2007年08月29日(水) |
それが私と風の『かんけい』 |
夕暮が少しずつ急ぎはじめている。そのことを待っていたかのように。 川風が起きだす。風も知っているのかな。その風を待っているひとを。
そうして窓辺の夜がはじまる。そこには孤独好きのおんながひとりいて。 そのおんなのことを。ほんとうは持て余しているのだけれど風は優しく。
微笑んだりしてみせるのだ。おんなはそういうことに疎くて。そのうえ。 疑うということに慣れていないから。しんそこそれを頼りにしてしまう。
そんなふうになっている。それがわたしと風の『かんけい』
今夜もせみがナキヤマズ。今夜も鈴虫がウタイハジメテ。
それいがいはみんな押し黙るようにじっと静かにしている。
風だってなにもいわない。なにかひとこと言ってくれてもいいのに。
けれどあまり望んではいない。望んではいけないように思ってしまう。 ときどきふっとこわくなる。望めば望むほどそれは壊れてしまいそうだ。
だからわたしも何もいわない。待っていたそぶりも見せずに待っている。
すると不思議なことがある。風がいつもいじょうに優しく寄り添ってくる。
そんなふうになっている。それが私と風の『かんけい』
2007年08月27日(月) |
けれどうまくせつめいができない |
あたりはもうすっかり暗くなってしまったのだけど。 あぶら蝉が。とてもとても必死になって鳴いている。
その声を宥めようとするかのように秋の虫たちが歌い始めた。
逝かなくてはいけないもの。生きなければいけないもの。 その声の真っ只中にいま居る。なんだかひどくもの哀しく在る。
けれどうまくせつめいができない。なにがかなしいのかわからない。
たとえば蝉のように。二週間しか生きられないのだとしても。 いったいわたしに何が出来るのだろう。とても漠然としている。
途惑うよりも何よりも。私だって鳴くことを選ぶだろうと思うのだ。
いや。そうじゃない。選ぶのではない。与えられるのだ。鳴くことを。
そんなふうに生きたい。たとえば書きながら・・・最期まで書きながら。
こと切れるまで書くことを与えられて。
そんなふうに終れたらどんなにいいだろうか・・と思う。
あなたも鳴きますか?
あしたあなたも飛びますか?
花火をみに行く。ふうふうしながら夜道を走る。
川風の心地良い遊歩道のところで欄干にもたれて花火をみた。
花火はすこし遠い空にみえたけれど。どどんどどんとその音が。
なんだか心臓にずしんずしんと。痛いのじゃないなんというか。
それはほんとうに快い響きだった。和太鼓の音みたいに打って。
打ち止まぬ。これでもかこれでもかとなにかを伝えたがっている。
うけとめるってことは。もしかしたらこんなことかもしれない。
まっすぐなのだ。うたがうべくもなく。それはまっすぐなのだ。
夏はもうすぐいくのだなって。すこしせつなくも思った・・・。
けれど潔くあれ。もっと。あっけないほどに振り向かずにいけ。
2007年08月23日(木) |
わたしはゆっくりといま。しりぞいている。 |
二十四節気のひとつ『処暑』夏の暑さが峠を越えて退いていくのだという。
退く。その言葉のもつ意味をふと思う。退く。なんだか身を引くのに似ている。
きょうも夕暮。窓の外はせつなすぎるほどに茜色に染まっている。 いちにちを思う。昨夜からずっとこだわり続けていたことがあって。 どうしてそんなにこだわらなくてはいけないのだろうって。哀しい。
たとえば。嬉しいことが三つあっても。ひとつの悲しみが育っていく。 育てたくなどないのにそれが成長していく。つかみどころがないくらい。 ほんとうにそれは些細なことなのに違いない。けれど重い。けれど悲しい。
きっとまたなにかを求めている。いったい何を求めているのかわからない。
もうじゅうぶんなのに。いったいどうしてしまったのだろう。すこし悔しい。
だけどだいじょうぶ。きっとわたしはだいじょうぶ。
どんなときもある。さらりさらりとながれていこう。
しりぞく。わたしはゆっくりといま。しりぞいている。
2007年08月21日(火) |
わたしにはなにも惜しむものがない |
