ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年04月30日(火) ゆびきりげんまん

四月もとうとう最後の日。
春雨というより「小ぬか雨」と言ったほうが似合う雨。
降ったりやんだりで夕方からまた静かに降り始めている。


川仕事、漁場の撤収作業も二日目。
今日は涼しくてずいぶんと楽だった。
干潮の時間がだんだん遅くなる。明日は午後からになりそうだ。


少し遅い昼食の後、姑の病院へ様子を見に行く。
一時帰宅していたのを昨夜送り届けたのだけれど、
いつも仕事帰りに寄っている義妹が今日は行けそうにないと言う。
帰宅している間もそうだけれど、義妹にばかり負担をかけている。
「みんなで助け合おうね」と言ったのは他でもないこの私だった。

姑は病室に居てちょうどリハビリの先生が来てくれていた。
昨夜から痛みがひどくなりいつものリハビリが出来ないのだそうだ。
今朝はもう自信がなくなって泣いてしまったよと嘆いていた。

リハビリの先生はすごく優しくていっぱい励ましてくれる。
「明日は立とうね」って言って姑とゆびきりげんまんしてくれた。

ふっと私は、とても大切なことを疎かにしていたように感じた。
病院を頼りにばかりしていたけれど、家族がもっと支えてあげなくてはいけない。

私も姑とゆびきりげんまんしてあげれば良かったと後から悔やまれた。

姑は手みやげの薄皮まんじゅうを二個平らげて「美味しいね」って言って。
「もう帰っても良いけん」と私に気を遣ってくれたようだった。

いつもの私ならほっと喜んで病室を後にしていたことだろう。

けれども今日はなんだか心の奥が疼いて、後ろ髪を引かれるようにして帰った。

出来ることを出来るときに。それは今以上でなくてはいけない気がする。

どんなに尽くしても尽くしきれないことがきっとあるのだと思う。


夕方のお大師堂で手を合わせながら、「ごめんなさい」とつぶやいていた。






2013年04月28日(日) 顔がほころぶ

朝は少しひんやりとしていたけれど、日中は穏やかな晴天となる。

孫の綾菜に早く会いたくて、8時になるなり家を飛び出していた。
まだパジャマ姿の綾菜が玄関までハイハイして来て迎えてくれる嬉しさ。

「顔がほころぶ」と言う表現があるけれど、
バーバの顔はほころびすぎて今にも破けてしまいそうだった。

さっそく服を着替えさせ、オムツを替える。
ちょっと前まではそれは簡単なことだったけれど
とにかく活発になり動きまわるのを追いかけまわしていた。
まだ立ち上がったりは出来ないのだけれど、ハイハイはとても上手になる。
自由に部屋中を移動出来るようになったので目が離せなくなった。

ティッシュの箱、テレビのリモコン、母親のスマホが特にお気に入り。
お父さんが玩具のスマホを買ってくれているのだけれど
「もしもし」って声をかけると耳にそれを持っていって遊んだりしている。

10時になり三人でお買い物に行った。
娘と買物に行くのはほんとうに久しぶりでついつい財布の紐がゆるむ。
紙オムツ、レトルトの離乳食など買ってあげたらすごく喜んでくれた。
ついでにお昼ごはんもとなり、いったいいくら使ったのか。
そんなことも気にならないほど嬉しい出費であった。

帰宅するなりぐっすりと眠ってしまった綾菜。
ぐうぐうと鼾のような寝息もとても微笑ましく思う。
寝顔はいくら見ても見飽きない。なんとも愛しいものだった。

お誕生日の「一升餅」注文した事を娘に伝えたら
なんと我が家でお祝いしようということになった。
それは思ってもいなかったことなのでびっくりと嬉しく思う。
「ご馳走、頼むよ」ちゃっかりしている娘もまた微笑ましいことだった。

5月3日がお誕生日なのだけれど、お婿さんが仕事なので2日にすることにする。
「前夜祭」だよと娘。きっとにぎやかで楽しい夜になることだろう。

楽しみなことがあるとわくわくとしてきて、一気に活力がわいてくる。

明日からまた川仕事を頑張ろう。ジージもバーバも元気いっぱいだった。




2013年04月27日(土) 明日になあれ

昨日は吹き荒れていた風もやわらぎ穏やかな晴天となる。

観光客を乗せているのだろうか、セスナ機が上空を何度も旋回していた。
県外ナンバーのクルマも一気に増えてとてもにぎやかな四万十の町である。


午前中は川仕事、今期の海苔漁もとうとう最後の収穫となった。
不作だった去年にくらべると今年はなんと恵まれていたことだろう。
ほんとうにありがたいことだと天に手を合わせたい気持ちでいっぱいになる。

明日はゆっくりとお休みして明後日から漁場の撤収作業を始める予定。
それが済むまではまだ肩の力を抜けない。最後までがんばろうと思う。


夕方、三人で姑さんをお迎えに行く。
帰宅出来るのを楽しみに朝からずっと待ちわびていたようだ。
車中の姑はとてもご機嫌で「今夜は焼肉でもするかい」なんて言う。
ビールも飲みたいなどと言って私たちを笑わせてくれたのだった。

