小粒の雨が降ったりやんだり。 夕方になりやっと空が明るくなる。
日が長いのはありがたいことだ。 夕食を済ませてから散歩に出掛ける。
川風がとても清々しく心地よかった。 土手の緑がそよそよと風に揺れている。
さらさらと水の音。そして水が匂う道。
相変わらず草を食べたがるあんずをその場に残し。 自分ひとりでお大師堂に向かった。 振り返ると草を食べている。ほんとうに牛のよう。
そうして私がお大師堂に着いた頃になって。 やっと置き去りにされたことに気づいたようだ。
きゃいんきゃいんと叫ぶような声でなき始めた。 くすくすと笑いをこらえながらお参りを済ます。
私の姿が見えるかな。あんずの視力を確かめるように。 お大師堂の石段のところから彼女をしばし見つめてみた。
確かに目が合った。そうして嬉しそうに飛び跳ねている。 ちゃんと見えるんだ。そう思うと私も嬉しくなってくる。
川風を背にうけながら土手の道をふたり帰る。
今日も平穏だったね。そうして暮れていくんだね。
ひとりごとのようにそんな言葉をつぶやいていた。
やっと青空が見えたけれど梅雨特有の蒸し暑さ。 時々仕事の手を休めては涼を求めて庭に出てみる。
職場の裏手には田園がひろがっていて緑が匂う。 そのうえを吹き抜けていく夏風が心地よかった。
今週はのんびりといこう!そんなことを考えながら。 風に吹かれていると肩の力がふっと抜けていくのがわかる。
仕事は順調だった。苛立つ事もなく平穏に時が流れる。 あれこれを思い起こすとこれもなるようになったのか。 思い悩んでいた事がうそのように楽になっているのだった。
なによりも母の笑顔が嬉しい。きっと喜んでくれているのだろう。 そう思うと自分も自然と笑顔になれる。仕事が楽しくてならない。
不況のどん底で闘っている小さな会社だった。 なんとしてもいまを耐え抜いていってほしいと願う。
ちっぽけな自分でもチカラになれるだろうか。 会社を助けてあげたいと心から思えるようになった。
「ありがとう!お疲れさま」母の言葉はいつも身に沁みる。
感謝しなければいけないのは自分のほうだった。 苦しい経営だというのに毎日、日当をもらっているのだから。
心苦しさ以上に感謝の気持ちが込み上げてくる。
明日も母のそばにいよう。そうして精一杯助けてあげたい。
昨日からかなりまとまった雨。 今日もいちにち雨音を聴きながら過ごす。
とは言っても家事もそこそこに殆ど寝てばかり。 まったくだらしないありさまだけれど。 とにかく眠くて眠くてしかたなかった。
今週の疲れは特別やもしれず。 ゆっくりと休めばまた元気になることだろう。
雨のため散歩も行けず気分もいまひとつ冴えない。 窓から雨にけむる対岸の山々をながめていると。 空からたくさんの仙人がおりてきたように見えた。
雨もいいものだよと彼らは口々にささやいている。 ほうれほうれと微笑みながら雨を降らしているようだ。
そうそう。玄関にもうひとつツバメの巣が出来た。 古巣のほうは何がいけなかったのかそのままで。 新しい巣のほうで新生活を始めようとしている。
古巣から逃げ出してしまった時はとても不安で。 なんだか不幸の前触れではないかと気になった。 それがあっという間に新しい巣を作ってくれたのだ。
毎年子ツバメが巣立つ我が家。今年もきっとと見守っている。
雨にもめげずツバメ達は飛び交う。
それが生きることであるかのように。
空がうっすらと茜色に染まりはじめた。 夕焼けを見るのはずいぶんと久しぶりのように思う。
窓辺にいて夕風に吹かれているのも心地よい。 いちにちの疲れがすぅっと楽になっていくようだ。
少し力み過ぎていたのかも知れない。 水曜日ともなると身体がちょっと辛くなる。 頑張ろうってすごくすごく思っていたけれど。 ほどほどで良いのかなと今日は思ったことだった。
すっかり怠け癖のついていた私の身体。 もうお昼寝どころではないのだから。 少しずつ慣らしていかなければと思う。
仕事から帰宅するなりいつもの散歩に出掛けた。 あんずの元気ぶりに負けてしまいそうな足取り。 ぐんぐんと引っ張ってもらって土手を歩いて行く。
あんずが止まると私も止まる。 そうして彼女は牛みたいに草を食べ始めるのだった。 その草を気に入っているらしく美味しそうに食べる。 じょうずに千切ってはむしゃむしゃと愉快な顔になる。
そんな姿が微笑ましくてならない。
まるで時間が止まってしまったようなひと時だった。