連日の猛暑。ひとの体温と変らぬ温度のなかにいて。 それぞれのひとのそれぞれの夏がほっと息をつく夕暮。
それはとてもほっとする。一日を惜しむように蝉が声を嗄らしているけれど。 わたしにはなにも惜しむものがない。そのことがふっとしあわせにおもえる。
暑かったろう。しんどかったろう。荷物を背負った夏遍路さんが見える。 ちょうど私の部屋の窓から。薄ぼんやりと暮れていく夕闇に映るように。
堤防の道で夕涼みをしているおじさんと何か話している。 おじさんがうなずきながら指をさしているその道の行き止まりに。 お大師堂があるのだ。どうやらお遍路さんの一夜の宿になるらしい。
夜はとても寂しい場所だ。すぐ真下の川の深い所には古い墓石が沈んでいる。 そしてそこは赤い目をしたおっきな魚が棲息している。「アカメ」という魚。
けれどもお遍路さんは。夢もみずにぐっすりと眠るだろう。せせらぎの音がする。 鈴虫の声がする。半月の月明かりに遠いひとのことを少しだけ想って眠るだろう。
そしてあしたがくる。あしたがきたらまた歩く。あしたはどこまで行くのだろう。
わたしは寂しくもない場所にいて。またいつものように酒をあおっている。 わたしというひとにはそれが似合っているように思う。抑制がほとんどない。 意思も弱い。とにかく何かに押し流されているように。どこかへ行こうとする。
けれども。わたしにもあしたがくる。わたしなりに歩くことだってできる。
わたしはどこまで行くのだろうって。時々ふっと不安になる時もあるけれど。
日常がまた。あたりまえのことのようにもどってくる。
お盆休みをいただいたり。自分なりに書いてけじめをつけたいことなど。 あったから。なんだかちょっと旅から帰ったような気持ちになってしまった。
書くことは『遠い作業』だとあるひとが言っていたけれど。 ほんとうにその通りだと思った。身近にいつもありながらそれは遠いのだ。
気がつけば立秋も過ぎていた。けれども夏の暑さはより厳しく感じられる。 それでも夜になれば鈴虫の声など聴こえ。窓を開けて夜風も心地良く思う。
そして山里では稲刈りが本番となり。今日もあちこちから機械の音が聞こえた。 青地に水玉模様のおっきなパラソル。麦わら帽子の農家のおじさん。そうして。
ちいさな赤い蜻蛉。刈られた後のはだかんぼうの田んぼをすいすいっと飛んでいる。
そして午後には蜩の声がする。どこか哀しげでどこかせつなくなるせみの声だ。 空に幕が下りていくような気がする。何かがそこで仕切られていくような寂しさ。
その真っただなかにぽつねんといて。とても思いがけない声を聴く事が出来た。 あのひと。私がそう呼ぶのは未だにひとりだけなのだけれど。そのあのひとが。
春からずっと音信不通だった。元気でいるだろうかとずっと気にかけていたのが。 今日やっと電話が繋がった。すごいびっくりするくらいそれがすぐに繋がったのだ。
とても元気そうだった。だいじょうぶだよって言った。仕事見つかったよって。
そして。電車来たから行くね!って言った。きっとまたねって言った。
赤い蜻蛉が。夏色の風をきっていく。蜩が忘れていた言葉を思い出したように。
また哀しげに鳴いた。
2007年08月14日(火) |
あした。あさって。ずっと。(完) |
これは感傷なのだろうか。もうとっくに過ぎ去ってしまった夏がここにある。 けれどもそれが遠いからといって。遠くのままに置き去りにしてはいけない。
漠然とそう思ったのだ。わたしは埋めたのだ。わたしの手でそこにわたしを。 もがきながら泣き叫んでいたように思う。その声が確かに聴こえたように思う。
わたしはわたしを生き埋めにした。それはわたし以外にはいない。 そうして走り去った。どれほど走ったのだろう。いくつもの夏が。 そこに積もった。見て見ぬふりをするのとは違うのだ。それこそが。 忘れ去るということではないだろうかと。わたしがそう決めたのだ。
だけど死んでなどいなかった。わたしはずっとそこで息をしていた・・・。
いま。わたしは打ちのめされている。わたしがわたしを打ち止まないのだ。 ひどく懲らしめられている。嘆けば嘆くほどその打つ手にちからがこもる。
