ほっこりと微笑むおひさま。おかげでぽかぽかと暖かい一日となる。
10月もとうとう最後の日。日々が淡々と過ぎていくばかり。
もっと丁寧に過ごせないものかと思うのだけれど
日々の事に精一杯でこころの余裕さえ忘れてしまいそうになる。
朝のうちに母の施設がある病院へ。
コロナ禍でも面会が叶うようになってはいるのだけれど
そうそう頻繁には行けずほぼ2ヵ月ぶりではなかっただろうか。
それを思うとほんとうに親不孝な娘で心苦しさもつのるばかり。
ワンワンのぬいぐるみを一目見るなり「わあ可愛い」と満面の笑顔。
さっそくに胸に抱くと頭を撫でたり話しかけたりしていた。
その姿を見ているだけで胸が熱くなり母の純真さがせつない。
ワンワンではなく名前をつけてあげるのだと言う。
「チビかい?コロかい?」としきりに問いかけていた。
私との会話は長続きせず最後には仕事の話ばかりになる。
それが嫌なわけではなかったけれど話すのが少し辛くなった。
もう母が必要ではないことを告げているような気がしてならない。
「する仕事がない」ことはとても寂しいことなのだろうとおもう。
私の辛さを感じたのか母も辛かったのか「もう帰りなさい」と
わずか15分ほどの面会で車椅子の母の背中に手を振って別れた。
外に出るともう陽射しがあふれていて穏やかな秋晴れ。
母にも陽射しを浴びさせてあげたかった。空を見せてあげたかった。
満月の夜。母はなにを想っているのだろう。
ワンワンはどんな名前で呼ばれているのだろうか。
夜が明けた頃には雲におおわれていた空が
いつの間にか青空に変わっていた。
風もなくぽかぽかと暖かい穏やかな一日となる。
セイタカアワダチソウの鮮やかな黄色に蜜蜂が戯れていた。
蜜はどんな味がするのだろうと思う。甘いのかな美味しいのかな。
月末の仕事を無事に終えほっとして帰宅。
ポストに手紙が届いており「高知県文化財団」と書いてあった。
もしかしたらと思い当たることがありドキドキしながら封を切る。
それは9月に詩を応募していた「高知県文芸賞」の結果であった。
私の拙い詩が奨励賞を受賞したらしいのだけれど
まるで他人事であるかのように実感がわいて来なかった。
光栄なことなのだろうけれど嬉しいと言う感情がわいて来ない。
それは自分でもよくわからない不可思議な出来事であった。
そもそも奨励賞とはなんだろうと思う。努力賞のようなものなのか。
子供の作品に「よくできました」と桜印のスタンプを押すような。
だからそれは「たいへんよくできました」とは違うのだろう。
言い換えれば普通よりは少しマシ。そんな賞ではないかと思う。
12月にあると言う授賞式に参加して見ればわかるだろう。
それがどれほど場違いな所なのか思い知るのに違いない。
誇らし気な人達に混じるちっぽけな自分が目に見えるようだ。
どうしても素直に喜べない。喜んではいけない気がする。
それが自信になれば私はきっと驕ってしまうことだろう。
私の詩は決して思い上がってはいけないのだ。
自信にあふれた詩ほど見苦しいものはないと今なら言い切れる。
11月を目前にしての夏日。おひさまはとても朗らか。
たっぷりの陽射しを浴びると不思議と元気になるものだ。
特に体調が悪いわけでもないのだけれど気が沈みがちのこの頃。
ちょっとしたことで落ち込む。欝々と考え込んでしまうのだった。
そのくせちょっとしたことが嬉しい。ぱあっと目の前が明るくなる。
お昼休みが終わる前に母に電話。なんとなく声が聴きたくて。
ずっと行方不明になってしまったぬいぐるみの話をしていた。
ケアマネさんが用意してくれたぬいぐるみも可愛いけれど
やはり突然いなくなってしまった子が恋しいようだった。
「あの子は可愛かったから盗まれた」と何度も繰り返すばかり。
「T病院にいるらしいからタクシーで迎えに行く」と言ったり。
それはさすがに出来ないことを母も承知しているのがわかる。
認知症なのかもしれないけれどそうだと認めたくはなかった。
母はただ可愛がっていた子がいなくなり寂しくてたまらないのだと。
夕方、娘と孫たちにその話をすると「ワンワンあげる」と。
それはあやちゃんもめいちゃんも抱っこしていた犬のぬいぐるみ。
ふたりの涎が相当付いているよと苦笑いする娘だった。
洗濯すれば大丈夫と話は決まり週末に母に届けることになった。
ひ孫達が可愛がっていたワンワンだもの母もきっと喜ぶことだろう。
母が施設のお世話になるようになってもうすぐ一年が経つ。
もう帰る家がないことを知っている母は決して
「帰りたい」とは言わなくなった。
曇りのち晴れ。気温が25℃まで上がりまさかの夏日となる。
朝の山道につわぶきの花が咲き始めほっこりとこころが和む。