私も草を食んでみるくらいの余裕が出来るといいなと思う。
急がずに慌てずにそこに草があれば寄り道をしてみたいな。
天気予報は梅雨空のはずだったけれど。 思いがけずに青空が見えてほっと嬉しかった。
湿気を含んだ南風に田んぼの稲がそよそよとなびく。 いちめんの緑を見ていると心が洗われるようだった。
気分も晴れやかにいちにちを過ごす。 あれこれと思い悩んでいたことが嘘のように。 笑顔で過ごせるということはほんとにありがたいことだ。
お給料は日当として毎日いただけることになった。 まるで日雇い労働者の気分でそれも楽しみに思う。 働いて報酬をもらえるということはとても嬉しい。 これまでと違ってすごくやる気が湧いてくるのだ。
まだ二日目だけれど家計もずいぶんと助かっている。 今日は奮発をしてお刺身を買った。おお!と彼が喜ぶ。
彼もやっとビールが飲めるようになったのだから。 毎日の肴を考えては好きな物を食べさせてあげたい。
けれどもそのぶん職場に負担をかけていることを忘れてはいけない。 私がどんなに働いても売上げが一気に上がるわけではないし。 不況のどん底で耐え抜いている職場の事を考えてあげなければと思う。
じぶんにできることがもっともっとあるはずだ。
そう思うとまたやる気が出てきて明日も頑張ろうと思える。
笑顔のいちにちは心も微笑んでいる。
ふっくらとしたその微笑をたいせつにしたいものだ。
空はふっと微笑んだかと思えば涙をにじます。
霧のような雨に紫陽花がとても鮮やかだった。
とうとう月曜日。憂鬱だと思えば思うほど重苦しくなるばかり。 そう思わなければきっとこころが楽になることだろう。 わかっていてもまるで決め事のようにそれを思ってしまうものだ。
流れている水の中にとび込んで行くようなきもち。 もがけば沈む。あばれたらもっと深いところにいく。
流れに逆らわずにいようとふっと思った。 肩の力を抜けばきっと身を任せられるはずだもの。
母はいつもとかわらない。同僚も笑顔で接してくれる。 私の顔はどんなふうに見えているのだろうかと気になった。
常連のお客さんが来てくれて自動車保険の説明をする。 世間話も交えながら自然と笑みがこぼれてきた。
これが私の仕事なのだなと今更ながら気づいてきた。 今できることは与えられた仕事を精一杯に務めること。
そう思うと。まるでトンネルを抜けたようにあたりが明るくなる。
いったい私は何にこだわっていたのだろうと思う。 母に対する気持ちだろうか。お給料のことだろうか。 よくわからないけれどそれはとても些細な事かもしれなかった。
やっとやっと気を取りなおすことが出来たように思う。 心機一転とはいかないまでもほぼそれに近くなったのかもしれない。
とにかくそこには水が流れているようだ。
うまく泳げなくてもいい。ただ私も一緒に流れていこうとしている。
梅雨空につかの間の青空が見える。 窓辺にいてそんな空を眺めていると。 心のなかにも陽射しが沁みてくるようだった。
そうしてまた梅雨空に変わっていく空。 ツバメ達が何事もなかったように横切っていく。
昨日のこと。母から思いがけない電話がある。 もう職探しをするのをやめなさいと言うのだ。 少し口論になった。あまりにも命令的であったし。 どうしてわかってくれないのだろうと悲しくも思った。
今まで通り山里の職場を手伝って欲しいと言うのだ。 ちゃんとお給料を払うから。絶対に約束するからと。
それがどんなに困難なことなのか私にはよくわかる。 それを言えばまた口論になりついつい言葉が荒くなる。
それが母の優しさだと素直に受け止めることが出来ない。 気楽に甘えて欲しいと母は言うけれど。それもできない。
いったい私はどうすればいいのだろうと昨日から悩んでいる。
無給で手伝ってこその親孝行だとずっと思っていたけれど。 母の願いを素直に聞き入れることも親孝行なのだろうか。
わからない。すぐにこたえなどでそうにない・・・。
とりあえず一昨日の面接先に辞退の連絡をする。 いまはそうするしかないだろうと彼と話し合った結果だった。 もしかしたら採用になったかもしれないけれど。 それでは母とのあいだにまた亀裂が生じてしまいそうだ。
それがよかったのかどうなのか今は何もわからなくて。 ただ母に逆らうことだけはいけないことのように思っている。
なにごともなかったように。今はそれがとてもむつかしい。
おしえてください。
月曜日から私はどんな顔をして山里の職場に行けばよいのですか?