逃げてしまえたらどんなにからくになるだろうと。いま思っている。 書く事が苦しい。たすけてほしい。わたしはどうすればいいのだろう。
収拾がつかなくなった。けれどなんとしても決着をつけたくてならない。 またこの手で埋めてあげればいいのだろうか。ほかにどんな手段があるだろう。
打ち続けるその手を振り払うことが出来ない。突き放すことがどうしても出来ないでいる。
その夏。それはおそらく青春となづけられる最後の夏だったのにちがいない。
思いがけずしらいし君にあった。大学の夏休みで帰郷しているのだという。 友達が路地を走って知らせに来てくれた。「はやく、待っているからはやく!」
わたしは。わたしだって走って行きたい。ほんとうに心からそう思った。
けれど思うようにはいかなかった。私はもうすでに籠のようなものの中にいて。 外から鍵をかけられているような窮屈な場所にとらわれていた。好きこのんで。 そうだった。それは自分からとび込んでしまった場所だったのだ。誰のせいでもない。
愛されるとはそういうことだと決めつけていたのかもしれない。 束縛されたかった。そうして保護されることで満たされたかったのだろうか。
懇願をする。命乞いするかのように手をあわせた。 どうしても行かなければいけない。必ず帰ってくるから「いかせて」と。
走った。飛べないのだもう。空はとてもとても遠いところにある。
しらいし君は。まぶしそうに目を細めた。そうしてふっとまぶたをとじた。 両手の指を絡めるようにしながら。その指先が微かに震えているのがわかった。 それからすぐに哀しそうな顔をしてみせた。わたしがもうわたしでないことを。 すぐに感じてしまったのだろう。「もう遅かったのかな・・」って呟くように言った。
遅かった・・ほんとうにそれは遅かったのだろう。
だから。だからどうすればいいのだろう。もう修正がきかない。 けれど。間違ってはいない。それが現実というもののカタチなのだから。
わたしはいつも与えられることだけを望んでいたように思う。 それはいつも。いつだってじぶんに同情してばかりいたからではないだろうか。
それを当然のことのように思っていたから。すこしもありがたみを感じずにいた。
思い通りにならないから。絶望して死んでしまいたいとさえ思ったのだ。
「死にたければ はやく死ね」と。 わたしを打ってくれたひとがいた。 そのひとの痛みも知らず。その恩さえにも気づかずにいて。
わたしを突き放してくれたひとがいた。 わたしを救ってくれてそして傷ついて。 けれど恨み言ひとつ言わずに。 それからもずっと見守ってくれたひとがいた。
わたしを思い出してくれたひと。 わたしに会いにきてくれたひと。
遅かったのは。あなたではない。遅かったのはわたしそのものなのだ。
ありがとうって。ありがとうを。こんなに遠い夏から伝えたくてならない。
わたしを打ってくれたひとは。二十歳で死んだ。 ある夜クルマに轢かれて死んでしまった。
まるで自ら死を選んだかのように。 泥酔したまま車道で眠っていたのだそうだ・・。
もうもどれない遠いところ。けれどもわたしは還ることが出来た。
これは感傷ではない。これは後悔でもない。これがわたしの記憶なのだ。
あした。あさって。ずっと。
永遠とは。わたしの魂の記憶になり。どれほどの時も越え続けるだろう。
またあえる。きっとあえるひとたちが。
そこでわたしを待っていてくれる気がする。
・・・完・・・
最後まで読んでくださって。ほんとうにありがとうございました。 行き詰ってしまい。もうこれ以上書けないと悶々とするばかりでした。
書かせてくれて。ほんとうにありがとうございます。
2007年08月13日(月) |
あした。あさって。ずっと。(13) |
その日わたしは。ずっとうつむいてばかりいた。どうしてもどうしてだか。 顔をあげてまっすぐにそのことを見ることが出来なかった。矛盾している。
と思った。わたしは歩んだ確かに。もうそこになんかいられないくらいずっと。 はるかなところに立っていた。けれどわたしの心はどこに行ってしまったのだろう。
痛いのはなぜだろう。いったいなにが疼いているのだろう。ココハドコダロウ?
