2007年07月30日(月) |
あした。あさって。ずっと。(9) |
わたしは『ひと』を求めていた。それはとても傲慢で貪欲なくらいに『ひと』を。 なぜならば私は救われなければならない。たぶんきっとおそらくどうしようもなく。
その圧迫として歪みきった世界から脱出しなければならないと思いつめていた。 もう苦しみたくなどなかった。胸が張り裂けそうなくらい絶望的なジジツから。
逃げてしまわなければいけない。そうしてそこで何事もなかったように微笑み。 毎日をあっけらかんと楽しく。あしたがいつも待ちどうしいくらいになりたい。
どうしてだろう。どうしてそれをじぶんのこころの限りで成そうとしなかったのだろう。 どんなに嘆いてもよかったのだ。もっともっととことん苦しみ抜いてもよかったのだ。
死に急ぐこともなければ。生き急ぐこともなかったはずなのに。
私はその誰もが読むであろうノートに。私のありのままの姿を書いた。 私はひどく悲しくて。私はひどくさびしくて。私は助けを求めていて。 とにかくわたしは悲劇なのだ。もうこんな役からは下りてしまいたい。
おりてしまえばいいのにそこからとびおりようとしないおろかなひとだ。
いったいわたしはそれいがいのなにさまのつもりだったのだろうか・・。
『ひと』をもとめてしまったせいで。『ひと』が名乗りをあげてくれる。 そんなことがどうしてまかり通ったのか。いまだによく理解できないでいる。
そのひとは休み時間を待ちかねたように教壇に駆け足で行って立った。 みんなよく聞けと言わんばかりに声を張り上げて『宣言』というのをした。
「とにかくきょうから俺がめんどうをみることになったから」と言った。
ただし先輩達の卒業式が終るまでだ。それでいいな?と私に問いかけもした。
いいもわるいもない。それはほんとうに思いがけない出来事だったから。 嬉しいのかさえよくわからなかった。途惑いつつもなんとなくそれがよかった。
ただ。しらいし君のことを笑顔で見送ってあげられたらどんなにいいだろうって思った。 もうほんとうに私から遠くなり。受験勉強を頑張って志望の大学に合格して。 卒業式の時には。在校生の列のあいだを花吹雪をあびつつ。ふっと私を見つけて。
あのわたしの大好きな仕草で。ふっと目を閉じる揺れるまつげで。「さよなら」って。 言葉なんていらない。言葉なんてもうほんとうに必要でないくらいの微笑がほしい。
わたしはもうだいじょうぶなんだよ。もうなにも気にしなくていいから。いって。
そこにはもうほんとうに秋の風が吹いていた。
わたしはそこから始めようと決心をする。もしや純粋ではないのかもしれない。 けれど。そんなきっかけがなかったら。どうしても前へは歩めないように思えた。
わたしは望みどおりに救われたのだろう。
だけど。そのわたしのおろかなたくらみのかげで。
誰かが傷ついていた。そうなのだそれがとてもじゅうだいなことなのだ。
自分がいちばん傷ついていると信じているものこそ。 とてもたやすくまわりのひとを傷つけることができる。
おろかなのは。そのことに気づくことができないことにちがいない・・・・。
私は『いま』気づいた。こうして書きながら。ながいながい歳月の末に。
傷ついた誰かの深い悲しみを感じている。
あのあとすぐに。例のノートが忽然と消えたのだった。
あのノートは燃え尽きてしまったのだろうか。 それとも木っ端みじんと破られて波に攫われてしまったのだろうか。
それとも『いま』も誰かがそっと。大切に持っているのだろうか・・。
ごめんなさい。みんなのあたたかな居場所を。わたしが汚しました。
・・・つづく・・・・
伝言:自分なりにとても不確かなものを書き始めてしまい。 いったいこれが何になるのだと自問自答を繰り返しています。 始まりからずっとお付き合い下さっているかたがた。 ほんとうにありがとうございます。とても励みに思っています。
集中出来ない日が多く不定期になってしまいましたが。 最後までどうか書かせてください。
最後に何が残るのか・・・いまは何もわかりませんが。 きっと。きっとなにかを残したい思いでいっぱいです。
2007年07月26日(木) |