母は微笑んでくれますか?わたしも一緒に微笑むことができますか?
2010年06月17日(木) |
まあこんなもんだろう |
うす雲がひろがっていたけれどまずまずの晴天。 風がなかったせいでかなりの蒸し暑さだった。
午前中に連絡があり午後から面接に行く。 店長さんはとても朗らかな人で話しやすかった。 体力には自信がありますか?と訊かれる。 思わずお米30キロ位なら持てますと答えた。
鮮魚売り場はスーパーでいちばん忙しいらしく。 残業も覚悟していてほしいと言われたのだけれど。 朝早くからの仕事で残業はなかなか辛そうに思う。
詳しい話を聞くほど不安なことがいっぱいになった。 ハローワークの説明とは随分と違うところが多いのだ。
とりあえず一週間ほど待つようにと言われその場を後にする。 その間面接に来た人の中から2名を選ぶのだそうだ。
駄目ならその時。決まればやれるだけ頑張ってみようと思う。
いまさらながら職探しのムツカシサをつくづく感じている。 労働条件の良いところは従業員もかんたんに辞めないのだ。 今のご時勢。求人があるということはそういうことらしい。
帰宅して。ちょっとずるいことを考えてしまった。 先日買った宝くじ。確かめるのが怖くてそのままだったけれど。 それさえ当たっていれば仕事なんか探さなくて良いのだなんて。
おそるおそるそれを確かめる。かみさまほとけさまって願って。
あーあ・・・やっぱり駄目だった。まあこんなもんだろうと笑った。
梅雨の晴れ間。陽射しはもう真夏のようだった。 まぶしい青空。ツバメたちが嬉しそうに飛び交う。
午後からハローワークに出掛けてみた。 すると思いがけない求人がありこれだ!と目が輝く。 それはいつも買物をしているスーパーの鮮魚売場だった。
お店の雰囲気がとても好きなのだ。 店員さんともすっかり顔見知りになっているし。 ここで働けたらどんなに良いだろうかと思った。
さっそく紹介状を作ってもらったのだけれど。 今日は店長さんがお休みとの事で明日の連絡待ちとなった。 なんとか面接まではこぎつけられるだろうと思っているけれど。 採用になるかどうかはまったくわからなくて少し不安でもある。
ここはありのままの自分で立ち向かっていくしかない。 自信を持とう。不安は顔に出るからとにかく笑顔でいこう!