去るものはいつだってうつくしい。あえて言おう虚くしいのだといおう。 むなしいのではない。かなしいのでもない。断絶でも終局でもないそれは。
とても心細くそこにあった。まるで吹き消されてしまった蝋燭から湧く煙の。 その息の根が微かに音を吐き。そうしたあとに訪れるべき静寂のかたちだった。
卒業式が終った。それはほんとうにもうモドレナイという儀式でもあるらしい。 それはとてもただしいことだ。戻ることをしないからひとはみな歩んでいける。
しらいし君はどこに行くのだろう。遠いほどいい。けれど知らなくていい。 知らないということで救われる時だってある。無関係なのだもう知らないとは。
わたしはからっぽになった。なんだか空洞だった。入り口があり出口があった。 風が何事もなかったかのように吹き抜けていく。冷たさを忘れようと努力する。 それは。不確かな春のはじまりの風だった。
そうしてわたしはすこしあるく。新鮮なくうきをすう。すってはいてまたあるく。
そしてひとにあう。どうしてだかいつだってひとにあってしまうのだ。
そのたびにまた渦が巻く。ぐるぐるとおなじことばかりをくりかえしていく。
とりかえしのつかないこと。それをみずからえらんでしまうのかもしれない。
そうして傷ついたふりをする。傷つけたことを知らずにまたひとを求めてしまう。
わたしはいったいなにが欲しくて。なにが足らなくてなにを望んでいたのだろう。
また夏が来る。蝉の声を聴いたのだろうか。海はどれほど輝いていたのだろうか。
きゅうくつな夏だった。そこはひどく息苦しい夏だった。
・・・つづく・・・
2007年08月09日(木) |
あした。あさって。ずっと。(12) |
蜘蛛の糸は『おとな』に似ている。無邪気だけがとりえの生きるものたちを。 それはいつもそこで平然としながら待ち構えている。捕らえたいのだろうか。
思い知らせたいのだろうか。諭したいのだろうか。消化してしまいたいのだろうか。
常識を重んじ。世間をひどくおそれ。ささやかに生きるものたちを束縛したがる。
そのひとは急に無口になった。そうしていつもこっそりと微笑むことをおぼえた。 5メートル後ろを歩けと命令することもあった。背中は背中というものはすこし。 さびしい。けれど北風に立ち向かうように歩くその後ろ姿が。好きだなと思った。
もう今までとは違う。きっとそれは私が巻き起こした冬の嵐のせいなのだろう。 そのひとは野球部の練習にしばらく参加させてもらえなくなり。私はというと。
私には何の処分もなかった。あるのは白い眼だけだった。誰かがささやいている。 よそよそしい風ばかりがいつも吹いている。友達は。同じクラスではなかったせいで。
なんとなく知っているのだけれど。なにも訊こうとはしなかった。 私のカタチを信じてくれる。詮索をしない干渉をしない。それが友達だった。 いつだって待っていてくれるのだ。けれど私はそこに向かわない。向かえない。 それが私なのだと。困惑をしつつ心配もしつつ。いつだってそっとしておいてくれるのだ。
私は孤立が嫌いではなかった。そして孤独はもっともっと好きだった。