小さな向日葵のような黄色い花が山肌からこぼれているのを
包み込むような木々はそろそろ紅葉のしたくを始めている。
歌を詠みたいと思うだけおもって何もできないもどかしさ。
短歌には季語が必須ではないけれど秋らしい歌が詠みたい。
最近のマンネリ化は自分でも呆れかえってしまうほどひどい。
そう感じるほどにまた自信をなくしてしまうばかりである。
このままでいいのだろうかと不確かな渦にすでに巻き込まれている。
こうなったらもうその不確かさを歌に詠むしかないのだろう。
わたしは歌人でも詩人でもない。それが救いでなくてなんだろう。
無名だからこその自由を逆手にとってみせようとも思う。
生きている限り限界はない。いまいのちをかけなくてどうする。
あしたのことがわからない。だからあしたに向かうのだ。
2020年10月27日(火) |
柚子の香りにつつまれて |
晴れ時々曇り。それでもおひさまは元気でいてくれて
日中は半袖でも過ごせるほどの暖かさだった。
10月も残りわずかなんだか足踏みをするように過ごしている。
何処に向かっているのだろうとこころに問えば
まるで見知らぬ冬がそこにあるような気がしてならない。
仕事でお客さんのお宅を訪ねたらコンテナいっぱいの柚子をいただく。
丹精込めて育てた柚子だろうに集荷場で返品になったとのこと。
ほんの少しの傷も許されないのだそうだ。なんとも憐れでならない。
果汁にすれば良いものをと素人考えでそう言えば
「そうそううまくはいかないもんさ」と笑い飛ばされてしまった。
決して嘆くことをしないで明日も収穫を頑張るのだと言う。
それは返品覚悟のこと。思わず涙が出そうな出来事であった。
柚子の香りに包まれながら帰宅。お向かいの奥さんにお裾分け。
週末には搾って果汁にしよう。大切に頂かなければいけない。
夕食時。またあやちゃんとひと悶着あり。
今夜は娘が珍しく叱ってくれてしゅんと泣きそうなあやちゃん。
少し可哀想だったけれどたまにはそんな日もあって良いだろう。
じいちゃん曰く「叱るのは親、おばあは何も言うな」
おばあはあやちゃんもめいちゃんも可愛くてならない。
目くじら立てて怒っているおばあには決してなりたくはないのだ。
あれこれいろいろあったけれど今日も「いい日」でした。
こころからありがとうございました。
2020年10月26日(月) |
秋桜な日のオムライス |
爽やかな秋晴れ。朝の寒さもつかの間の事で日中はぽかぽかと暖かい。
ラジオから山口百恵の「秋桜」が流れるのをうっとりと聴く。
「こんな小春日和の穏やかな日に」とそれは歌っているけれど
小春日和は冬の季語だと聞いたことがあるような気がする。
それが本当なら秋桜の季節ではないことになってしまうのだ。
詩はむつかしい。言葉にするのはむつかしい。
決して自分が納得すれば良いというものでもない。
ひとのこころを打ち共感を誘うことは容易いことではないのだと思う。
それにしても「秋桜」は胸に沁みる。母の面影にふっと胸が熱くなる。
いつか私もそんな詩が書けるようになりたいものだ。
仕事を終えて買い物。無性にオムライスが食べたくてならず
家族も喜んでくれるだろうと思い込んでいたけれど
あやちゃんが「白いご飯がいい」と我儘を言って困らす。
いつものことと笑い飛ばすことが出来ずとても気落ちする。
我儘を叱る気力もなくひたすらあやちゃんの様子を見ていたら
口をゆがめて嫌そうに食べていたのでまたまた悲しくなった。
ふうとため息。どうやら今夜はひどく疲れているようだ。
めいちゃんが「ああおいしかったまんぷく」と言ってくれて
まるで天使が舞い降りて来たように嬉しかった。
連日の快晴。どこまでも澄み渡った空の青さに風が
「もうなにもいらない」と吹き抜けていくばかり。
私はいったい何を欲しがっていたのだろうとおもう。
足るを知ればこれほどまでに救われると言うのに。
愚かさを思い知る。私も風になれるかもしれない。
あまりの好天に誘われるようにじいちゃんと出掛ける。
ふたり元気なうちにといつもおもう。
先日のかず兄の死からよけいにそう思うようになった。
なんだかふたりして思い出作りをしているようでもある。
「さて何処に行こうか?」私は無性に海が見たくなって
西に向かい大月町から柏島へと車を走らしていた。
燦々と降り注ぐ陽射しにきらきらと光る青い海。
車中談の楽しみもあるけれど昼食がもっと楽しみで
道の駅にある「まあるいお月さま」と言うレストランで
ふたり大好きなラーメンを食べる。それがとても美味しかった。
スープまで飲み干し「また来ようね」と約束をする。
「今度はオムライスが食べたい」と私が言ったら
「おまえは食べることばっかりだな」とくすくすと笑った。