ハローワークの帰り道。ふと思い立って髪を切りに行く。 いつもの美容院ではなく。ずっと昔に通っていた所に行った。 かれこれ15年ぶりくらいだろうか。ちゃんと憶えていてくれて。 すっかり大きくなったお互いの子供たちのことなどを話した。
ぼさぼさと重たかった髪の毛がさっぱりと軽くなる。 すごくすごくリフレッシュしたような気持ちになった。
おもたいってかんじることがたくさんある。
かるくしたいのにどうしようもなくって。
なやんだりもがいたりしながら日々を生きてる。
そんなにもつを捨ててしまうのではなくて。
ほぐしたりもんだりしてやわらかくするのだ。
それはきっと綿みたいにかるくなるのにちがいない。
ぴちぴちちゃぷちゃぷと雨音がここちよい。 なんだか空ぜんたいがお風呂のなかみたいだ。
洗っている。流している。さっぱりとしている。
夕方ひょっこり息子君が立ち寄ってくれた。 ちょうど晩ご飯の支度をしていたところで。 お魚のすり身でコロッケをたくさん作っていて。 食べて帰ろうかなと言ってくれてすごく嬉しかった。
ついでに父親の頭を洗うのを手伝ってもらった。 まだ眼を濡らしてはいけなくて洗髪もままならず。 退院してからずっとそれは私の役目だったのだ。
介護士の息子はさすがに手際もよくて上手だった。 何よりも喜んだのは父親でそれは嬉しそうにしていた。 まさか息子に髪を洗ってもらうなんて思ってもいなかっただろう。
三人で晩ご飯。大皿にてんこ盛りだったコロッケがあっという間。 すり身のコロッケはマヨネーズと醤油が合うぞって言うので。 私も真似してみたらすごく美味しかった。5個も食べちゃった。
「おとうが酒を飲めるようになったら全快祝いをしょーな」って。 俺が全部出すから外へ焼肉でも食べに行くか!なんて言ってくれる。
するとおとうが「もったいないからおうち焼肉にしょーぜ」と言う。 なんだ!俺がおごってやるからええじゃないかと息子が言ったり。
わたしはずっと笑っていた。おとうとむすこっていいなあって。
ほのぼのとしたひと時。これがしあわせでなくてなんだろう。
雨が降るのを待っていたかのように梅雨入り。 昨日は横なぐりの雨。今日は細かな雨が降る。
やまない雨はないのだからとそんな季節を受けとめる。
雨合羽を羽織ったお遍路さんがひとりふたり。 峠道で追い越しながら山里の職場へ向かった。
あれこれと思い煩うことなくもっと気楽にと思う。 とにかく出来るかぎりのことをしてあげたかった。
ほんの少しこころに余裕が出来たのかもしれない。 ふとした時にぽろりとこぼれるようにその話をした。 職探しをしていることをやっと打ち明けられたのだ。
母はちょっと怒るかなと思った。けれどもそれはなく。 むしろ覚悟していたような口ぶりで頷いてくれたのだ。
ほっとする。それがどんなに親不孝なことだとしても。 母がそう言ってくれたのがとても心強いことに思えた。
今週もハローワークに行こう。どんな仕事でもいいから。 積極的に立ち向かっていかなければとこころに決める。
情けない話しだけれど家計は日に日に苦しくなっている。 貧しいと言ってしまえばそれまで。負けるわけにはいかない。
せめてこころはたっぷりとゆたかに。微笑むことを忘れず。
くよくよと思い悩んだりせずにど〜んと乗り越えていこう!
