ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年07月31日(水) 生きているということ

最高気温が36℃、今日も猛暑の一日となった。
蝉たちが声を限りにして鳴き続けている。
儚い命の証しのように真夏の空に風に放たれていく。

気がつけばもう七月も最後の日。
立秋を指折り数えているけれど、まだまだ暑さが続きそうだった。
夏の楽しみをもっともっと見つけたいものだなと思う。


「辛い」と思えばどんどん辛くなってしまうもの。
それは底なし沼のようにどんどんと深みにはまっていく。
光を見失ってしまったひとの気持ちがよくわかる。
とても他人事には思えなくてともに涙するときが私にもある。

「希望」とはいったいどこから生まれてくるのだろう。
天が授けてくれないのだとしたら自分の心でそれを生み出していかなければ。

いけない。わかっているけれどどうしようもできない時が誰にだってある。

ある方の日記を読んでいて、ずっと昔の記憶がよみがえってきた。
若き日の自分を重ねてみると心の奥がずきずきと痛むようだった。

パソコン画面に手を合わす。南無大師遍照金剛と何度も唱えることしか出来なかった。



気を取り直して「楽しい」ことを考えてみる。
こうしてのほほんとしながら日々を綴る毎日だけれど
時には無神経で時には誰かの心を傷つけているかもしれなかった。

けれどもささやかな日常こそが幸せなのだと思う気持ちを大切にしたい。

「楽しい」ことを考えていると自然と笑顔になる。

その笑顔がずっとずっと続きますように。それが私の生きているということ。



2013年07月29日(月) くまモンを買ったよ

曇り日、気温はさほど高くないのだけれどとても蒸し暑かった。

今日こそは山里の職場へと思っていた矢先
今度は娘が熱を出して寝込んでしまった。

綾菜はまだ保育園をお休みしているので
急きょお守りをすることになって夫と二人で迎えに行く。

病院へは行かないと言う娘を無理やり行かせてみると
急性の「扁桃炎」だということ。疲れがたまっていたのかもしれない。
綾菜は私たちに任せてとにかく安静に寝ているように言って聞かせた。


綾菜を連れて三人で買い物。夫がスーパーに行くのはめったにないこと。
それがなんだか新鮮な感じがしてとても楽しいお買い物だった。
レジで支払いを済ませていると、夫と綾菜が何かにくぎ付けになっていた。
そこは「くまモン」の特設コーナで綾菜がとても気に入っている様子。

一度はクルマに戻ったものの、夫が「くまモン」を買ってあげようと言い出す。
「高いのに」って私が言うと、俺の財布で買って来いとまで言い出した。

それにはさすがに私も負けてしまって急いで買いに走って行った。

可愛いくまモン。袋から出すとさっそく抱っこして大喜びの綾菜だった。
帰宅してお布団に寝かせたり、よしよしと撫でたりしてよく遊ぶ。


夕方、晩御飯も食べさせてから綾菜を連れて行く。
よかった。娘の熱は下がっていてもう大丈夫のようだった。

明日は綾菜も保育園に行けるし、また平穏無事な日々が始まるだろう。

いろんなことがあるけれど、みんなでぼちぼちと乗り越えていきたいものだ。



2013年07月27日(土) ねんねはいやいや

昨日は久しぶりに雨が降ってとても涼しかったのだけれど
今日はまた夏空がかえってきて猛暑の一日となる。


昨日、今日と孫の綾菜のお守り。あっという間の二日間だった。
「手足口病」と聞いて心配していたのだけれど
思ったよりも元気そうでほっと胸を撫で下ろす。

昨日は夕方まで熱が下がらず、ほぼ一日中寝てばかりだった。
でも食欲はあってミカンの缶詰を喜んで食べてくれた。

今日はちょっとご機嫌ななめで朝から泣いてばかりいたのだけれど。
午後からはお昼寝もせずにジージを相手に玩具でよく遊んだ。
「ねんねしようよ」と誘っても首を横に振って「いやいや」をする。
これにはちょっぴり参ってしまって、遊び相手のジージも疲れたようだ。


夕方娘が迎えに来た時も、遊びに夢中で母親が目に入らない様子。
それだけ元気になったということだろう。娘も苦笑いしながら喜んでいた。

まだ発疹はたくさん見えていて痛々しいけれど、峠は越えたのだろうと思う。
明日、明後日は娘が休みなので火曜日から保育園に行けるようになりそうだ。

保育園でいちばん仲良しのお友達も「手足口病」でお休みしているそうだ。
ふたりとも元気になったらまた一緒にいっぱい遊ぼうね。

「ばいばい」と手を振って綾菜と娘が帰って行く。

見送る時はやっぱりさびしい。我が家は火が消えたように静かになる。






2013年07月25日(木) 明日になってみなければ

朝の道で稲刈りの風景を見た。はっと気づくともう黄金色の稲。
早いものだなあと思う。農家の人たちはそれを「秋」と呼んでいる。


二日仕事をお休みしていたので、今日はちょっと忙しかった。
また明日ねと母と約束をして家路についたのだけれど
帰宅途中に娘から電話があって、孫の綾菜が「手足口病」になったらしい。
保育園で流行っているようでそれはどうしようもないことであった。

