うす曇りの空。やわらかな陽射しにふわふわっと。 こころが吸い込まれていくようなきもちになった。
すこし気が遠くなる。たおれてしまうのではと思うほど。 なんともこころもとないものだ。ちゃんと立っているのに。
この心細さはいったいどこからやってくるのだろう。
気分転換に庭の掃除をする。犬小屋のあたり。 あんずの抜毛がコケのようにかたまっていた。 這うようにしてそれを取り除いていると。 あんずが追いかけてきては私の顔を舐めるのだ。 くすぐったくてたまらない。それも愉快なこと。
午後は茶の間で彼と一緒にテレビを見ていた。 うつらうつら。そのまま2時間も寝入ってしまう。 相変わらずのだらしなさ。自分でもあきれてしまう。
寝起きの気だるさをふりおとすように散歩に出掛けた。 胸をはっていちにっいちにっと風にふかれながら歩く。
もういちにちが暮れていってしまうのか。
なんだかあまりにもあっけないことに思える。
それでもわたしはそんざいしていて時は流れるのだった。
いいのかな。うんきっとこれでいいのだろう。
静があって動があるのなら今日は静のいちにちとしよう。
川辺を歩きながら水の音に耳を澄ました。
ひたひたひた。ちゃぽんちゃぽんと。 さらさらさら。ぴちゃんぴちゃんと。
うまくことばにできないのだけれど。 たしかにそれがながれていることが。
なんともここちよく耳に届いたのだ。
急いでいるのでもない。ゆったりと。 おおらかな心であるかのように流れる。
こんな水のようになれたらどんなにいいだろう。
帰り道。川岸に立つ栴檀の木をあおいだ。 今が花の盛りでこぼれ落ちるようにそれは咲く。 ちいさな白い花びら。まんなかは紫色だった。 その色合いのなんと可憐なこと。好きだなと思う。
風がふく。みずが匂う。花はゆらゆらと揺れていた。
青空とさわやかな風。 気温もそれほど高くはならず過ごしやすい一日だった。
あんず。年に一度の動物病院。 狂犬病の注射とフィラリアの検査。 それと少し気になるところがあって診てもらった。 それがなんと足に腫瘍が出来ているのだそうだ。 人間で言うと皮膚ガンのようなものらしい。
でも悪性ではないだろうと言うことで。 しばらく様子をみることになった。 腫れがどんどん大きくなるようだったら。 手術をしたほうが良いだろうと言うこと。
とうの本人はまったく痛がる様子もなく。 散歩のときもぐんぐん先を行くほど元気だった。
犬も人間と同じでいろんな病気に罹ってしまうのだ。
老犬あんずよ。どうかどうか長生きをと願うばかり。
散歩道は風のみち。しんこきゅうをしながらあるく。 おしっこをしてうんちをして草を食べるあんずだった。
いつもとかわらないわがままぶりもまた愛しいものだ。
しきりに鳴くのはほととぎす。 テッぺンカケタカ テッペンカケタカ
声は聴こえど姿はみえぬ。
そこにあるのはただただ深い緑だった。
今日こそはとこころを決めて山里へ行く。 気が重ければ軽くすれば良いのだと思う。 深刻ぶることなどなにもないのだもの。 笑顔でいれば穏やかに時が流れるだろう。
先週から風邪をこじらせていた母は。 なんとか元気になったようでほっとする。 よほど話し相手が欲しかったのだろうか。 あれこれとうるさいくらいによくしゃべる。
庭のかたすみには雪ノ下の可憐な花が。 ちいさな天使のように咲き始めていた。 母も私も大好きな花だ。とても心が和む。
咲いたねって言うと咲いたよとほほえむ。 そんな母は見るたびに老いていくようで。 まるまった背中。白い髪がせつなかった。
テッペンカケタカ。テッペンカケタカ。
またほととぎすの鳴く声がこだまする。
山の緑が目に沁みるようにまぶしかった。
散歩道の土手には姫女苑の花が咲き始めた。 その白くて可愛らしい花がゆうらゆうらと。 風になびいている姿にこころがうばわれる。
折れてしまいそうなほどか細い茎。 緑の葉は手をひろげたこどものようだ。
そのかたわらにはチガヤの白い穂が。 いっせいに頭をたれて綿の海になる。
ふと潮の香がしたような気がして風に。 そのありかをたずねるように空を仰いだ。
雨上がりの清々しい空がそこにひろがる。
こんな風にあいたかった。こんな空にあいたかった。
月曜日だというのに動き出す事も出来ず。 朝からずっと自室にひきこもっていた。 悪く考えればきりがない。自分がなさけなくて。
けれどもあえて良いほうにかんがえてみると。 それがとてもひつような時間のように思える。
なにも思い煩うこともなくゆったりとかまえて。 たっぷりとある時間に身をまかせているような。
これでいいのだこれでいいのだとうなずきながら。
ゆうらゆうらとわたしもゆれる。
ゆうらゆうらときょうをいきた。
あたまのなかがぐるぐるしている。
あれもこれもとかんがえてしまうから。
あっけらかんはかんたんなことじゃない。
すべてをうけとめてさらりさらりとながれたいな。
曇り日。夕方になり小粒の雨がぽつりぽつり。 ちょうど散歩に出たところだったからすこし。 しっとりと濡れたけれど。それが心地よくて。
ご近所の紫陽花もうっすらと色づきはじめた。 そのなんともいえない淡い色が好きだなと思う。
こんなふうにひともこころを映してしまえたら。 どんな色になるのだろうとわくわくとしながら。 生きることがたのしくて生きることが嬉しくて。
あたまのなかがぐるぐるしている。
いろんないろがまざりあったような。
すきないろはどんないろ?
