ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2023年06月30日(金) 夏には夏の花が咲く

ぽつぽつと小雨が降っている。

九州北部から中国地方にかけてはかなりの雨が降ったようだ。

「線状降水帯」と云う言葉が当たり前のように発せられるようになった。

昔も集中豪雨はあったがそれとはまた違った降り方なのだろう。

6月晦日。一年の折り返しとなり後半の平穏を祈らずにいられない。

まだこれから台風シーズンとなり油断の出来ない時期となった。



紫陽花の花が日に日に枯れ始めている。

今朝はそんな紫陽花に想いを寄せて詩を書いてみた。

K子さんの反応が気になっていたがスルーされていた。

やはり不快な詩を書いているのだろうか、自分ではよく分からない。

いつまでも人目を気にしていてはいけないと思うのだが

一度受けたショックからなかなか立ち直れずにいる。

何を言われても私は私なのだ。もっと胸を張って堂々としていよう。



夏を代表する花に百日紅がある。

今日は職場の庭の片隅にそっと咲き始めているのを見つけた。

昔、母が鉢植えにした木なので小さな百日紅ではあるが

紅よりも少し薄い鮮やかな桃色をしている。

母が見たらどんなにか喜ぶことだろうか。


夏には夏の花が咲く。当たり前のようでいて奇跡のようなことだ。

四季折々の花のことを想う。みんな精一杯に生きているのだろう。





ダイエットは二の次にしてしまったのでどうしようもないが

豆腐を主食にすることはずっと続けている。

いろんな豆腐を食べてみてやっとお気に入りの豆腐が見つかった。

豊ノ島には申し訳ないが梶原食品の豆腐ではない。

食品会社の名前は忘れたが豆腐の中に柚子が入っているのだった。

木綿ほど固くなく絹ほどは柔らかくなくとても食べやすい。

何よりもほんのりと柚子の香りがしてすっかり気に入ってしまった。

お値段は少し高めだがたまに半額の時がありラッキーと思う。

飽きもせず毎日豆腐を食べているが、未だ何の成果もない。



禁煙も未だ完璧ではなかった。と、言ってしまえば軽蔑されるだろう。

それでもいいかなと思っている。所詮子豚は子豚なのだった。

ただ言っておきたいのは吸いたくて吸っている訳ではなかった。

異常なほどの眠気と毎日闘っているのである。

煙草の覚醒作用はカフェインよりも偉大なのではないだろうか。

自分をコントロール出来ないのはとても辛い。

時々気が狂ってしまったのではないだろうかと思う時もある。


禁煙外来の医師や看護師さんが「ぼちぼち」と言ってくれたことで

ほんとうに救われたように思っている。

少しずつ本数を減らす努力を続けて行かなければいけない。


子豚は豚小屋の隅で小さくなっている。

悲しい訳ではないけれど時々たまらなく涙をこぼす時もあった。



2023年06月29日(木) 二人の奥さん

昨日のこともあり今日は洗濯物を外干しせずに出掛けたが

午後少し曇っただけで雨は降らずなんだか損をしたような気分だった。

明日からはまた梅雨空が戻ってくるのだそうだ。


山里では義父が稲の消毒に追われていてあたふたとしている。

雨が少しでも降ったら消毒が台無しになるので焦っているのだろう。

苛立ちもあるのかちょっとしたことで当たり散らしたりする。

義父の性格は分かり切っているつもりでも辛い思いをする時もあった。


血の繋がりこそないが「おとうさん」と呼んでいる。

義父は私のことを名前で呼んでくれるが

他人に紹介する時は娘ではなく「事務員」と言うのだった。

社長からしたらそれは当然のことであまり気にはならないが

よく事情を知らないお客さんから「奥さん」と呼ばれるのは嫌だ。

「おばさん」と呼ばれるよりはマシかもしれないが

大概の人が私のことを義父の奥さんだと勘違いしているのである。

おそらく義父が実年齢よりも若く見え、私が老けているからだろう。

母が一緒に仕事をしていた頃にはそんな間違いはなかったが

母が施設に入居してから随分と歳月が流れてしまった。


その母から夕方珍しく着信があった。

携帯電話の着信を知らすランプが点灯していたのに気づいたのだろう。

それは2週間程前に私が掛けていたのだった。

いくら鳴らしても出ないので諦めて切ったことがあった。

もう電話は無理だなと思っていたところに今日の着信である。


心配していた熱は母も忘れるくらいにすっかり治っており

点滴もしていないと言ったが本当かどうかは分からない。

施設の看護師さんからはその後連絡が無かったので信じたいと思う。


「晩御飯はなあに?」と母が問う。

「天下茶屋よ」と応えた。

天下茶屋とは宿毛市内にある野菜炒め風の焼き肉屋さんの名だった。

「ほんじゃけんええ匂いがする」と母が言う。

「ビールも冷えちょるけん来たや」と私が言ったら

「ははは」と母が笑った。母の笑顔が見えるようであった。


「じゃあね、ばいばーい」と母が言った。

「うん、またね。ばいばーい」ぷっつりと母がまた遠くなった。


奥さんは母なのだ。それは誰が何と言っても母しかいないと思った。



2023年06月28日(水) にわか雨

寝不足の朝。蒸し暑く寝苦しかったのか殆ど眠れなかった。

いつものように4時に起きたがさすがに何も書けない。

書きたい気持ちはあるのだが頭に靄が掛かったようになっていた。


大げさかもしれないけれど歯がゆくてならない。

パソコン画面をぼんやりと見つめながら時間ばかりが過ぎてゆく。

45分程そうしていてとうとう「書けない」と発信した。

そんなこと誰も気に留めないだろうと思っていたのだけれど

いつもと同じくらい反応があってとても驚く。

SNSとは元来そういうものなのかもしれない。






大気が不安定で昼間にわか雨が降ったようだ。

山里ではぽつぽつだったので気にしていなかったけれど

家では夫が洗濯物を取り入れるのに大慌てしたらしい。

お向かいの奥さんは布団を干したまま出掛けており

お隣の奥さんが勝手知ったるで取り入れたそうだ。

都会なら在り得ないことだろう。そんな田舎らしさが好きだなと思う。


ご近所さんから夏野菜のお裾分け。それも田舎ならではである。

無農薬の新鮮な野菜は本当に有難い。

姑さんが健在だった頃は野菜作りに精を出していたけれど

茄子一個でも勝手に採ってはいけなかった。

たまたまご近所さんから頂いたりするとすごい剣幕で叱られた。

家にある物を他人様から貰ってはいけないのだと言う。

それは当然のことのようでもあったが私は胡瓜が欲しかった。

トマトも茄子も欲しくてたまらなかったのである。


厳しい姑さんだったのであまり良い思い出はなく

辛かったことばかり憶えている。

一つくらいは嬉しかったことをとよく思うのだけれど

辛さの方が勝ってしまって嬉しさは小さくなってしまうのだった。

思い出すたびにああ嫌だなと思う。じゃあ思い出さなければいいのに。


結局それって自分が可哀想でならないのだろう。

そんな自分の性格にはほとほと嫌気が差している。

これほどまでに幸せなのになんと罰当たりなことだろう。


過ぎ去ったことを変えることは出来ないが

これからのことを意識的に変えることは出来るのではないだろうか。

運命には逆らえないが運命に従うことは出来る。


ひとつひとつ受け止めながら未来の自分に会いに行く。



2023年06月27日(火) さてどうしたものか

最高気温が30℃を超え真夏日だったようだ。

今は夕風が心地よく涼風に吹かれながらこれを記している。

午後7時。外はまだずいぶんと明るい。


階下の食堂では娘たちが夕食を食べていて微笑ましい声が聴こえている。

家族ではあるけれどなんだかお隣のご家族のようにも思える。

決して邪魔をしてはならないと思うとふと寂しさを感じるのだった。


同居を始めて今年で9年だろうか。ずいぶんと歳月が流れた。





夜明け前もそうだったが今夜も思うように書けない。

書きたくてたまらないのにいったいどうしたことだろう。


少女時代には鍵付きの日記帳に書いていた。

机の引き出しに入れてあったがある日学校から帰ったら

鍵が壊されていて誰かが読んだ形跡があった。

父であることはすぐに分かったが私は咎めることをしなかった。

読みたければ読めばいいと思っていたのだろう。

それからもずっと書き続けていたように思う。


記憶は曖昧ではっきりと憶えていないのだった。