認知症のこともあり、一時はどうなることやらと心配していたけれど
本格的なリハビリが始まってから目に見えてしっかりとしてきている。
きっとまた歩けるようになる。そう信じてこれからも見守っていきたい。



明日のお休みには綾菜と一緒に過ごせることになった。
娘が遊びに来ても良いよと言ってくれて飛び上がるほど嬉しかった。
この数ヶ月、川仕事が忙しくて思うように会えない日が続いていたから
明日は思う存分に孫三昧が出来そうである。

もうすぐ一歳の誕生日。今日はお祝いの「一升餅」を注文する。
まだそれを背負って歩くことは出来ないけれど
重いお餅を背負ってハイハイしてくれたら良いなと思う。

はやく明日になあれ。今夜はぐっすりと眠れそうだ。



2013年04月26日(金) 風に吹かれながら

気温は平年並みだと言うのにやたらと風の強い一日だった。
木々の緑が揺さぶられるように風になびいている。
そんな光景もまたよし。それはとても躍動感にあふれていた。


朝のうちに川仕事を終え、午後はゆっくりとお休みする。
茶の間でうたた寝をしていたら孫の綾菜が来ている夢を見た。
それが夢なのか現実なのかよくわからなくなってしまって
早く目を覚まさなくてはと必死でもがいてしまっていた。
やっと目を覚ました時にはもちろん綾菜はもういない。
抱こうとして手を伸ばしていたのか「うなされていたぞ」と夫が笑っていた。


姑の様子も気になりながらあえて病院へ行かなかった日でもあった。
明日は一時帰宅が出来る日。義妹、夫と三人でお迎えに行く予定である。
リハビリの事もあり自宅療養は先送りになりそうだけれど
たとえつかの間でも自宅に連れて帰ってあげたかった。


散歩の時間、今日もあんずが起き出して来て一緒にお大師堂に向う。
途中の路地で紫陽花の花芽がもう出ているのを見つけた。
今年は桜も早かったけれど、紫陽花の花も早く咲きそうだった。
つかの間の春から初夏へと季節はどんどん進んでいるようである。

お大師堂で今日は「かりんとう」をご馳走になる。
かりぽりと美味しい。一口のつもりがたくさん頂いてしまった。

石段に腰をおろして風に吹かれながら波立つ川面をしばし眺めていた。

ざわざわと風はさわいでいるけれど、こころはとても穏やかであった。



2013年04月25日(木) ふたりでココア

朝から爽やかな青空。少しひんやりとした朝風も心地よい。

土手には初夏らしいチガヤの穂がちろちろと風に揺れている。
それは嬉しそうに踊っているように見えてとても微笑ましい光景だった。


朝のうちに川仕事を終え、今日こそはと姑の病院へ行って来る。
やはりナースステーションがお気に入りのようで今日もそこに居た。
看護師さんは忙しそうに動きまわっていたけれど
姑はにこにこしながらとても楽しんでいるように見えた。

車椅子で一時間ほど病院内を散歩する。
エレベーターで一階までおりてふたりでココアを飲んだ。
それから売店へ行って姑の好きなお菓子を買う。

今日は認知症の症状はほとんど見られずとてもほっとした。
いろんな話しをする。リハビリの事を特に熱心に聞かせてくれた。
「動きたい」その思いがすごく強いことを感じた。
立ち上がったり一歩でも歩けるようなリハビリが始まっているらしい。

また土曜日には一時帰宅が出来そう。その日をとても楽しみにしている。


帰宅して自転車でお大師堂に行こうと路地に出たところ
いつもは寝ているあんずがうらめしそうな顔をして私の姿を見ていた。
さすがに無視することは出来なくて久しぶりに一緒に行く事にする。

だいじょうぶかな。歩けるかな。私の心配をよそに元気いっぱい。
ぐんぐんとリードを引っ張ってまっしぐらにお大師堂に向かった。
ほんとにどんな日もあるもの。今日は絶好調のあんずであった。

そんなあんずも来月には16歳の誕生日を迎える。
人間の年にすると姑さんよりも年上なのではないかと思う。

歩けない日もあれば元気に歩ける日もある。それで良いのだと思った。

「あしたは明日の風が吹くよね」姑もあんずも一生懸命がんばっている。



2013年04月24日(水) どんな日もあってよし

雨あめ降れふれ母さんがじゃのめでお迎えうれしいな。

朝は小降りだった雨がお昼前にはどしゃ降りの雨になった。
今日は休養日と決めていたけれど、山里の職場も気になり
母に連絡もせずに突然行っておどろかせてあげようと思った。

このところ毎日のようにお遍路さんを見かけるようになったけれど
今朝の峠道でも6人のお遍路さんを次々に追い越して行った。
ひとりひとりに会釈をする。度の無事を祈って心の中で手を合わす。

