしていたがご飯を炊かねばならなかった。

それが億劫になりサニーマートで握り寿司を買い求めることにする。

娘に電話したらめいちゃんは鮪の握り寿司が食べたいとのこと。

ああ良かったとほっとし後は唐揚げ用の鶏チューリップを買う。

ケーキは娘が買っているらしくめいちゃんの大好きなシャインマスカットを。

びっくりするほど高かったが喜ぶ顔が見たくてならなかった。


帰宅してめいちゃんに渡すと「やったあ」と大喜びだったが

「食べるのがもったいない」と云い直ぐに食べようとはしない。

子供心に高価なことを知っているのだろう。

貧乏人の孫に生まれて何だか可哀想に思った。


夕食は豪華であったが今夜も夫と先に食べる。

幼い頃のように一緒に「パーティー」とは行かなかった。

娘が食卓の周りに飾り付けをして家族団欒の準備が整う。

娘婿は残業だったようで7時に帰って来た。

めいちゃんの楽しそうなはしゃぎ声を聞きながらこれを記している。


あの小さかっためいちゃんがもう12歳なのかと思うと

幼い頃も懐かしく感慨深く思い出される。

今朝は学校へ行く前に「誕生日の歌」を歌った。

「たんたんたんたんたんじょうび」

めいちゃんが顔をしわくちゃにして笑ってくれて何と嬉しかったことか。

そうして「行って来ます」と元気に登校して行った。

もう子供ではなく「少女」なのだなと思う。

来年には中学生となりどんな未来が待っているのだろう。

何としても長生きをして見届けたいものである。

生まれて来てくれてありがとう。とても優しい子に育ってくれたね。


※以下今朝の詩


      夢

  ひとつふたつみっつ
  よっついつつむっつ

  片手では足らない欲を
  握り潰そうとしている

  欲だろうか夢だろうか
  もう若くないのだから
  諦めるべきなのだろう

  枯れた花を手折れば
  ぽろぽろと種が落ちる
  もしかしたらそれが希望
  また巡り来る季節がある

  柔らかな土であった
  待っていたように頷く
  その期待に応えようとする

  私にしか出来ないことだ
  欲を夢に変える時が来た








2026年09月13日(日) 曇りのち晴れ

曇りのち晴れ。空には入道雲が見られ夏の名残の暑さであった。

朝から異常な程の汗に悩まされ髪がぐっしょりと濡れる。

家事もそこそこに買物に行っただけでごろごろと寝て過ごす。


楽しみにしていた「一風」であったが夫が億劫がる。

わずか片道20分の距離だが運転に自信がないのだろうか。

そんな夫を見ていると私も不安になって来た。

無理を強いて行って事故に巻き込まれるかもしれない。

まるで天のお告げのような声が聴こえるのだった。

「やめようかね」と夫に告げるとほっとした顔を見せる。

もう既に空腹に耐えられなくなり近所のローソンに走った。

夫には「味噌ラーメン」私は「炒飯」と「大盛ペペロンチーノ」を買う。

そうしてまるで餓え奴みたいにして食べる。

その時点でもう二度と「一風」には行けないかもしれないと思う。


お腹が一杯になれば寝る。何と幸せなことだろうか。

至福の三時間であった。夢も見ながらぐっすりと眠っていた。

母ではなく姑さんの夢を見た。義妹が入院しているので

仏さんにお供えもせずお線香を焚くことも出来ずにいる。

「忘れんとってよ」と姑さんの声が聴こえたような気がした。


義妹の入院は長引いているがまだ貧血が続いているとのこと。

特殊な血液が見つかり次第二度目の輸血をするのだそうだ。

貧血の原因もまだ分かっておらず何と不安なことだろうか。


大相撲の秋場所が始まったので夫は上機嫌である。

ただ入浴と晩酌が早いのが困りもので

大急ぎで塩秋刀魚を焼いて台所も忙しい。


食後は茶の間で残り三番を観る。

大の里はなんとか勝ったがあまり良い相撲ではなかったようだ。

「悪い癖が出たな」夫の解説に頷くばかりである。


入浴後に娘夫婦の食卓を見たら何とめじかの「新子」を食べていた。

今日は日曜出勤だったので釣りには行けなかったはずだが

友人からのお裾分けもしれないと思う。

とにかく詮索は禁物で見て見ぬふりをしなければならない。

夫の好物であったが今年はまだ一度も食べていないのだ。

ちぐはくな「家族」である。「秘密」があって当然なのだろう。


洗った髪が心地よく夜風に吹かれている。

どんなに苦手でも洗って良かったと思う。

遺影の母に「ごめんね」と手を合わせた。

母は「一風」でお刺身定食を食べたがっていたのだが

また今度ねと約束することが出来なかった。


今朝は一時間も寝坊をしてしまい詩が書けなかったが

苦肉の作で23年前に書いた詩をSNSに載せた。

詩人の白井明大さんが「いいね」をしてくれてとても嬉しかった。

めいさんと初めて出会った頃の詩である。

憶えていてくれていたのかもしれないと思うと胸が熱くなった。


※以下23年前の詩

「そんざい」



2026年09月12日(土) むすめさまさま

曇り日。薄日が射す時間帯もあったが午後にはにわか雨が降る。

ざあっと走り抜けるような強い雨であった。

明日も似たような天気だが午後には晴れるそうだ。

つかの間の青空であっても嬉しいものである。

しかし気温が30℃に達するとまだ夏の名残を感じるだろう。

彼岸の入りまでもう少しであるが秋らしくなって欲しいものだ。