あした。あさって。ずっと。(8) |
朝に夕にふっと風の変化を感じる。それは忘れていたことを耳打ちするかのように。 不自然ではなくより添うようにしながら共存をしたがる。揺れる影のようなものに似て。
もう秋なのかもしれないと私は思った。 けれど誰もそこに線などひかないのだ。ここまでとかここからとか。だから。 私にだってそれは区別できない。ただここだからそこからへといかねばならない。
気がつけば『死ねない』とはそれほど重要なことではないように思えた。 かといって『死なない』こともそれほど大切なことにも思えずにいたのだ。
うすぼんやりとしていた。あたまとかこころとかどんなふうで何を考えて。 なにを行動すればいいのかよく理解できず。ぐるぐると渦みたいな世界にいた。
友達はどうしてみんな笑い合っているのだろう。みんな楽しそうな笑顔で。 頼みもしないのにレコードを貸してくれたり。漫画を見せてくれたりしては。 ひどくおせっかいに思える時もあったし。逃げてしまいたいと思う時もあった。
わたしの殻は固くて。どうしようもなく固くてならない。おまけにいびつで。 割れ損ないのヒビだってある。いつまでもそのヒビに拘っているようにも思う。
けっきょくわたしはそのヒビが好きなのだ。もしかしたら誇らしいのかもしれない。 悲劇ぶって。とことんそのヒロインを演じていたいと思っていたのかもしれない。
ある時。「これ読んでみたら」って一冊のノートが私の手元にまわってきた。 誰かが始めた交換日記のようなもので。もう何人かがいろんなことを書いていた。 日付だけで名前はない。誰かが雄叫びのような声を書けば。誰かが宥めている。 筆跡を隠すためなのか左手で書いたような字もあった。悩みもあれば辛いことも。
なんだかふっとこころがかるくなる。そこはとてもあたたかいもので満ちていた。
そうして回し読みしているうちに誰かがそっと机に隠す。そして誰かがカバンに入れる。
だから。わたしもカバンに入れた。とにかくそうして家に帰りたかったのだ。
私はわたしを隠さなかった。隠す必要はないと思ったのかよくわからない。 隠せやしないと諦めていたのとも違う。私はわたしに同情して欲しかったのかも。 しれない。
それは今おもえば。ほんとうに愚かなことだ。
けれどその愚かさがなければ。わたしは前へ進めなかった・・・。
季節が変るように。私も変らなければならない。
わたしはもう夏ではない。
・・・つづく・・・
2007年07月23日(月) |
あした。あさって。ずっと。(7) |
ひび割れてしまいそうなガラスのうつわは。みずを注がれることをひどく怖れる。 ひとしずくふたしずくほどの粒の雨だって。その落下に身構えていなくてはならない。
けれども涙がふってくる。それは躊躇わずそれは容赦なくそこに降り積もろうとする。
わたしは割れなかった。どうしてだかこんなに怖いのに割れてはくれなかった。 ひび割れたぶぶんを何度も指先でなぞってみたけれど。血さえ出てくれはしない。
そのことがどんどん私を追い詰めていく。絶望的なのだ。もうここにはいられない。 どこにいこう。そこにいけばもしかしたら私を粉々に砕いてくれる何かがあって。 私こそが落下していくのを待っていてくれるのかもしれない。行かなくてはすぐに。
私はとても急いでいた。そこは『みず』だった。そこは蒼くそこは深く『みず』だった。
欠片になったじぶんを思う。もしかしたらきらきらと光る貝のようにそこにいて。 悲しい声も波の歌声だと思って。いくつもいくつもそこで耳を澄ましていられる。
もう誰も私を思い出さないでいてくれて。私も誰も求めなどしない。すべてが蒼く。 そこなら絵の描けない私にだって。なにもかもを蒼く塗りつぶすことが出来るのだ。
わたしは行った。三度も行った。それなのに落下しない。どうしてだろう・・。 どうして落下できないのだろう。かんたんなことだ。落下すればそれでいいのに。
わたしは割れない。このままじゃいつまでたっても私は割れてくれない。
悔しくて辛くて情けなくて。苛立って悶々として。もうほんとうにすべてが嫌で。