私にとっては嬉しい雨でも、お遍路さんにとっては辛い雨だろう。
そんな雨を受けとめるように、立ち向かうように歩く姿に感動をおぼえた。

どんな日もあってよし。お遍路さんから教えられることはとても多い。



30分ほど遅刻してきた母は私の声を聞くなり「あら、まあ」と歓声。
ほぼ20日ぶりに母の顔を見たことになるのだけれど
なんとも懐かしくて愛しさが込み上げてくる。会いたかったよ母さん。

例のパソコン講座は毎週火曜日の夜だそうで、昨夜も頑張ってきたようだ。
母の住む町からは一時間もかかるというのに、仕事を終えてから通っているしい。

午前中に仕事もほぼ片付き、午後から少し母がパソコンと格闘するのを見守る。
「あいうえおかきくけこさしすせそ」と背中を丸めてキーボードを打つ。

そんな母の姿を微笑ましく感じながら、ふっとせつなさが込み上げてきた。

母はこんなに小さかったかしら。その背中を後ろから抱きしめたくなった。



帰宅する頃には雨もあがり空が薄っすらと明るくなっていた。

「ありがとうね。また来てよね」って母はいつも私に言ってくれる。



2013年04月23日(火) 母子草

お天気はまた下り坂。午後から雲が広がりかすかに雨が匂う。

作業場の庭に「母子草」の花を見つけてほっと心を和ませた。
たんぽぽ色のちいさな花は寄り添うように咲いていて
「これがお母さん、あなたが子供ね」って声をかけてみた。

みんなみんな母から生まれた。ふっと「いのち」についてかんがえる。
どんな境遇に生まれようと、どんな現実に晒されようと
生きていることに感謝出来るようになれば自分の命が愛しく思えるようになる。



川仕事の後の作業が長引き、今日も姑を見舞えなかった。
週末にはまた一時帰宅が出来そうなので、ずいぶんと気が楽になる。
姑の精神状態も落ち着いているようでそれが何よりに思っている。

おかげで作業の後、30分ほど横になることが出来た。
川仕事のラストスパークで夫も私も疲れがピークに達しているようだ。
すごくすごく頑張ったのだと思う。明日の朝が雨なら休もうかと夫が言ってくれた。


夕方、いつものようにお大師堂にお参りに行く。
誰かがチョコレートをお供えしてくれていて、つい手が出てしまった。
甘い物を食べると身体に沁みこむようにとても美味しく感じる。

「ありがとうございました」「ごちそうさまでした」

お大師さんはいつも微笑んでくれる。

その微笑のおかげでこころは清々しくなって、スキップするように家路についた。





2013年04月22日(月) 心呼吸をしよう

朝は少し肌寒かったけれど日中は爽やかな晴天となる。
風薫る五月にはまだ少し早いのだけれど
木々の若葉の匂いだろうか、ふっと風の薫りを感じたりする。

深呼吸をして一日が始まる。それを私は「心呼吸」と呼ぶ。



一時帰宅していた姑を昨夜は病院に送り届けてきた。
たった一日自宅に帰っていただけで認知症の症状が薄れる。
また病院へ帰ることも嫌がらずリハビリを頑張るのだと言ってくれた。
励まさなければいけない私たちが反対に励まされたような気持ちになる。
決して諦めてはいけないのだとつくづく思ったことだった。


川仕事が長引き今日は病院へ行ってあげられなかったのだけれど
娘から電話があって仕事帰りにおばあちゃんとこに行くねと連絡があった。
今日は義妹も行けそうにないと言っていたのでとても助かったのだった。


夕方、自転車でお大師堂。手を合わすと家族みんなの顔が目に浮かぶ。
かけがえのない宝物をぎゅっと抱きしめるような気持ちで帰って来た。

夕食後、あんずと土手を散歩するのが最近の日課になっている。
短い距離だけれどあんずにはちょうど良い散歩になっているようだ。

冬毛が夏毛に変わる頃になってもこもことたくさん毛が抜けている。
それを散歩の度にごっそりと抜いてあげているのだけれど
いつもそわそわと落ち着きがなくて追い掛け回しているのだった。

それは「お腹すいた」の合図でもあって帰るなりご飯の催促である。
びっくりするほどの食欲で待ってましたとばかりガツガツとよく食べる。

なんでもないようなことなのだけれどそうして一日が平穏に暮れていく。

それがわたしのしあわせ。感謝の気持ちを込めて眠る前にもう一度「心呼吸」をする。



2013年04月20日(土) 鯵のひらき

二十四節気の「穀雨」それは思いがけないほど冷たい雨になった。

けれども植えられたばかりの田んぼの稲や、畑の作物にとっては
恵みの雨に他ならずきっと喜んで天を仰いでいたのではと思う。



午後、義妹と私たち夫婦とで姑を迎えに行っていた。
車椅子でクルマまで行き夫が抱き上げてやっと家に帰って来る。

「軽くなったな・・」夫のつぶやく声がとてもせつなく聞こえた。

入院前の姑はまだ自力で少しずつでも歩くことが出来たというのに
もう立つことも出来なくなっている。なんのために入院したのか
わずか10日でこんなにも弱ってしまうものかとやりきれない思いになった。