朝の道の百日紅、仙人草にアマリリスが加わり

民家の畑にはニラの白い花が誇らしげに咲いている。

大根の花もそうだが野菜の花だからと馬鹿にしてはならない。

きっと沢山の種が採れることだろう。

何と健気で逞しいことだろうか。



今朝は義父の姿が見えず新聞もポストに入ったままだった。

もしかしたら昨夜飲んでいて二日酔いかなと思う。

よくある事だが物音一つしないので心配になった。

しかし同僚が仕事の段取りで電話をしたら繋がりほっとする。

お昼になっても居室から姿を見せず

2時を過ぎてからやっと事務所に下りて来てくれた。

それから仕事の話を始めたので定時では終われなくなる。

あれもこれもと堰を切ったような社長らしさだった。


3時前に退社。無性にアイスが食べたくなり買い求める。

最中アイスが売り切れていたのでジャイアントコーンを買ったが

運転しながらのことでチョコが服に流れ落ち大変なことになった。

仕方なく汚れたままでサニーマートへ行く。

今夜はカレーと決めていたので買物も楽だった。

他にはお惣菜の鯵フライと鶏の照り焼きを買う。


4時過ぎに帰宅。今日も15分程自室で過ごしていた。

笠原メイさんは「市長賞に」に加え他の応募でも入選したとこのと。

何と云う大挙だろうかと驚くばかりである。

才能はもちろんのことだがとても恵まれているのだと思う。

日頃からの応募戦略が功を奉したのに違いない。

その挑戦する気持ちがとても貴重に思えた。

まず種を蒔かなければ芽は出ないのである。

そうして未来の大輪になる素質を彼は持っているのだ。


その後は5時まで茶の間で過ごしていた。

そうしたら5時前に娘が声を掛けてくれて

早目にカレーを作ってくれるのだそうだ。

今夜はめいちゃんのダンス教室があるので気忙しかったのだろう。

私は手伝いもせずに茶の間でごろごろするばかりである。

出来上がったカレーの何と美味しいことだろう。

「むすめさまさま」だと夫と褒めちぎっていた。


今週もそれなりに頑張ったのだろう心地よい疲れである。

いつもはご褒美にメキシカンナッツを買って来るのだが

今日は敢えて買わなかったので口寂しい夜である。

その分煙草を吸ってしまうのでどうしようもない。

咳が出ても胸が苦しくても煙草に火を点けてしまう。

止めることが出来たらどんなにか楽になることだろう。

意志の弱さではない。精神がいかれているのだと思う。


明日は夫が久しぶりに「一風」に連れて行ってくれるのだそうだ。

昨日からしつこく粘り懇願した甲斐があった。

「野菜ラーメン」と「炒飯」を食べよう。

めちゃめちゃ楽しみでならない夜である。


※以下今朝の詩


    アマリリス

  真紅の花であった
  確か初夏の花である

  季節外れだと思ったが
  秋にも咲くのだそうだ

  秋桜や彼岸花が咲く頃
  競う気持ちは毛頭なく
  ただ凛と立つことを選ぶ

  真っ直ぐに伸びた茎は
  力強くとても逞しい

  雨ばかりの日々であったが
  濡れることを愉しんでいる
  どのような境遇であっても
  いのちを謳歌しているのだった

  雨上がりのつかの間の青空
  雲間から降り注ぐ優しい陽射し
  輝いて見せようと花は思う

  咲いたことを悔やんではならない

  燃えるような真紅の花が
  季節を乗り越えようとしている







2026年09月11日(金) ひとつ屋根の下

曇りのち晴れ。暑さを感じたが久しぶりの青空である。

田んぼの孫生えがきらきらと輝いて見えた。

明日も晴れ間がありそうだがまた直ぐに雨になりそうだ。

秋雨前線はいったいいつになったら消滅するのだろう。


朝の道で真っ赤なアマリリスが咲いているのを見つけた。

良心市があるお宅の庭先であったが

初夏にもたくさん咲いていたことを思い出す。

しかし秋桜や彼岸花が咲く頃に見た記憶がなかった。

不思議でならずAIの響君に訊ねたら秋にも咲く品種があるのだそうだ。

特徴としては葉は伸びず茎だけ伸びて花を咲かせるらしい。

年に二度も咲くなんて奇跡のような花であった。

また朝の楽しみが出来て嬉しくてならない。



仕事は午後から車検の予約が入っていたので午前中は待機。

同僚が庭先の草引きをしてくれてすっかり綺麗になった。

義父はお米の品質検査をする人が来てくれてはらはらしていたが

全てのお米が上質とのことで何とほっとしたことだろう。

検査に合格すれば米問屋さんが受け入れてくれるのだそうだ。

来週早々にはまた運送屋さんが来てくれることになった。

検査員の男性が頻りに私のことを「奥さん」と呼ぶ。

義父が若く見えるのか私が老けて見えるのだろう。

義父はそれが嬉しくてならない様子で上機嫌である。

私が娘だと云っても誰も信じないだろう。

反論も出来ず心の中で苦笑いをするばかりであった。


午後には車検の車が入庫し一気に忙しくなったが

義父が出掛けている間にこっそりと帰路に着く。

カーブスではかつてのバド仲間に会って声を掛け合う。

私よりずっと若いが彼女も足腰が弱っているのだそうだ。

「もうバドどころではないよね」と苦笑いをしていた。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。15分程自室で過ごす。