その日記帳を捨てた記憶もないまま今は行方不明になっている。

どんなことを書いていたのだろう。まったく思い出すことが出来ない。


日記帳とは別にノートに詩を書いていた。

それはいつも学校へ持って行っていたので父には見つからなかったようだ。

学校でも友達に見せることはなかったが好きな人には見て欲しい。

恋の詩ばかりだったからそれは当然のことだったのだろう。

今思えばなんと厚かましい押しつけがましい行為であった。


ノートは6冊ほど。それは奇跡的に今も私の手元にある。

ある意味放浪的な人生であったが肌身離さず持っていたのだった。

何度か断捨離をしたがどうしても捨てることが出来なかった。


ここでもまた死後のことを考える。押し入れの中から発見される訳だが

娘だろうか、それとも孫たちだろうか。手に取って読んでくれるのか。

もしかしたらゴミとして捨ててしまわれるかもしれない。

それならばいっそ遺書をしたためお棺に入れてもらう手もあるだろう。

焼かれて灰になるのがいちばんのように思えてならない。


さてどうしたものか。これは生きているうちに考えておかねばならない。


名のある人の物なら貴重な遺品となるであろうが

名もない凡人の残した物など誰も見向きはしないだろう。


なんだか虚しいものですな。哀しいものですな。




2023年06月26日(月) みっともない

雨が降りそうで降らず。この上ないような蒸し暑さとなる。

紫陽花が日に日に枯れ始めて憐れでならない。

特に純白の紫陽花は苦しんでいるように見える。

潔く散れたらどんなにか救われるだろうか。


私は決して純白ではないけれど黒い紫陽花でもない。

あらゆる花があるけれど黒い花はないのではないだろうか。

野に咲く花は黄色が多いが黄色い紫陽花もなかった。

決められた色とカタチ。花には花の生き方があるのだろう。




椎名誠の「北への旅」読了。東北北部の写真と旅行記である。

写真はすべてモノクロで雪のある風景などとても風情があって良い。

白と黒なのだ。混ざり気のない自然のありのままの姿である。

文章はとても軽快でさっぱりとしていて清々しい。

読んでいると無性に自分も書きたくてたまらなくなってくる。


そうして今、さあ書こうと意気込んでも思うように書けない。

もどかしくてならないけれど所詮素人のWeb日記であった。

毎晩こつこつと書き続けているがいつかは消えてしまう運命である。

せめて私が生きているうちはと思っているがどうなるのだろう。

死後の遺品にでもなれば救われるがそれも在り得ないと思う。


ようは「執着心」なのだ。自分の書いたものに執着する。

その欲さえ捨てられたら綺麗さっぱりと忘れられることだろう。


死んだら懐かしむことも思い出すことも出来なくなる。

息も出来なくなるのだから当たり前のことなのだ。


そうかと言って命にしがみつくのも程々にしようと思っている。

最近つくづくと「みっともない」と思うようになった。

まだまだ生きたいけれど「もういいかな」と思う時もある。


出来ればある日突然ではないのが理想的であるが

神様が決めるのか仏様が決めるのか分からないことだった。

まっいいかどうだって。死ぬ時が来ればみんな死ぬのだから。


だらだらと書き連ねているうちに収拾がつかなくなった。

酔いも回って来て意識も朦朧としてきてもう訳が分からない。


みっともない。ああみっともない。




2023年06月25日(日) 金魚のふん

曇り日。気温はさほど高くなかったが蒸し暑い一日だった。

ぐっすりと眠ったつもりだったがやはり朝方の眠気が酷い。

最低限の家事を済ませてから一時間ほどうたた寝をしていた。


寝室に夫婦のベッドがふたつ。隣の日本間にけい君のベッド。

襖を開け広げていてもけい君が寂しがるので

真ん中の私のベッドにけい君が寝ることにしている。

昨夜も夜遅くまでゲームをしていたがいつの間にか眠っていたようだ。


8時過ぎにはあやちゃんも起きてけい君と遊んでくれる。

まるで姉と弟のようで微笑ましいが「金魚のふん」のようでもある。

さすがにトイレまでは付いて行かないがあやちゃんも内心は鬱陶しそう。

一歳違いとは言え女の子と男の子では遊びにも限度があるのだろう。

それでも優しく接してくれるあやちゃんにはとても感謝している。


午後には父親が恋しくなったのか帰りを待ち兼ねるようになった。

息子に電話してみたらまだ徳島に居るとのこと。

早くても4時間は掛かるそうで帰り着くのは夕方になりそうだった。

そわそわと落ち着かない様子のけい君を宥めながらひたすら待つ。

母親の話は一切しないのだ。それが返って不憫に思えてならなかった。


あやちゃんが「金魚のふんってどんなが?」と訊くのも愉快。

「お尻にくっ付いてなかなか離れんがよ」と応えると

それがけい君の様子と重なりくすくすと声を上げて笑っていた。

たとえ金魚のふんだとしても無理やり切り離さないことだ。

11歳になったあやちゃんにはそれが解っているのだと思う。


5時前、息子がやっと帰って来た。

玄関に飛び出したけい君が「お父さん、徳島ラーメン」と言って

皆で笑いながら送り出したことだった。



2023年06月24日(土) サーティーワン

午前四時、不思議なことに虫の声が聴こえた。

コオロギなのか鈴虫なのかとにかく秋の虫なのである。

季節外れであるがしんみりと風情を感じたことだった。

そのことを詩に書いてみたがどうもしっくりと来ない。

なんとなく後味が悪いのだ。書かないほうが良かったのか。


キツツキのようにこつこつと壁を叩き続けているのだろう。

諦めたらそこでお終いだと思うと焦りを感じずにいられない。




朝からけい君を預かっている。息子は友達と徳島へ遊びに行った。

なんでもプロレス観戦なのだそうだ。息子とプロレスが結びつかず

とても意外に思えたが絶好のストレス解消になりそうである。

「息抜き」はとても大切である。特に今の息子には必要なことだと思う。


午後、サーティーワンのアイスが食べたいと言うので連れて行ったが

すごく高くてびっくりした。レギュラーサイズで390円もする。

コンビニのアイスなら2個も買えるのにと思った。


夕飯は手作り餃子。あやちゃんとけい君も手伝ってくれる。

二人とも楽しそうな顔をしていてほっと嬉しかった。

焼いている時に見分けがつかない。二人とも上手な証拠である。

けい君は7個。あやちゃんは10個くらい食べた。


遊びに行っていためいちゃんが帰って来てご機嫌斜めとなる。

食卓のめいちゃんの席にけい君が座っていたのが嫌だったそうだ。

私たちの配慮も足りなかったが全員が揃うことはないと思っていた。

今後のこともあるのでけい君専用の椅子を準備した方が良いだろう。

気を遣うことも多いがけい君に肩身の狭い思いをさせてはいけない。

伸び伸びと自由にさせてやりたいが結構むつかしいことであった。


今日思いがけなかったことは、あやちゃんが私のSNSのアカウントを

教えて欲しいと言って来たことだった。

「おばあちゃんは詩を書きよるけん」と念を押してから教えた。

決して楽しい発信ではないけれど読んでくれるのだろうか。

思春期の少女の心にも伝わるような詩が書けたら良いなと思う。


発信はあくまでもエゴであってはいけないと思うのだ。

詩は希望でなくてはならない。誰の心にも届く言葉を書いて行きたい。



2023年06月23日(金) 何があっても我が道を行く

晴れたり曇ったり。梅雨の時期らしい蒸し暑さとなる。


田んぼの稲が「いもち病」になってしまったそうだ。

このままでは収穫まで漕ぎつけないと義父が慌てふためいている。

やはり無農薬とはいかず消毒するしか手段はないようだった。

雨が降ると消毒出来ないので梅雨の晴れ間は大忙しとなる。


「いもち病」は昔からあった病気なのだろうか。

年貢を納めなくてはいけない時代の農民の苦悩を思う。

農薬も無かった時代に「豊作」は奇跡のようなことだったのだろう。






昨夜、母の施設の看護師さんから電話がありまた発熱とのこと。

コロナの症状は無く風邪でもなさそうだった。

抗生剤の点滴をして様子を見てくれているらしいが

今日は何の連絡もなく母の様子は全く分からなかった。


前回の発熱の時もそうだったが恢復した知らせはないのである。

異変があればもちろん連絡があるがそれが無いのは無事な証拠なのだろう。

私もすっかり慣れてしまってあまり心配はしていない。