そんなある日に。あれは何の授業だったのだろう。視聴覚室でフィルムを観ていた。 ちいさな生物がいてその生物がもうひとつの生物と出会って。新しい命が生まれていく。 そういうのがとても素晴らしくて。これが命なんですよって。そんな映像だった。 ように思う。よく覚えてなどいない。私にはそれがとても鬱陶しくつまらなくて。
もううんざりだった。嫌なのだとにかく。いったい私にどうしろというのだろう。
割れなくて。粉々になれなくて。たまらなく壊れたくてならないわたしにだ。
「おい・・」っとその時。真後ろの席から私の名をちいさく呼ぶ声がした。 咄嗟に反応した私に。そのひとは。そのクラスメイトは平手打ちをしたのだった。
「そんなに死にたければ早く死ね・・」と彼は言った。とても小さな声で呟くように。 たぶんそれは誰にも聴こえなかっただろう。それはほんとうに一瞬の事だったから。
視聴覚室に灯りがもどったとき。そこはあまりにも平然としていた。 誰も私の頬の痛みを知らないように見えた。ざわざわと席を立つひとばかりだった。
やすおか君は何事もなかったように。友達とふざけながら何かをしゃべっていた。
わたしはとても混乱していた。いったい何が起こって何が変ったのかすこしも。 理解できないでいた。
ただひとつだけわかったことは。『わたしは死ねないひと』という事実だけだった。
その事実は。頬の痛みが心地良く感じるほどの。ささやかな希望のように思えた。
わたしは痛かった。わたしは途惑っていた。けれど確かにそこで生きていた。
・・・つづく・・・
2007年07月19日(木) |
あした。あさって。ずっと。(6) |
わたしは絵が描けないけれど。もしも描けるのだとしたら。 その夏の背景は。その夏のかたちは。それはどんな色でどれほどの存在で。 瞳とか指先とか。ふと振り向いた仕草とか。背中とか髪とかくちびるとか。
それはおそらく絵のかたちをした時の断片のようなものかもしれない。
切りとられている。もうすでにそれは切り抜かれた空間のような夏のことだ。
夏休みが終わり学校へ行かなくてはならなくて。私はひどく憂鬱だった。 なにかを始めなくてはならなくて。それが本当の始まりなのかわからなくて。 たまらなく予感めいたことから。逃げてしまえたらどんなにいいだろうと思った。
鍵はもう壊れたふりなどしてくれない。鍵はその役目をついに思い出してしまう。 開けられないのではなくあかないのだ。それはとても頑固な拒否なる音を生じる。
もう聴けない。それがどんな曲だったのか思い出せないというのに恋しくてならない。
「さあはやくそこからにげなさい」と始業のチャイムが哀しい声のように言った。
抜け殻がいいか死骸がいいかと問われたら。どっちを選べばいいのだろうか。 私はツクツクボウシがいい。どんなに限られた命でも声をかぎりに鳴いていたい。 だけどどうしても私を抜け殻だと名付けたいのなら。粉々に千切れて風になろう。 そうして死骸だと名付けたいのなら。何日も雨にうたれて土そのものになりたい。
けれども。いったい誰にわたしのかたちがわかるというのだろう。 わたしが蝉だという確信など誰にもない。わたしにだってそれはないのだから。
ほんとうは。ほんとうのことを言ってしまいたい。「わたしは知りたくない」のだ。
放課後。しらいし君に会った。なんだかきりりっとして爽やかな顔をしていた。 まるで化学の研究レポートを発表するみたいに背筋をぴんと伸ばして立っていた。
そのくせ声は聴きとれないくらいか細かったけれど。聴かなくてはいけないことが。 波みたいに渦みたいにわたしの足元からわたしの髪からなにもかもを濡らしていった。
終るのだという。もうお終いなのだという。それが彼の発表だった・・・。
・・・つづく・・・
2007年07月16日(月) |
あした。あさって。ずっと。(5) |
たとえばシャボン玉のように。かすかな息で生まれることができる。 そうしてそれは空に向かって。ほんの少しの旅をすることもできる。
ほんとうにつかのまのことだ。辿り着けもせず留まりもせず宙に頼りながら。 ころがるようにいそいでいく。そのかたちそのものが命であるかのように。