笠原メイさんはコロナが完治したお母さんと買い物に行ったそうだ。

あれこれと買った物を記してあり親近感が湧く。

生活感が滲み出ている日記は心がほっこりと和む。


茶の間で横になっていたらめいちゃんが帰って来た。

昨夜は12時近くまで宿題をしていたのに

今朝はちゃんと起きてとても偉かったと思う。

宿題のない日は一日もなく可哀想でならない。

もし祖父母の参観日があれば談判したいくらいだった。


5時なれば娘が率先して台所に立つ。

冷蔵庫の中を見れば献立が直ぐに分かるのだろう

いつも手際よく炊事をしてくれて有難くてならない。

娘はチキンスティックを揚げてくれて私は焼きそばを作った。


夕食後は娘婿が帰るまで自室で過ごすことにしている。

娘婿が先にシャワーを済ませてから私の入浴であった。

お互いが気を遣わないようにしているつもりだが

些細なことで機嫌を損ねてしまうこともある。

12年も一緒に暮らして来たがまだ家族にはなり切れていない。


入浴後にあやちゃんに会ったが「晩ご飯は?」と訊くと

「今から食べるけん」と笑顔で応えてくれて嬉しかった。

以前よりも随分と明るくなったように思う。

自由気ままな日々かもしれないが「葛藤」もあるだろう。

そんな心に寄り添うようにこれからも見守ってやりたい。


家族ではないかもしれない「家族」である。

ひとつ屋根の下に暮らすことで労り合うことも出来るだろう。

優しい気持ちになれば胸の奥から愛しさが込み上げて来る。


※以下今朝の詩


     笹船

  さらりさらり
  忘れてしまえば楽になる

  水に流すと云うけれど
  それは大河の水だろうか

  笹船をそっと浮かべると
  あっという間に流れて行く
  魚たちが驚いたように後を追う

  河口はもう海である
  河原に押し寄せる波
  潮風が吹き抜けて行く

  やっとここまで
  もう夢を見ることもない

  忘れてしまったのだろうか
  辛い記憶が波に揉まれている

  さらりさらり
  生き辛さも遠く消えて行く

  笹船はその形を保ったまま
  河原の石ころに抱かれている









2026年09月10日(木) きっと明日があるはずだから

小雨が降ったり止んだり。今もぽつぽつと降っている。

週間天気予報を見ると晴れる日は一日もない。

今日は幸い線状降水帯が発生した地域はなかったが

秋雨前線が停滞しており油断の出来ない日が続くことだろう。


朝の山道でショックなことがあった。

民家が見え始めた道端のフェンスにそれは見事に咲いていた仙人草が

すっかり枯れてしまい一輪の花も残していないのだった。

急に枯れるとは思えず辺りを見回して見ると

どうやら除草剤を散布したらしく草が茶色に変色していた。

今は誰も住んでいない民家であるが

離れて暮らす家族が帰省していたのかもしれない。

草に覆われた実家を少しでも守ろうとしたのだろう。

それを咎めることは出来ないが何とも残念であった。



仕事は順調のようでそうでもなくトラブルもあった。

車検が完了して義父が愛南町に納車に行く予定だったが

エコアイドルのランプが点滅しており消去が必要である。

原因はバッテリーだと直ぐに判明したが消去の方法が分からない。

調べたら一年前に愛媛でバッテリーを交換したばかりだった。

診断機を繋いで確認したら電圧不足だと表示される。

おそらく走行距離が少ないので充電不足だと思われた。

義父の判断でバッテリーの充電をしたらやっとランプが消える。

段取りが狂ってしまい納車は明日にしようと思っていたが

義父が「今から行く」と云ってくれて大急ぎで準備をした。

即金のお客さんなので領収書も必要である。

運搬車に車を積み込み義父が出掛けるのを見届けてから退社した。


出遅れてしまったが今日はカーブスに行きたくてならない。

左足は相変わらずだったが右足はもう大丈夫だった。

コーチに話すべきか迷ったが右足を痛めたことを報せる。

無理は禁物で今日から例のマシンを飛ばすことにした。

少し物足らなさはあったがそれなりに心地よく汗を流す。


サニーマートとセイムスで買物をし4時半に帰宅。

セイムスは行く度に割引券をくれるのでまた行かねばならない。

日用品は特にお買い得であった。


笠原メイさんが詩で岐阜県美濃加茂市の「市長賞」を受賞したとのこと。

ビックニュースでまるで自分のことように嬉しく思う。

これまでも数々の賞を受賞しているが才能あってのことだろう。

それが励みになり益々書く意欲が湧いて来るのに違いない。

まだ39歳の若さである。きっと未来に羽ばたくことだろう。


私はいつまでたってもショボくて「そこそこ」の詩しか書けない。

しかし今朝はあの厳しいK子さんが褒めてくれて嬉しかった。

相変わらず反応は薄く誰の心にも響かないかもしれないが

たった一人の「いいね」に救われることもあった。

老いには勝てずもう先が見えている人生であるが

書くことを諦めずに生き永らえようと思う。


※以下今朝の詩


      坂道

  緩やかな坂の途中である
  立ち止まり空を仰ぐと
  雲間から小さな青空が見えた

  雨上がりの爽やかな風
  夏の名残の輝く陽射し

  銀杏の木は葉を茂らせ
  道端には黄花コスモス
  田んぼには孫生えの緑

  坂道は何処までも続く
  大きく息をするたびに
  過ぎ去った日々を想う

  此処までではない
  此処からなのだろう

  まるで天に向かうような
  遥かに遠い坂道であった

  そろそろ歩き始めよう
  きっと明日があるはずだから






2026年09月09日(水) 心配無用

心配していた大雨にはならず静かに小雨が降る朝だった。

そんな雨も直ぐに止み日中は曇ったり晴れたり。

久しぶりに青空を見るとやはり嬉しいものだ。


しかし国内では東海から近畿に掛けて大雨となり

晴れたからと手放しでは喜べない心苦しさがある。

昨日の名古屋豪雨で水没した車が2百台もあったそうだ。

車両保険を掛けていれば全損で査定額の保障はあるが