立春の頃になると。海がとても優しくなる。海鳴りの聴こえない夜が幾日も続く。 なにを想って。誰を想って眠っていたのか。いまは何も憶えてなどいないけれど。
私は決して憂鬱ではなかった。いちにち一日に栞を挿み忘れたのかもしれない。 ここだとかそこだとかが。はらはらとおちていく。捉えどころのない空白の日々だ。
そんな頃『卒業生を送る会』そういうのをみんなでがんばろうって言う。 演劇をするのだそうだ。どんなのなのかちっともかいもくけんとうもつかない。
とうとう・・って思った。ついにその季節が来たのだと思った。 ひどくきんちょうをする。だけど私に何が出来るのだろう。何をすればいいのだろう。
わたしはもっと孤立していたかった。もっと孤独でありたかった。
それはほんとうに思いがけないことだったのだ。 もう孤立はさせないとみんなの眼が向かってきた。おまえ以外に誰がやるんだと。 口にこそ出さないけれど。気がつくとクラス中の眼がとても優しく微笑んでいる。
すくっとなった。わたしがうつくしいと信じていた風景は。自身の殻から見えた。 私だけに見えたそのひび割れた曲線の。幻想的な自傷めいた断層の波紋だったのかも。
しれない。
そのひとが言った。「これで決めろよ」と目だけの声で私に言った。 そうしてあの時と同じように教壇に駆け上がるようにして声を張りあげては。 そのシナリオを私に任せるのだと告げた。反対の者はいるか?って皆に問う。
誰ひとり反対はしてくれない。わたしはもうどこにも逃げられはしなかった。 これで決めるのだ。もうほんとうにこれがすべてなのだと思えるようになった。
その夜から何かに憑かれたようにシナリオなるものをせっせと書いた。 フォーク歌手を目指す18歳の少年の物語だった。彼は東京へ行くのだ。 主人公はクラスいちギターの上手いマサヒロ君。私はどうしても主人公の母親役。 例の彼は少年のお祖母ちゃんの役。とても愉快な樹木希林風のお祖母ちゃんだった。
そしてとうとうその当日。客席はとても暗くて。見えないことにとてもほっとする。 そのかわり舞台は照明でまばゆいくらいに明るかった。よっしやるんだって思った。
母親はアドリブをいっぱいする。みんながそれに咄嗟に応えてくれてなんとも楽しい。 母親は本物の庖丁までとりだす。和服の胸のところからそれをキラリと見せては。
「わたしを殺しなさい!殺してから東京へ行きなさい!」って叫んだ。
お祖母ちゃんがびっくりして転げまわる。早く幕をまく〜!と舞台係が焦りまくる。
そのようにして終った。ほんとうにきもちよく終ったのだ。
終るとは完璧なほど心地良いものだと。わたしはとても満足していた。
わたしはこのように傲慢で。かつほんとうに身勝手な生き方をしてきた。
そのひとはそれを最後にどんどん遠い存在になってしまったのだけれど。
わたしはすこしだけうらんだ。感謝の気持ちなどこれっぽっちもなくて。
わたしの好きなものはそうして去るものなのだと観念するように思った。
そのひとは私だけを空に逃がし。じぶんは蜘蛛の糸の犠牲になってくれたのだ。
彼の家庭環境や。どうしようもない差別のせいでひどくひどく傷つけられながら。