たったひとつのいろになれたらいいな。
うすく陽が射しているかと思えばにわかに雨。 やはり梅雨入りが近いのだろうとおもわれる。
出しっぱなしだった茶の間の炬燵をかたづける。 そのあとには彼のお気に入りのシートを据えて。 ああこれこれとすっかりご機嫌の様子の彼だった。
午後には私もソファーに寝転んで本を読んだり。 いつもは自室に閉じ篭っていることが多いけれど。 茶の間もたまには良いものだなとつくづく思った。
世間のひとは皆働いているだろう平日に。 このところの我が家は毎日が休日だった。
焦る気持ちはどうしても消えないけれど。 今はこうするしかないのだと心を決める。
動く日にはうごく。進むことだって出来る。
明日は一週間ぶりに山里の職場へ行こうと思う。 とてもとても気が重いけれど見捨てるわけにもいかず。 母の体調はその後どうだろうと気掛かりでもあった。
また逃げるように帰宅するはめになるかもしれない。 けれどもそれが今の自分に出来る精一杯の親孝行だ。
しかしこの言葉に出来ないようなプレッシャーは。 いったいどうしたことだろう。もっと気楽にと思う けれど。イカナケレバイカナケレバと思ってしまう。
夕方には雨も降り止みあんずといつもの散歩道を行く。 しっとりと雨に潤った緑。その匂いがとても心地よい。
お大師堂で祈った。どうかどうかたすけてください。 いつもはお願いなどしないように心がけているけれど。 手を合わすと自然にそんな言葉が出てくるようになる。
お大師様もびっくりしたことだろう。そうかそうかと。 今度ばかりは願いごとをきいてくれそうな気がしてきた。
叶わないこともそうすることで救われていくように思う。
お大師さま。平穏ないちにちをありがとうございました。
いちにち雨がふったりやんだり。 蒸し暑く梅雨を思わすような雨だった。
昨日は少し遠出をして大学病院へ行っていた。 やはり彼の白内障は悪化しているらしくて。 来月早々に手術をしなければいけなくなった。 手術自体は簡単なものらしのだけれど。 数日の入院を要するとの事で少し気が重い。 それに病院が遠すぎるのも不便なのだけれど。
とうの彼はとてもあっけらかんとしている。 私もくよくよ考えていてはいけないなと思う。
そんなことが突然に決まったりしたものだから。 私の職探しも来月まで少し様子をみることになった。 先日の面接先からも連絡がなかったから不採用だし。 これもなるようになっているのだと思えば気も楽だ。
あれこれと思い煩う悪いくせ。ここらでひとやすみ。 とにかく目の前の事からひとつひとつかたづけようと。 彼が言う通りだと思う。いいこと言うなあって思った。
なんとなくふんだりけったりだけれど。
おもったほどはいたくないのがふしぎ。
ただちょっとみがまえてしまうのは。
つぎはなにがくるのだろうとおもうから。
わるいこととはかぎらない。いいことだって。
きっとくる。やまないあめがないのとおなじ。
気温がぐんぐんと高くなりすっかり初夏の陽気。
うちに閉じこもっているのも落ち着かず。 かといって山里の職場に行くのも気が重く。 とにかく動こうと今日もハローワークへ行く。
先日の面接の結果がはっきりとしないままだけれど。 聞くところによるとかなりの人が面接に行ったらしい。 若い人ばかりではないですよと言ってもらい少しほっとする。
けれども待つということ。それはとてもつらいことに思える。 ゆったりとしたきもち。そういうこころの余裕がないのかも。
今日のしゅうかくはゼロ。焦ってはいけないと自分に言い聞かす。
帰宅するとポストに大きな封筒が入っていた。 字を見ただけでわかる。それはひろたくんからだった。
スケッチブックに書いたたくさんの絵を送ってくれたのだ。 かなしみと希望と。そしてなんともいえないぬくもりと。 ひとつひとつの絵を見つめながら胸がいっぱいになった。
ほろりほろりと涙があふれる。なんてありがたい絵だろう。
たとえこのよにかなしみがあふれていても。
ひとはきぼうというなのはなをさかせる。
そうしてそのはなをそだてることができる。
さかないかなしみ。かれてしまうかなしみ。
みずをください。あいをくださいとひとはねがう。
だいじょうぶ。いきているよ。こんなにつよくいきているよ。
ゆうじんのおたんじょうび。