それは。見失ってはいけないことだったのだ。
その夏の蝉時雨がやまずにいて。くりかえしねじを巻くようにふたりに降った。 その音にかき消されないように息をしながら。どうしてもという理由のなかで。 確かめてみなければいけないことを。なんだか追い詰められたようにそのことを。
ふたりしてさがした。これなのではないかと言って。そうなのかもしれないと。 しらいし君は言った。だけど確信がなかった。それはあまりにもぎこちなくて。 そのことが私ではなく彼をもっともっと苦しめていることに。気付かないふりを。 していたのかもしれない。私はなにを望んでいたのだろう。そのことのなにが。 私を救ってくれたというのだろう。まるでぬかるみのなかで泳ぎたがる魚のように。
もがいていた。息苦しく。もう還れないのではと不安になるくらい遠いところで。 ほんとうの水がほしくなる。ほんとうの雨がほしくなる。ずぶ濡れになるくらいに。
「帰る・・」としらいし君が言った。それはとても深刻に思い詰めたように言った。
バイクの音がして。なんだか逃げるようにそこからずっと遠くに消えていくのを。 耳を塞ぐこともせずにぼんやりと聴いていた。なんだかふっと懐かしくさえ思った。
彼の心臓のおとだ。ふるえながらもなにかを訴えるように激しくて哀しくて。
これが僕の『理由』だよって。その音がどんなにかそれを伝えたがっていたかを。
私はまだ知らずにいた。
・・・つづく・・・
2007年07月10日(火) |
あした。あさって。ずっと。(4) |
わたしはおそらく。夢をみるのがとても得意で。それはときには現実にもなって。 わたしというひとをわたしににせて。わたしというひとをそこに描こうともする。
しらいし君のバイクのうしろで。そこから振り落とされまいとしがみつきながら。 鏡川を渡る橋の道をあちら側へと突っ切って走った。潮のにおいのする風のなか。
鏡川は。かつては鏡のように透き通った川だったらしい。 よくは知らない。どうしてかって。私はそんな鏡の水を見たことがなかったから。
かといってそこにどれほど汚れたものが渦巻きながら澱みながら。つつと流れて。 いるのかも知らなかった。知らないほうがいいこと。見なければそれで済むこと。 そういうことがそこにはきっと溢れていたのかもしれなかった。ごく自然にそこに。
微笑んでいたように思う。たしかにその日。彼はすこしはにかんだ顔をしながら。 たったひとつの宝物をそっと差し出すように。私のてのひらにのせてくれたのだ。
言葉は風がさらっていった。さらわれた言葉はもがきもせずに空にとけていった。
みちは遠いほどいい。どんなにかそう願ったことだろう。どこまでもはるかに道なら。
「じゃあね・・」って言う。「またね・・」って言わない。またぷつんと何かが切れた。
そこは何処だったのだろう。私はどうしても思い出せないでいる。 そこから歩いた。ひとりで歩いた。道はたしかにそこにあったのだから。
その夏は誰かの息でくもってしまった鏡のなかの不確かな出来事のように。
それが幻みたいに現れては消える。夢ではないことを確かめるようにぎゅっと。
私は。くちびるをつよくかんだ。
・・・・つづく・・・・
2007年07月07日(土) |
あした。あさって。ずっと。(3) |
ひとはどうしてひとを想うのだろう。ひとは願って願いつかれるまで願って。 そうしてどこへたどりつくのだろう。一心であることは星の瞬きのようであり。
一心であることは。ときには奇跡のようにまぶしいことでもあった。
わたしにもともだちがいて。だけどともだちはいつも途惑っていたから。 わたしのカタチに触れることをためらい。わたしの扉をたたくことを迷った。
だからわたしから扉をあける。そうするとほんとうにほっと微笑んでくれる。 待っていてくれたのだと思う。ともだちはけっして遠くないところにいたのだ。
彼女は電話帳の『白』で始まるページをひらき。とにかくぜんぶよっと言って。 しらいし君の家をさがした。なんだか母親みたいにいっしょうけんめいだった。 だいじょうぶきっと見つかる。それは私にはとうてい臨めない勇気そのものだった。