けれども今は病院にすべて任せるしかないのだろう。
リハビリの成果がきっと出てくると信じて見守っていこうと思う。


今夜は久しぶりに息子が帰って来てくれてとても嬉しかった。
元旦以来ではないだろうか。姑も会うことが出来てとても喜んでくれる。

晩ご飯は質素だけれど「鯵のひらき」を焼いて出したら
「おお、魚じゃないか!」と大喜びして食べてくれた。

ちっともご馳走じゃないのに息子にとってはそれがご馳走なのだと言う。

母はなんだか感激してしまってちょっとほろりんとしてしまった夜だった。



2013年04月19日(金) お家に帰ろう

日本列島に寒気がなだれ込んでいるようで
今日は思わず「涼しいね」ってつぶやいてしまった。
明日は一気に気温が下がるのだそうでまた「若葉冷え」になりそうだった。

寒暖の差は身体にはとてもこたえるもの。
風邪などひかないようにじゅんぶんに気をつけなければいけない。


早朝からの川仕事を終え、今日も姑の病院へ行こうと思っていた。
毎日そうすることが自分に出来る唯一の事だと思っていたけれど
夫が「毎日行かなくても良いのじゃないか、たまには休めよ」と
優しく言ってくれて、なんだか一気に肩の力が抜けてしまった。

「じゃあ、そうするね」そうは言ったもののなんとも落ち着かない。
心苦しさが込み上げてきて、やがて罪悪感まで感じるようになった。

首を長くして待っているかもしれないのに行かなくて良いのか。
自分は薄情な嫁なのではないか。考え出したらきりがなかった。

とても複雑な気持ちで悶々としながら夫と茶の間でテレビを見る。
そのうちうたた寝をしてしまって結局くつろいでしまった午後となる。


夕方、仕事帰りに病院へ寄った義妹から電話があった。
明日の土曜日、外泊許可がおりたと言う知らせであった。
姑もとても喜んでいるらしい。たとえ一時的にしろ家に戻らせてあげたい。
もう病院は嫌だと駄々をこねるかもしれないけれど、その時はそのとき。
家族みんなで支えあって姑を励ましてあげたいと思っている。


ふっとお大師堂に連れて行ってあげたいと思った。

それはとうてい叶わないことだけれど
お大師さんはきっと見守ってくれていると信じている。





2013年04月18日(木) サプライズ

昨日の春雷がうそのように穏やかな晴天に恵まれる。

早朝の川風が心地よい。川舟の舳先から朝陽を仰いだ。
みんなみんな早起きさん。6時半にはもう漁場は仲間がいっぱいだった。

海苔はもうずいぶんと弱ってしまったけれど
最後の最後まで収穫を続けたいと思う。

川から戻り10時過ぎにはもう作業が終ってしまった。
お隣の地場産市場で「ところてん」を買って帰る。
そのことを知らない夫が「そろそろ、ところてん出てないか」って
お昼前に言うものだからくすくすと可笑しくてたまらなかった。

「ほうら、ところてん」夫は大喜びして笑顔でいっぱいになった。

こんなサプライズ的なことを時々はしてみたいものだ。
ちょっとびっくりさせていっぱい微笑んでくれるのがすごく嬉しい。



午後はまたまた姑の様子を見に行く。
エレベーターから降りるなりナースステーションに姑の姿を発見する。
それは日に日に認知症が進んでいる証拠でもあった。
病室で騒いできっとまわりに迷惑をかけたことだろう。
けれども車椅子に座って何事もなかったようにニコニコしている姑。
ナースステーションがとても気に入っている様子だった。

看護士さんの許可をもらってまたお散歩に行くことにする。
今日は思い切って病棟から出てみることにした。
エレベーターに乗ると鏡があって髪の毛の乱れを直そうとする姑。
「べっぴんさんがふたりいるね」って写真のようにそこに映った。

駐車場の片隅にツツジの花がたくさん咲いていてふたりでお花見。
花の好きな姑はとても喜んでくれた。手を差し出してはツツジに触れる。

入院してから8日目。春風とたわむれるのは初めてのことであった。

この8日間の姑の精神状態を思うと心がずきずきと痛む。
どんなにか家に帰りたいことだろう。

私に出来る事はほんの些細なこと。けれども出来る限りの事をしてあげたいと思う。



2013年04月17日(水) 春雷のあとに

朝から雷が鳴ってどしゃ降りの雨となる。

川仕事を休むわけにはいかないぞと言っていた夫も
さすがに躊躇し始めてとうとうあきらめてしまった。

「やったぁ!」と私はこころの中で叫んでいた。
ずっとずっと忙しい日が続いていたから今日は骨休みが出来そう。


朝のうちに食料品の買出しに行く。
クルマで5分の大型スーパーだけれど
なかなか思うように買物に来れなかったから
今日こそはとゆっくりとあれこれカゴに入れる。
開店したばかりのスーパーってなんか好きだな。
どの売場に行ってもいちばんのりって感じがする。
前日の売れ残りなど半額シールが貼ってあるのも嬉しい。