思い出がまたひとつ増える。約束がまたひとつ増える。
それが決して当たり前の事ではないことを知っているからこそ
愛しいものなのだ。失うのがこわいかけがえのないひとがそこにいる。
2020年10月24日(土) |
ちゃんちゃんこを羽織る |
雲ひとつない青空。おかげで日中は暖かくなったけれど
朝晩の冷え込みにはいささか老体が泣き言を言って困らす。
お風呂で温まってもすぐに身体が冷えてしまうので
先ほど押入れからちゃんちゃんこを出して羽織ったところ。
そうして焼酎のお湯割りなど飲めばほこほことやっとぬくもる。
娘夫婦が仕事だったため孫守を引き受けていたけれど
ふたりとももう手が掛からなくなり私が居ても居なくても良い。
それでも孫守と理由を作って仕事を休みたかったのだろう。
午前中は近所のお友達と遊び、午後からは隣の地区のお友達と。
手土産のお菓子や水筒も持参で少しばかり気を遣う。
遊ぶと言うより預かってもらうような気持で申し訳なかった。
おかげでのんびりとお昼寝が出来る。なんとありがたいこと。
夕方同僚から電話があり今週の仕事が無事に完了したとのこと。
「ごくろうさま。ありがとうね」精一杯の労いの言葉だった。
雨のち晴れ。きっと晴れると信じて青空を待つ。
「不確かなこと」が嫌いではない。
それは不安で心細いことだけれど言い換えれば
手さぐりが私の身には合っているのではないだろうか。
それは行ってみないとわからない場所があるように。
だからおそるおそるでも踏み出して行こうとする。
雨があがり告別式が始まる頃には青空が見えていた。
デジタルパネルの遺影には秋桜の花が揺れている。
お通夜の時と同じく親族のみの寂しいお葬式ではあったが
皆の心がひとつとなり心を込めて見送ることが出来た。
やっとその死を受けとめればやはり涙が込み上げてくる。
とうとうお別れ。その時爽やかな風が吹き抜けていく。
みんなみんな明日のことがわからない。
眠ったまま朝が来ないことだってあり得る。
だからと言って生きることをあきらめてはいけないのだ。
あたらしい朝が来れば手を合わせて感謝する。
これからもそんな日々でありたいと心に誓うばかりだった。
残された人生をなんとしても全うしようと思った今日のこと。
2020年10月22日(木) |
微笑んでも良いのだろうか |
朝から降り始めた雨が今もやまずにいる。
それはとてもリズミカルで陽気な雨に感じる。
歌っても良いのだろうか。微笑んでも良いのだろうか。
昼間のこと職場の柿の木にそぼ降る雨。
たわわに実った柿の実をまるで洗うかのように
しっとりと濡れて水滴ごと落ちてしまいそうだった。
柿が好きだと言うお客さんがちょうど来ていて
「晴れたらもらいにくるよ」と少し残念そうにして帰る。
雨にも関わらず来客の多い日だった。
初めてのお客さんに「奥さん」と呼ばれて嫌だった。
「いえ娘です」と言ったら少し不思議そうな顔をする。
義父とは13歳の歳の差なので娘には見えなかったのだろう。
それとも私がよほど老けて見えたのかしれないのだけれど。
不愉快よりも哀しいことが時にはそうして訪れるものだ。
それでも笑顔を保つ。そうでなければ商売が成り立たない。
仕事を終えて帰宅したらいつものようにじいちゃんが居てくれて
ほっと嬉しかった。「私はこの人の奥さん」ですと心で叫ぶ。
昨夜はさすがに眠れなかったとのことでお疲れ気味だったけれど
けい君のお迎えに行ってくれる。俺の役目だと言わんばかりに。
明日は私が迎えに行こう。けい君の笑顔に会えるのが楽しみだ。
予報通り雨脚が強くなってきた。風もあり横殴りの雨のよう。
降りたいだけ降らせてあげよう。空だって叫びたい日もある。
2020年10月21日(水) |
まるで生きているよう |
つかの間の青空。午後から時おり小粒の雨が舞い落ちる。
山道に枯れ葉が落ち始めているのを雀かと見間違う。
一瞬ブレーキを踏んだら枯れ葉だった。まるで生きているよう。
葉っぱが散るのは自分が滅びるためではなく
次の新しいいのちを育てるためなのだそうだ。
かず兄のお通夜が無事に終わり先ほど帰宅したところ。
コロナ禍のこと親族だけの寂しいお通夜であった。
お寺の住職さんも来ておらず読経もない。
お焼香のみと言うのもなんとも侘しいものである。
友人や親しい人達もいただろうにと思うと故人が憐れでもあった。
コロナさえなければと思う。それはどうしようもなく仕方ないこと。
残された家族はたった一人。あまりにも寂しいことと
今夜はじいちゃんが葬儀場に泊まることになった。
かず兄もきっと喜んでくれると思う。そばにいてあげなくては。
明日は友引のため明後日が告別式となる。
