ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年11月03日(火) 落ちて沈む

雲一つない晴天。抜けるような青空であった。

窓を開け広げて深呼吸をすると生き変わったような気がする。

知らず知らずの内に心が淀んでいたのかもしれない。


洗濯物を干しに外に出ると娘が植えてくれたラベンダーが咲いていた。

好きな花なのでほっこりと嬉しくてならない。

花のある暮らしは心の安定剤のようだ。


絶好の行楽日和であったが何処にも出掛けず

山里では「どぶろく祭り」が行われていたが

以前に行ったのはもう11年も昔のことである。

まだめいちゃんが赤ちゃんの時だった。

民放テレビ局のインタビューを受け良き思い出となる。

山里の一大イベントであり身近にも感じるが

すっかり出不精になってしまった。


9時の開店に合わせてサニーマートへ。

キャベツの買い置きがあったので昼食はお好み焼きにする。

例の如くで巨大なお好み焼きを夫と半分こして食べた。

「文化の日だな」と夫は昼間からビールを飲む。


午後はお決まりのお昼寝となり2時まで寝ていた。

その後は自室で過ごしていたが室温が25℃もあり暑くてならない。

退屈しのぎに20年前の11月の日記を読む。

そこには49歳の私が居たが気恥ずかしさが込み上げて来た。

日記の文面は詩的で自画自賛であったが若気の至りかもしれない。

うっとりと自分の文章に酔いしれているのが見て取れた。

もう二度と書けやしないだろう。やがて化石のようになるに違いない。


暑さに参ってしまいまた茶の間に戻り刑事ドラマを見ていたが

退屈でならずいつの間にかまた眠っていたようだ。

4時になっており自室で笠原メイさんの日記を読んだが

SNSの通知を見ないだけではなくタイムラインも見ないのだそうだ。

私の詩も目に触れることもなく存在さえも知らないのだと思う。

残念ではあるが彼ほどの天才なら当然のことなのだろう。

ある意味自分だけを見ている。だからこそ素晴らしい詩が書けるのだ。


5時になり娘が率先して夕食の支度が始まる。

しかしメニューがマンネリ化しており孫達の好みに合わない。

娘は冷凍してあったジョイフルのハンバーグを焼いていた。

以前はそれがショックであったが今はもう当たり前に思える。

皆が気兼ねせず好きなように暮らすのが一番であった。


夕食が早く済んだので夕焼け空に間に合う。

燃えるように紅い空であった。何と切ないことだろう。

落ちて沈むのは太陽だけとは限らない。


いったい私は何処に沈んで行くのだろうか。


※以下今朝の詩


     黄昏

  誰しも黄昏ていく
  陽が落ちるように
  沈んでいくだろう

  輝いていた頃
  光は希望であった
  風は未来をしめし
  空はいのちである

  哀しいこともあったが
  明日を信じることが出来た

  老いの坂道を上っている
  確かなはずの息が切れる
  いったい何処に向かうのか

  ほうずき色の空を仰げば
  何と切ないことだろうか

  陽はまたのぼる
  そうして光が満ちていく

  此処までではなかったのだ
  此処からまた始めればいい



2026年11月02日(月) 親しき中にも礼儀あり

朝の内少し雨が降っていたが直ぐに止む。

天気予報通りで午後からは青空が見えていた。

気温も20℃を超え過ごし易い一日となる。


朝の道の「皇帝ダリア」が今朝は8輪も咲いていた。

ゆっくりと咲けば良いと思っていたがやはり嬉しくてならない。

車を停められないので写真を撮れないのが残念である。

花言葉は「乙女の真心」「乙女の純潔」なのだそうだ。

古希が近くなった婆さんには何と不似合いなことだろう。

しかし朝の一瞬のことであっても愛でることは出来る。

昨年も長いこと咲いてくれたので今年もきっと咲き続けるだろう。



今日もゆるりと仕事。車検の予約が入っていたが延期となった。

同僚は先日の血尿の検査結果を聞きに病院へ行く。

その後血尿は出ておらず一時的な出血だったようだ。

血液も尿検査も異常なしで取り合えず安心である。

もし「尿路結石」なら激しい痛みがあるのだそうだ。

午後からの一般修理であったが難しい修理とのこと

明日は休みなので週末まで掛かるかもしれない。


義父は特に急いだ仕事もなくのんびりとしていた。

宅配便で例の精力剤がまた届く。2万円もする高額なサプリであった。

初回は980円だったので衝動買いをしたようだが

定期購入にした覚えはないとサプリ会社に電話をしていた。

しかし今更キャンセルは出来ないと云われたそうで

そうなればもう喧嘩腰である。受付の女性を怒鳴りつけていたら

何とかキャンセルが出来返品も可能になる。

悪徳商法だと宣いまるで鬼の首を取ったように得意顔になっていた。

さっそく荷造りをしてヤマト運輸に来て貰い返品が整う。

それにしても83歳にもなって精力剤とは困ったものである。