そのことを私に告げようともせずに。彼は『おとな』に消化されてしまったのだ。
わたしが。その真実を知ったのは。それから15年も経たおとなの頃だった。
「おまえの親父さんは、ほんとに怖かったぞ・・」って彼がおしえてくれた・・。
・・・つづく・・・
2007年08月07日(火) |
あした。あさって。ずっと。(11) |
その町の冬は雪のことを知らずにいた。それは時々風に舞って噂話のように。 耳を冷たくさせたりもしたけれど。誰もそれを信じようとはしなかったから。
いつもいつも。それは泡のように消えていった。
そんな冬の朝。教室にそのひとの姿を見つけられなかった。 わたしはとても不安になってしまう。そしてひどく焦ってしまう。
なんだかそれはあの時に似ていた。あの時の海のように波がすぐそばで動いている。 わたしはとても怖かった。押し寄せてくるものに向かうことが怖くてならない。 それは規則正しく打って。弾けて。打って。砕けて。打って打って引いていく。
逃げるのじゃない。行くのだ。そう思った。
そこにいた誰かが叫んだ。それは怒鳴り声のようでもあったし見ず知らずの。 ひと達が一斉に後ろ指をさしているような。とても居たたまれない場所のようで。
わたしはもう。駆け出していた。ひたすら行くのだ行くのだと思って走った。
そしてそのひとに会えた。熱が出てしまってふうふうしながら寝込んでいたけれど。 私を叱った。まったくどうしようもない奴だなと叱りながら。ちょっとだけ微笑んだ。
私には後悔というものが欠落していて。それがいつ襲ってくるのかも考えもせずに。 まるで立入り禁止の立て札を読むことの出来ない。一匹の野良猫のような姿だった。
そこにいけばあたたかい。そこにいれば優しい風にあえる。そこで眠ろうって思った。
ほんとうにあたたかだったのだ。ほんとうに優しかったのだ。そして眠ったのだ。
明くる日。わたしたちはひとりひとり。生活指導部に来るようにと言われた。 そこは体育教官室でもあり。噂によると殴られるひともいる。停学や退学や。 とにかくそこはもっとも相応しい処分を受けるべきところであるらしかった。
だけど私は知らない。私のなにがいけなくて。なにが間違っているのか知らない。
そのひとが先に行き。少し顔色を変えて帰って来たけれど。詳しくは何も言わない。 ただいっしょうけんめいいつもの笑顔を見せながら「行ってこいや!」って言った。
わたしは行った。そこでこんこんと「いけないこと」について説明を受けた。 だから。それはほんとうにいけないことなのだろう。だけど反省など出来ない。
気がつくと涙があとからあとから溢れてくる。 「せんせい。どうしてもあいたかったんです」って泣きながらうったえた。
「おまえは本気で惚れているのか?」と教官が訊いた。
わたしはうなずいた。それ以外になんて応えればいいのか。それがきっと真実で。 真実というのは。いつだって思いがけないものなのかもしれない・・・。きっと。
わたしはおそらく歩んだのだろう。もう振り向かずにすむようにちゃんと前へ。 どんなふうにしろどんな方法にしろ。もうその道しか歩む道はないように思った。
行ってはいけないところ。それはどこだろう?