明日、明後日と二日間のお守りを頼まれる。
心配はもちろんのことだけれど、娘がそうして頼ってくれるのが嬉しくもあった。

どうか早く良くなりますように。そればかりを祈っている。
帰宅するなりすぐにお大師堂に行って手を合わせたのは言うまでもない。

どんなに毎日手を合わせていても、何があるかわからないものだった。
日々が試練である。それを受け止める気持ちが大切に思う。


明日になってみなければわからないことをくよくよと考える悪い癖。
いつも夫に言われる。「悪いほうにばかり考えるのはよせよ」って。

そうね。思ったよりも元気な綾菜に会えるかもしれない。
また玩具でいっぱい遊んで一緒にお昼寝をしようかな。

しんどかったらバーバがいっぱい抱っこしてあげるよ。

だいじょうぶね綾菜。頑張って早く元気になろうよね。



2013年07月24日(水) 吹き抜けていく風

最高気温が36℃、猛暑にも慣れてきたとはいえさすがに参ってしまう。
そういえば昨日が「大暑」だったようだ。あとは「立秋」を待つばかり。


今日も姑さんのリハビリの日。一週間がとても早く感じる。
朝はヘルパーさんが来てくれて身支度を整えてくれるのだけれど
迎えに行ったらもう車椅子に乗って出掛けるのをとても楽しみにしていた。

今日は姪っ子も一緒に行ってくれて姑さんも大喜びしていた。
来週はちょうど月末で私が仕事を休めないこともあって
姪っ子が私の代わりをしてくれるそうでとても助かる。

家族みんなで助け合うこと。それが何よりも大切なことだと思う。


リハビリを終えると帰り道のスーパーに寄るのも姑の楽しみになっていて
クルマの中で待っているのだけれど、食べたい物をちゃんとリクエストしてくれる。

お惣菜コーナーで一人分のおかずをいつも買うのだけれど
たまには手作りの物も食べさせてあげたいなといつも思う。
気忙しさや暑さのせいにしてついつい手を抜いてしまう私に
何一つ文句も言わず「ありがとうね」って言ってくれる姑に感謝している。



午後はふと思い立ったように髪を切りたくなってしまって美容院へ行く。
うなじのあたりがもそもそと暑苦しかったのがさっぱりと気持ちよくなった。
ちょっぴり鬱々と考え込んでしまっていたことも吹っ飛んでしまったみたい。

髪を切ると心も軽くなる。これはほんとうのことなのだとつくづく思った。

一気に気分が明るくなって、そうだ綾菜のビニールプールを買いに行こう。
そうしたら今度の日曜日にまた遊びに来てくれるかもしれないなんて思う。
さてさてバーバの作戦は成功するかしら。それは日曜日のお楽しみであった。



夕方のお大師堂でいつものように手を合わす。

吹き抜けていく風そのものが「しあわせ」なのだなと思った。





2013年07月23日(火) おばちゃんありがとう

先月亡くなった叔母の35日の法要があった。

生前は仕出し屋を切り盛りしていた叔母のかつての仕事場で
従姉妹たちみんなでいろんなお料理を作って準備をする。

もちろんどこにも叔母の姿がない。
そのことがなんだかとても不思議なことのように思えてならなかった。

この35日のなんとあっけなく過ぎて行ったことだろう。
いまだに亡くなったという実感がわかないまま今日を迎えた。

料理には人一倍こだわっていた叔母がすぐそばにいて
「どれどれ」と今にも手を差し出して味見をしているような。
みんなちゃんとやってるかなと監督しているような気がしてならない。

「おばちゃん、出来たよ!」ってつい声に出してしまいそうになる。
でも叔母がいない。その時ふっと寂しさが込み上げてきた。


11時にはお寺さんが来てくれて無事に法要を終えることが出来た。
男性陣はいつまでも飲み明かしている。末っ子の叔父は泣きながら
それでもみんなに励まされて最後には陽気な酒宴となっていく。