ただもし異変の連絡があったらどうしようと平静ではいられないのだ。


多忙な日々を送っていると母の存在さえ忘れてしまう時があるが

「忘れんといてよ」と母が知らせてくれているのかもしれない。





今週もとうとう一日も禁煙出来ずどうしようもない。

禁煙外来の医師は優しく「ぼちぼち」と言ってくれたが

なんだか裏切っているようで心苦しくてならない。

やはり私は相当な依存症で中毒だったのだろう。

「気は狂っていませんよ」と医師は言ってくれたが

自分ではどうしても狂っているとしか思えないのである。

「決して自分を責めないように」とも言ってくれたが

誰かを責めて落とし前をつけなくてはいけないのではないだろうか。

煙草を分け与えてくれる同僚を責めるわけにはいかず

結局は意志の弱い自分の責任なのだと思っている。


ダイエットは禁煙が成功してからのことになった。

それも医師の助言で「吸わない、食べない」の二重苦に

立ち向かうほど私は強くないのだと思う。


だからと言って弱さを前面に押し出す訳にはいかない。

それは結局「甘え」なのではないだろうかと思うのだ。


とにかく自分の持っているありったけの精神力を信じることだ。

今は右も左も分からず迷っているのかもしれないけれど

自分の進む道はきっと目の前に続いているのだろう。



2023年06月22日(木) 女性ホルモン

朝のうち少し雨が降っていたが午後には青空になる。

この時期ならではの蒸し暑さでエアコンのお世話になった。


職場の庭にあるヤマモモの木がたわわに実をつけ

数日前からぽろぽろと実が落ち始めている。

昔は子供たちの恰好のおやつであったが今の子供は殆ど食べない。

この私でさえも昔ほど食べなくなってしまったほどだ。

せいぜい一粒二粒だろうか甘酸っぱくて美味しいけれど

大きな種がついつい厄介に思えてしまうのだった。

種なし葡萄があるくらいだから種なしヤマモモもあれば良いが

自然の営みの中でそれは到底無理な話であろう。





仕事を終えてから内科の病院へ行っていた。

つい10日前に受診したばかりだったけれど

お薬を一気に減らしたりしたものだから少し不調になっていた。

気分の浮き沈みが続いているのもおそらく薬の影響だと思われる。

それと薬を減らしても朝の眠気は治まらないので無関係だったようだ。

それにしても若い医師の頼りないこと。顔を見ただけでストレスになる。

私は秘かに転院を考えているがそれも勝手にとはいかない。

元々の主治医の院長先生にちゃんと筋を通してからと思っている。


私は病気ではないけれどメンタルが弱いのかもしれない。

元を正せば40代の更年期障害がずっと尾を引いているのだと思う。

いつまでも完全禁煙出来ないのも女性ホルモンのせいだろうか。

そうだとしたら面白いなとふざけたことも考えている。

実際に男性よりも女性の方が禁煙出来難いと聞いたこともある。

これは聞き捨てならないことで研究が必要ではないだろうか。


もう子豚のことを記すつもりはなかったが彼女はまだ生きている。

野放しにしている私が一番悪いことも重々承知しているが

今となってはもう殺めることは出来ないのではないだろうか。


生きることを尊重するとかそんな大それたことではないが

人知れずゆっくりと静かに消滅して行くのであろう。



今、午後7時50分、やっとあたりが薄暗くなった。

まだこれからの夜ではあるけれど私はすぐに眠ってしまうのだ。



2023年06月21日(水) 大きなお茶碗

二十四節気の「夏至」一年で最も日が長く夜が短い頃。

夏に至ると書くだけあっていよいよ本格的な夏が始まる。

生憎の梅雨空ではあったが外はまだ随分と明るい。

夕焼け空は見ることが出来ないが雨はもう止んでいるようだ。



職場で古い領収証が必要なことがあり先日から探している。

今日は昭和50年から54年までをチェックしていた。

私がまだ勤め始める前のことで母が保存していたのだろう。

40年以上も昔の領収証が現存していることが奇跡のようでもある。

残念ながら目当ての物は見つからなかったが

とある部品屋さんの領収証がたくさん見つかった。

係員の箇所に「吉川」と認印が押してある。

そう、あの吉川君である。と言っても誰にも分からないと思うが

とにかくあの吉川君なのであった。

懐かしさが一気に込み上げて来てふと目頭が熱くなった。


魚釣りが大好きだった吉川君。

料理がとても上手だった吉川君。

モスグリーンのマーク�兇望茲辰討い慎叛邨�。

お別れする時私に自転車を買ってくれた吉川君。

私たちは大きな壁にぶつかり添い遂げることが出来なかった。

彼は母親を選び、私は独りになることを選んだのだ。

「最後くらい美味いもんを食いに行こうぜ」と言って

二人で中華料理店へ行ったが何を食べたのかどうしても思い出せない。


一緒に暮らしていたアパートはがらんどうになった。

壁いっぱいに立て掛けてあった釣り竿がもう一本も残っていない。

かろうじて台所に大きめのお茶碗がひっそりと残っていた。

それがあの吉川君である。誰が何と言っても吉川君であった。


私は67歳になろうとしていて吉川君は72歳になろうとしている。

消息はまったく分からないがきっと元気にしていることだろう。


お天気の良い日には磯でのんびりと釣り糸を垂れている気がする。

私の心の中にいる吉川君は永遠に26歳であった。

あの大きなお茶碗はあれから何処に行ってしまったのだろう。







2023年06月20日(火) 遅かれ早かれ

午前四時。目覚めたばかりの時間に

脳もしくは心はどのようなカタチをしているのだろう。

明るく朗らかな笑顔を見せているのだろうか。

夜が明けるのを待ちわびてわくわくしているのだろうか。

そんなことはあり得ないのではと私は思う。


今朝もいつものように詩のようなものを発信したが

例のK子さんから「前向きで好きです」とコメントがあった。

つい先日、私に発信を止めるようにと言ったあのK子さんがである。

正直言って嬉しさよりも戸惑う気持ちの方が大きかった。

確かに今朝の詩はいつもより明るい詩だったのかもしれないが

特に意識して書いたつもりはなかった。

私は背伸びもしないし無理もしない。もちろん格好もつけない。


その日によって気分の浮き沈みはあるけれど

いつだってありのままの自分と向き合って来たつもりである。

それが不快だと言ったK子さんのことを憎むつもりはないが

ずっと尊敬していただけに少なからず不信感が沸き起こって来ていた。

もしかしたらこれがSNSの落とし穴なのかもしれない。





今日は二週間ほど前に亡くなったお客さんのお宅を訪ねた。

いつも私のことを「姫」と呼んでくれ可愛がってくたのだった。

抗がん剤の治療中にコロナに感染し後遺症に苦しんでいたらしい。

明るくて朗らかな人だっただけに亡くなるとなんとも寂しいものだ。

けれども笑顔の遺影と向き合っていると泣いてはいけないと思う。

奥様と思い出話をいっぱいして手を握り合って帰って来た。


「遅かれ早かれ」といつも思う。死はとても身近なことになった。

カトリックでは永遠の命を信仰しているらしいが在り得ないと思う。

信じているから死を怖れないのだろう。常人には考えられないことだが

信仰は自由であり誰にもそれを否定することは出来ない。


仏教では「定命」と言って生まれた時からもう死は定められている。

しかし誰も自分の定命を知らない。だからこそ「いま」を生きる。


私は40代の頃からずっと死を怖れて来た。

明日死ぬかもしれないとどれほど思ったことだろう。

でも死ななかった。そうして今もかろうじて生きている。


生きているうちにと焦ることもある。

こうして書くこともそのひとつなのであろう。


最後の最期まで書かせて欲しいなどと言えば滑稽なことだろうか。

それでもそう言わずにはいられなかった。


「また明日」それはいつも奇跡のような言葉である。



2023年06月19日(月) 愛することから始めたい

最高気温が30℃を超え真夏の暑さとなる。

枯れ始めた紫陽花の憐れなこと。中心部分から茶色になっていく。

強い陽射しはスポットライトを浴びているように見えるが

雨の日の主役として最後まで演じようとしているのがわかる。


紫陽花は枯れても死にはしない。地にしっかりと根を張り生きる。

誰かの思い出にもなり得るだろう。あれは紫陽花の季節だったねと。





職場に着くなり気分がまた酷く落ち込む。