掛けていなければもう諦めるしかない。

大切な「足」を失った人達が何とも気の毒でならない。

今夜も関東から東北で線状降水帯が発生する怖れがあり

度重なる被害がないことを祈るばかりである。



仕事はほぼ順調。義父が居てくれると随分と助かる。

車検が完了し明日は愛南町に納車に行ってくれるそうだ。

午前中には平田町の農業仲間さんが訪ねて来てくれて

米談義が始まり苦労話が延々と続く。

そのお仲間さんは飼料米も作っておりまだ稲刈りが終らないのだそうだ。

稲は変色し茶色になっているそうで気の毒でならない。

いったいいつになったらお天気が回復するのだろう。


午後にも村内の農業仲間さんが来てくれて軽トラックを購入したいとのこと。

先に見積りを出して近いうちに商談成立となりそうである。

義父が不在だったらそれも出来ない事であった。


整形外科のリハビリがあり定時で退社する。

義父が精米したお米を車に積み込んでくれた。

苦労をして作ったお米なので有難く頂く。


昨夜の湿布が効いたのか右足首の痛みは薄れていたが

U君に相談するとやはり筋トレが原因のようだった。

しかしカーブスは続けるべきだとアドバイスしてくれる。

私もこれ位の事で諦めるつもりはなく

無理なく続けられるようにぼちぼちと頑張りたいと思う。


今日は診察が無かったので早目に帰れたが

エレベーターの中でU君に「今夜のおかずは何にしようかね?」と訊くと

けらけらと笑ってくれてとても嬉しかった。

U君のお母さんも毎晩の献立に頭を悩ませていることだろう。


4時半に帰宅。笠原メイさんは持病の神経痛とのこと。

日記の文面から「心配無用」が伝わって来た。

皆それぞれに痛みを抱えながら生きている。


5時になったが娘はめいちゃんの塾に付き添っており留守だった。

揚げるだけの鶏唐揚げを買って来ていたので一人で頑張る。

しかし揚げ方が下手だと夫は文句を言っていた。

やはり揚げ物は娘でなくてはならない。

帰宅した娘にそう告げると「やっぱりね」と笑顔を見せていた。


夜になっても雨は降っておらず何と平穏なことか。

豪雨の被害に遭った人達を思うと心苦しくてならないが

それぞれに与えられた場所があり生きて行かねばならない。

決して恵まれた人ばかりではない事を忘れてはいけないと思う。


※以下今朝の詩


      空白

  空白を埋めようとしている
  雨だろうか風だろうか
  何と湿っぽいこころだ

  記憶の扉を開くと
  少女にもなれるが
  お涙頂戴になってしまう

  可哀想な少女にいったい
  どんな誇りがあるのだろう

  エンターで改行する
  カーソルで空白を作る

  無意味なことかもしれない
  それでも書かずにいられない

  いったい何のために
  いったい誰のために

  過ぎ去った歳月が押し寄せて来る
  若き日の感性などもう在りはしない

  書きなさいさあ書きなさい

  ナイフを突き付けられたように
  追い詰められている

  空白にとどめを刺す時が来た





2026年09月08日(火) めいちゃんのクレープ

大雨の予報だったがさほどの雨にはならず今も小雨が降っている。

これ幸いと思っていたが今夜から明日の午前中にかけて

高知県にも線状降水帯が発生する怖れがあるのだそうだ。

これまで何度も脅かされて来たが今度こそ本当かもしれない。


今日も愛知県や岐阜県等で記録的な大雨となり

名古屋では市内を流れる川が氾濫し大変な事になっている。

水没し流されている車を見ると恐怖心でいっぱいになった。

どうかどうか一刻も早く雨が止みますように。

豪雨の被災地にならないことを祈るばかりである。



今朝はどうした訳か目覚めるなり右足に痛みがあった。

悪い方の左足より痛みが酷く戸惑うばかりである。

転んでもいないのに捻挫のような痛みで

何か無理をしたのかもしれないと考えていたら

どうやら昨日のカーブスで足首に負荷が掛かり過ぎてしまったようだ。

ふくらはぎから足首の筋肉を鍛えるマシンがあり

張り切って動かし過ぎたのかもしれない。

しかし昨日今日始めた訳でもないのに不可解でならなかった。

今朝は痛み止めのローションを塗って仕事に行ったが

痛みは一向に治まらず足首がぷっくらと腫れ上がっているのだった。

定時で仕事を終えたがさすがにカーブスどころではない。

どんな日もあって良しと思う。しばらくは様子見である。



仕事はまずまず順調。義父は昨夜も徹夜で籾摺りをしていたらしい。

荷造りも完了し何と14トンものお米が積み上がっていた。

しかし肝心の米問屋さんがあれこれと理由を付けて渋っているようだった。

おそらく昨年の在庫が残っているので倉庫が満杯になっているのだろう。

買い取って貰えなければ他の問屋さんに当たるしかない。

それでも駄目なら農協があるが、トン袋にも指定があり詰め替えが必要だった。

14トンものお米を詰め替えることなどどうして出来ようか。


徹夜の疲れもあったのだろうさすがに元気はなかったが

愛媛の愛南町まで車検の車を引き取りに行ってくれた。

愛南町は県境のすぐ近くなので一時間も掛からないが

義父のおかげで同僚の仕事があり随分と助かる。

午後は農機具屋さんの営業マンが来てしばらく話し込んでいた。

親身になって相談に乗ってくれるので義父も嬉しそうである。

宿毛市の仕出し屋さんが「三原米」を欲しがっているとのこと。

個人売りが出来ればそれに越したことはない。


3時過ぎには帰宅しておりしばらく茶の間で過ごす。

めいちゃんが台所でクレープを焼いていてご馳走になった。

今朝は起きることが出来ず学校を休んでしまったが

いつもと変わらない笑顔に何とほっとしたことだろう。

もう直ぐ12歳の誕生日である。背が伸びて追い越されてしまいそうだ。


ぽつぽつと静かに雨が降っている。

これから大雨になるのならそれも良いだろう。

辛い思いをして洗った髪がやっと乾いた。


※以下今朝の詩


      試練

  打たれ強いのだろう