火葬場は人数制限があるとのこと。それも仕方ないことなのだろう。
右を向いても左を向いても今はコロナなのだ。
かず兄はとても安らかな顔をしていた。まるで眠っているよう。
薄っすらと赤みを帯びた顔は大好きなお酒のせいだろう。
ちょっと飲み過ぎてひと眠りしているだけだから心配するなよ。
そんな声が聴こえたような気がした。だから少しも悲しくはない。
2020年10月20日(火) |
ヒトハカナラズシヌノダ |
窓からほっとするような三日月が見えている。
日中の暖かさをそのままに夜気のなんと心地よいこと。
昨夜のちょうど今時分だった。
突然の訃報が舞い込み一気に慌ただしい夜となる。
いとこの「かず兄」が亡くなった知らせ。
妹と二人暮らしでその妹からの電話だった。
どんなにか心細い事だろうと大急ぎで駆けつける。
警察官が来ており遺体を署に運ぶと言う。
その事務的な事態に戸惑うばかりだった。
それまでに2時間ほど事情聴取のようなやり取りがあり
悲しみよりも憤りの気持ちが込み上げてくる。
そうしてあっけなくまるで荷物のように運ばれて行く。
検死の結果が今日分かり外傷は無く急性心不全ではないかとのこと。
やっと遺体が家に帰ったのはお昼前だったそうだ。
悲しんだり嘆いたりする暇はない。次は葬儀の準備が待っていた。
私も未だ実感がない。あの穏やかな「かず兄」が死んだとは信じられず
これは悪い夢なのではないかと今もそう思っている。
けれども真実ならば受けとめるしかないのだろう。
死がまた身近になった。ヒトハカナラズシヌノダ。
午後7時。じいちゃんのいとこが急逝しました。
曇りのち晴れ。陽射しがとてもありがたく感じる。
朝の最低気温が日毎に更新されていて初冬並みの寒さだった。
目覚めるなり靴下を履きベストを羽織り電気ストーブで暖をとる。
少しずつ寒さに慣れなければいけない。苦手な冬であってはならない。
お舅さん義父の命日で午後からお墓参りに。
もう38年もの歳月が流れてしまったのかと感慨深い。
娘が歩き始めたばかりの頃だった。
「おう、歩けるようになったか」と義父の笑顔が懐かしく目に浮かぶ。
おじいちゃん子だった3歳の息子がお棺にすがって泣きじゃくった。
あの悲しい秋の日を息子は今でも微かに憶えているそうだ。
孫が増え今ではひ孫も出来て今日はまた新しい命が生まれる。
まあちゃんに弟が生まれてお姉ちゃんになったのだ。
「ひいじいちゃんにおしえてあげる」と言って一緒にお墓参りに。
それはなんとも微笑ましい光景でふと目頭が熱くなる。
命日が誕生日になるなんてなんだか奇跡のようなこと。
先ほど娘たちが帰宅しいつもの賑やかさが返って来た我が家。
テレビからは「サザエさん」の歌が流れ平和そのものである。
いつもと変わらないことが愛しくてならない夜のこと。
2020年10月17日(土) |
明日はきっと晴れるだろう |
ぐんと肌寒く雨の一日。朝よりも日中の方が寒さを感じる。
何か羽織る物をと押入れから取り出したのは
姑さんの形見分けにいただいていた毛糸のベストだった。
それがなんとあたたかいこと。懐かしいぬくもりを着て過ごす。
昨夜から娘たちが泊りがけで出掛けており
静まり返った我が家の寂しさもひとしお。
「ふたりきりもたまにはいいじゃないか」と言いつつ
やはり孫たちの声が聴こえないとしんみりと寂しいものだ。
夕食の支度もそこそこに鯵の干物を焼いて食べる。
あと冷凍餃子。スーパーで買ったポテトサラダ。
毎日の目まぐるしい忙しさに比べるとずいぶんと楽。
手抜きが出来るうちにと笑い合うのも愉快であった。
夕方のコンビニでお遍路さんに会って少しだけ会話。
今夜は大橋のたもとで野宿をすると言うので
お大師堂へ泊るようすすめたけれど駄目だった。
コンビニの近くが良くテントを張るから大丈夫と。
おせっかいだったなかと少ししゅんとしていたら
「気遣ってくれてありがとうございます」と笑顔で
なんだか救われたようにほっとして嬉しかった。
やはり声をかけることは大切なことなのだなと思える。
幸い雨も小降りで今夜のうちにやみそうな気配。
明日はきっと晴れるだろう。お遍路さんの旅の無事を祈っている。
2020年10月16日(金) |
Okay, that's good. It's all right now. |
曇り日。少しの肌寒さも秋の深まりかと感慨深く思える。
北国からは初霜の便り。全国的にこの秋一番の冷え込みだったそう。
夜明け前、いつものように心細く短歌と詩を綴るSNS。
その拙いものを英訳してくださる方がいてとても驚いている。
たとえば
Okay, that's good.
It's all right now.