午後はまた姑の病院へ。すっかり日課になってしまった。
今日は孫の綾菜の乳児検診が同じ病院である日だった。
終ったら病室へ行くねと娘と約束していたので姑と二人で待つ。
ひ孫の顔を見るなり姑は大喜びしてとても嬉しそうだった。
そんな笑顔をずっとずっと見ていたいなって思った。
それは病室にひまわりが咲いたようなひと時であった。

娘達が帰ってから看護師さんが車椅子に乗せてくれて
病棟内をぐるりっと散歩することになった。
「雨もうやんでいるね」窓から空をみあげて眩しそうに目を細める。

そうして壁にかけてある一枚の写真にくぎづけになった。
「これ綾菜だよね」「そうそう、よく似ているよね」

その写真は浜辺の波打ち際で波とたわむれている赤ちゃんの写真だった。
「綾菜も夏になったら海に行くよ」って言うとにっこりと微笑む姑だった。

姑とこんなにゆったりとした時間を過ごしたのは初めてではないかと思う。

そう思うと入院も良かったのかもしれないとふと思った。

「おかあさん」と呼んでいたのが、いつのまにか「おばあさん」になった。
嫁いだ頃にはとても厳しかった姑が、実の母よりも母だと思えるようになる。

それが家族なんだなってつくづく思った。みんなみんな愛しい家族。





2013年04月16日(火) こでまり咲いた頃に

今日も汗ばむほどの陽気となる。
お天気は下り坂のようで午後から少し曇ってきた。

民家の庭先に「こでまり」の花がとても可愛い。
ちいさな白い花がたくさん集まってまんまるくなって。
空から天使が舞い降りてきて今にも毬つきをしそうだった。

それから藤の花。芳香を放ち枝垂れ咲く光景も見事だった。
ミツバチが嬉しそうに飛び交っている姿も可愛いものだ。

桜の季節はあっという間に終わってしまったけれど
春爛漫を思わす花々が彩ってくれるのはとてもありがたいことである。



今日も川仕事を終えるなり姑の病院へ行く。
今まで個室だったのが今日から大部屋へ移ることになった。
ふっと「老人ホーム」の一室ではないかと感じた。
高齢の寝たきりの患者さんが多くて姑もその仲間入りをする。

お約束のタケノコ。晩ご飯に食べるのだと大喜びしていた。
食欲が出てきたのが何よりに思う。おやつにプリンと缶コーヒー。
そのプリンを食べさす時「あ〜ん」と口を大きく開けて
「綾菜みたいね」って言いながら思わず微笑んでしまった。

今後の事を考えていると心配なこと不安なこともいっぱいあるけれど。
どんな状況になっても姑が微笑んでくれていさえすれば大丈夫だと思う。



帰宅が少し遅くなり、自転車をとばしてお大師堂。
あんずはぐっすりと寝ていたので夕食後に散歩することにする。

お大師堂にはお遍路さんの納め札が供えられていて
昨夜、栃木からのお遍路さんが泊まっていた事を知った。
残念ながら会う事は出来なかったけれど、その姿が見えたようで嬉しかった。

川のせせらぎを子守唄にぐっすりと眠ってくれたことだろう。

爽やかな朝の川風に身を任せるように大橋を渡って行ったことだろう。



2013年04月15日(月) あたたかなくうき

最高気温が25℃を越しすっかり夏日の陽気となる。

玄関先の古巣に今年もツバメが帰って来てくれて
毎日せっせと巣の補修をしているのが楽しみであった。
去年は子ツバメの姿を見ることもなくどこかに行ってしまって
とても寂しかったけれど、今年こそはとそっと見守っている毎日だった。


薄っすらと汗を流しながらの川仕事。
いよいよ最後の収穫になりもうひと踏んばり頑張りたいと思う。
「もうじゅうぶんだよね」夫とふたりで自然の恵みに感謝するばかり。


川仕事を終えるなり姑を見舞う。
今日からリハビリが始まったようで、ベットの上で一生懸命頑張っていた。
自宅療養のことは結局許しを貰えず先送りになってしまったけれど
しばらく専門のリハビリに専念するのも良いことだと思うことにした。
夜の付き添いも毎晩ではなくても良いと言ってくれて助かる。
認知症の症状がこれ以上進まないように家族みんなで支えあっていきたい。

「タケノコが食べたい」昨日従兄弟からタケノコを貰ったことを話すと
一気に食欲が湧いてきたのか「タケノコ、タケノコ」と連呼する姑。

それがなんだかとても嬉しかった。「明日持って来るね」って約束する。


帰宅してあんずとお散歩。「今日って暑くない?」って顔をしていたけれど
帰り道はふらふらしながらもすごく頑張って歩いたあんずだった。

お大師さんにおせんべいをいただいてポリポリ食べた。

「ありがとうございました」「ごちそうさまでした」

そこにはいつもあたたかなくうきが満ちていて私の心をほっこりと包んでくれる。




2013年04月13日(土) そよそよと春風

早朝、携帯電話の地震緊急速報があり淡路島で大きな地震があったことを知る。
幸い高知県西部は殆ど揺れを感じなかったけれど
淡路島や近隣の地域ではどんなにか怖かったことだろうと思う。
とても他人事ではないこと。明日は我が身だと肝に銘じたことだった。