晴れのちくもり。午後に吹く風は雨を匂わす。
降りださないうちにと早目に散歩に出掛けた。 つい先日のこと除草作業を終えたばかりの土手に。 もう若い緑が目立ち始める。雑草ってすごいな。 どんなに刈られても機械で踏み荒らされたって。
へっちゃらだいって言っているようにとても元気。
そんなふうに生きられたらどんなにいいだろうか。 くじけずにめげないでちからづよくすくっと伸びて。
わたしのあたまのなかはいろんなことでいっぱい。 それがぐるぐるしたりざわざわしたりするばかり。
なんだか疲れちゃったなあってふとおもう時もある。 そういうのみんなぽいぽいっと放り投げてしまいたい。
痛いの痛いのとんでいけ〜って大声で叫ぶみたいに。
けれどもこれもあたえられた試練のようなものかも。 だとするとなんとしても乗り越えなければとおもう。
わたしは雑草。生まればかりの雑草。
生きてさえいれば。きっといいことがあるから。
すっかり夏。蒸し暑さに汗が流れる。
今日は息子くんの誕生日だった。 せめて晩ご飯でも一緒にと思って。 連絡してみたけれど来られないと言う。
誕生日なんてもういいよなんて言うから。 母はちょっとしょんぼりとさびしかった。
いくつになってもお祝いしてあげたいものだ。
すっかり古くなった母子手帳を出して見てみる。 午前2時57分に生まれている。3650グラムだ。
そうそう確か前夜に陣痛が始まって病院へ行ったっけ。 あの時の痛みをかすかに思い出す。そうして生まれた。 へその緒が身体に巻きついて真っ青になっていたから。 抱くことも出来ずすぐに保育器に入れられてしまった。
ちいさな命。いっしょうけんめい生きようとしている命。 不安と希望と。どうか助かりますようにと祈り続けていた。
あれからもう31年。ながいようであっという間に思える。 初めての育児は無我夢中で。育てるというより育ててもらった。 母親になったのではない。母親にしてもらったのだと思っている。
おにいちゃん。おたんじょうびおめでとう。
母ね。ほんとは今夜電話したかったのだけれど。
うっとうしいなあっておこられそうで我慢している。
心配性でおせっかいの母だけれど。これからも「おかあ」って。
呼んでね。ずっとずっと呼んでね。
六月になりはじめての山里だった。
稲の緑がずいぶんと伸びていておどろく。 あぜ道には紫陽花がそれは綺麗に咲いて。
のどかな風景に救われるようにほっとする。
私はこの山里のことがとても好きだった。 それが気の重さを少しでも楽にしてくれるのだ。
たまった仕事を片っ端からやっつけながら。 今日こそは母にちゃんと話そうと思っていた。 けれども言えない。今日もやはり駄目だった。
勘の鋭い母のこと。薄々は察しているかもしれず。 いっそ仕事が見つかってから話そうかともおもう。
肝心の仕事はまだ見つからず。昨日もハローワーク。 気が急いているせいか焦る気持ちばかりつのって来る。
この先いったいどうすればいいのだろう。 ほんとうになるようになってくれるのだろうか。
いやいや。そんな弱気ではいけないなといま思った。 もっとおおらかにゆったりとかまえていなければ。
うまくいくこともいかなくなってしまうかもしれない。
金曜日にまた来るね。そう言って山里の職場をあとにする。 「お疲れさん、ありがとうね」母の言葉が胸に沁みてくる。
わたしはあしたもうごく。やれるだけのことをしてみる。
けっかをかんがえていたらなにもできないのだもの。
いいことがきっとある。すすめすすめまえへすすめ。
小粒の雨が降ったりやんだり。 そろそろ梅雨入りになるかもしれない。
始発列車に乗り彼を迎えに行く。 わずか数日の入院だったけれど。 やはり家が恋しくてならなかったようだ。 嬉しそうにしている彼はまるで子供のよう。
帰り道は高速道路を避けて海沿いの道をゆっくり。 私の運転はおぼつかなく結局彼に運転してもらう。
空を映した海は真っ青ではなかったけれど。 久しぶりの潮の匂いが胸に心地よく沁みた。
茶の間からテレビの音。彼の頭がちょこんと見える。 またいつもと変わらない日常がかえってきたのだと。 胸がほっこりとあたたかくなった夕暮れ時だった。
私はふと明日のことを考えている。 ひと山越えることが出来たのだから。 また歩き出さなくてはいけないなどと。
とにかく職探しを再開しなくてはならない。 その前に山里の職場に顔を出すべきだろうか。