私の詩では
よしよしそうかそうか
もう大丈夫なのだから
これが奇跡でなくてなんだろうと感謝と感動で胸が熱くなるのだった。
これほどの励みがあるのだろうか。これほどの救いがあるだろうか。
今まで日の目など見たことがない老いぼれの私にもかすかに光が射す。
なんとしても生き永らえてこの世に残す「こころ」を記したいものだ。
明日も書けるのだろうか。自信はまったくない。
その自信のなさを言葉にすることはきっと出来るだろう。
爽やかな秋晴れ。気温は夏日だったけれどずいぶんと過ごしやすい。
明日からお天気は下り坂で一気に気温が下がるとのこと。
北海道の山に初冠雪。北国はもう冬支度になることだろう。
仕事を定時で終わらせてもらって母の施設がある病院へ。
9月分の支払いを済ませケアマネさんにも会うことが出来た。
母とは度々電話で話しているのであえて面会は希望せず。
先日の電話で可愛がっていたぬいぐるみが盗まれたと嘆いていたのを
ケアマネさんも気遣ってくれて施設内にあった犬のぬいぐるみを
母の為にと枕元に置いてくれているそうだ。ありがたいこと。
それがよほど嬉しかったのか笑顔で過ごしていると聞きほっとする。
同時に母の寂しさを痛いほどに感じてせつなさが込み上げてきた。
ぬいぐるみをまるで我が子のように抱きしめて眠っていることだろう。
いつもより早めに帰宅出来たのでけい君のお迎えに行く。
今朝は学校へ行きたくないと泣いていたそうで気になっていた。
「道徳」の授業で先生から厳しく指導されているとのこと。
他の子は感想文が書けるのにけい君だけ書けないのだそう。
人一倍感受性の強い子なのだ。どうしてそれを分かってくれないのか。
参観日の日に息子が直談判したそうだけれど未だ改善は見られず
まだ一年生だと言うのになんとも可哀想でならなかった。
「今日は道徳があるからいや」と泣く子の事をどうか知ってほしい。
「けい君今日も楽しかった?」と訊くと「うん、楽しかった」と。
算数の授業がいちばん好きなのだそう。笑顔でそう話してくれる。
マンションの駐車場からまだ大きなランドセルを背負って走る。
「おかあさんいる?」「いるよ、まっているよ」
「おかあさんただいま〜」「けい君おかえり〜」
ハグをするふたりに微笑みながらふと涙ぐみそうな午後4時のこと。
連日の夏日も今日が峠のよう。ゆっくりと寒気が南下してくるのだそう。
あちらこちらに満開の秋桜。私は白い秋桜がとても好きでならない。
青空によく映える。純白であることはまるで希望のようなこと。
朝の山道でパトカーとすれ違う。その後消防のレスキュー車。
救急車と続きまたパトカーが2台も行く。それはただならぬこと。
いったい何事だろうと首をかしげながら職場に着くと
義父が血相を変えて出掛けようとしているところだった。
私が谷へ転落したのかもしれないと思ったのだそうだ。
「おお、無事か!」と安堵した様子で駆けつけて来てくれる。
心配してくれたのがとても嬉しかった。「私は大丈夫よ」
お昼前に情報が入り県道から奥の工事現場で転落事故があったそう。
運転手は幸い軽症とのこと。大事に至らなくてほんとうに良かった。
ふと明日は我が身かと思う。運転には細心の注意をしなければ。
義父に心配をかけないよう明日も安全運転で出勤しよう。
仕事を終えて帰宅。娘が一足先に帰っていてほっとする。
このところほぼ毎日洗濯物をたたんでくれているのだ。
それがどれほど助かっていることか娘には感謝しかない。
夕食後、めいちゃんがまた食器を洗ってくれた。
小さな手を泡だらけにしながら一生懸命のお手伝い。
その姿のなんと微笑ましいこと。ありがとうねめいちゃん。
「幸せのかたち」それは目には見えないけれどこんなにも感じるもの。
感謝の気持ちさえあれば誰だって幸せになれるのだと思う。
私はなんて恵まれていることでしょうか。
最高気温がまさかの29℃。夏の名残と言うべきなのだろうか。
天気予報では週末にかけてぐんと気温が下がるのだそう。
寒暖の差は老体に厳しいけれど負けるわけにはいかない。
そう言いつつ弱音を吐きそうになる。負けても良いのだろうか。
「自分をゆるす」それはとても大切な事に思えてならない。
めいちゃんが玄関先でめだかを飼っていて
どうやら赤ちゃんが生まれたよう。
水草に卵のようなものがくっ付いていて娘が別の水槽に移していた。
それが今日見たら生まれたばかりのような小さな赤ちゃん。
めいちゃんより先に娘が感動して大騒ぎになった夕暮れ時のこと。
娘が「めいちゃんおかあさんになったのよ」と言う。
きょとんと不思議そうな顔をしているめいちゃんに
ちゃんとお世話をして育てたのはめいちゃんなのだから
この赤ちゃんのお母さんはめいちゃんなのだとおしえていた。
そんなやり取りを台所で聞きながら微笑ましくてならない。
娘がなんだか自分の娘ではないような不思議な気持ちにもなった。
めだかの赤ちゃんのお母さんのお母さんそのお母さんが私なのだ。
めだかのおかあさんになったのがよほど嬉しかったのだろう。
ハイテンションになっためいちゃんが食器を洗ってくれた夜。
連日の夏日。今日は風がなく蒸し暑さを感じるほどだった。
セイタカアワダチソウ。漢字で書くと背高泡立ち草なのだろうか。
まだ若きススキと肩を寄せ合うように咲いている姿は秋そのもの。
「ぶた草」とも呼ばれ嫌われものだけれど私は可愛くて好きだなと思う。
繁殖力が凄いのは生き抜くためなのだと聞いたことがある。
とても強く逞しい植物なのだ。生きるための花そうして放つ種。