こうしている今も大きな地震が襲って来るかもしれない。
恐怖心を持たないようにと夫はいつも言ってくれるけれど
いったいどんな心構えをしていれば良いのかよくわからなかった。

いちにちを平穏無事に過ごせるのはほんとうに奇蹟のようなこと。
感謝する気持ちを忘れずにこれからも手を合わせ続けたいと思う。




入院中の姑。今日はお見舞いに行けなかったのだけれど
これまでまったくなかった認知症の症状が出てきているようだった。
夜だけでも付き添ってあげてくれないかと病院から義妹に相談がある。
家族会議の結果、明日にでも自宅療養に切り替えようと言うことに決める。
専門のリハビリを受けさせてあげたいけれど、姑の精神状態を考えると
今まで通り自宅で療養するのがいちばんなのではないかと思うのだった。

何が良くて何が悪いのか。みんなで悩み考えた挙句の結果である。
これからも家族みんなで支えあって姑を見守っていきたいと思う。



そよそよと春風。今日はまた春が戻って来てくれて嬉しかった。

「もうどこにも行かないで」春を抱きしめるように風に頬を寄せてみる。



2013年04月12日(金) 若葉冷え

今日も肌寒く風がとても強い一日だった。
テレビのお天気キャスターが「若葉冷え」ですねって言っていた。
なるほどとうなずき、日本語って素敵だなってちょっと嬉しく思う。
明後日あたりから平年並みの気温に戻るのだそうだ。
またぽかぽかと暖かくなることだろう。もう少し辛抱しよう。


午後、少し時間が出来たので夫と二人で姑を見舞った。
昨夜は晩ご飯を楽しみにしていたのだけれど
どうしたわけか熱が出てしまってあまり食べられなかったそうだ。
一気に環境が変わって精神的に参っているのかもしれない。
早く家に帰りたいと小さな子供のように駄々をこねていた。

熱さえ下がればまた食欲も出てくることだろう。
そうしてリハビリも頑張れるようになるだろうと信じようと思う。


帰宅して、ほんとうに久しぶりにゆっくりと散歩に行くことが出来た。
あんずも元気いっぱいに歩いてくれる。彼女も嬉しそうだった。

土手には野あざみ。それから名も知らぬ黄色い花が群れをなして咲いている。
川風は冷たかったけれど深呼吸をしたくなるほど空気が美味しかった。

お大師堂で手を合わす。姑も「お大師さん」とつぶやいていたっけ。

決して平穏無事ではないのかもしれないけれど
いつもいつも感謝の気持ちが込み上げてくる。

どんなことがあっても何がおきても

生きているということはほんとうにありがたいこと。



2013年04月11日(木) 姑の入院

今朝も肌寒くストーブに火を点した。
もう花冷えでもないだろうにとても気まぐれな春だと思う。
どんな日もあるもの。日々を受けとめながら過ごしている。


昨夜のこと。姑さんが急遽入院する事になって大騒ぎになった。
腰の痛みを訴えるようになってもう三ヶ月が経っていた。
坐骨神経痛だということでずっと自宅療養を続けていたのだけれど
昨日の通院日にもう一度レントゲンを撮ってもらったらしい。
そうしたらなんと大腿骨を骨折していることが判ったのだった。

すぐに大きな病院を紹介してもらってそのまま入院となる。
なんとも急なことで家族一同であたふたとするばかりだった。

そうして今日が手術の予定だったけれど、
手術室に入って一時間もしないうちに運び出されてきた。
骨折してからあまりにも日にちが経っているため手術は不可能だと言う。

もっと早く気づいていればと残念でならないけれど
かかりつけの病院を信頼していた結果がこんなことになってしまった。

けれども誰を恨んでもしょうがない。もう過ぎた事だと思うことにした。
「いちばん悪いのは私だよ」と姑は健気にも微笑もうとしている。

もうしばらくは辛い痛みに耐えなければいけないけれど
リハビリをしながら骨が自然に元に戻るのを待つしかないそうだ。

きっときっとまた歩けるようになる。みんなでそう信じて応援している。

「がんばるけんね」人一倍気丈な姑はやる気満々であった。

なによりも手術に控えて昨夜から何も食べられなかったそうだ。

「晩ご飯はまだかいね?」病室に笑い声がこだましてみんなが笑顔になれた。








2013年04月09日(火) 娘が猫になった日

土手の緑がずいぶんと濃くなって
そんな緑に包まれるように野あざみの花がたくさん咲いた。

その葉は棘に覆われているけれど、なんとも凛々しくて
花を守るために両手をひろげて闘っている野原の戦士のように見える。

だからなのか野あざみの花はすごくすごく安らかに微笑んでいる。

かたわらに腰をおろしてゆっくりと語り合ってみたいものだ。

「どうしてわたしが生まれたのか」そんな話しを聞けるかもしれない。




猫の手も借りたいほどの忙しさがずっと続いているけれど、
今日は娘のサチコがその猫を名乗り出てくれて手伝いに来てくれた。
子供の頃からよく手伝ってくれた娘なので手際も良くずいぶんと助けられる。