原因はいったい何だろう。自分で分かれば世話はない。

仕事に集中出来なくなり仕方なく煙草に火を点けてしまった。

なんと不味い煙草だろうと思いつつ立て続けに吸ってしまうのだ。

吸う度に後悔する。自分を全く制御することが出来ない。

これはもう限界だと思い禁煙外来の看護師さんに電話してみた。

そうしたら午後にでもすぐ来るようにと言ってくれた。

藁にも縋る思いである。助けて欲しくてたまらなかったのだ。


医師は優しい笑顔で「よく来てくれましたね」と。

看護師さんも親身になってくれて決して私を責めようとはしない。

禁煙外来ではありながら内実は心療内科と同じであった。


絶対に禁煙しようと自分にプレッシャーをかけないこと。

上手くいかなくても自分を追い詰めないこと。

「ぼちぼちで良いのですよ」と宥めるように声を掛けてくれた。


私のような患者はめったにいないそうで

平然と元の木阿弥になる人が多いのだそうだ。

そんな人は途中で診察を放棄してしまうらしい。

私はそれだけは避けたいと思う。とにかく最後までやり遂げたい。

もしそれで駄目だったらまた一から始めてみるつもりである。


今日は精神的にとても救われた一日だった。

くよくとよ思い詰めても何も変わらないのだと思う。

いくら自分を信じていてもその自分に裏切られる時もある。

だからと言って憎んではいけない。

むしろ自分を守り愛することから始めたいと思う。



2023年06月18日(日) 自分の命を真摯に見つめること

曇り日。少しは薄陽が射すだろうと洗濯物を干していたが

ぽつぽつとにわか雨が降り始め大急ぎで取り入れた。

乾燥機にめいちゃんの上履きも一緒に入れたらなんと賑やかなこと。

ごつんごつんとしばらく音が鳴り響いていた。



夜明け前。やはり思うように詩が書けず気が滅入る。

自分は打たれ強いと思っていたがそうではなかったようだ。

先日K子さんに言われたことがずっと心に引っかかっている。

「発信はしないほうがいい。ノートに書けばいい」

それほどまでに不快な思いをさせていたのだと思う。

目の前に大きな壁がそびえ私は拳で叩き続けているようであった。


誰も助けてはくれない。自力で壁を乗り越えなくてはならない。

そうして何よりも自分を信じてやらなければいけない。


尊敬する詩人の松下育夫さんが今日発信していた言葉。

「詩を書くことは自分の命を真摯に見つめること

 誰にも侵されることのない喜びである」


松下さんとは全く交流が無いがその一言で救われたように思う。

私はずっと自分の命と向き合って来たし詩は命そのものであった。

その命を踏みにじることがどうして許されるだろうか。


K子さんには本当に申し訳ないが私は自分の意志を貫きたいと思う。





母の日はスルーされた我が家であったが今日は父の日。

夫がすっかり主役ぶっているのが愉快であった。

焼き肉をすることにして夫に冷酒、娘婿にワインを買って来る。

娘が今夜は焼き肉パーティーだと言ってずいぶんと盛り上がった。

次は8月の娘の誕生日だろうか。今から楽しみでならない。


心の片隅で亡き父を偲ぶ。最後に会った日のことは一生忘れられない。

「書くことを諦めるなよ」と父は言ってくれたのだ。


夫よりも誰よりも私の理解者であり心の底から応援してくれた父であった。



2023年06月17日(土) だましだまし

午後七時。まだ外は明るく西の空がほんのりと茜色に染まっている。

夕散歩に出掛けためいちゃんとまあちゃんが土手の道を走って行く。

土手の突き当りには高台に神社と津波避難所があり

川端に下りるとお大師堂がひっそりと建っている。


あんずが生きていた頃には毎日の散歩道であったが

もう何年も歩いたことはなかった。

お大師堂にさえも行かなくなりもう半年が過ぎようとしている。

なんと罰当たりなことと思いつつすっかり億劫になってしまった。

同時に信仰心も薄れているような気がしてならない。

ただ毎朝般若心経を唱えることだけはずっと続けている。

そうして平穏無事を祈り自己満足しているのかもしれない。





今日もまるで別人であるかのようにテンションが高くなる。

カーブスでもお仲間さんやコーチとしゃべりまくっていた。

そうしていると自然に楽しくなり笑顔でいっぱいになる。

本当にこれが自分なのだろうかと不思議でならなかった。


夕方、ふっと気分が落ち込みそうになって不安になる。

それも気のせいだったようで夕食を食べたらすぐに元気になった。

「お腹が空いて元気が出ない」と言ったのはアンパンマンだったか。


なんとなくだましだましであるが自分の機嫌を取っている。

何事も気の持ちようで良くも悪くもなるのだろう。


禁煙は順調。職場に行きさえしなければセーブ出来るのだ。

この調子でと思っているが職場に行くとまた駄目になってしまう。

自分ではどうすることも出来ず本当に困ったことになった。


さっき「だましだまし」と言ったがそれって自分を騙すことだろうか。

正直になってはいけない。意に反した行動をすることだろうか。


他人様をだますことは絶対に許されないことだが

自分が自分に騙されることは必要なことかもしれないと思う。



午後八時を過ぎた。いつのまにかすっかり夜になっている。

飲み過ぎたせいか支離滅裂な日記となった。



2023年06月16日(金) 壊れた玩具

梅雨の中休み。快晴の真夏日となる。

雨の日の紫陽花と競い合うようにアガパンサスの花が咲く。

水色と白色があるようだ。和名は紫君子蘭と云う。

ヒガンバナ科の花だけあって彼岸花によく似ている。

茎がすくっと長いので見るからに清々しい花だ。



午後、仕事を少し早めに終わらせてもらって整形外科へ。

56日ぶりで今日はレントゲンを撮る。

やはり左の股関節には白い部分があり炎症を起こしているとのこと。

このところ痛みが薄れていたのだが期待通りにはいかないものだ。


マッサージ、筋トレ、ストレッチと出来ることを頑張っている。

医師に「そのうち奇跡が起こるかもしれない」と言ったら

「それはないない」と笑われてしまった。


職場でもそうだったが今日は自分でも不思議なくらい饒舌になる。

ここ数日の鬱状態がまるで嘘のように思えた。

あまり深く考えたくないが躁鬱病かもしれないと疑った。

躁状態の時には気分が異常なほど高まるのだそうだ。

そうして今度はどすんと落ちる。その繰り返しになってしまうのだ。

まあただの気分屋かもしれないのでしばらく様子を見ようと思う。

とにかく今日は明るく元気だったので良しとしよう。



禁煙は今日も失敗。いや挫折と言うべきだろうか。

昨日煙草を買ってしまったのでその後始末に追われる。

潔く捨ててしまうことがどうしても出来ない。

禁煙を優先するよりも「もったいない」と思ってしまうのだ。

もっともっと自分を責めるべきなのだろうがそれもしない。

我慢することも辛抱することも出来なくなってしまったようだ。



ダイエットもほぼ挫折状態である。

豆腐ダイエットはずっと続けているが食欲が半端ない。

腹八分目で止めることが出来ず満腹になるまで食べ続けてしまう。

やはり禁煙とダイエットを同時に行うのは無理だったのだろうか。


来週には禁煙外来に予約してみようと思っている。

親身になってくれていた医師や看護師さんに会えればきっとまた

初心に返って頑張れるような気がするのだった。


今は自分をコントロール出来ない壊れた玩具のようだ。





2023年06月15日(木) 3歩進んで2歩下がる

雨のち晴れ。久しぶりの青空が嬉しくてならない。

明日からしばらくは梅雨の中休みで晴天が続きそうだ。


「3歩進んで2歩下がる」読者の方から元気が出る一言を頂いた。

いつまでも鬱々としていられないなと思う。

頑張ることは出来ないけれどゆっくりと前へ進んで行けそうな気がする。


夜明け前の詩は陰鬱にならないように意識して書いてみたが

やはりありのままの自分ではないので違和感を感じた。

自分が気に入らない詩を誰が好んでくれるだろうか。

K子さんには申し訳ないが皆がみな「明るさ」を求めているとは限らない。

詩の本質にはやはり暗と影があってこそ光が射すのだと思うのだ。

そうしてその光を希望につなげていくのが私の使命ではないだろうか。


詩人でもない無名の私が偉そうに講釈を垂れても仕方ないことだが

私には私なりの書き方がありそれを誇りに思っている。