みんながこうして集まって飲み明かすのがすごく好きだった叔母が
にぎやかさにきっと喜んで微笑んでいてくれることだろうと思った。

まだまだ日にち薬が必要なのかもしれないけれど
叔母のことを思い出しながらずっと手を合わせていきたいと思う。

今日はとても「いい日」だった。ありがとうねおばちゃん。



2013年07月21日(日) 嬉しい日曜日

連日の猛暑もひと休みなのだろうか。
今日は少し曇っていてちょっぴり過ごしやすかった。

午前中から娘と綾菜が遊びに来てくれて
とてもにぎやかで楽しい日曜日になった。

玩具を部屋中に広げて「はい」と言ってジージに手渡したりする。
ジージの顔はほころび一緒に遊んでいる姿がとても微笑ましかった。

母親がそばにいることなどまったく気にならない様子で
バーバもそっちのけでジージにばかりまとわりつくのもおもしろい。
幼心にいちばん遊んでくれる人がわかっているようだった。

人見知りが激しかった頃は、ジージの顔を見るなり泣いていたのに
今ではジージがいちばんのお気に入りのようであった。


四人でお昼ご飯を食べて四人でお昼寝をする。
綾菜の寝息にすっぽりと包まれて、なんとも平和なひと時であった。


寝起きにみんなでスイカを食べる。甘くて美味しい。
そのあと綾菜がウンチをしてしまって「くしゃいね」って言うと
綾菜も鼻をつまんでみんなの真似をするのも愉快だった。


夕方になり娘が帰り支度を始める。

あーあってバーバは思う。ジージもきっとそう思っていただろう。
また今度の日曜日に会えるかな。会えたらいいなあってすごく思う。

「バイバイ」と手を振るのがとても上手になった綾菜。

みんなで手を振ってお別れ。帰ってしまうとすごくすごく寂しい。


ありがとうねサチコ。ありがとうね綾菜。

ジージもバーバも幸せいっぱいの日曜日でした。



2013年07月20日(土) 食欲の夏

西の空がほうずき色に染まるころ。

「ロバのパン屋さん」が来た。

ぴこぴこぴこぴこと音楽を鳴らして

ああ今にも駆け出して行きたい気持ちをぐっと抑える。

もう晩御飯も食べたしな、夜食に食べたら太るだろうな。

でも食べたいな。すごくうずうずしている間に

「ロバのパン屋さん」は路地を遠ざかって行った。



最近食欲がすごくって自分でもわけがわからないくらい。

お昼にもコンビニの「爆弾おにぎり」を食べたのだけれど

一個では物足りなくて、でも二個食べたら食べ過ぎてしまうし。

我慢しなきゃって思った。それがちょっぴりストレスになる。




テレビでよく見る大食いの人たち。決して太ってはいない人ばかり。

その人たちにあこがれている。あんなふうにたくさん食べてみたいな。

好きなもの。パスタとかピザとかお好み焼きとか、他にもいっぱいある。

それを次から次へと平らげられるような大きな胃袋がほしい。

でもいくら食べても太らないの。そうテレビの人みたいにスマートに。


ふう・・いくら考えても無理か。でも考えるのがすごく楽しい。



2013年07月19日(金) どんな日もあるもの

夕方あんずと散歩に行った時のこと
地元の高校のボート部の生徒さんたちが練習をしているのが見えた。
長いボートに5人くらい乗っていてなんだかロボットみたいな動き。
それはすいっとすいっと川面を気持ち良さそうに横切って行った。

南風が心地よく吹き抜けていく土手でしばしあんずとたたずむ。
日中の暑さが少しずつやわらぐ頃、なんだかとてもほっとするひと時だった。



昨夜のこと、もうお役御免かなとちょっぴり寂しく思っていたのだけれど
ぼんやりとしていたら義妹から電話があってすぐに来てほしいと言う。

すっかり落ち着いて来ていた姑にまた異変があったようだった。
駆けつけてみると今までにないようなひどい幻視が起こっていた。
一時的なものだと思うのだけれど、なんとも困ったことになってしまった。

また主治医の先生に相談してみることも考えたけれど
義妹はしばらく様子をみたいと言うので私もうなずくしかなかった。

良い日もあれば悪い日もあるということだろう。
これは気長に見守っていくしかないのだと思う。

今夜もこれから様子を見に行こうと思っている。

笑顔でいてくれたらいいな。そればかりを願っている。



2013年07月18日(木) ぽっかりと空いた夜に

昨日よりも今日と暑さが競い合っているようなこの頃。
今日も猛暑日となりうだるような暑さとなった。
夏は決して嫌いではなかったはずなのに
こころのどこかでは早く過ぎ去ってほしいと願っている。
まだまだこれからの夏だもの。うまく付き合っていきたいものだ。


仕事帰りにそのままクルマでお大師堂にお参りに行く。
やはりとても涼しい。自然の風ほどありがたいものはない。
ゆらゆらと風に揺れるろうそくの炎を見ていると
なんだか「いのち」が揺さぶられているような不思議な気持ちになった。