衝動買いにしてもあまりにも非常識に思えた。

今後も在り得ることなので厳重に注意しなければいけない。


定時を少し過ぎてから退社。カーブスと買い物を終えて帰宅する。

今日は義妹の手術だったが夫はとっくに帰って来ていた。

やはり簡単な手術だったらしく2時間程で終ったとのこと。

しかし全身麻酔で義妹が眠っている内に帰って来たらしい。

せめて目を覚ますまで傍に居てやれば良かったのにと思う。

明後日はもう退院と聞き驚く。そんなに早く大丈夫なのだろうか。

もう心房細動に悩まされることもないのだそうだ。

しかし血液の難病は治らず今後も通院が必要であった。

それも憐れでならないが心臓だけでも元気になればと思う。


夫にはお小遣いを持たせてなかったが玉子焼きを買って来てくれていた。

娘夫婦はもう食べ飽きたそうで何と可愛げのないことだろう。

「食べないのなら私が食べるけん」と心の声で叫ぶ。

得意顔であった夫が可哀想でならなかった。


些細なことかもしれないが親しき中にも礼儀ありである。

食べ飽いていても「ありがとう」を忘れてはならない。

複雑な気持であったが夕焼け空を仰ぐとほっと心が和んだ。


※以下今朝の詩


     皇帝ダリア

  ふとしたことである
  気づかねばならない

  冬が近くなると咲く花がある
  茎は長く空に向かって伸びる
  そうしてひとつずつ蕾が開く

  左は四万十川右は国道321号線
  大型車が通ると花は大きく揺れて
  今にも倒れ折れてしまいそうになる

  しかしほんの一瞬の災難を
  愉しんでいるように見えた

  これくらいのことで負けはしない
  何と逞しく強い花であろうか

  大きな緑の葉に包まれた蕾は
  いつも明日を信じているようだ
  一輪が二輪になる日も近いだろう

  ここで咲くここしかないと
  自分の居場所を知り尽くしている

  川からの風はほんのりと潮を含み
  花は大きく息をしながら真っ直ぐに咲く



2026年11月01日(日) ちいさなことの積み重ね

穏やかな晴天。気温も20℃を超えていたようだ。

とうとう11月となり「霜月」の字を見ただけで冬を感じる。

やがて木枯らしが吹き始め霜の朝も訪れることだろう。


夏物の衣料をやっと仕舞い秋物の衣料を出した。

冬物はまだ早いが直ぐに着れるように手近に置く。

お布団も干したかったが億劫でならない。

夫の手を借りなければ布団を抱えることも出来なかった。

その夫も腰痛が酷く歩くのがやっとの日々が続いている。


義妹が入院であったが今日は姪っ子夫婦が送って行った。

まあちゃんが行くのでめいちゃんも一緒に行く。

何処かに寄り道をしているのかまだ帰って来ていない。

明日は手術の予定で夫と義弟が行くことになった。

簡単な手術らしいが心臓なのでやはり心配である。


お昼に大盛チャンポンを平らげ午後はひたすら寝るばかり。

2時に一度起きたがまた直ぐに寝てしまった。

「おい、もう5時になるぞ」と夫に起こされやっと起きる。

急いで洗濯物を畳む。日曜日は私の役目であった。

何と気忙しいことだろう。夕食の支度もしなければならない。


娘がシチューを作ってくれた。今季初でとても美味しい。

孫達もきっと喜ぶことだろう。


6時になるともうすっかり日が暮れ外は真っ暗になる。

いかにも11月らしい夕暮れ時であった。

娘達はめいちゃんの帰りを待っていて夕食も食べない。

「しんしん」と音が聞こえるように静まり返っている。


中高時代の友人の誕生日であったが電話もしなかった。

時々メールが届いていたが一切返信をしておらず

後ろめたい気持ちもあった。

もう70歳である。「おめでとう」どころではあるまい。

友人は熟年離婚をし独り暮らしをしている。

どんなにか寂しい事だろうと思うばかりであった。


私も来月には70歳になるが家族に恵まれ幸せなことである。

老いの「節目」にも思うが残り少ない人生を思う。

生きたい欲ばかりでそれも愚かなことなのかもしれない。

心細く不安でならないが命を抱きしめながら過ごすしかないだろう。

思い起こせば波乱万丈な人生であったが「だからこそ」と思う。

自分で選んだ人生ならば最後まで守り抜かねばならない。


ちいさなことの積み重ね。それがきっと「仕合せ」なのだろう。


※以下今朝の詩


      臆病

  おそるおそるであった
  何と臆病なことだろう

  花ばかりではあるまい
  だからと云って
  草ばかりとも限らない

  空が鏡であるならば
  在りのままの姿を映す

  自己憐憫はもうよそう
  惨めな気持ちに蓋をする

  例えみずぼらしい姿でも
  微笑むことが出来るだろう

  胸を張れないのなら
  抱きしめてやればいい

  やがて扉が開く時が来る
  一歩踏み出せば強くなる

  季節はゆっくりと冬に向かう


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