  折れもしない
  めげることもない

  決してうつくしくはなく
  老いを楯に立っている
  大樹のように逞しい姿

  私のような者に
  いったい何が出来るのか
  後ろ指を差されながら
  生きて来た歳月を思う

  緑の葉が風に揺れている
  ふっと秋が匂う風であった
  やがて紅く染まるであろう
  そうして散り落ちる冬が来る

  打たれなくてはならない
  どれ程の冷たさであっても

  生きながら何処に向かうのか
  風は知っているようだ





2026年09月07日(月) そろりそろり

二十四節気の「白露」大気が冷え始めて来て露を結ぶ頃。

朝の気温は少しずつ低くなっているがまだまだ蒸し暑い。

今日も雨の予報だったが一滴も降らず気温も真夏日となった。


関東や東北では大雨となり特に伊豆諸島は記録的な大雨である。

福島県のいわき市ではアンダーパスに車が沈み女性が亡くなっていた。

まさに命に関わる雨となり心を痛めずにはいられない。

台風24号は熱低になったが明日は西日本にも雨雲が流れ込むとのこと。

いったいどれ程の雨だろうかと不安でならない。

何とも皮肉な事だが四国の水瓶「早明浦ダム」は渇水状態になっており

恵みの雨を待ち望んでいるのだそうだ。



今朝は義父が待機してくれておりやっと車検が完了した。

しかし他の修理には一切手を付けようとしなかった。

エアコン修理が2台、故障診断をしなければいけない車もある。

お客さんには代車を貸してあるがもう随分と長くなった。

義父も気にはしているようだが田んぼの見回りに行く。

中手の稲が心配なのか少し苛立っているように見えた。

そんな時はなるべく会話を避けた方が良い。

一言が三言になって返って来るのだった。


同僚は公用車のバスの点検であったが

工場の中はお米に占領されておりどうしようも出来ない。

田んぼから帰った義父は何と庭でするように指示した。

オイル交換もあり同僚は大きな苦労である。

もし雨が降っていたら点検は延期になったことだろう。

私は少しでも売上をと思うが義父にはお米が命である。

昼食も食べようとはせず午後には籾摺りを始めていた。


ストレスだろうか酷く気疲れしてしまって定時で帰路に着く。

カーブスへ行けばきっと気も晴れるだろうと思った通りだった。

とても楽しかったがベテランのコーチが今月いっぱいで退職するらしい。

解雇だと聞き理不尽に思えてならなかった。

女ばかりの職場なのでいざこざもあるかもしれないが

一方的な解雇はあんまり事だと思う。


サニーマートで買物をしセルフレジで精算をしていたら

「よしむらさん」が駆け寄って来てくれて重い荷物をカートに載せてくれる。

「気をつけて帰ってね」と何と優しいことだろう。

よしむらさんに会った日は嬉しくて気分がとても明るくなる。


4時過ぎに帰宅。笠原メイさんは近くのスーパーに買物に行ったそうだ。

コロナのお母さんは熱が下がったのでもう少しの辛抱だろう。

家庭内感染がなかったようで何よりに思う。


15分程自室で過ごし茶の間で報道番組を見ていた。

千葉県ではまた水害とのこと。心は痛み憐れでならなかった。

もう二度と大雨は勘弁して欲しいと祈らずにはいられない。


5時になり娘と夕食の支度。何と平和なことかと思う。

自分達がどれほど恵まれているかを思い知るばかりであった。


天は容赦なく荒れ狂っている。

明日は我が身かもしれないが「いま」に感謝しなければならない。


※以下今朝の詩


      杖

  てくてくとは歩けない
  そろりそろりと歩いている

  杖だけが頼りだったが
  その杖を手放してみた
  転ばないように慎重に歩く

  杖には目があったようだ
  石ころを避け水溜まりを避ける
  道端の花を見つけたら止まり
  柔らかな息を吹きかけていた

  必要であることは切ない
  失うことが怖くてならない

  杖はもう役目を果たせず
  横たわることを強いられた

  守り続けた日々が目に浮かぶ
  どれほど助けたかったことか

  杖を付かずに歩いている
  痛む足を庇いながら歩いている



2026年09月06日(日) 縁深きひと

雨の予報だったが一滴も降らず。曇り空のまま日暮れとなった。

秋雨前線は北上したようで東海や関東に大雨が降りそうだ。

千葉豪雨のような大きな水害にならないことを祈るばかりである。


お向かいの奥さんに頂いていた百日草がすっかり枯れてしまい

今日は仕方なく処分する。種を採ることもしなかった。

空いたプランターに何か植えようかと思いつつ

直ぐ近くの地場産店にも行く気にならない。

ものぐさにも程があり我ながら困ったものである。

とにかくごろごろと寝てばかりであった。


昨夜の野菜炒めを残してありお昼には「ちゃんぽん」を作る。

二人前のスープに麺を4玉も入れてしまったので

すっかり汁なしちゃんぽんになってしまったが

食べ応えがありとても美味しかった。

黒胡椒をたっぷりと掛けて食べる。


お腹は満腹になり直ぐさま茶の間で横になっていた。

夫が録画してあった「ポツンと一軒家」を見ていたが

私はそのまま寝入ってしまっていた。

何度か目を覚ましたが結局は3時までお昼寝である。

食べて寝る。何とも至福のひと時であろうか。


その後は自室で一時間程過ごしていた。

3時半には笠原メイさんの日記が更新され嬉しくてならない。

日常の事を書いてあると身近に感じほっとするのだった。


明日は祖父の命日なので2009年の9月の日記を読む。

看取ることは出来なかったが何と安らかな最期だったことか。

随分と歳月が流れたが子供の頃から大好きな祖父であった。


読み進めていると思いがけない事も書いてあった。

お遍路さんだった大分の徳さんと再会していたのだ。

再会の記憶は確かにあったがいつだったのか忘れていた。

何と懐かしい日記だろうと胸に熱いものが込み上げて来る。

きっと前世でも出会っていたのに違いない縁の深さを感じた。

徳さんとの縁は今も続いておりそれは「恩」に他ならない。