今日からけい君の送り迎えが始まる。
じいちゃんが一手に引き受けてくれてとても助かった。
息子のマンションから学校までは2キロほどだろうか。
スクールバスはなく学校側は親の送迎を義務付けている。
決して歩けない距離ではないと思うのだけれど
それが許されるのは2年生になってからなのだそうだ。
持病があるお嫁さんは車の運転を医師から止められており
息子も職業柄不規則な生活をしており毎日はとても無理だった。
これまでお嫁さんの実家のご両親にお世話になっていたけれど
お母さんの持病が悪化し寝たきり状態になってしまったとのこと。
昨日の息子からの電話でそのことを知らされ
けい君が学校を休んだ日もあると聞きなんとも複雑な気持ちになる。
休ませるくらいならどうしてもっと早く頼ってくれなかったのかと。
もう二度とそんなことがあってはならないと強く思う。
父や母になんの遠慮があるものか。息子の心境も計り知れない。
けい君の小学校はマンモス校で運動会も観客制限があって行かれず
「運動会は楽しかったかい?」とじいちゃんが訊いたら
「すんごい楽しかった」と笑顔で応えてくれたそうだ。
かけっこは4番だったそう。それも4人で走ったのだそうで
じいちゃんは思わず笑ってしまったそう。けい君らしいね。
いっしょうけんめい走ってがんばったのだものえらかったね。
じいちゃんの話を聞きながらけい君の笑顔が目に見えるようだった。
秋晴れと言って良いのか日中は30℃近くまで気温が上がり
とても10月とは思えない暑さになった。
先日衣替えをしたばかりなのにまた半袖を引っ張り出して着る。
早朝から川仕事へ。爽やかな川風のなんと心地よいこと。
漁協で種付けを終えた海苔網がすべて整い準備完了となる。
例年よりも高い水温。不安がればきりがないことで
ただただ順調な成育を祈りつつ作業を終えたことだった。
作業中に息子から着信あり。また心配事がひとつ増える。
なんとしても助けてあげなくてはいけない思いでいっぱいになった。
困った時こそ頼ってくれる。頼りがいのある親でありたい。
朝から「ラーメン、ラーメン」と無性に食べたくてならなかった。
先日SNSで知った「市場食堂」は残念ながら定休日。
ドライブがてら四万十町の「椿食堂」へ行きたかったけれど
じいちゃんが宿毛市へ行きたいと言い出す。
引退した豊ノ島関の特別展が文教センターで開催されているとのこと。
私もファンなので「それはいいね」と意気投合して早速出掛ける。
思ったよりも小さなスペースだったけれど立派な化粧まわしや
大きな座布団。トロフィーや写真等も展示してあり見応えがあった。
そうしてお腹がペコペコ。「よっしラーメンだな」とじいちゃん。
帰り道のレストラン「一風」でラーメンセットを食べた。
椿食堂のラーメンには敵わないけれどそれなりに美味しい。
「よは満足であるぞ」と笑顔で帰路についたことだった。
よき「ラーメン日和」穏やかな夜にこれを記す。
爽やかな秋晴れ。台風の名残の風があったけれどそれも心地よい。
めいちゃんの運動会も予定通りに行われほんとうに良かった。
コロナ禍のこと検温や手指の消毒など異例の事もあったけれど
家族皆が揃って応援に行けて何よりだった。
毎日いっしょうけんめいに練習していた竹馬の披露。
足の指に豆が出来て痛くてたまらなかったのを
保育士さんが「がんばり豆だよ」と言ってくれて
「めいちゃんがいちばんにがんばり豆ができました」と
お便りに書いてくれてとても喜んでいたこと。
今日はその成果を最大限に発揮できたのだと思う。
感動で胸がいっぱいになって思わず涙ぐんでしまった。
めいちゃんえらかったね。ほんとうによくがんばりました。
保育園最後の運動会。おとなになってもきっと憶えているね。
おばあちゃんも決して忘れません。素晴らしい思い出をありがとう。
土佐沖を北上している台風の影響なのか雨の一日。
幸い大雨にはならずにいてくれて今はもうやんでいる。
海は大荒れのようでごうごうと海鳴りが聴こえている夜。
明日は晴れの予報。めいちゃんの運動会も予定通りに出来そうだ。
いつもは小食のめいちゃんが今夜はたくさん食べてくれた。
「いっぱい食べてあしたはがんばろうね」とみんなで声をかける。
「うん!」と元気に返事をしてモリモリと食べる姿の微笑ましいこと。
保育園最後の運動会だもの。きっと全力で頑張ってくれることだろう。
家族みんなで楽しみにしていて私もわくわくとしている。
楽しみなことがあるとゲンキンなもので不安も何処へやら。
なんだってこいと強気になるのは不思議なものだ。
ようは気の持ちよう。くよくよと考え込んでいては
幸せも逃げて行ってしまうのだろうと思う。
たまには弱音を吐いても良いけれど心を弱くしてはいけない。
その弱音の根本を自分で見つけ出す「ちから」が必要なのだ。
自分の心理を知ることは生きていく上でとても大切なことだと思う。
私はこうして書く場所を与えられているおかげで
自分と向き合うことが出来ているように思う。
他の誰からでもない。叱咤激励をするのは自分自身なのだ。
2020年10月08日(木) |
夢は叶えるためにある |
二十四節気の「寒露」とうとう秋も深まり冷たい雨となる。
雨に濡れる秋桜のなんと健気なことだろう。
彼女たちは「冷たい」と嘆くこともしないのだった。
台風14号はどうやら土佐沖を通過しそう。
大きな影響はなさそうだけれど明日は大雨になるとのこと。