あれこれ考えているとなんだか疲れてしまって。
あしたはあしたの風にまかせようとやっと思った。
ほっこりを消さないようにほっこりをあたためて。
あしたも笑顔のいちにちでありますように。
早朝。あんずと一緒に土手を散歩。 「あれ?お父さんは?」そんな顔。 その時の首をかしげた姿がゆかい。
朝の風のなんとさわやかなことか。 朝陽とともに青空がきらりと光る。
午前中に彼と連絡をとる。 診察があり経過は順調とのこと。 眼帯も外せて眼鏡もかけられたそうだ。 よかった。とてもとてもほっとしている。 予定通り月曜日には退院出来そうだった。
ひとりぼっちはやはりさびしい。 ひとりごとばかりつぶやいている。 これもあっという間の出来事なのか。
夕方。またあんずと散歩に出掛ける。 今日は土手の除草作業で賑やかだったけれど。 すっかりまるはだかになっていておどろく。
青々と繁っていた夏草も。白い綿毛のチガヤも。 姫女苑の可愛い花さえもすべて跡形もなかった。
毎年の事だけれど。なんともいえないさびしさ。 きれいさっぱりと思えばまたこれもよしかもしれず。 すっかり雀色になってしまった土手をながめていた。
いつまでもそれはない。けれどもまたそれはうまれる。
また真夏になれば若い緑が匂うようにあふれることだろう。
手術。無事に終わりほっとしている。
術後少し熱が出ていたけれど。 それも夕方には下がったようだ。
不便なのは眼鏡をかけられないこと。
まな板の上の鯉はピチピチとは出来ず。 かなりぐったりと弱っていたけれど。 列車の時間もあり仕方なく帰って来た。
今日はまだ痛みもあり辛そうだけれど。 明日にはもっと楽になっていると思う。 経過さえよければ月曜には退院出来そうだ。
たかが眼。されど眼だ。 手遅れになれば失明さえあり得る。 早目に手術をしてもらえてほんとうによかった。
健康がいちばんの宝もの。つくづくとそう思う。
久しぶりの快晴。すっかり初夏の陽気となった。
早朝より南国市にある大学病院へ出掛ける。 高速道路を利用しても2時間半くらいかかった。
いよいよだなという感じ。 彼はもうまな板の上の鯉だなと笑った。
主治医の先生から手術の説明を受けたり。 万が一の時もありますからと脅かされたり。
けれども一般的にはとても簡単な手術とのこと。 不安がることは何もないのだと気楽に構えている。
山里の母からメール。 「雲の上にはかならず青空がありますから」と。
彼と顔を見合わせ思わず笑ってしまったけれど。 母なりに心配をしてくれていることがわかって。 とてもありがたいことだと思った。
高知市内に住む弟からもメール。 「今日は休みやきなんでも言うたや!」 帰りは列車のつもりだったのでそれも助かる。 病院から駅まで私を運んでくれるのだと言う。
けれども結局はタクシーに乗ってしまった。 その車中で弟から電話があったのだけれど。
もっと甘えても良かったのかなと後から悔やんだ。
そういうところが不器用なのだ。意地っ張りというか。
母も弟も。とても心強い存在だった。ありがとうね。
明日は朝いちばんの手術に決まった。 始発列車に乗ればなんとか間に合いそうだ。
まな板の上の鯉は今頃何を思っていることだろう。
雲の上にはかならず青空があるか・・・
母上さま。それってほんとにすばらしい言葉だよ!
いちにちじゅう雨音を聴きながらすごす。 時にはどしゃ降り。その激しさも心地よい。
彼の入院を明後日に控えなんだかざわざわと。 こころが落ち着かなくてそわそわとしていた。 大病でもなくほんの数日のことなのだけれど。 目前に迫ってくるとやはり心細くなってくる。
ずっとあっけらかんとしていた彼も同じなのか。 早く終わって欲しいよなあと呟くようになった。
とにかく行ってみないとわからないのだけれど。 きっとあっという間の出来事になることだろう。
雨は降りやまずお散歩も行けなかった。 あんずも犬小屋に閉じこもったきりで。 晩ご飯の時も犬小屋から顔だけ出して。 とてもめんどくさそうにフードを食べる。 その顔が愉快。ちょっと飼い主に似ている。
雨音はとてもリズミカルにその歌を奏でる。
まちがえてはいけないたいせつなうたのように。
そのうたをおぼえたがっているように胸がなる。
とっくんとっくんわたしの血がそこに流れている。
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