心配していた綾菜は今日も正常保育。とにかく慣れるしかないようだ。
今朝は保育士さんに抱かれたものの目にはいっぱい涙を溜めていたそうだ。
預けた娘も今にも泣きそうになりながら逃げるように帰って来たらしい。
しばらくはそんな日が続くかもしれない。毎日が試練、がんばれ綾菜。

お迎えの時間ギリギリまで娘が手伝ってくれてほんとうに助かった。
嫁いで行ってもこうして家族でいてくれるのがありがたいことだと思う。

夏のひまわりのような娘。今日はいっぱいの笑顔に包まれた一日だった。




2013年04月08日(月) がんばれ綾菜

少し肌寒い朝。昨日は山間部で雪がちらついたそうだ。
もう片付けようと思っていたストーブに火をともす。

お味噌汁と卵焼き。ほんわかとあたたかい台所が好きだ。


川仕事も終盤になり今日も早朝からふたりで精を出す。
その最中に娘から着信がありびっくりと胸騒ぎがした。
綾菜の「慣らし保育」も終って今日から正常保育と聞いていた。
それなのに出来ればお昼に迎えに来て欲しいと言われたらしい。
娘も仕事で私も忙しくそれはとうてい無理な話であった。

「夕方までだいじょうぶだよね?」娘も心配そうに案じていたけれど。
託児所ではずっと夕方まで預かってもらっていたのだもの。
環境の違いはあってもきっと日に日に慣れてくれるに違いない。
そう信じて今日は思い切って夕方までお世話になることに決めた。

保育園での初めての給食、お昼寝、おやつ。いろんな光景が目に浮かんだ。
ぐずって泣くこともあるかもしれないけれどすべてが綾菜の試練なのだと思う。

いつもいつもお母さんと一緒にはいられない。
幼心にもそれを感じて寂しさを乗り越えてつよい子供に育って欲しいものだ。

綾菜のことを考えているとき、泣いていればすぐに駆けつけたい気持ち。
お母さんがいなくてもおばあちゃんがいるよって叫びたくなるけれど。
ここはぐっと我慢をしてこれからの成長を見守っていこうと心に誓う。

げんこつやまのあやなちゃん

おっぱいのんでねんねして

だっこしておんぶしてまたあした。





2013年04月06日(土) 嵐は去って

予報どおり大荒れのお天気となる。
雨はそれ程でもなかったがとにかく風がもの凄かった。

夜明けを待ちかねるように川仕事に出掛ける。
その頃にはまだ雨も風も弱くてずいぶんと助けられた。
やれるだけ頑張ってみようと夫とふたりで精を出す。
海苔の生育も峠を越しそろそろ寿命が近づいているようだ。
もうじゅうぶんに恵まれたのだと思って最後まで頑張りたいと思う。


午後、吹き荒れる風の音。雨音を聞きながらのんびりと過ごす。
久しぶりにゆっくりと休めたように思う。うたた寝もまた心地よし。

「おい、外が明るくなってきたぞ」夫の声に目を覚ます。
風はまだ強いけれど雨はやみ薄陽が射し始めていた。

犬小屋に行って寝ているあんずを起こしてみる。
「あんちゃん、雨やんだよ」三回くらい言ってやっとあんずが顔を出す。

そうして雨上がりの散歩道をゆっくりと歩いた。
クローバーには真珠のように雨粒が輝いている。
その雨粒とたわむれるようにあんずがくんくんしている姿も微笑ましい。


お大師堂には見覚えのあるお遍路さんが来ていた。
どうやら去年の初夏に一度会っていたらしい。
遠く沖縄から来ているお遍路さんで冬の間は自宅に帰っていたそうだ。
「家にいてもどうにも落ち着かなくてね」って微笑んでいた。
春、夏、秋とお遍路を楽しむのが人生の醍醐味であるように語ってくれた。

またきっと会えることだろう。その穏やかな顔を私は決して忘れない。




2013年04月05日(金) がんばれ母さん

晴れのちくもり。そんな曇り空からもやわらかな陽射しが届く。
おかげでぽかぽかと暖かい一日になった。


夫が通院日だったため川仕事はお休みする。
私はずっと気掛かりでならなかった山里の職場に行って来た。

山道がすごく懐かしい。峠を越えるお遍路さんの姿も見かける。
おどろいたのはもう田植えが始まっていたこと。
植えらればかりのちいさな苗がちろちろと風に揺れているのも可愛い。


七時半にはもう職場に着いていて「さあやるぞ」気合を入れて仕事を始める。
山積みの事務仕事と格闘するのは大変そうに見えて実は楽しい。
ひとつひとつやっつけているとなんだか活き活きとしてくるのだった。