今日は子豚がとんでもない罪を犯す。

いや子豚のせいにしてしまってはとても卑怯なことだろう。

同僚が午前中休みだったので近所の煙草屋さんに行ってしまったのだ。

その時点でもう気が狂っているとしか言いようがない。

自分でもその行動が不可解でならなかった。


ここいらの方言でやけくそになることを「ばぶれる」と言うが

ばぶれてしまって正も悪も右も左も分からなくなってしまうのだ。

吸い慣れない銘柄の煙草だったので非常に不味い。

どうしてこんな物を吸わねばならないのだろうと情けなく思う。


それなのに何本か吸っているうちに気分が落ち着いて来る。

このままでは元の木阿弥になるのも時間の問題だろう。


禁煙外来の医師や看護師さんに会いたくてならない。

いつでも連絡して下さいねと看護師さんは優しく言ってくれたが

忙しいのではないだろうかと躊躇してしまうのだった。

次の受診までまだ3週間足らずある。とても耐えられそうにない。


3歩進んで2歩下がるの理想であるが

今の私は3歩進んで3歩下がっているようである。

焦らずゆっくりと前へ進みたい気持ちは大いにあるのだけれど

肝心の足が思うように動かない。

なんだ今度は足のせいにするのか。ばぶれるのもいいかげんにしなさい。





2023年06月14日(水) セロトニン

SNSを始めて今日で10年経ったらしい。

詩や短歌を発信するために始めたのだが

10年分となるとどれほどの量になるのだろうか。

ネット上に永久に残ると思い込んでいたが

ある一定期間ログインが無いとアカウントが消滅するのだそうだ。

と云うことは死んだらすべて消えてしまうことになる。

そのことを最近知り愕然としたがどうしようも出来ないことなのだろう。

結局は生きている「いま」しかないのである。

私にとってSNSは決して娯楽ではない。

大げさだけれど「いのち」そのものだと思っている。





あまりにも不調が続くのでネットで調べてみたら

「禁煙鬱」と云うのがあるらしい。

喫煙すると心の安定をもたらす脳内伝達物質セロトニンが供給され

感情のバランスを整えるのだそうだ。

禁煙するとその反対となり感情のバランスが崩れるのである。

その結果パニック障害や鬱病、眩暈や酷い眠気を引き起こすらしい。

私の鬱症状と酷い眠気もおそらくそうなのではないかと思った。

医師の診断を受けたわけでもないのであくまでも素人考えだが

思い込みの激しい性分なのですっかりそのつもりになっている。


しかし禁煙をした方が良い理由は確かにあって

ひと月程辛抱したら自然にセロトニンが発生されるのだそうだ。

それはどのような抗鬱薬や精神安定剤よりも効き目が大きいらしい。

私は辛抱が出来ず少量ではあっても喫煙をしてしまったので

結果的に悪影響となりずるずると辛い症状が続いているのだろう。

それは墓穴を掘っているのと同じで自業自得なのである。


とにかく禁煙を貫かなければならない。

そうしないといつまでたっても救わる日は来ないだろう。


禁煙を思い立ってからもう半年近くなった。

その間に完全禁煙が出来たのはわずか2ヶ月である。

気分も清々しく爽快であったことを思い出している。


今日は駄目だったけれど明日こそはと。

まるで自分で自分を試しているような日々であった。



2023年06月13日(火) 止まない雨はない

初夏に鶯の声を聴くのもなかなか良いものだ。

鶯は初夏から夏にかけてが繁殖期で山に籠るのだそうだ。

山里だからこそ耳にすることが出来たのだろう。


ホトトギスもしきりに鳴いていた。「てっぺんかけたか」

昔からそう鳴くと言われているが違うようにも聴こえる。

昼間聴くとなんだか楽しく愉快そうに聴こえるが

夜明け前に聴くととても物悲しく聴こえるのだった。

眠らない鳥なのだろうかと不思議に思う時がある。





昨日程の気分の落ち込みは無かったがどうにも落ち着かない。

気が散るばかりで仕事に集中出来なかった。

頭の中がごちゃごちゃしていて何かが暴れまわっているようだった。

とにかく落ち着かなくてはとまた煙草に手を出してしまう。

もちろん同僚の煙草で無理を言って恵んでもらったのだった。

我慢することも辛抱することも出来ず情けないことだが

不思議と自己嫌悪を感じず平然として吸っていた。

今更子豚のせいにするわけにはいかない。正しく自己責任である。

意志の弱さ云々よりも「これが私なのか」とつくづく思った。


やはり精神的なものなのだろう。心が病んでいるのだろうか。

いやそこまではいかなくてもただのニコチン中毒だとは思えない。

その証拠にニコチネルを貼って体内にニコチンを吸収させているのだ。

不可解でならないがもうしばらく様子を見てみようと思う。

元の木阿弥になるのだけはなんとしても避けなければいけない。





今はいろんなことが押し寄せて来ていて渦巻いているようだ。

心配事は尽きず解決の目途も経ってはいない。

家族みんながストレスを抱えていると云っても他言ではないだろう。


ただ一人、夫だけはあっけらかんとしていて

「なるようにしかならん」「なんとかなるけん」と言っている。

私もそう思いたい。それは止まない雨がないのと同じことだ。



2023年06月12日(月) これだけは譲れない

「これだけは譲れない」と云うことが誰にでもあるのではないだろうか。

今朝は昨日のK子さんの言葉が重くのしかかっていた。

けれども壊れてしまうわけにはいかない。

なんとしても自分を守らなければいけないと思った。


真摯に受け止めたつもりでいたがかなりの痛手だったらしい。

それほどまでに私の心は傷つきやすかったのだろうか。

K子さんを恨む気持ちなど少しもなくむしろ感謝しているつもりであった。

やはり日にち薬が必要なようだ。きっと乗り越えられるだろう。


そのせいとは限らないが気分が酷く落ち込んでいた。

「どすん」と音が聞こえるほど深い穴の底に居るようであった。

それは鬱病の症状によく似ていて昔の自分を一気に思い出す。

何かに縋りつきたくてたまらなくなってしまうのだ。


同僚に懇願して煙草を分けてもらう。情けない気持ちよりも

とにかく少しでも気分を安定させたい気持ちだった。

仕事はまったく手が付かず気が変になってしまいそうになる。


咄嗟に病院へ行こうと思い早退させてもらい車を走らした。

掛かりつけの病院であったが心療内科の医師が不在だったため

仕方なく例の相性の悪い医師に診てもらうことになった。

案の定まったくお話にならない。一切聞く耳を持たないのだ。


おそらく軽鬱だろうと諦め先日からの眠気の相談をしたら

薬の量を減らしてしばらく様子を見ることになった。

これだけは実行してみなければ分からないので不安ではあるが

いちかばちかと試してみる気持ちになった。

看護師さんには禁煙外来に行っていることを話してあったが

医師は無視している様子で煙草の話は一切しなかった。

だから私からは何も言えない。それもストレスになっていく。


若い頃から比べると精神的に強くなったと思い込んでいたが

今回のことでなんだか自分の弱さを思い知らされたような気がする。


ただ負けるわけにはいかないと思っている。

そうして自分を守りながら意志を貫きたいのだった。


明日も午前四時に書く。私にしか書けない詩を書く。



2023年06月11日(日) 光を求めて

小雨が降ったり止んだり。いかにも梅雨らしい一日。


夜明け前にしとしとと降る雨音を聴きながら詩を書いたが

いつも読んで下さっているK子さんから貴重な意見を頂いた。

忘れないためにもここに記しておきたいと思う。


まず私の詩は自己への改め、自戒であって前向きでない。

自己の殻を破れないので読んでいて重苦しさを感じる。

発信などせずにノートに書き自己を解放するべきなのだそうだ。

これにはさすがの私もカルチャーショックを受けたが

まともに受け止めてしまったら自分が壊れそうに思った。


私の貫こうとしていることを今更曲げるつもりはない。

「いのち」あってのことなのだ。生きることを大切に守りたい。

それがどうして「自戒」なのかよく分からなかった。


自戒とは自分自身を戒め律することであるが

私はそれほどまでに自分を戒めていたのだろうか。

そんなつもりは毛頭なかった。むしろ自分が愛しくてならない。


確かに暗い詩だったのかもしれないが最後には光が射していた。

それが希望でなくてなんだろうと思う。