そしてとうとう見つかった。だけどやはり『るす』だったのだけれど。 ともだちがメモしてくれた電話番号が。しっかりと繋がる糸のように思えて。 この糸さえあればとすごく嬉しかった。この糸を辿ればきっと逢えると信じられた。
その夜。わたしはがんばった。心臓が震えすぎて裂けてしまうくらい緊張しつつ。 きっとびっくりするだろうなって思った。きっと喜んでくれるに違いないと思った。
「なに?」ってしらいし君が言った。わたしはいっしゅんにかたくなる。
凍りつくのとはちがう。なにか得体の知れないモノに雁字搦めにされたみたいな。 悲しいのともちがう。それは真っ暗で。それはとても深い闇の中の出来事だった。
ひとにはみんな『つごう』というのがあるらしかった。 つごうは。もしかしたらとてもたいせつなもので。かんたんにはこわせない。 それには微笑む顔もあって。ちょっとどうしようもなく困惑顔のときもある。 だからそれはほんとうに誰にだってあるから。みんなみんな機会を待っている。
だけど息が詰まりそうになった。しらいし君が見知らぬひとみたいに思えた。
あいたいとか。声がききたいとか。そういうのがわたしの『理由』だけれど。 素直であってはいけない理由とか。正直であってはいけない理由とかそれが。
わたしの『ふあん』をどんどん育てようとしていた。
だけどわたしはがんばったんだ。がんばったけど涙がとまらないだけなんだ・・。
・・・・・つづく・・・・・
2007年07月05日(木) |
あした。あさって。ずっと。(2) |
それはずいぶんと昔のことで。もちろん携帯電話もパソコンもない時代だった。
その『むかし』という時間は。ひどく遠くとてもはるかな時のいちぶぶんとして。 消えてしまったものなのか。うしなってしまったものなのか。私にはわからない。
ただいえるのは鮮やかなのだ。鮮やか過ぎるくらい今もある時のカタチなのだ。
夏休みは気がくるってしまいそうなくらいさびしかった。 寝ても覚めても。しらいし君のことばかり考えていた。 どこかで待っていれば会える。そんな保証のようなものが欲しくてならない。
私はあてもなく町に出る。本屋さんに行く。レコード店に行く。 いつかの喫茶店にも行く。もしやと学校の裏門もくぐってみる。
どこにもいない。そのことがとても重くてとても辛くてならなかった。
私は青いバイクをさがす。校則で禁じられているおっきなバイクのことを。 西から東へ。東から西へ。もしかしたらこの道を走り抜けるかもしれない。
だけど。いない。どうしてもいない。しらいし君はどこにいったのだろう。
隣町に行けば見つかるかもしれなかった。その町のどこかに彼の家があるのだ。 それはどこなのだろう。どこをどう歩けばその家に行けるのだろう。なんだか。 とても迷路だった。シラナイということはほんとうに情けないほど悲しいことだ。
そうして毎晩手紙を書いた。あいたいあいたいあいたいとなんども続けて書いた。
だけど。いない。その手紙を受け取ってくれるひとがどこにもいない。 その手紙をどこに出せばいいのかさえ。知らないのだから救いようもない。
わたしは絶望的だった。わたしほど悲しいひとはいないと。私は信じていた。
・・・・つづく・・・・・
2007年07月03日(火) |
あした。あさって。ずっと。 |
そのひとの名は「しゅう」といった。みんながそう呼んでいたけれど。 私は呼べなかった。彼はずっとずっと「しらいし君」だったからだ。
しらいし君はギターがとても上手だった。とても綺麗な細い指をしていた。 そしてギターを弾くときにはいつも目を半分くらい閉じては。うっとりと。 そのときまつげが風に吹かれたように。かすかに揺れるのが。たまらなく。
好きだった。真っ白な夏服の開いたボタンから誘うように見せる胸もとよりも。 それはどうしようもないくらい。好きでたまらなかったのだ。
まいあさ。ここに来るようにと。しらいし君は言った。 それは約束というのでもなく。先輩が後輩に義務付けるみたいな口調で。 私は逆らうことなど考えもしないで。あした。あさって。ずっとと思った。