だいじょうぶ。生きているよねって確かめるように手を合わす。
そうして平穏無事に感謝する。ここにこうしていられることのありがたさ。

今日も無事に暮れていく。それは決して当たり前のことではなかった。




夜になると、いつも姑のことが気がかりになり毎晩出かけて行くのが日課だったけれど。
昨夜は義妹が気を遣ってくれたのか、遠回しではあったけれど
もう来なくても良いようなニュアンスで声をかけてくれた。
なんだかほっとしたような。それでいて少し寂しいような気分になる。

このところ姑の精神状態はとても落ち着いていることもあって
私もそろそろお役御免になっても良いのかなと思った。
叔母が亡くなってからひと月、毎晩一緒に唱えた般若心経。
それは些細なことだったけれど、少しでも役に立っていたのだろうか。

ぽっかりと空いてしまった夜をどうやって埋めよう。

半分より少しふっくらとした月を見上げながら物思いにふけっている。



2013年07月17日(水) 百日紅の花が咲くころ

ご近所の庭に咲く百日紅の花がとても鮮やか。

そのお家の老夫婦が亡くなってしまってずいぶんと経つけれど
「主なくとも花は咲く」そのことがちょっぴりせつなく感じる。

県外に住んでいる息子さん夫婦が時々は帰ってくるのだけれど
普段は空き家同然でひっそりとしていてとても寂しい。
そんな寂しさを打ち消すように今年も百日紅の花が見事に咲いてくれたのだ。

愛でる気持ちを大切にしたいと思う。毎日見上げるのがもう日課になった。



今日は姑さんのリハビリの日。毎週水曜日をとても楽しみにしている。
普段は寝たきりの姑もこの日ばかりは活き活きとしていて笑顔でいっぱいになる。

そうして一生懸命に頑張っている姿を見るのがとても嬉しかった。
リハビリの先生はとても優しくて熱心でいつも姑を励ましてくれる。
今日は特別に駐車場まで付いて来てくれて、クルマに乗るまで見守ってくれた。

手を振って見送ってくれる。それは姑にとってどんなに嬉しかったことだろう。
良い先生に出会たことに今さらながら感謝の気持ちでいっぱいになった。

きっと歩けるようになる。そう信じて決して諦めてはいけないのだと思う。

どんなに長い時間がかかってもいい。ずっとずっと見守ってあげたいと思う。

それが私たちに出来ること。夢と希望の「一歩」が待っている。






2013年07月16日(火) 最近のあんず

夕方あんずと一緒に土手にあがると
とても心地よい風が吹き抜けていた。

昼間の暑さがうそのよう。
両手を広げて鳥みたいに羽ばたいてみたくなる。

ひょっこりひょっこりとあんずが歩く。
まるで風に身を任せているかのように
ゆらりゆらりと気持ちよさそうに歩く。

ほんの100メートルくらいだろうか。
もう疲れてしまってやっとの思いで家に帰った。

土手の階段を下りるのが苦手になってしまって
踏み外しては転んでしまうのだけれど
はあはあ言いながら一生懸命に我が家を目指す。

晩御飯も少しだけ。このところすっかり食欲が落ちた。
ドックフードは殆ど食べず、お肉の缶詰ばかり食べている。
それでもガツガツと食べてくれたらとてもほっとする。

犬小屋のまわりにも打ち水をいっぱいして
少しでも涼しいところで寝させてあげたかった。

おやすみなさい。それは一方通行だけれど
のそのそと犬小屋に潜り込む後姿にいつも声をかける。

無事に朝を迎えられますようにそればかり願っている。

どうしようもなく老いることのせつなさ。

けれどもいっしょうけんめいに生きようとしている大切ないのち。




2013年07月15日(月) お大師さんとふたりきり

今朝は少し曇っていて今日は涼しそうだなと思っていたのだけれど
そうは問屋が卸さず午後からまた猛暑が襲ってきた。

昨日は孫三昧をさせてもらってとても楽しかったものだから
今日は何も予定がなくて、なんだかぽっかりと穴があいたような気持ち。
ふっとどこかに出かけてみたくなって夫を誘ってみたのだけれど
運転するのがめんどくさかったのかあっさりと却下されてしまった。