暗いからこそ光が見えるのではないだろうか。

人は光あふれる場所でいつも微笑んでいなくてはいけないのだとしたら

哀しむことも嘆くこともなにひとつ無いのだと思う。

切なくて辛いからこそ「微笑み」が光になるのだ。


人生の大先輩でもあるK子さんの言葉はとても重かったが

今まで誰も言ってくれなかった貴重な意見だと受け止めている。

だからと言って「じゃあ明日から変わりますね」とはいかない。

ゆっくりと時間をかけて自分と向き合っていきたいと思っている。





予定通り朝からけい君を預かっていたが

まだ寝ている娘たちの部屋へ行きたがって止めるのに苦労した。

なんとかお昼まで我慢をさせて午後はあやちゃんが遊んでくれ助かる。

めいちゃんとはもうすっかり遊ばなくなってしまって

あやちゃんだけが頼りであった。二人でお散歩にも行っていたようだ。

思いがけなかったのは夕食も一緒に食べてくれたこと。

けい君もどんなにか嬉しかったことだろう。


難しい年頃だけれど思い遣りのある優しい子に育ってくれた。

私達と同じようにけい君を不憫に思っているのだと思う。


今回も入院は長引きそうで息子は今後の事を考えているようだ。

はっきり言ってもう限界なのかもしれないと私達も思っている。

どのような結果になってもけい君だけは守ってやらねばいけない。



今は色んなことが波のように押し寄せてきている。

これが「暗」なのだとしたらきっと光が見つかるのに違いない。

その時には私も心の底から微笑むことが出来るだろう。



2023年06月10日(土) なんとかなるなる

しとしとと静かな雨。紫陽花が喜んでいるようだ。

そんな紫陽花もそろそろ見納めになることだろう。

毎年のことだけれど枯れて化石のようになるのを見届けてあげなくては。



娘たちは高知市内へ。夫は遠方でお葬式があり出掛ける。

まあちゃんのおじいちゃんが不慮の事故で亡くなってしまったのだ。

磯釣りに行っていて崖から転落し溺死したのだそうだ。

あまりにも突然のことでとても言葉に出来ない。

どんな死に方をするのか本当に誰にも分からないことなのだと思う。


午前中はカーブスに行っていたが午後は独りきりだった。

お昼は釜玉うどんを作って食べた。ついつい独り言を呟く。

やはり夫が居ないと寂しくて心細くてならない。

娘たちとの同居はまだ続くかもしれないけれど

もし夫に先立たれたらと思うと目の前が真っ暗になる。





息子44歳の誕生日。何もしてあげられなかったが

仕事は休みだったようでのんびりと過ごせたようだった。

息子にしてみれば誕生日どころではないのだろうと思う。

もしお嫁さんが入院していなくても同じことではないだろうか。


生まれた日のこと。幼い日のこと。思い出は尽きない。

もっともっと幸せになって欲しかったと言ってしまえば

母としてなんの力にもなってあげられなかったことが悔やまれる。


先ほど電話があって明日けい君を預かって欲しいと言って来る。

それなのにひとつ返事で承諾することが出来なかった。

娘には気を遣わないけれど娘婿に気を遣ってしまうのだった。

一年前にも同じようなことがあったと苦いことを思い出す。

そのことを息子に言ってしまってすぐに後悔したけれど

一度口に出してしまったことはもう取り返しがつかない。

どうして余計なことを言ってしまったのだろうと今も悔やんでいる。


本来ならば長男である息子が我が家を継ぐべきなのだろう。

けい君は立派な跡取りであり決して無下に扱うことなど出来ない。

それなのにどうして肩身の狭い思いをさせなくてはいけないのか。


今夜はとても複雑な思いに苛まれてしまった。

こんな時こそ「なんとかなるなる」である。

そう思っただけで本当になんとかなるから人生はけっこう面白い。



2023年06月09日(金) たとえ雑草であっても

晴れたり曇ったり。梅雨らしく蒸し暑い一日だった。

いま西の空はまるで燃えているように真っ赤に染まっている。



土手や道路沿いには姫女苑の花がそれはたくさん咲いている。

遠くから見るとかすみ草のようにも見えるが花はまったく違う。

純白の花弁の数は数えきれないほどあり真ん中が黄色い。

マーガレットを小さくしたような可愛らしい花であった。


そろそろ除草作業が始まる頃。たとえ花であっても無残に刈られる。

いや薙ぎ倒されると言った方が良いだろう。それは容赦なかった。

可哀想でならないけれど雑草と呼ばれたらもう逃れない宿命である。

初夏を彩る花であっても人間のように身分が違うのだろうか。

咲き誇る紫陽花がなんだか高貴な人に思えて来る。





今朝も酷い眠気が襲って来てどうしようも出来なかった。

山道の路肩に車を停めて少しでも仮眠をしようと思ったが

いざ車を停めてしまうとなぜか眠ることが出来ないのだ。

仕方なくまた車を走らせたが頭はずっとぼんやりしていた。

やはり原因は分からず戸惑うばかりである。

来週は内科の診察日なので相談してみようかと思っているが

今までの経験からするとおそらく邪険にされるであろう。

主治医と呼ぶにはあまりにも頼りない医師であった。



結局今日も子豚の悪の囁きに負けてしまったが

反省もせず後悔もしていなかった。

自己弁明をするつもりはないがどうしようも出来なかったのだと思う。

自分の精神状態がよく分からない。


気がつけば禁煙を決意してからもう5ヶ月になろうとしている。



2023年06月08日(木) ひとひらふたひら

雨の一日。時おり激しく降る時間帯もあった。


くちなしの花が咲く頃。もう花の盛りを過ぎ枯れ始めているが

それでも芳香を放ち「ここにいますよ」とおしえてくれる。

はっとして近づけば純白の花びらが茶色に染まりとても切ない。

くちなしも紫陽花のように散れない花なのだろうか。


私はやはり最後は散りたいと思う。桜のように潔くはないかもしれないが

ひとひらふたひらと夢を諦めるかのように散れたら本望だ。



山里ではお葬式があった。懇意にしていたお客さんで義父が参列する。

私のことをいつも「姫」と呼んでくれて可愛がってくれた。

季節の野菜をよく届けてくれてどれほど有難かったことだろう。

病状が悪化してからは「畑に取りに来いよ」と電話してくれて

冬野菜の大根や白菜を貰いに行ったこともあった。

その時「もう来年はないぞ」と笑いながら言ったのだった。

もう覚悟をしていたのだと思うがやはり病魔には勝てなかったのだ。


どんなカタチであっても人は必ず死ぬ。永遠の命など在りはしない。





息子のお嫁さんが今日入院し、今夜はけい君を預かっている。

息子は夜勤でけい君を車から降ろすなり職場に向かった。

前回の入院からちょうど一年となる。やはり再発は免れなかった。

病気のことをここに詳しく書くのは控えなければいけないが

決して治らない病気ではないのだそうだ。

気長に見守ってあげなければお嫁さんが可哀想でならない。

それ以上にけい君が不憫でならず出来る限りのことをしてあげたい。

息子の苦労も大きいけれどもうすっかり慣れているようだった。

それが唯一の救いである。決して前途を悲観してはならない。





私はと云えば今朝も酷い眠気に襲われなんとか職場に着いたものの

頭がぼうっとしてしまってまったく仕事に手をつけられなかった。

薬の服用は職場でしたので副作用ではなかったのだと思われる。

いったい何が原因なのかさっぱり分からない。

そうなると子豚の悪の囁きが幻聴のように聞こえ始め

自制心とか道徳のようなものとか一切無視する愚かな私であった。


昨日の今日である。あれほど医師や看護師さんに励まされて

「一緒に乗り越えましょう」と優しい言葉をかけてもらったのに

簡単に裏切ってしまう自分が情けなくてたまらなかった。

もうこそお終いにしよう。このままでは堕落する一方である。

これは意志の問題ではなく狂っているとしか思えなかった。

どんどん自分を追い詰めていくと底なし沼に居るような気がした。


禁煙ノートに正直に記す。それがせめてもの償いである。



雨が小降りになった。明日はほんの少し青空が見えそうだ。







2023年06月07日(水) 一緒に乗り越えましょう

梅雨の中休み。旧暦の頃には「五月晴れ」と言ったそうだが

今は殆ど言わなくなり5月に言うことが多くなったようだ。

そうして昔からの日本語が廃れていくのかもしれない。


南海上にあった熱低が台風3号に発達しとても不気味である。

