しばらくのあいだ。子猫を預かることになった。 いつまでなのかわからない。飼ってくれる人が見つかるまで。
息子くんが。仕事を終えて帰ろうとしたら。 クルマの下の方で。みぃみぃ鳴き声が聞こえて。 ダンボール箱の中にちっちゃな猫が入っていたそうだ。
そのままどこかへ置いとけばいいのにだとか。 俺は猫が大嫌いだとか。父親がすごく怒っているのだけど。
きっとなんとかするからと息子くんが言って。 私もサチコも。なんとかなるよお父さんと言って。
子猫は息子の部屋ですやすやと眠り始めた。 すごくお腹が空いていたのか。晩ご飯をがつがつ食べて。 それから。箱から出して欲しいのか。甘えて鳴いていたけれど。
たくさん話しかけて。あれこれ宥めていると。 私の言っていることに。頷くような仕草をしたのだ。 サチコが「今、うんってしたよね」って喜ぶ。 そうして観念したようにおとなしくなった子猫。
もう手離せないな・・と思っている。 可愛いという理由だけでは。猫は飼えないと知っている。
どうしてそれが息子のクルマの下だったのかと思うと。 他の人のクルマの下ではいけない理由があるのだろうと思う。
それが。動物と人間のあいだにもある『縁』なのではないだろうか。
祖母、愛ちゃんの35日忌の法要のため。 2時間ほど列車に揺られて行った。
ほんとうは家族みんなで行く予定だったのが。 急遽、夫君が行けなくなり。相次いで子供達も行けなくなった。 ので。長距離運転が苦手な私は。ひとり列車に乗ることになったのだ。
駅のホームで列車を待っているあいだ。ふと不安になってしまう。 自分は。もしかしたらどうしても列車に乗らなければいけない理由が。 あるのではないだろうか。だからみんなが行けなくなってしまったのかも。 しれないと。今思えばすごく馬鹿げているけれど。その時はすごく不安だった。
また例の悪いくせ。死んでしまうのかもしれないが・・襲って来たのだ。 空は抜けるように青くて。心地良い風が吹き抜けているホームで。ぽつんと。 在りたいと願う。私はまだ在りたいのだと祈る。いやだいやだ死にたくない。
海の見える側の座席に座り。ずっと窓の外を眺めていた。 朝陽が射した海の。なんときらきらと眩しいことか。 海も生きている。波は海の鼓動。空を映して真っ青な素顔。
私の不安は。生きたいという欲なのだろうと思う。 だから。些細なことでも不安に変えてしまうのだろう。
その不安から解き放たれるためには。 生きたいとは思ってはいけない。生きると決めるべきだと思った。
実母の生まれ故郷。私が子供の頃そこはみかん畑だったところに。 愛ちゃんの遺骨は納められた。桜の木がたくさんあるから春が来れば。 お花見が出来るよ愛ちゃん。よかったね。ここが愛ちゃんのお家だよ。
帰りの列車に乗る時は。なんだかすくっと胸を張ってホームに居た。
生きるために。私は生きると。もう決めていた。
せいたかあわだち草とすすきとコスモスと。絵のように咲く道をいく。 うす紫の野菊も咲き始めた。それは控えめでありながらも可憐な姿で。
ブタクサとも言われて。今の季節ちょっと嫌われ者のせいたかのっぽさん。 一生懸命繁殖し続けてきたというのに。嫌われてしまったことについて。 彼女は何のコメントも出来ないでいるのだが。どうか許してあげて欲しい。
野にあって。それぞれの精霊が。肩を寄せ合って生きているのだがら。 どの花がとか。この花はとか。ひとにそう言う権利があるのだろうか。
と思いつつも。こんなことを言ったら。我が家のハクション大魔王が怒るだけ。
きれい事って。自分ではそんなんじゃないって思っていても。 どれだけまっすぐに。自分の信念みたいなものが相手に伝わるのか。 わからなくて。時々すごく不安になったり。自己嫌悪したりする時がある。
相手のためにはならなかった。むしろ迷惑だったかもしれないと。 すごく悲しい気持ちになりそうで。必死になって否定しようとする自分。
よしよしだいじょうぶ。もういいよ。もう考えるのはお終いにしようね。
そう言ってくれるのも自分だから。寸前のところでいつも救われている。
たとえば私が。せいたかあわだち草だとしてみよう。
嫌われる原因が自分にあるのだから。それは仕方ない。 それでも生き続けるのが。私の命というものではないか。
ススキと並んで絵のようだねって。ほめてくれる人がいた。
わたしはとても幸せだよ。
出勤前に急いで洗濯物を干すのが日課。 きりりっとした朝の空気。ぴんとしてくるこころ。 私も靴下になって。一日中風に吹かれていたいなと思う。