そのうち母や同僚が出勤してくる。いつもと変わらない笑顔が嬉しかった。
母はとてもほっとしたような顔をしていた。
三月は特に忙しくてずっとパニック状態が続いていたらしい。
それでも私を頼ろうとしなかった母。すごくすごく頑張ったのだと思う。

そんな母がこの春からとある高校のパソコン情報科に通うことになったと言う。
75歳の母がまた大きな挑戦をしようとしている。
それがどんなにすごいことなのか。我が母ながらほんとうに頭が下がる思いである。

母曰く。私がいなくてもパソコンで仕事が出来るようになりたいのだそうだ。
頑張って勉強してきっときっと出来るようになるのだと胸をはって言う。

そんな母にこころからエールを送りたい。

がんばれ母さん。きっとどんなことも出来るようになるよ。

何事も始めるのに遅すぎることはない。私も母から勇気をもらった気がする。



2013年04月04日(木) 若いみどり

ぽかぽかと暖かいいかにも春らしい一日。

はっと気づいたのは柿の葉の若いみどり。
新緑の季節がもう訪れていることを知った。

若いみどりはきらきらとまぶしい。
おひさまの光をうけながら春風とたわむれている。

そんなふうに輝きながら生きていけたらいいなって思った。
もう年だからとあきらめずにせめてこころは若いみどりでありたい。

そういえば少女時代のあだなが「ミドレンジャー」だったっけ。
若草色の服ばかり着ていたから友達からそう呼ばれていたのを思い出す。

年を重ねるごとに深いみどりが好きになった。
つき合っていた彼はモスグリーンのマーク兇望茲辰討い燭里世辰拭

むかしむかしのこと。たまには思い出してみるのも良いかもしれない。




終日、川仕事と作業に追われる。あんずとゆっくり散歩も行けなかった。
お大師堂も諦めようと思っていたけれど、どうにも落ち着かなくて。
夕食後に思い立ちお参りだけは済ませてきた。
行ってみてびっくり。昨日までたくさんあったお菓子が全部なくなっていた。
お大師さんが食べてくれたのだと思えば嬉しいことだけれど。
お参りに来た誰かが全部持ち去ったと思えばなんだか哀しくなった。

その足でコンビニに行きお菓子を買ってまたお供えをする。
「お大師さん、食べてくださいね」って言って手を合わす。

もう陽が沈む。また明日ねっておひさまが微笑んでいる。

夕陽を見たのはすごく久しぶりのように思った。

あしたがある。あしたがある。あしたがあるさと歌いながら帰った。



2013年04月03日(水) ひよこぐみ

とても風の強い一日だったけれど
降り注ぐ陽射しはあふれんばかりの春の光に満ちていた。


楽しみにしていた綾菜の入園式。
昨日までの託児所とはずいぶんと環境が変わって
もしかしたら泣き出してしまうかもしれないと心配していたけれど。
たくさんのお友達がいるのがよほど嬉しかったのだろう。
にこにこ笑顔で元気いっぱいの入園式となった。

たくさんのクラスがあって、さて何組さんかなと娘と綾菜の名前をさがす。
「あった、あったよ!」綾菜は今日から「ひよこぐみ」の園児となる。

入園式では最初に「むすんでひらいて」のお歌だった。
お歌が大好きな綾菜はからだをゆすって大喜びしていた。
それから保育士さんがひとりひとりの名前を読み上げる。
「わだ あやなちゃん」「はーい!」娘が代わりに返事をする。

ちょうど今日で生後11ヶ月。もう少ししたら手をあげられるようになるだろう。
名前を呼ばれたら「はーい」って言えるようになるのが楽しみだった。

託児所とは違って保育園ではお散歩の時間もあるのだそうだ。
すぐ近くに大きな公園があって自然いっぱいのとても良い環境だと思う。

これからいっぱい楽しいことが待っているんだね。

そうしていろんなことを経験しながらすくすくと成長してほしいと願う。

今はまだ歩くことはできないけれど、よちよちのひよこさんになるんだよ。



2013年04月02日(火) 葉桜の頃に

春雨と言うには少し肌寒い雨が一日中降り続いていた。

とうとう桜も散ってしまったけれど、葉桜もまたうつくしいもの。
花を見送ったあとにぽつねんと佇んでいる残されたひとのようでもある。


パソコン不調のため、ここ数日のあいだ日記を書けない日が続いていた。
ぽっかりと空いてしまった夜のひと時を悶々としながら過ごすばかり。

なんでもないような日常だけれど、それがどんなに愛しいものか。
「書けない」という現実にぶつかって改めてそのことに気づく。

うまく言葉に出来ないけれど、書きながら「消化」していたのかもしれない。
日々いろんなことを詰め込んだこころをすっきりと軽くしていたような。

そうして自分を癒していく。穏やかな気持ちになりほっとしていたのだと思う。

ここはほんとうにありがたい場所。きっと最期の日までここにいるだろう。




明日は孫の綾菜の入園式。「一緒に行こうよ」と娘が誘ってくれた。
川仕事もまだ大変だけれど、今回だけは綾菜を優先させたいと思う。

わくわくと楽しみでならない。きっと笑顔の一日になることだろう。



 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加