油断し過ぎてもいけないのだろう。用心に越したことはない。
めいちゃんを保育園に送り届けて山里の職場に向かう朝。
国道から山道に差し掛かった処を団体のお遍路さんが歩いていた。
徐行しながら数えてみたらなんと25人ものお遍路さん。
老若男女でおそらくバスツアーだと思われる。
バスばかりではなくちゃんと遍路道を歩く行程もあるようだった。
その姿を見て思わず目の前がぱあっと明るくなった。
そうだった。私にも夢があったのだと一瞬にして思い出す。
いつか、それはいつになるのか分からないけれど
仕事を退職出来たらバスツアーのお遍路に行きたいと思う。
うんきっと叶えよう。夢は叶えるためにあるのだと意気揚々の朝のこと。
そのためにはなんとしても長生きをしなければならない。
死んでたまるか。くたばってたまるか。負けやしないぞ。
晴れのち曇り。今夜には雨になりそう。
台風の進路がとても気になるけれど影響は避けられないだろう。
昨夜のパニック状態が嘘のように今朝は落ち着いていた。
いつもと変わらない朝のなんとありがたいこと。
あやちゃんの早起きは今朝から5時に変わる。
自分でも無理をしていたことにやっと気づいたのだろう。
5時なら大丈夫。二度寝をすることもなく朝食も一緒に食べる。
いつまで続くのか分からないけれど手助けをしてあげたい。
昨夜の事もあり「死」について深く考える。
いつからこれほどまでに死が身近になってしまったのだろう。
「生きたい」欲と闘いながらも死の恐怖におびえている自分がいる。
「死ぬ時には死ぬ」とあっけらかんとしていられたら
どんなに救われることだろうか。生の執着から逃れて。
いっそ余命を知らされたほうが楽なのではないかとも思う。
ある日突然であることがどうしても受けとめられない。
自分が死んでしまう夢をよく見る。
それはいつも喉に何かが詰まって息が出来なくなる夢だった。
「死んだ」と思う。もう叫ぶことも出来ない夢。
それが夢だとわかるととてもほっとするのだけれど
ふとそんなふうに死ぬのだろうかと漠然と考えるのだった。
死に方は誰にも選べない。自死は大罪だと思う。けれども
生き方は選ぶことが出来る。たとえ今日限りだとしても
それが与えられた寿命と言うものなのだろう。
私は生きたくてたまらない。なんとしても人生を全うしたい。
もうじゅうぶんに生きたと心からそう思える日まで。
快晴の空に白い月がぽっかりと浮かぶ朝。
このまま秋晴れが続いてくれたら良いのだけれど
台風14号が近づいており週末には大荒れになりそう。
めいちゃんの運動会も延期になってしまいそうだ。
夕方からなんとなく不調を感じていたのだけれど
さきほど血圧を測ったらいつもよりずいぶんと高い。
今夜は大事を取って早めに床につこうと思う。
なんのこれしきとは思えない。不安で押しつぶされそうだ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」呪文のように唱えている。
おやすみなさい。またあした。
2020年10月05日(月) |
明日はあしたの風が吹く |
夜明け前に少しだけ雨が降ったけれど日中は晴れ。
気温が30℃近くなりとても10月とは思えない暑さ。
それでも吹く風は秋の風でどこからか金木犀も香る。
ふと母が植えていた金木犀かもしれないとさがしたけれど
雑草が生い茂っておりその姿は見つけられなかった。
すっかり荒れてしまった庭。母が見たらきっと嘆くことだろう。
月曜日。今日からまた早起きをすると言うあやちゃんを起こす。
カンチョー3回で起きず手足をこそばしてやっと目を覚ます。
そのまま朝ご飯までタブレット三昧をしているはずだったけれど
「ご飯よ」と呼びに行ったらタブレットを抱いたまま眠っていた。
もう限界なのではとじいちゃんと苦笑いをしたことだった。
後から「もうやめようよ」と言ったら「いやだ!」と怒る。
結局明日の朝も早起きの手助けをすることになった。
仕事がとても忙しかった。新車の納車もある。
車検もある。オイル交換もある。バンパーをぶつけたお客さんも。
同僚が少しパニック気味になっておりフォローを心がける。
義父の手助けがないと同僚一人ではとても手が回らない。
「また暇な日もあるけんね」それが精一杯のフォローだった。
明日はあしたの風が吹くだろう。なんとかなるしなるようになる。
もう秋だもの。きっと爽やかな風にちがいない。
早朝には青空が見えていたけれどすぐに曇り空。
みかん色の月も白い月に変わりやがて山影に沈んでいく。
自室の北窓をあけるとたわわに実をつけた柿の木がある。
もう色づき始めていてついつい窓から手を伸ばしたくなる。
裏のお宅が空き家になってからずいぶんと歳月が流れた。
主なき家の庭の柿の木はなんだか寂し気でせつない、
午前中に一時間ほど川仕事へ。久しぶりの川船の心地よいこと。
漁協で種付けをしてもらった海苔網を漁場へ張る作業だった。
まだ胞子の種は目には見えないので半信半疑にもなるけれど
きっと緑の芽が出ることを信じて「どうかどうか」と祈る。
川の水温はまだ高く冬の寒さを待ち望まずにはいられない。
午後、あやちゃんとめいちゃんが取っ組み合いの喧嘩。
めいちゃんが足でキックしたのがあやちゃんの頬を強打する。
痛がって泣きじゃくるあやちゃん。聞けば先に手を出したのは
あやちゃんだそうでめいちゃんを叱るわけにもいかなかった。
娘は仕事、娘むこも午後から釣りに行っており留守中のこと。
ふたり仲良く遊んでいたのでまさかの大喧嘩だった。