つまらないな・・・と文句も言えず、結局だらだらと過ごしてしまう。
録画していた二時間ドラマなど見ながら時間をつぶすばかりだった。



午後、少し早目にお大師堂へお参りに行く。
それは避暑を兼ねていた。大きな銀杏の木があるお大師堂は
川風もともなってとても涼しい風が吹き抜けている。

浜木綿の花も咲きそれがふっとお遍路さんの姿に見えたりする。
誰かと語り合いたいなと思った。けれどもそこには猫さえもいない。

お大師さんとふたりきり。お供えしてあるおせんべいをひとついただく。
パリポリと音が響く。「美味しいね」って独り言もお大師さんに届くだろうか。

「ご馳走さまでした」手を合わせて帰る時、ふっと何かの気配を感じる。
やはりひとりぼっちではなかったのだと思った。とても清々しい帰り道。



帰宅すると遠き地に住む友人からお中元が届いていた。
普段はとても食べられないマスクメロンが二個も入っていた。
いつも季節の贈り物を届けてもらってほんとうにありがたいことだと思う。
一個はさっそく孫の綾菜に届ける。それから半分こしたのを姑さんに届けた。
ふたりともメロンが大好きなのでとても喜んでくれて私も嬉しかった。


姑は先日病院へ行ってから、一気に精神状態が落ち着いて来ている。
毎晩一緒にお経を唱えていたけれど、それも必要ないようだった。

苦にしていたつもりはないのだけれど、なんとも気楽になってほっとしている。

どうかこの平穏がずっと続きますように。祈る気持ちだけは持ち続けたいと思う。



2013年07月13日(土) いつものようにいつものことを

夏の朝のなんともいえない清々しさが好きだ。
早起きのおひさまが元気いっぱに背伸びを始める頃
朝風が負けまいと大きく深呼吸をしているのを感じる。

洗濯物をたくさん干した。今日も暑くなりそうねと空を仰ぐ。
タオルもパンツも嬉しそう。きっと気持ち良いのだろうなあ。


午前中に買い物に行こうかなと思っていたら
夫が思いついたように息子たちの新居を見てみたいと言い出す。
まだお引っ越しはしていないのだけれど、外から見てみようか。
家から10分くらいと近くてさっそく行ってみることにした。

まわりは田園地帯、すぐ近くに水車もあったりして環境はとても良い。
おまけに新築のマンションでとても綺麗でハイカラな建物だった。

ここから新生活が始まるのだな。なんだか自分のことのようにわくわくする。
どうか何事も順調でありますように。手を合わすような気持ちでその場所を後にした。


帰り道にスーパーに寄って買い物。うどんが半額だったので四玉も買った。
それから明日は綾菜のお守りなので、スイカも買っておくことに。
お昼は冷やしうどんにして二人で四玉のうどんを平らげる。
新生姜をすりおろして冷たいおつゆで食べると最高に美味しかった。
私は食べ過ぎて胃が痛くなる。けれどもすごく幸せだなって思った。


午後は茶の間にエアコンをつけて涼しいところでテレビ三昧する。
録画していた番組を片っ端から見ていたけど、うたた寝もしてしまった。
とろりんとろりんと良い気持ち。すごくまったりとした時間を過ごした。



そうして今日も夕暮れていく。いつものようにお大師堂にお参りをして
いつものようにあんずと散歩に行って、お楽しみの霧の雨も降らしてた。

いつものことがちゃんと出来ること。それがとてもありがたくてならない。

今夜は余裕を持って姑さんにも会いに行けそうだ。
気楽に遊びに行くのだと思って自分に出来ることをしてあげたいと思う。


おや?どこからか打ち上げ花火の音が聞こえてくるよ。



2013年07月12日(金) 霧の雨を降らしてあげよう

夕方になると庭に打ち水をするのが楽しみで
今日は仕事帰りにホームセンターに寄ってホースリールを買ってきた。
新しいのはやっぱり良いな。水の出方が何種類かあって
ミストなんかにするとほんとに霧みたいな水が出てとても楽しい。

花にも水をあげたり、玄関のポーチにも霧の雨を降らす。
あんずにもちょっとかけてあげたら「うわぁ涼しいよ」って顔をして喜ぶ。

ふむふむこれは癖になるな。明日も霧の雨を降らしてあげよう。


そんなこんなで夕方はちょっと忙しい。
お大師堂に行く時間、その後のあんずの散歩。そして水やり。
今日は気が向いたので草むしりもしてしまった。

お風呂に入ってやっと落ち着いたかなと思ったら
姑さんちに行かなければいけなくなってそわそわしてくる。

そんな状態でこうしてパソコンに向かっているものだから
なんだか思うように綴ることが出来なくて苛々したりするのだった。

行けない日があっても良いのじゃないかと夫は言ってくれるけれど
ほんとうにそれでも良いのだろうか。ひたすら良心がとがめるばかり。

出来ることを出来る時にと何度も自分に言い聞かせているのだけれど
出来なくても出来るように努力することも大切なのかもしれなかった。

生活のリズムというか。これまでずっとそのリズムに乗って暮らしてきた。
そのリズムが少しずつ変わってきていて、戸惑っている自分を感じる。

無理をしているのか。いや決してそうではないのだと思いたい。

とにかく慣れること。そうすればもっと気楽に暮らしていけるのだと思う。

姑は今夜も待っていてくれるのだろうか。だとしたら行かなくちゃ。

疲れた・・・ちょっとだけ疲れた。でもだいじょうぶ。私は大丈夫だよ!