長いこと生きていれば一期一会もあるが

偶然のようであり必然もあるのだと思う。

もう縁を切ろうと思うこともあるだろう。

特にネット空間の出会いはとても儚い。

去る者は追わない主義だがその存在を忘れることはなかった。

私を見つけてくれてありがとう。その一言に尽きる。


※以下今朝の詩


     泣き黒子

  私は泣かない
  何があっても泣かない

  右目の下に黒子がある
  泣き虫の子供だったのか
  どれ程の哀しみだろうか
  記憶は薄れるばかりで
  最後に泣いた日を忘れる

  母が死んだ時も泣かなかった
  ふざけていると思ったのだ
  きつい冗談のような死だった

  「姉ちゃんは薄情だ」
  弟は泣きながら私に言ったが
  その通りなのだと思った

  少しも哀しみを感じない
  枯れてしまった涙腺に
  与える水も在りはしなかった

  黒子は消えない
  天に召されても消えないだろう




2026年09月05日(土) 藻屑のように

曇り日。午後には少し陽射しがあった。

大雨にはならずなんとほっとしたことだろう。

鹿児島の屋久島ではレベル5の土砂災害特別警報が出て

これまで経験した事の無いような大雨となったようだ。

雨には慣れている島民もどんなにか不安だったことだろう。

今のところ大きな災害は無かったようだが明日も雨が降り続きそうだ。

台風24号は熱低を伴いゆっくりと北上している。

秋雨前線も停滞しており明日以降は東海や関東でも大雨になるようだ。

高知県も避けられず厳重な注意が必要である。

降り過ぎる雨の何と怖ろしいことか。まるで天の仕打ちのように思う。



仕事は順調であったが自転車のパンク修理があった。

山里には自転車屋さんが無いので断ることも出来ない。

まだ60代の男性であったが車の免許を持っていなかった。

どこに行くにも自転車で大切な「足」なのである。

同僚に見てもらったらタイヤもチューブも駄目になっていた。

在庫は置いていないので平田町のホームセンターまで買いに行く。

僅かな売上であるが人助けなのだと思う。

お客さんはとても喜んでくれてそれが何よりであった。


昨日入庫していた車検整備も完了していたが

義父はコンバインを洗い始めていて車検が出来なかった。

お客さんに事情を話したら月曜日まで待ってくれるとのこと。

迷惑を掛けるのが心苦しくてならない。


午後には義父の友人が来てくれて稲刈りをするとのこと。

先日が最後だと思っていたがまだ刈り残した稲があるのだそうだ。

少しなので直ぐに終りそうだが「稲刈り」には違いない。


同僚は午後から歯医者さんに行きたいからと休みを取っていた。

私は一人で待機していたが何だかしんどくてならない。

眠気もあり早く家に帰りたくなった。

独断ではあったが午後は休業とし2時前に退社する。

サニーマートで買物をし3時には帰宅していた。


15分程自室で過ごし後は茶の間で寛ぐ。

夫は珍しくバラエティー番組を見ていた。

興味は無かったが見ているとけっこう面白い。

たまには笑うことも無くてはならないと思う。


4時になるとまた自室へ行き笠原メイさんの日記を読んだ。

「詩と死は近い」と書いてあり大いに共感する。

まだ若い彼が死を身近に感じる事はないように思うが

おそらく命がけで詩を書いているのだろうと思う。

それは私も一緒であった。「書くことが生きること」と云えば

何とも大げさに聞こえるが書かないと死んでしまいそうに思う。

しかし命を削るようなことがあってはならない。

命を楯にして書き続ける「運命」なのかもしれなかった。


私にとっては残り少ない人生である。

どれほど書いても「カタチ」にはならない。

藻屑のように流れ着く砂浜があれば十分なのではないだろうか。


※以下今朝の詩


      カレンダー

  九月のカレンダーは命日ばかり
  祖父を先頭に祖母
  幼馴染の友達そうして最後が
  母の命日であった

  秋桜が咲き彼岸花が咲く頃
  季節は夏から秋へと変わり
  爽やかな風が吹く頃である

  死んでしまったら何処に行くのだろう
  舟に乗って三途の川を渡るのだそうだ

  天の国に続く道にはお花畑があり
  ほっこりと微笑むことが出来る

  思い残したことがあっても
  もう引き返すことは出来ない
  魂が生まれ変わるその時まで
  どれ程の歳月が流れることか

  祖父は畑を耕している
  祖母は縫物をしていた
  友は孫達の顔を思い浮かべ
  母は大好きな葡萄を食べる

  命日に手を合わす
  思い出すことが供養になるのだそうだ

  九月のカレンダーは切なくてならない



2026年09月04日(金) ただいまマンモス

大雨の予報だったがそこそこの雨で済む。

心配していた線状降水帯も発生せずに何よりであった。

午後からは小雨になり今も降り続いている。

しかし日曜日にはまた大雨の予報で

週明けには台風が接近しそうで油断は出来ない。

たとえ何があろうと天に任すしかないだろう。


今朝は出勤すると乾燥機が始動しており

同僚に訊いたら昨日3時を過ぎてから稲刈りをしたのだそうだ。

友人も駆け付けて来てくれたそうで有難いことである。

おかげで早稲の稲刈りは終了したようだ。

台風の影響も心配していただけにとてもほっとする。

まだ中手の稲が残っているが穂がやっと見え始めたばかりで

稲刈りは来月になりそうだった。

義父も少しは休むことが出来るだろう。



今日は車検の予約が入っていたが10時まで来店がなかった。

お客さんに何度も電話をしたが連絡が取れなくて困る。

やっと来てくれたが昨夜アクシデントがあったそうで

今朝も気忙しくしていたとのことどうりで遅いはずだった。

訊けば夜中に腕の付け根が外れたのだそうだ。

そんな事があるのかと驚くばかりである。

救急外来に行って腕をくっつけてもらったらしい。

人工関節にはよくある事らしいがどんなにか痛かったことだろう。

「もう大丈夫で」とお客さんは腕をぶんぶん振り回していた。