「ごめんなさい」と反省するふたりが微笑ましくもあった。
本気で喧嘩できる相手がそばにいることはありがたいことね。
これも成長のひとこまとあたたかく見守ってあげたい。
日中は25℃を超え夏日となる。風は爽やかな秋の風。
はんぶん夏ではんぶん秋。今がいちばん過ごしやすい季節なのだろう。
彼岸花が盛りを過ぎもう枯れ始めてしまった。
茶色くなってうなだれている姿はとても憐れに思う。
彼岸花も散れない花なのだ。どんなにか散りたいだろうに。
そんな花に我が身をかさねる。私も潔く散れないのだろうかと。
土曜日で孫たちの超早起きもひとやすみ。
それでも気になってしまって子供部屋をそっとのぞくと
ふたりとも布団をけとばして寝ていて風邪をひいてしまいそう。
そっと布団をかける。さすがにカンチョーは出来ない。
娘夫婦が仕事だったので私は仕事を休ませてもらっていた。
じいちゃんが「助かるな」と言ってくれる。
お昼ご飯を食べさせるのがいちばん大変なのだそう。
一日孫たちと過ごすつもりでいたけれど
思いがけずにまあちゃんと両親が誘いに来てくれて
公園に遊びに連れて行ってくれた。なんとありがたいこと。
それがお昼になっても帰らず心配になって電話したら
なんとファミレスで昼食をごちそうになっているとのこと。
ありがたいを通り越してなんとも恐縮せざるを得なかった。
あやちゃんに千円持たせていたけれどそれでは足りなかっただろう。
案の定「いいよ、いいよ」と言ってくれたそうでゴチになっていた。
午後4時前にやっと帰って来る。ふたりともよほど楽しかったのか
ハイテンションであやちゃんが一部始終を話してくれた。
今夜はそのことを作文に書くのだそうで意気込んでいて
「おばあちゃん?まあちゃんはあやたちのなに?」と訊きに来る。
あやのお母さんとまあちゃんのお母さんはいとこだから
「ふたいとこよ」と教えると「ふたいとこ?どんな字?」と。
ひらがなで「ふたいとこ」って書いたらいいよとおしえる。
「そっか、まあちゃんはふたいとこなのか」きょとんとしている。
その仕草が可愛らしくて思わず微笑まずにいられなかった。
さてどんな楽しい作文が出来るでしょう。
書けたらおばあちゃんに真っ先に読ませてね。
夜明け前にお月見。中秋の名月だけあってそれはきれい。
今夜は十六夜の月で満月なのだそう。なんだか不思議。
明日も月明りを楽しみにしていよう。暗闇は心細いけれど
ぽぽっと明るいとなんだか誰かが待っていてくれるような気がする。
道は見えないだけで確かに道はある。それをおしえてくれる月明り。
午前4時。そっと子供部屋をのぞくとなんとあやちゃんと一緒に
めいちゃんも寝ていてびっくりと思いがけなかった。
まずはあやちゃんに「カンチョー」3回目でやっと目を覚ます。
さすがに4日目ともなると眠くてたまらないのだろう。
それでもガバッと起き上がると「おばあちゃんおはよう」と笑顔。
めいちゃんはまだ無理だろう寝かせておこうと思ったら
「ぜったいにおこして」と昨夜言い残して眠ったのだそう。
「おこさないとキレるよ」とあやちゃんが言うのではらはら。
おそるおそる起こしてみたらそれでもムクッと起き上がる。
ふたりをそのままにして隣室へ行き私はわたしの時間を過ごす。
某SNSのタイムラインにHさんを発見して嬉しかった。
もう仕事に出ている時間だなと思いながらその姿を目に浮かべる。
とは言っても顔も知らない会ったこともないひとなのだけれど
波長がとても合うと言うかとても心地よい繋がりを感じている。
それをそのまま短歌にしてみた。きっと待っていてくれる気がして。
そうしたら「いつも待っていますよ」と後からコメントをいただく。
ああちゃんと伝わったんだなとすごくすごくほっとした朝のこと。
午前5時半。子供部屋はこのようなありさまでした。
夜明け前にそれはそれは綺麗な月が見えた。
今夜が中秋の名月なので宵待月と呼ぶのだろうか。
月明りに照らされているととても救われたような気持ちになる。
そうしてふっと自分は何にこだわっていたのだろうと思う。
相応しいとかふさわしくないとかもうそんなことはいい。
こころにあかりを灯す。それがいのちでなくてなんだろう。
約束の午前4時。子供部屋をそっとのぞいたら
あやちゃんが布団からお尻を出してぐっすりと眠っていた。
「カンチョー」と声を出してお尻の穴に指を突っ込んで起こす。
素晴らしい寝起きの良さ。カンチョーにもめげずにっこり微笑む。
そうして素早くタブレットの電源を入れたのは言うまでもない。
愉快で可愛らしいものだなと思う。三日坊主だよと笑うじいちゃん。
さあどうでしょう?明日も4時に起きるのだとやる気満々であった。
夕方のことびっくりと嬉しいことがあった。
保育園から帰って来ためいちゃんが自転車の補助輪を外して
ほんの3分で自転車に乗れるようになったのだった。
「おばあちゃんはやくきて」と呼ぶので外に出てみたら
もう路地をすいすいと走っているところだった。
これにはほんとうにびっくりした。思わず「めいちゃん天才」と。
「すごいね、すごいね」と言えばすっかり得意顔になっていた。
こどもはそうして自信をつけていく。ほめられて成長していく。
ふとおとなもそうなのかなと思ったけれど
私は例外のよう。おとなになると欲深くなるからにちがいない。
純真なこどものこころにかえれるものならかえりたいな。
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