どうしていきているのかふとわからなくなると。 かといってしぬゆうきもないのだとゆうじんはいう。
それはねいきるゆうきがあるということだよというと。 ははっとわらった。おたんじょうびおめでとうひろたくん。
わたしたちはともだちなんだ。ずっといっしょにいきるんだ。
昨日のこと。山里の職場に行けば母は風邪をひいていて。 少し熱があるというのに休みもせずに仕事をしていた。 私はとても心苦しかった。とても言葉に出来ないくらい。
職探しをしていることも話し出せずに一日が過ぎていく。 それを話せば母はどんなにか気落ちすることだろうと思う。
なるようになるとわたしはいつも言っているけれど。 いったいどんなふうになってしまうのだろうと思う。
わからないから。それはちっともわからないことだから。
手さぐりで日々を歩んでいくよりほかないのだろう。
宝くじを買った。ジャンボとミリオンと二種類買った。 どうかどうか当たってくれますようにと祈っているのだけれど。
わからないから。それはちっともわからないことだから。
今日もさつき晴れ。爽やかな風と陽射しが嬉しい。
土手にはチガヤの白い花が咲き始めた。 それは近寄って見るとまだ若き穂であり。 真っ白ではなく少しグレーがかっている。 そうしてオレンジ色の粒々がくっついている。
いかにも草の花らしく緑の葉からまっすぐに。 空に向かって風とたわむれている姿がよかった。
やがて純白の綿のようになりまた風に揺れることだろう。 ゆうらゆうらと風となかよしになるその日が目に浮かんだ。
散歩の帰り道。土手の下の民家のそばを通ると。 畑にはトマトと茄子が植えられてあり。里芋が。 10センチくらいの可愛らしい芽を出していた。
野菜はとてもたくましい。見ているだけで元気が出る。
そうして通り過ぎようとしていたところはっとした。 なんとその畑の片隅に紫陽花の花がもう咲いていたのだ。 薄紫とブルーと。思わず歓声をあげて足を止めてながめた。
季節はたしかに前へ前へとすすんでいるのだなと思った。
今日は安息日。昨日の緊張も失望もすっかり薄れてしまう。 駄目もとだと思えば。またスタートラインに立てるのだもの。 急がばまわれということばだってある。焦る事はなにもない。
明日は山里の職場へ行ってみようと思っている。 母からは電話ひとつないけれどやはり心配だった。
少し気が重いけれど職探しをしていることも話さなければ。 母にしたらずっと手伝ってくれるものとあてにしているだろう。
暮らしさえ楽であるなら私だってそうしてあげたい。 なんだか見捨てるようなことになり心苦しいのだけれど。
あれこれと思い煩うことはあっても。笑顔の一日にしたいものだ。
さつき晴れ。陽射しがきらきらとまぶしい。
いつもの散歩道。お大師堂が見え始めたとき。 ふとなんとなくかのひとの顔が目に浮かんだ。 そうしたらいきなり扉が開いてまさにそのひとが。 目の前に現れたのでほんとにびっくりしてしまった。 例の修行僧のお遍路さん。これで六度目の再会となる。
微笑むアマリリスのかたわらでふたりも微笑みあった。
きっといいことがありますよ。その言葉が嬉しかった。
面接。はんぶんの不安とはんぶんの期待だったけれど。 現実はとても厳しいものだということを思い知らされた。
私はもう若くはないから。それはどうしようもないこと。 年齢不問というのはあくまでも形式的なことなのだと言う。 わずか10分程の面接で。そのひとはにっこりともせずに。 採用ならば一週間以内に連絡をするから待つように言われた。
なんだか肩透かしをくらったような気持ちでしょんぼりと帰る。 でもまあこれも経験だと思えば。すこし気も楽になるのだった。
気分はすっかり諦めているけれど。まだまだ道は続いている。 きっときっとなるようになる。そう信じて前へ進んでいきたい。
ななつ転んでもやっつ起きてみよう。まだひとつではないか。
なんのこれしき。ふたつもみっつもど〜んときなさい。
くもりのち晴れ。五月らしい爽やかな風が吹く。
散歩道を行けば。お大師堂にアマリリスの花が。 ずっと昔に誰かの手でそこに植えられたのだろう。 それがまるでそこで生まれたかのように咲き誇り。 語りかけるような仕草で微笑んでいるのだった。
ことしも咲いてくれたのね。そう声をかけてみた。
こころがなごむ。その鮮やかな色が沁みわたるようだ。