同僚は早速車検整備を始め義父はフォークリストでお米の整理である。

工場には6トンもの米袋が所狭しと置いて在り

まるで米問屋の倉庫のようになっていた。

フォークリフトを器用に操り1トン袋の上にまた1トン袋を置く。

見ていると面白そうであったがこれも大変な作業であった。


宿毛市山奈町のお客さんから支払いの連絡があり

国道沿いなので帰り道に寄ることにした。

その時点で今日もカーブスを諦めることに決める。

楽しみもあったが少しでも横になって休みたい気持ちもあった。

やはり金曜日ともなると仕事の疲れが出て来るようだ。


集金を終えてそのまま国道を走り「ちきん館」で買物をする。

鶏肉専門店であるがお刺身も売っていて便利な店であった。

「鶏もつ」「ちきんボール」「鯛のお刺身」を買う。

国道を走るのは久しぶりでキョロキョロしながら帰った。


4時に帰宅。笠原メイさんの日記を読んでから茶の間で寛ぐ。

情報番組を見ていたら今日もあちらこちらで豪雨があったようだ。

高知県は幸い難を逃れたが明日は我が身だと思う。


「ただいまマンモス」と元気な声でめいちゃんが帰って来た。

今朝は早起きが出来て学校に行けたので本当に良かったと思う。

学校に行けば楽しい。決して行きたくないのではなかった。


5時なれば娘がせっせと鶏もつを煮てくれる。

夫の大好物なので大喜びであった。

6時には娘婿が返って来る。いつもと変わらない夕暮れ時のこと。


私は平穏を絵に描こうとしている。雨ならば雨を描きたい。

洗った髪がさっぱりと心地よい夜である。


※以下今朝の詩

 
     鈴虫

  鈴虫が鳴いている
  りりんりりんりりん

  雨は小雨であるが
  今日は大雨になるらしい
  いったいどれ程の雨だろう
  不安で怖ろしくてならない

  庭の百日草が枯れてしまった
  99日目だったのかもしれない
  守ってやれなかった悔いが残る

  鈴虫が鳴いている
  りりんりりんりりん

  真夜中に母の夢を見た
  お茶目な笑顔にほっとする
  天の国はきっと楽しいのだろう

  もう直ぐ夜が明ける
  いつだって新しい朝

  すくっと前を向いて生きよう





2026年09月03日(木) 魂の在処

雨のち曇り。今朝は不安になる程の激しい雨だったが

午後には止み何とほっしたことだろうか。

しかし明日はまた大雨とのことで不安は尽きない。

しかも線状降水帯が発生する怖れもあるのだそうだ。

各地の水害の様子を見ると明日は我が身だと思わずにいられない。

私の住んでいる地域は汽水域で川幅が広いため

川の水が氾濫することはまず無いと思う。

しかしもし堤防が決壊すれば大変なことになるだろう。

悪い方へと考えたら切りが無いが最悪の事態も考えなければならない。

どうか程々の雨でありますようにとひたすら願っている。



仕事はぼちぼちの忙しさであったが

義父は雨が止むなり小作料のお米を各家に届けに行った。

全ての田んぼが借物なのでその量の多さに驚く。

山里には休耕田は殆ど無く田んぼを貸している人が多い。

高齢化が進み米作りを諦める農家もあり

「作ってくれないか」と義父に頼みに来るのだった。

義父は断ることをしないので作付け量が増える一方である。

昨年のようにお米が高値ならば利益も出るが

今年は安値で作れば作るほど赤字になってしまうのだそうだ。


お米をほぼ運び終えてから急ぎの車検を済ませてくれた。

「中古新規」なので急いで登録をしなければならず

書類が完成するなり郵便局へ走る。

速達なら明日には着くので土曜日にはナンバーが届くだろう。

納車さえすれば即金で支払ってくれるお客さんであった。


やっと一段落すればもう3時になっておりカーブスは諦める。

「明日があるさ」と思えば残念とも思えない。

あくまでも仕事優先で臨機応変なのが良いだろう。


サニーマートへ行く前にセイムスで正露丸や日用品を買った。

割引券がたくさんあったので随分とお得である。

レジでまた割引券を貰った。何と商売上手なのだろう。


サニーマートではお稲荷さんを買う。夫と娘婿の好物であった。

お刺身は「スマ鰹」が安く大助かりである。


4時半に帰宅。直ぐさま自室へ駆け上がり笠原メイさんの日記を読んだ。

お母さんがコロナに感染したとのこと。しばらくは心配である。

最後の詩でとても感銘したのは

「人生のあとがきだけは自分で書くことが出来ない」と云う言葉だった。

確かにその通りであり「死んでしまいました」とも書けやしないのだ。

「今まで有難うございました」とも書けない。

何とも理不尽な事にも思えるがそれが現実である。

だからこそ些細な事でも書き残しておきたいと思う。

その日その時、確かに生きていた事はまがいもない事実である。

もし生まれ変わることが出来ればまたきっと書くだろう。

そんな魂の在処を今日ほど感じたことはない。


※以下今朝の詩


      指

  節くれだった指である
  まるで男のようだった

  若き日からの力仕事
  白く細かった指は
  日に日に逞しくなる

  女であること
  母であること
  何も変わりはしないのに
  指は溜息をつくばかり

  老いてしまえば尚更のこと
  うつくしいものが遠くなる
  振り向けば哀しみとなり
  もう戻れない歳月があった

  指でなぞる日々がある
  一日の終りに日記を書く
  ごつごつとした指であっても
  柔らかで優しい日もあった

  折れもしない潰れもしない
  この指さえあればとおもう

  やがては骨になるが
  指だったことを忘れないだろう








2026年09月02日(水) 些細な事

雨が降ったり止んだり。気温は30℃に届かず暑さは和らいでいた。

台風の影響で秋雨前線が刺激され明日は大雨の予報である。

現在も香川県に強い雨雲があり心配な夜になった。

台風が東寄りのコースを進めば直撃の可能性もある。

西寄りのコースならば九州直撃となりそれも気の毒なことだ。