2号とほぼ同じコースとなりそうでまた豪雨の心配があるようだ。

梅雨時で無ければ避けられるだろうに仕方ないことなのだろう。



今朝は高知新聞の「あけぼの」欄に私の拙文が掲載されていた。

5月21日にここに書いた「燕の行方」である。

毎朝ゆっくりと新聞を読む夫が気づかなったようでしめしめと思う。

本当は気づいて欲しかったのかもしれないが恥ずかしさもあった。

どうせすぐにバレるだろうと思った通り従兄弟に聞いたそうで

すぐに新聞を開いたらしいがすでに私が切り抜いた後であった。

「読みたい」とは言わないものを読ませるわけにはいかない。

毎月とはいかないが年に一回くらいは投稿してみようかと思っている。

紙上だけではなく高知新聞のデーターベースに保存されるのだそうだ。





午後、禁煙外来の3回目の受診。なんだか少し心療内科に似ている。

医師も看護師さんも涙が出るくらい親身になってくれて有難い。

ニコチネルが少し小さくなり2週間分。もっと小さいのが2週間分。

次回の受診日は4週間後だそうでなんとなく不安になった。

その間に子豚の悪の囁きが聴こえたら耐えられるのだろうか。

子豚を無視することが出来なかったらまた元の木阿弥になってしまう。

それだけはなんとしても避けなければいけなかった。


禁煙外来を受診しても途中で止めてしまう人がとても多いのだそうだ。

電話にも出てくれない人も居ると聞いて耳を疑ってしまった。

医師も看護師さんもそれが一番悲しいことだと言う。

「一緒に乗り越えましょう」と心の底から応援してくれているのだ。

それほど親身になってくれる人達をどうして裏切ることが出来ようか。


4週間は長いが、もし不安になったら電話して欲しいと言ってくれた。

限界だと思ったらいつでも来て良いのですよとも言ってくれる。


私は試されているのだと思った。それは意志の強さで在り

どれだけ自分を信じられるのかだと思う。


私の人生が後どのくらいなのか知る由もないが

何をやっても中途半端だった私が「これだけは」と貫きたいことがある。





2023年06月06日(火) 平穏無事ではいられない

二十四節気の「芒種」稲などの穂の出る植物の種を蒔く頃。

昔は田植えの準備が始まる頃だったのだろう。

今は田植えも随分と早くなってしまってあまり季節感を感じない。


山里では10日程前だったろうか義父が種を蒔いていた。

すぐに育苗機に入れたら3日もしないうちに苗が育つ。

それが今年最後の田植えになるのだそうだ。



梅雨らしい雨の一日だった。気温が17℃と冷たい雨となる。

明日は晴れて真夏日に近い気温になるらしい。

寒暖差は少なからず老体に堪えるがもう慣れてしまったようだ。



眠気対策で今日から食後の薬を職場で飲むことにした。

内科の薬は8種類もありそのうち3種類は眠気を伴う。

「車の運転はしないで下さい」と副作用欄に書いてあるにも関わらず

これまで医師からの説明が無かったのが腑に落ちない。

常に喫煙をしていたから副作用を軽減出来ていたのだろうと思う。


その3種類の薬は更年期障害に関わる薬であるが

すでに66歳となり素人考えではもう必要ないのではと思うのだけれど

以前に服用を休んだ時に禁断症状のような異変があったことがある。

やはりこれからも飲み続けなければいけないのだろうか。


医師に相談してみようと思っていたが夫に叱られてしまった。

ようは飲む時間帯を変えれば済むことなのだと言われたのだ。


結局一生死ぬまで飲み続けなければいけないのだと観念する。





今日は子豚の声も聴こえず禁煙は順調だった。

明日は3回目の禁煙外来である。楽しみにすることではないが

正直言って楽しみでならない。医師や看護師さんに会いたいのだった。

今はもう自分一人で耐えているのではないのだと思うと

とても心強くあり努力するにも張り合いがあり勇気が湧いて来る。

そんな自分を裏切ってはならない。なんとしても成功させたいと思う。



夕方ちょとした事件のようなトラブルがありパニックになった。

血圧が180まで上がっていたが今は落ち着いているようだ。


もしかしたらまた息子のお嫁さんが入院するかもしれない。

平穏無事を祈り続けていても「ある日突然」は避けられないことだ。



2023年06月05日(月) 苺色の月

梅雨時らしい曇り日。時おり薄日の射す時間帯もあった。

明日は雨とのこと。どうか程々の雨であって欲しい。


朝の山道を行けば先日冠水していた道路脇に石が積んであった。

山の赤土が流れた後もあり爪痕が生々しい。

それでも最小限の被害で済んで幸いだったと言えよう。



今朝もいつものように午前四時に目覚める。

真っ先に窓を開けたらほんのりと紅い月が見えていた。

後から知ったことだが昨夜は満月で「ストロベリームーン」だったとか。

あの紅色は苺だったのかと思うと心が和むようだった。

それにしても誰が満月の名前を付けているのだろう。


そんな月を仰ぎながら詩を書いたがしっくりとしない。

すぐにこれは駄目だなと思った。それでも発信してしまえば

少なからず反応があり救われるような気持になる。


先日からずっと変わらなければと思っていたけれど

それが返って逆効果になっているようだ。

やはり人目を気にし過ぎているのだと思う。

「これが私だから」ともっと堂々と胸を張っていれば良いのだ。


もう若い頃のような詩が書けなくなってしまった。

それはきっと当然のことなのではないだろうか。





早朝にはすっきりと目覚めているにも関わらず

出勤前から異常なほどの眠気に襲われる。

そのまま仕事に向かうものだから溜まったもんではない。

おそらく食後に飲んでいる薬の副作用だと思われるが

用心して足の鎮痛剤は職場に着いてから飲むようにしている。

それでも運転中に眠いのはどうしたわけだろう。

途中で車を停めて仮眠しようと思うが時間が気になってしまうのだ。



なんとか無事に職場に着き苦い珈琲を飲んでも眠気は治まらない。

ぼんやりと机に向かっていたがその時「子豚」の声が突然聞こえて来た。

まるで夢遊病者であるかのようにふらふらと喫煙所に向かってしまう。

同僚がベンチの隅に煙草の箱を置いてあったのを一本だけ失敬する。


それは本当に不思議なことなのだけれど恐るべし覚醒作用であった。

嘘のようにすっきりと目が覚めて頭も冴えて来る。


禁煙ノートにはもちろん正直に記入したが

異常な眠気については医師に相談した方が良いだろうと思う。


今日は特例として反省も後悔もしなかった。

誰にだってどうしようも出来ないことがあるのだと正論付けたい。

そうしなければ気が変になってしまいそうだ。


「頑張ろう」と云う気持ちは日に日に薄れている。

努力はもう十分にしてきたが明日もきっと努力をするだろう。



2023年06月04日(日) 廃屋の紫陽花

時おり薄雲が広がっていたがおおむね晴れ。

風があまり吹かなかったので蒸し暑さを感じた。


陽射しを浴びる紫陽花はなんとなくしょんぼりとしている。

雨に打たれている方がずっと生き生きとして見えるのが不思議である。

やはり雨の季節を選んで咲いている花なのだろう。


今朝はいつものように詩を書きながら

自分にしがみつくのと自分と向き合うのは違うのだと思った。

しがみつくのは執着であり見苦しさを感じるだろう。

向き合うのは自分をしっかりと見つめることなのではないだろうか。


ようは他人からどう見られるかではなく

自分がしっかりと自分を知ることだと思うのだ。


私の詩は賛否両論があるが最低限の誇りを持っている。

「これだけは譲れない」と胸を張っても良いのだと思う。





昼間は夫と二人で退屈を持て余していた。

何処かへ出掛ければ良かったと言ってみても後の祭りである。

茶の間で録画してあった番組を片っ端から見ていた。

「教場」「行列のできる相談所」「ポツンと一軒家」等。

私は特にポツンと一軒家が好きである。


山奥にあった祖父母の家を思い出す。一軒家ではなかったが

車一台がやっと通れるような酷道を行かねばならなかった。

山道の途中に防空壕の跡があったのをよく憶えている。

田舎なので空襲などめったに無かったのかもしれないけれど

まだ幼かった母も防空壕に入ったことがあったのではないだろうか。


山羊と鶏を飼っていた小屋や牛小屋もあった。

お風呂のすぐ横だったので入浴中に牛が顔を覗かせたこともある。