クラスの誰よりも早く教室にカバンをおいて。階段を駆けるようにおりた。 ギター部の部室は鍵が壊れているみたいに。いつもかちゃんと鳴いて開く。
待っている時もあった。待たせていた時もあった。そこはいつもふたりだった。
なにも語らない。よく眠れたかとか朝ご飯食べたかとかなにもきかない。 私たちはほんとうに何も知らない。まるで行き連れに出会った旅人のように。
しらいし君はギターを弾いた。その指もまつげも。永遠であるように愛しかった。
そうして始業前のチャイムが鳴り響くと。幕をおろすように何かが閉ざされた。 その瞬間にきすをして。その瞬間に千切れてしまうか細い糸みたいにぷつんと。
しらいし君は遠かった。確かめたくても確かめられないことがいつも苦しくて。 私には実感というものがほとんどなかった。それはいつも夢のようだったから。
だからいつも欲しがったし。だからいつも求めていた。まるで空気を弄るように。 しらいし君のことばかり考えていた。そしてそれが私の『不安』そのものになった。
こんなにこんなにひつようなのに。ひつようでないなんてありえない。
だけどいつだって粉々になりうる。わたしはひびだらけのガラス細工だった。
・・・・・・つづく・・・・・
2007年07月02日(月) |
その扉がうまく開かなくても |
ふぁーすときすというのは。海でもなく草原でもなく。喫茶店だった。
理数系だったそのひとが「いちど試してみるべきではないかと」言ったのだ。 どんな感じなのかということを。きちんとそれはレポートなのか実験なのか。 とにかくしてみるべきことだったからだ。そしてそれは案外と簡単なことであり。
いちど成功すると。もういくらでも出来そうだったから。もう一回やってみようと。 そのひとが目を輝かせて言うので。とうとう三回も試みてしまったのだった。
海岸通りのその店は『レオ』今もその町の潮の香のすぐそばに。あってほしい。 どんなに古びていようと。その扉がうまく開かなくても。そこにあってほしい。
わたしは還りたがっている。なんだかむしょうに還りたくてならない。
いま。ここにいて。今日が平穏に過ぎて。なにひとつ求める事もないけれど。 こころがとてもはるかな場所を見つめようと。はがゆいくらいにもがいている。
年をとることは素敵なことだと誰かが言ったんだ。 すこしも悲しいことではないのだと。それはほんとうのことだろうか?
わたしはせつなくてならない。どうしてこんなにせつないのかわからない。
わからないから。ときどきはこの哀しみを認めてあげたくもなる。
そのひとのくちびるはとてもとてもあたたかくてやわらかだった。
ふるさとがたくさんある。 子供の頃には転校ばかりで。どうしてこうもと嘆きたくもあったけれど。 おとなになっておもうのは。 なつかしいふるさとがたくさんあるって素敵なことだなあって嬉しく思う。
今日は。生まれてから9歳まで育った山里を訪ねてみた。 四万十川を上流へと遡る。くねくね道や沈下橋を楽しみながら。 子供の頃を思い出す。ランドセルを背負って友達と歩いた小道や。
そしてなによりもそこには。当時暮らしていた家がまだちゃんとある。 夏草が生い茂り。瓦屋根には蔦が這い登るように絡み付いているけれど。 玄関がある。窓がある。それはすでに廃屋だけれど微かに息をしている。
窓が少し開いているところがあって。もしやと思いそっと手を差し伸べると。 すんなりと開いて。柱時計が見えた。それは7時半で止まっていた。いつか。 いつまでなのかわからないけれど。ここに確かにひとが居てくれたのだと思う。
ほっとする。それは私とおなじように。ここがふるさとのひとがきっといるから。
なにかをさがす。もしかしたらどこかに私と弟が残した何かがあるのかもしれない。 そんな気がしてならなかったけれど。それはあるはずのない魔法みたいなことだ。
とぼとぼと坂道をおりた。そうしながらいちどだけうしろを振り向いた。
誰かがそこにいて手を振っているような気がした。
「また来るね」って言った。私はその誰かと指きりげんまんをした。
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