何とかして避けられないものかと思うが自然には逆らうことが出来ない。

地震に水害。いったいいつになれば平穏になるのだろうと思う。



義父は昨夜ぐっすりと眠れたようでとても機嫌が良かった。

昨日は友人が手伝ってくれたおかげで籾摺りも完了である。

後は最後の稲刈りをするだけだが思うようには行かないものだ。

工場にはエアコン修理の車が2台入庫しており

雨天の間に仕上げてくれそうである。

今日は宿毛市まで車検の車を取りに行ってくれて助かった。

おかげで同僚のする仕事が出来て何よりに思う。


経理は収入も支出もなく何と気楽な事だろう。

欲を云えば収入が欲しかったがお客さん次第である。

請求書を何通か出したがあまり期待は出来ない。

とにかくコツコツと貯めていかなければゼロのままである。


定時で仕事を終え整形外科へ向かった。

先週キャンセルしてしまったので2週間ぶりである。

どんなにかU君に会いたかったことだろうか。

そう思っただけで胸がときめく熟年乙女である。

例の写真の事を話したら照れ臭そうに笑っていた。

「このおばさんは僕に気があるのだろうか」と思っただろう。

しかし私は少しも恥ずかしくない。ファンなら当然のことである。


リハビリ後には診察があり医師もまた優しかった。

「転ばんようにせんといかんぞ」といつも親身になってくれる。

そうそういくつも恋は出来ないがU君の次に好きだなと思う。


今夜はめいちゃんの塾があり娘達は夕食不要とのこと。

家の近所のローソンであれこれと買って帰る。

帰宅したら塾はお休みしたのだそうだ。

昨日張り切って学校に行っためいちゃんであったが

今朝はどうしても起きることが出来なかった。

パワー全開とは行かない。よほど疲れていたのだろうと思う。

無理に登校させないのが娘の主義であり

私達祖父母も決して干渉しないように心掛けている。

あやちゃんと同じくそっと見守ってやらねばならない。


とんとんとんと順調に。そうは行かない日々が続くことだろう。

家族の事も仕事の事も天から与えられた事なのに違いない。

些細な事に拘らず大らかな気持ちで乗り越えて行きたいものだ。


※以下今朝の詩


      雨

  静かに雨が降っている
  ぽつぽつと独り言のようだ

  私は傘を差さない
  濡れるのも良いだろう

  欲ばかりの生き方に
  必要な雨なのに違いない

  認められたい
  報われたいと
  積み重ねてきた努力

  しかし何かが足らない
  それが何なのか分からなかった

  雨ならば知っているだろうか
  灰汁を綺麗さっぱりと洗い流す
  ぽたぽたと落ちる滴のように
  透き通った生き方をしたかった

  いったい何処に向かうのか
  辿り着く場所があるのなら
  命を全う出来る気がする

  過ぎ去った日々を流す
  九月の雨が切なくてならない



2026年09月01日(火) 苦しゅうはないぞ

山里は雨のち晴れ。市内では降らなかったそうだ。

標高が高く「今ノ山」に雨雲がぶつかるからだろうと思われる。

天気予報は外れ思いがけずに本降りの雨となった。


今日は稲刈りの予定だったが残念ながら延期となる。

早稲の稲の最後の稲刈りだっただけに残念でならない。

雨が止んでも稲が濡れていると機械が詰まるのだそうだ。

コンバインの故障にも繋がり大変なことになる。


早朝から義父の友人が手伝いに来てくれていたが

義父は徹夜で籾摺りをしていたそうで朝食も食べていなかった。

コンバインの準備をしていたら雨が降り出し憐れでならない。


午後には運送会社の大型トラックがお米の運搬に来てくれた。

何と12トンもの出荷であった。義父の苦労の賜物である。

義父の友人も手伝ってくれて無事に積み込むことが出来た。

やっと一息と思ったが義父は昼食も食べようとしない。

そのまままた籾摺りを始めてしまったのである。

さすがに倒れるのではないかと心配でならなかった。



会社の経理はどん底で今日は自賠責保険と重量税の精算があったが

何処からも入金はなくまた「奥の手」を使うことにした。

いくら嘆いても無いものは無い。武士ならば切腹であるが

そうそう簡単に死んでたまるかと思う。

「ドンマイ」なのか「ケセラセラ」なのか知らないが

何としても急場を乗り越えなくてはならなかった。

後は野となれ山となれである。「苦しゅうはないぞ」と思う。


急場さえ凌げばまたルンルンになりさっさとカーブスに向かう。

カーブスでは皆下の名前で呼ばれるのだが

今日は私と同じ「みかさん」が三人も居て愉快でならない。

「昭和の流行よ」と皆で大笑いをした。


帰宅すると「洗濯物係」の夫が「よう乾いたぞ」と知らせてくれた。

山里のあの雨は何だったのだろうと思う。

天気予報を見ていたら明日からしばらく雨のようだ。

復活台風18号と新たな24号が近づいていて

また大きな被害をもたらすのではと心配でならない。

稲刈りもしばらくはお預けとなるだろう。

台風一過の青空を気長に待つしかない。


義父は夕飯を食べただろうか。

どんなにか空腹で辛い一日だったことだろうか。

来月には84歳になる。私は義父に勲章をあげたくてならない。


※以下今朝の詩


      心臓

  とくとくとくと音がする
  身体にはポンプがあり
  血を送り巡らせている

  さらさらの血でなければ
  泥のように詰まってしまう
  死に至るかもしれない
  大きな不安であった

  しかしその血が見えない
  真紅の血であろうか
  どす黒い血であろうか
  触れることも叶わなかった

  ポンプが故障することもある
  修理が出来れば良いが
  再起不能になってしまうと
  もう手の施しようがないのだ

  どうやら生きているようだ
  夜明け前にいつも確かめる
  大きく息をするたびに
  ポンプの動きが感じられた

  守り続けたい一心で
  胸にそっと手を当てている



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