2013年07月11日(木) ほっとほっと手を合わす

「暑いですね」って言うのがなんだか合言葉のようなこの頃。

それでも朝の山道はそんな暑さを忘れさせてくれるほど涼しい。
クルマの窓を全開にして清々しい風をいっぱいにあびながら
木立のあいだを縫うようにくねくねと走って行くのが楽しみだった。

今朝は山里に着くなり月見草の花が咲いているのを見つける。
その花を見るといつも思い出す懐かしいひとがいた。
もう20年近く会っていなくて、元気にしているかしら。
会おうと思えば会える距離に住んでいながら
なかなか思うように会いに行くことが出来ずにいたのだった。

会いたい人には会いにいかなくては。
年を重ねるごとにそんな思いが強くなる。




日中はまたまた猛暑に見舞われたけれど
夕方には涼しい風が吹き始めて生き返ったような気持ちになる。
自転車で風に吹かれながらお大師堂に向かった。

そうしたらなんとなく会えそうな気がしていたお遍路さんと再会する。
山梨出身のⅯさん。すっかり顔なじみの仲良しさんだった。
いつも元気なMさんもここ数日の暑さにすっかり参っている様子。
真夏の歩き遍路はどんなにか辛いことだろうと思う。
明日は休養日にしてお大師堂でゆっくりと休むことをすすめる。
Mさんも頷いてくれてまた明日の夕方会う約束をして別れた。

待っていてくれると言う。それはとてもありがたいことだった。


帰宅して今度はあんずとお散歩。
最近のあんずはほんの少しの距離しか歩けなくなった。
それでも毎日の散歩をとても楽しみにしている。
「よういどん」をするのも変わらず勢いをつけて走り出す。
そうしてすぐにくたばってよろけてしまうのだけれど
はあはあ言いながら一生懸命に歩いている姿に感動すらおぼえる。

この夏を越せるだろうか、ふっと不安になる時もあるけれど
あんずの生命力を信じてこれからも見守ってあげたいと思う。


今日も平穏無事。ほっとほっと手を合わす。

夕風が夜風に変わりこの心地よさを忘れずにいたいものだ。






※ホームページ経由でこの日記を読んで下さっている皆さんへ
 パソコンが新しくなってからトップページの更新が出来なくなっています。
 毎月必ず模様替えをしていたのですが、6月のままになっていて申し訳ないです。
 今後も更新は出来ないかもしれませんが、どうか変わらずご訪問下さいますようよろしくお願いします。いつも日記を読んで下さってほんとにありがとうございます。



2013年07月10日(水) 夜風に吹かれながら

連日の猛暑に参ってしまいそうになるけれど
この夏らしさをありがたく受け止めようと努力している。
苦に思えばどんどん辛くなってしまうものだから
何事も気の持ちようで乗り越えられそうに思うのだ。

そうして夏には夏の楽しみをみつけて日々を過ごしていきたいものだ。
たとえばおそうめんや冷やし中華を食べている時。
お風呂上がりに冷たいビールをぐびっと飲んでいる時。
幸せだなと思う。夏って良いなって思える時がいっぱいある。



今日は姑さんのリハビリの日。
これも週に一度の楽しみになり、今日も頑張る姿に感動した。
きっと歩けるようになる、そう信じてこれからも応援したいと思う。

リハビリを終えてから以前からずっとお世話になっている病院にも行った。
義妹が勤めている病院で院長先生が姑のことをとても気にかけてくれている。
例の幻覚症状がいまだに続いており、精神的な治療も兼ねてのことだった。

「変なものが見える」そう訴える姑の言葉に真剣にうなずいてくれる先生。
まわりの家族がそれを否定してはいけないのだなとつくづく思った。
かと言って、困ったねと言い続けていても何も解決しないのだと思う。
精神的な治療はやはり必要だった。薬を処方してもらって姑もほっとした様子。

私も毎晩、姑と一緒に般若心経を唱えることを続けていきたいと思っている。
時にはふっとそれが億劫に思える時もあるのだけれど
それをしないでいると罪悪感でいっぱいになって心が痛んでしょうがなかった。

今夜もこれから姑さんちに出かけようと思う。
それもいつかは楽しみに変わることだろう。
そう思って気長に、自分に出来ることを精一杯にしてあげたいものだ。



2013年07月08日(月) 初蝉ないて

とうとう梅雨明け。夏空が一気にまぶしく感じる。

山里の田んぼのあちらこちらでもう稲穂が見られるようになった。
あとひと月もすれば稲刈りが始まるのだそうだ。早いものである。



昨日は一族の「先祖祀り」という行事があって
今年は我が家が当番になっており、親戚がみな集まりにぎやかであった。
準備に追われあたふたと大忙しの一日だったけれど
無事に終えることが出来て何だかほっと肩の荷がおりた。