そうしてその道の向こうで。まるで蜘蛛の糸のように待ち受けている現実のことを。
わたしは知らなかった。それがそのひとだけを雁字搦めにしてしまうことを。
・・・つづく・・・
2007年08月02日(木) |
あした。あさって。ずっと。(10) |
救われるっていうことは。夢ではないかとふと疑ってしまうくらい夢に似ている。
なにもかもが一転してしまったようにも思う。ああだったことがもうそうでなく。 そうだったことが仮面をはずして踊リ始める。踊り子は無我夢中で踊り続けては。
破れたトゥシューズのことを忘れる。
その秋の日の体育祭は。それはそれは楽しかった。 そのひとは嘘をつかない。そのひとは誓いにとても忠実であったから。 いくつもの筋書きを作っては。そのシナリオ通りに実行し完結を目指した。
二人三脚をする。『子連れ狼』という競技があって私は一輪車に乗せてもらう。 カーブのところでスピードを出し過ぎて転げ落ちた。けれど手を差し伸べてもらい。 またぐんぐんとゴールを目指した。風をきっていく。風はほんのり潮のにおいがした。
三年生がどんな競技をしたのか。しらいし君が走ったのか転んだのかもしれない。 けれど。私は何ひとつ憶えてなどいない。おそらくたぶん。見ることを忘れたのだ。
もしかしたら。見ないことさえも夢。だったのかもしれない。
修学旅行には二人分のお弁当を作った。新幹線のなかでそのひとはそれを。 みんなに自慢した。そしていつも以上にはしゃぎだして。おにぎりが転がる。 それはほんとうに愉快に転がっていったのだ。海苔についた小さなほこりが。 笑い顔みたいに見えた。ころころころとみんなが笑う。私もころりっと笑った。
東京に着くなりの自由時間に。そのひとは地下鉄に乗ろうと言い出す。 二人だけでなくみんなと行った。「俺はこう見えても東京育ちやきな」って。 土佐弁で言った。田舎者たちはみんな尊敬の眼差しで彼の後を付いて行った。
地下鉄は不思議だった。風景が見えないせいで。ながいながいトンネルみたい。 そしてさらに不思議だったのが。一度も降りずにもとの駅に帰ってしまえる事だ。
「ねえ、なんで?どうして?」って訊いたけれど。田舎もんはこれやきな〜って。 そのひとは本当に愉快そうに笑った。私はますます彼という人を尊敬してしまう。
あくる日は。東京タワーに行った。なんだかひとがたくさんいた。 東京ってすごいなって思った。ひとひとひとが見知らぬ顔で通り過ぎていく。 ちょっと立ち止まってしまったらすぐに迷子になってしまいそうだった。
そこでそのひとは。おもちゃの指輪を買ってくれた。200円だけどきらきらで。 涙がこぼれそうになるくらい嬉しかった。「やっぱカタチとか大事やき」って言う。
わたしはそういうカタチになったのだろうか?なれたのだろうかよくわからない。 とにかくわからないということは。わかるのかもしれないという希望に似ている。
こうしてずっとそのひとのそばにいた。まるで金魚のふんみたいなわたしだった。
けれど。さいごのさいごに独りきりになった。帰りの新幹線を待つ東京駅で。 私はとうとう迷子みたいになってしまった。そのひとの後ろ姿を見失ったのだ。 友達の姿もなかった。先生もどこにもいない。いるのはやはりひとひとひとばかり。
私はけっきょく。所詮かもしれないけれど。ひとりではどこにも行けなかった。 雑踏が苦手でおまけにひどい方向音痴でもある。その場所から動けば本物の迷子になる。
しかたなく集合場所のちかくの売店で。文庫本の立ち読みをすることにした。 どんな本でもよくてどんな本でも読むふりをした。そこはとても居心地がよかった。
心細くはあったけれど。独りだという事実になぜかこころが満たされる思いがした。
もっとさびしくあれ。もっと悲しくあれ。もっともっと。ああどうしてだろう。 どうしてわたしはこんなにも独りを愛しむのだろう。殻がわたしを包んでいる殻が。
ぎゅっと私を締めつけようとする。その痛さがその圧迫とした空気が愛しくてならない。
まだ壊れたいのだ。おそらく粉々になれないことが苦しくてならないのだ。
ひとりふたりみんなが帰って来る。そのひともその輪のなかにいるのを見つけた。 彼は完璧でなかったことを詫びようとしたけれど。どうして私が責められようか。
わたしはほんとうのことのように微笑んで言った。
「迷子になったよ」 「おまえほんまにアホやなあ」ってそのひとも笑った。
そうして秋が深くなる。
もっとふかいふかいところにわたしは落ちていった。
・・・つづく・・・
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