記憶は途切れ途切れであるがその時の驚きは今でも忘れられない。


牛小屋があった離れの二階が少女時代の母の部屋であった。

母には内緒でこっそりと上がり探検したことがある。

小さな勉強机が置いてあり引き出しの中に母のノートが入っていた。

何を書いているのだろうとドキドキしながら開いたのだった。

内容はすっかり忘れてしまったが短歌のようなものが記されていた。

文学少女のイメージは全く無かったが母にもそんな頃があったのだ。


母屋の裏庭には小さな池があり祖父が錦鯉を飼っていた。

台所の排水がそのまま池に流れるようになっていて

残飯などが流れて来ると鯉が群れて来てパクパク口を開けて食べていた。


台所には竈が二つあってご飯を炊いたり煮炊きをしたり

竈で炊いたご飯はとても美味しくて私はおこげが大好きだった。

祖母がそのおこげでおにぎりを作ってくれてなんと美味しかったこと。


「鶏さんの卵を取って来てや」祖母の声が懐かしく思い出される。

産みたての卵はまだ温かくて宝物みたいにして持って帰った。


「栄養があるきな」祖父は山羊の乳を搾り温めてから飲ましてくれた。

子供心にあまり美味しいとは思わなかったが残さずに飲んだ。



思い出していたらきりがない。まだまだ沢山あるけれど

今夜はこのくらいにしておこうと思う。



祖父母の家は今は廃屋になっており足を踏み入れることも出来ない。

池も枯れてしまってもちろん鯉の姿もなかった。


ただ紫陽花の花だけは大きな樹のようになって今年も咲いているだろう。







2023年06月03日(土) 孤独ではない孤立

昨日の大雨が嘘のような晴天となる。

気温は真夏日に近かったが爽やかな風が吹き抜けていた。

しかし線状降水帯による水害、亡くなられた方もいて心が痛む。

二度とあってはならないと思うけれどこればかりは避けようがない。



朝のうちに図書館へ。また椎名誠の本を借りて来る。

それから「文芸はた」という地元発行の文芸誌を借りて来た。

先日の詩の講演会で初めて会ったお二人の詩人の作品を読んでみたかった。

私にも是非にとお誘いを受けたが年に二回の発行とのことで

前期の締め切りはもう済んでいて後期は秋になるらしい。

今は少し躊躇しているけれど秋になってから考えようと思っている。

「仲間が欲しい」と云う気持ちが少なからずある。

今の私はあまりにも孤独なのではないだろうか。

いや孤独と云うよりも「孤立している」と言った方が良いだろう。





週一のカーブス。今日は測定日だったので夫に足の爪を切って貰った。

体脂肪計に乗る時に素足にならなければいけないのだった。

私の爪は巻き爪で切り難いのを夫が綺麗に切り揃えてくれる。

夫に先立たれたらどうしようといつも思う。それだけ頼りにしているのだ。


豆腐ダイエットの成果はやはりイマイチで体重は1キロ減。

それでも筋肉量は確実に増えているようだった。

汗をかきやすくなったのも筋肉量が増えているかららしい。

足の痛みも今日は軽くなっており心地よく筋トレが出来た。

「継続は力なり」諦めずになんとしても続けようと思う。





夕方からめいちゃんのご機嫌がすこぶる悪く大暴れをしている。

癇癪持ちなので一度怒るともう手がつけられない。

かれこれ1時間ほど泣きじゃくっておりまるで家の中が嵐のようだ。


私が感心するのは娘が絶対に手を出さないことだった。

私がもし母親だったら頬にビンタをくらわしていると思う。

娘は嵐が納まるのをじっと我慢強く耐えているのだろう。


我が家では日常茶飯事のことであるが今夜は特別であった。

父親である娘婿はまだ帰宅していないが

彼は決して叱らない。そうして愛娘をぎゅっと抱きしめるだろう。



2023年06月02日(金) 豆腐の角で頭を打つ

午前中は記録的な豪雨となる。

今朝、高知県西部に線状降水帯が発生し短時間にかなりの雨をもたらす。

ちょうど出勤中のことで山道はまるで川のようになっていた。

幸い土砂崩れはなかったが所々で道路が冠水しており危険を感じる。

ブレーキが効かなくなる可能性もあり何度も確かめながら走った。

これほどの雨を過去に経験したことがあっただろうか。

午後には警報が解除され雨もやっと小降りになった。

今もまだ降り続いているが明日の朝にはもう晴れそうである。

止まない雨はないと云うが自然の猛威を怖ろしく感じた一日だった。





2年前の2021年の1月から2月にここではない場所で

日記なのだけれど「ブログ」を書いていたことがある。

エンピツ日記の障害で日記が書き込めなくなっていた時だった。

その日記のようなブログを今日はふと読み返す機会があった。

まだ孫たちのことばかり書いていてなんと懐かしいことだろう。


ある日の日記に3人でお風呂に入ったことが書いてあった。

今思えばそれが3人で入った最後のお風呂になったようだ。


今はお風呂どころか一緒に夕食を食べることも無くなった。

寂しいことだけれど二人の孫が成長した証かもしれないと思う。


あやちゃんとの日々の会話もとても懐かしい。

僅か2年前のことなのにずいぶんと昔のようにも思える。

あの頃は毎日が楽しかったが今は何故かしんみりとしてしまうのだ。


一日一回は会話をと心掛けていて「おはよう」の日もあれば

「おやすみ」の日もある。今日は「ただいま」と「おかえり」だった。

あやちゃんがどんどん遠くなる。私は決して追ってはいけないようだ。





今日は職場で久しぶりに子豚に会った。

その時に微笑まなければ良かったと今になり後悔している。

禁煙ノートに正直に「魔が差した」と書いた。

ずっと順調にしかも快適に過ごしていただけに自分を疑う。

仕事のストレスだろうか。よく分からないが済んだことはもういい。


そのうち子豚は豆腐の角で頭を打って死ぬだろう。



2023年06月01日(木) 勝ち越し豆腐

曇りのち雨。いかにも梅雨らしい一日となる。

台風は沖縄に接近しており大きな被害が無ければ良いが

すでに停電になっている地域もあるようで不安な夜となることだろう。

食料品もかなり品薄になっているようだ。

海が大しけのため本土からの物流が止まっているらしい。

台風には慣れていると云ってもどれほどの試練だろうかと気遣う。


高知県も明日は大雨の予報で「線状降水帯」が発生するらしい。

こればかりはどうすることも出来ず受け止めるしかないだろう。

今回の台風は2号。この先どれほどの台風が発生するのか分からない。





夕食の支度をしていたら知らない番号から着信があり

会社の電話を転送にしているため何か急なトラブルかなと思って出た。

そうしたらそれは私宛でなんと「高知新聞社」からであった。

「あけぼの」と云うちょっとしたエッセイを掲載するコーナーがあり

ここで書いた5月21日の日記を少し手直しして送っていたのだった。

もう10日も経っており「ボツかな」とすっかり諦めていたのだけれど

近いうちに掲載されるとのことで一気に嬉しさが込み上げて来る。

このいつ消滅するのか分からない日記のほんの一部分であっても

活字となりこの世に残すことが出来るなんて夢のようではないか。

それくらいのことでと笑われてしまうかもしれないけれど

私のような名もない者にとってそれがどれほどの励みになるだろうか。





豆腐ダイエット。もう何日目なのか忘れてしまったけれど

今日はスーパーで「勝ち越し豆腐」を見つけた。

製造中止になっていたのではなくいつも売り切れていたらしい。

それだけ美味しいと云うこと。梶原食品の看板商品である。

「今日のもめん明日のもめん」は硬めのお豆腐なのに比べて

「勝ち越し豆腐」は柔らかめでとろりとした食感がある。

丁度木綿と絹の中間だと云って良い。喉越しがとても良いのだった。

あまりの美味しさに一丁丸ごと食べようかと思ったが

それだけで満腹になってしまうので半分は明日の夜に取って置く。


夫が茶々を入れるように「もうタレント豆腐じゃないか」と言った。

豊ノ島のお父様も今は複雑な気持ちなのかもしれないけれど

力士として活躍した息子をきっと誇りに思っているのではないだろうか。


芸能界でもすっかり人気者になった豊ノ島は今からもきっと勝ち越す。

私は郷土の一ファンとしてこれからも応援し続けたいと思っている。



ちなみに私はずっと負け越しているがたまに一勝することもある。


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