聞くところによるとご先祖様は京都から流れてきた人だったとか。
絵師だったらしいとも聞くが真相は明らかではなかった。

そんなご先祖様のおかげで今の私たちの暮らしが成り立っているのだと思うと
決して粗末には出来ず、これからも毎年こころを込めてお祀りしなければと思う。


昨日の疲れもあり、今日は生あくびの出るような一日だったけれど
ぼちぼちで良いかなと思って張り切らずにのんびりと仕事をする。


帰宅してすぐに自転車でお大師堂に向かった。
お大師堂の前を吹き抜ける川風が最高に気持ち良い。

どこからか蝉の鳴き声が聞こえてきた。

「初蝉や梅雨もあけたしもう夏だ」 などと歌いながら我が家に帰る。



2013年07月06日(土) バイバイまたね

薄曇りの空。時おり陽もさしなんとも蒸し暑い。

今日は家事をとことんやろうかなともくろんでいたのだけれど
娘から電話があり、また綾菜が熱を出してしまったと言う。
急きょお守りをすることになって夫と一緒に綾菜を連れに行く。

心配していたけれど、思ったよりも元気でほっとする。
熱もすぐに下がりお気に入りの玩具でよく遊んでくれた。
人見知りもなくなりジージにもすっかり慣れた様子。
これにはジージも大喜びで顔をほこらばせて一緒に遊ぶ。

お昼ご飯もたくさん食べてすぐに眠くなりお昼寝をする。
「げんこつ山のたぬきさん」を二回歌っただけですぐに寝てくれて助かる。

あどけない寝顔を見ながら私も少し添い寝をした。
なんて平和なひと時だろうとすごく幸せな気分になった。

二時間ほどお昼寝をして、むくっと起き上がった時の顔が何とも言えない。
寝起きの悪い子もいるけれど、綾菜はとても上機嫌だった。

おやつにアンパンマンのビスケット。口いっぱいに詰め込んで食べる。
自分で食べられるようになってそれがとても嬉しそうだった。


夕方、仕事を終えた娘が迎えに来ると、一気に母親を思い出したようで
顔をしわくちゃにして泣き出してしまった。あらまあどうしましょう。
母親にしがみついて甘えている姿もまたなんとも可愛くてならない。

「綾ちゃん、またね」って言うと手を振ってバイバイをするようになった。

ちいさな手のひらがもみじの葉っぱみたいに風に揺れている。


娘たちを見送ったあとは、なんだか火が消えたような静けさ。

「さびしいね」って私が言うと夫も「さびしいな」ってこたえる。

今度は来週の日曜日。ジージもバーバも楽しみに待っているからね。



2013年07月05日(金) 一日花は儚いけれど

梅雨明けを思わすような青空になる。
気温も30℃を越えすっかり真夏日となった。

職場の庭には先日から白い木槿(ムクゲ)の花が咲き始めていて
毎日ながめてはこころを和ませている。

「一日花」の儚さもあるけれど
いのちの限りに咲いた花はなんともたくましくそしてうつくしい。



昨夜は娘たち一家と息子が来てくれてにぎやかな夜となる。
特に孫の綾菜は上機嫌でみんなに愛嬌をふりまき和ませてくれる。
早いもので一歳と二か月が過ぎた。少し足が遅いようでまだ歩けない。
最初のうちはそれも心配だったけれど、のんびり屋さんなのかな。
そう思うと気にならなくなり、焦らずゆっくりと見守ってあげたいと思う。

昨夜はちょうど義妹が遅番だったため、姑さんのお世話を任されていた。
少しも苦には思っていないはずなのに、いつも緊張してしまうのはなぜだろう。
けれども昨夜は娘が一緒に行ってくれてすごく気が楽になることが出来た。

あまり責任を感じずに出来ることだけで良いのだろうと思う。
わかっているけれどついつい張り切ってしまう自分がいた。


その姑さんが、今日は初めてのデイサービスに行った。
絶対に嫌だと言っていたのをケアマネさんが説得してくれたのだった。
入浴とリハビリに心を惹かれたようで、ほんとうに良かったと思う。