今日もうごく。突っ走るようにうごいた。 ハローワークなんて何十年ぶりだろうか。 たくさんの人で溢れていて少し緊張した。
ひとつ気になるところがあり相談してみる。 そうしたらすぐに連絡をとってくれて。 なんとあした面接に行くことに決まった。
パートとはいえこの就職難のご時勢に。 なんてありがたいことだろうとおもう。
どきどきと胸がなる。なんだか旅に出るような。 うまくことばに出来ないけれど緊張感と期待と。
踏み出せるだろうか一歩。明日がいい日でありますように。
雨の匂いがここちよい。
あたりの緑を潤しながら。 そのままこころにしみわたる。
濡れたこころにふれてみる。 そうしてちいさな水たまりをつくる。
けっして泥にはならないように。
けっして沼にはならないように。
そんな雨のいちにちを動き出してみた。 銀行に行って市役所に行ってまた銀行に行って。
そうしてひとつの不安に光が射し始めた。 駄目もとだと思っていたから嬉しくって。 暗いトンネルを抜けたような気持ちになった。
この道にはまだまだトンネルが続いている。
あきらめずにくじけずにまた前へすすもう。
いま夕焼けがとてもきれい。
もうすぐ夜風にかわる風に吹かれながら 窓辺にたたずみ茜色の空をあおいでいる。
ふっふっと息がもれる。ためいきではなくて。 深呼吸でもなくて。これは微笑みの息だろうか。
ちろんちろんと歌っているのは風鈴だった。 私の窓辺には一年中それをつるしてあるのだ。
夕焼けこやけで日が暮れて。私も歌いたくなった。
川仕事。撤収作業も今日でやっと終わる。 なんだか気が抜けたようにほっとしている。 明日はいちにちのんびりとお休みをして。 月曜日になったら動き出そうと思っている。
あれこれ。うんきっとなんとかなるだろう。
立夏のきょう。暦の上ではもう夏になる。 そんな日にふさわしく汗ばむほどの陽気。
つかのまの春よ。どうして急いでいくのか。 なんだかぽつねんととりのこされたような。 じぶんのありかをたしかめることもできず。
いそぐ。いそぐ。立ち止まってなどいられない。
そうしてこどもの日。昔のことなど思い出す。 川仕事の忙しい時期。こどもたちは我慢をし。 どこかに連れて行ってとせがむこともなかった。 父も母も精一杯だったあの頃。こども達の笑顔。
いまはもうすっかりおとなのふたりだけれど。
こどもはいつまでもかわらずこどものままだった。
サチコ。今日もお仕事お疲れさま。
おにいちゃん。晩ご飯ちゃんと食べたかな。
気温がぐんぐんと高くなりすっかり夏日となる。
麦藁帽子を被って川仕事にはげんだ。 ふうふうと息をしながら汗が流れる。
撤収作業も週末には終えられそうだ。 あと少しもう少しがんばってみよう。
おわったらどうしようかなとあれこれかんがえている。 とにかくはたらかなければとおもうときばかりあせる。
もうふあんがってなどいられない。まえへすすむのだ。
午後。気分転換もかねて髪を切りに行った。 三センチくらい切ってとてもさっぱりする。
かるいな。なんだかこころまでかるくなった。
スキップしたいようなきもち。るんるんらんらん。
今日から五月。日中はまるで初夏のような陽気となる。 さわやかな風。その風が薫るのを胸いっぱいにすった。
ささいなことにとらわれていてはいけない。 そこからぬけだすようにふきぬけていきたい。
風のようにここちよく。ここから向こうへと。 待っていてくれるかもしれないなにかにあいに。
いってみなくてはわからないときは風になろう。
やっと冬物の衣料を片付けられるようになり。 もこもことしたそれらを押入れにしまったりしていた。 春物はつかのますぐに夏物を出すようになることだろう。
ゆったりと日々を過ごしているつもりでも季節はめぐる。 一週間がひと月があっという間に過ぎるのにはおどろく。
そうして歳を重ねていくことをふとせつないと思うのだった。
もうあの時とはちがう。そんな自分にはっとする時がある。
こころのありかまでもちがってしまったようでとまどってしまう。
けれどもそれがありのまま。これでいいのだとじぶんを信じよう。
風のようにここちよく。あしたはあしたの風になってみせよう。
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