今夜もこれからちらっと遊びに行こうと思う。
毎晩の「般若心経」二人で唱えているととてもこころが安らぐ。

お大師さんもきっと見守ってくれていることだろう。



2013年07月03日(水) ひと山越えた

曇りのち雨。夕方からは雷雨となった。


午前中は姑さんをリハビリに連れて行く。
今日もすごい頑張ってくれてなんとも頼もしい。
まだ一歩も歩くことは出来ないのだけれど、
片手を支えていればしばらくのあいだ立っていられるようになった。
リハビリの先生もほめてくれて笑顔でいっぱいになる姑さん。
私も夫も嬉しくて思わず歓声をあげるほどだった。

週に一度のリハビリが姑にとってどんなにか励みになっていることか。
精神的にもとても良い刺激をもらっているようでほっと安心するばかり。



午後は息子のお嫁さんになる人のご両親に会いに行った。
顔を見るまではすごく緊張していたのだけれど
会ってみると一気に緊張がほぐれすぐに打ち解けることが出来た。
さっぱりとした気さくな感じのご両親ですっかり意気投合する。
このご両親に育てられた娘さんならきっと大丈夫だと確信した。

不安なこともあったけれど、一気に目の前が明るくなったような気がする。
これからのふたりの前途をあたたかく見守ってあげたいとつよく思った。


帰宅して夫とふたり「良かったね」って互いに喜び合った。

なんだかひと山越えたような安堵感が胸に込み上げてきた。

案ずるより産むがやすしとはよく言ったもので
あれこれと心配していても、いざその時になると何事もなるようになるものだ。

ひと山越えればふた山だって越えられる。
そう信じてこれからも前向きに歩み続けて行きたいと思う。





2013年07月02日(火) ねむの木の花が咲いたよ

山里の職場からの帰り道に、ねむの木の花が咲いているのを見つけた。
もうそんな季節なのか。なんだかふっと懐かしさが込みあげてくる。

職場の庭にも母が植えたねむの木があったのだけれど
数年前の台風で根元からぽっきりと折れてしまってとても残念なことがあった。
それまで毎年花の季節を楽しみにしていただけに
その花を見られなくなってしまってとても寂しい気がしていたのだった。

ねむの木の花は鳥の羽根のようにふわふわとしていて
まるで孔雀が羽根をひろげたようなかたちをしている。
触れてしまったら空に向かって飛んで行ってしまうのかもしれない。

心あたたまる優しい花だと思う。今年も会えて良かったなと思う。



昨夜は熱も出ずぐっすりと眠ることが出来た。
すっきりと気分の良い朝ほどありがたいことはない。
かと言って頑張りすぎないこと。ぼちぼちの一日となった。

明日は姑さんのリハビリの日。私もとても楽しみにしている。
情緒不安定な日々が続いているけれど姑さんも良い気分転換になるだろう。

午後は息子のお嫁さんになる人のご両親に会いに行く予定をしている。
わくわくするよりもドキドキと少し緊張している。

どうか何事も順調でありますように。

明日が「いい日」になりますようにと手を合わせて眠りたいと思う。




2013年07月01日(月) 夏風邪吹いて

久しぶりのおひさま。さほど蒸し暑くもなく爽やかな風が吹く。
田んぼの稲がずいぶんと育って風に揺れる緑が目に沁みるようだった。


昨夜また熱が出てしまって真夜中に解熱剤を飲んだりしてやり過ごす。
今朝は熱も下がっており、山里の職場に出かけることが出来た。
昨日が月末だったせいでけっこう忙しくばたばたと走り回る。

母は新しく買ったノートパソコンと格闘中でなんとも微笑ましい。
とにかく毎日使って慣れること、そう言って応援している毎日だった。


昼食後、なんだか寒気がするなと思ったらまた熱が出ていた。
風邪の症状は見られず、ただ熱ばかりで少し不安になった。
母も心配してくれて、早退をしてその足で病院に向かう。

血液検査をするとやはり何だかのウィルスが見られるとのこと。
何か悪い病気だったらどうしようとはらはらしていたけれど
喉が赤くなっているので夏風邪だろうと言うことになった。

つい先日、夏風邪で熱のある綾菜のお守りをしていたのでそのせいかなと思う。
綾菜もすぐに元気になったので、私もすぐに恢復するだろう。

帰宅してすぐに薬を飲んで寝ていたのが良かったのか、
夕方には熱も下がりずいぶんと楽になった。
食欲も旺盛で晩御飯もお腹一杯に食べられた。


毎晩の日課。姑のところに行かなければいけなかったけれど、
今夜は休めよと夫が言ってくれて、なんだかほっとしている自分に気づく。

決して重荷には感じていないつもりだったのに、どうしてほっとするのか。
自分でもよくわからない。なんだか後ろめたいような心苦しさを感じている。

出来る日に出来ることを。それがいちばんなのかもしれなかった。

わかっているけれど、ひどく複雑な気分になる。

夫は休めよと言ってくれたけれど、なんだか姑の顔を見たくなってしまった。


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