どこからか鈴の音が聞こえて。仕舞い忘れた風鈴かなと思った。 でも。夏の間だって聞こえたことがなかったのになあって不思議。
その時だ。見上げた堤防の道を。颯爽と歩いているお遍路さんが。 鈴の音が高鳴ってきて。あっと見とれている間に。すぐ遠くなる。 りんりんが。じんじんと胸に響いては。風のように去って行った。
いい朝だなあって思う。清々しくて。とても新鮮な気持ちになった。
そしてすぐに私は追いついた。ちょうど大橋の真ん中あたりで。 また鈴の音を聞くことができたのだ。その時のなんとも言えない気持ち。 追いついて追い越すことが。なんだかいけないことのように思えた。 どうしてそんなふうに感じたのか。よくわからないのだけど・・・。
もしかしたら。私も歩きたいのかもしれない。 鈴の音を追って。ずっと後を追って行きたいのかもしれなかった。
きっとよくあること。だけどなんだか。今日は特別な朝なのかなと思った。
いつもの峠道を登りつめると。そこは霧の山里だった。 粒子のかけらが一面に漂っている道を。貫くように走った。 見慣れた風景が神秘的な世界のように。見える犬も老婆も。 まるで天の生き物のように。ふわふわと歩いているのだった。
霧が晴れると真っ青な世界。光が燦々と降り注ぎ始める。 なぜか仕事が手に付かずに。庭に出てねむの木を仰いでいた。 手というか。手と私は呼びたいのだが。その枝が好きだった。 生きているのがすごくよくわかる木。空に向かってなにかを。 叫ぶのではなく。ただ空を信じて手を伸ばしているように思う。
わたしはいつも。この木から精気を授かっている。ありがたい木。 冬枯れの時が来ても。空に手を伸ばし続ける。健気で心強く在る。
あのひとに見せてあげたいと。いつも思う・・・木だった。
ひさかたの雨のにおい。ひたひたと忍び寄る水の気配を。 ぽつねんと佇みながら。ただ受け止めている雨の夜更け。
わたしのなかのまっすぐなものが。少しだけ揺らめいて。 ぽたぽたと雫になってこぼれそうになるのを感じながら。
きりりっとくちびるを噛み締めては。待ちなさいと言う。 その正体をわたしは知っているから。取り乱しはしない。
猫が。こんな雨の夜更けに。
赤子のように鳴くのが聞こえる。
ピラカンサスの実が。日に日に色づく。 橙色から真紅へとだ。それは秋の濃くなった真っ青な空に。 炎のように映っては。鮮やかな存在感を見せてくれる実だ。
あかいとりことり。なぜなぜあかい。あかい実をたべた。
自転車でいく路地で。ふと思い出しては口ずさむ歌がある。 ほのぼのと嬉しい気持ちで。風を切りながら走る心地良さ。
わたしの名前には。実という字があって。 子供の頃。どうして美ではなくて実にしたの?って。 両親に訊いたことがあったように思う。
あの時。母はなんて応えたのだろう。 父も何か言っていたのに。どうしても思い出せなかった。
さいきん。とくに今日。わたしは確信してみたのだが。 わたしは。美よりも。実が似合うひとなのではないかと思う。
木の実の実。真実の実。きっとそうなんだと思うことにした。
だから自信をもって。咲く時はきっと咲く。 そして。たとえ一粒でも。真実の実をつける木になりたいと思う。
ゆうがた。愛犬あんずに困り果ててしまった。 散歩中に。首輪の金具のところが外れてしまったのだ。
そして彼女は自由になったものだから。 怒れば逃げようとするし。好物のお菓子で誘っても。 すぐ近くまで来ては。すばやくお菓子を取ってまた逃げる。
そこへお向かいの彼氏。りゅう君っていう紀州犬なのだけど。 とりあえず好きなので。そばへ寄ってキスみたいなことして。 そのすきに捕まえようとしたけど。またすばやく逃げてしまった。
5メートルくらいのところで。じっと様子を窺っている。 その目がなんともいじらしい。いやだもんねの目をしている。 そしてどこか甘えている。ほらほらここだよ。こっちだよって。 悪戯っ子が。かまって欲しくてそうしているような感じなのだ。
もう陽が沈み始めて。仕方なく。彼女を川辺に残して帰る。 もう知らない。勝手にすればいい。何処へでも行けばいい。 と。彼女に聞こえるように言って。そっぽを向いて帰った。
すっかりあたりが暗くなった頃。そっと犬小屋のあたりを見てみる。 ふふふ。やっぱりね。ちゃんと帰って来ているではないか。 それも。ごめんなさいのポーズで。お座りをして待っている。
かちゃん。また鎖に繋がれてしまった。
自由って。身勝手をすることではないよと。
晩ご飯抜きにしたお母さんを。どうか許してね。あんず。
風が強く吹く。空が呼んでしまったのか濃い灰色の雲が。 あっちのおやまにぶつかったのか。ちょっと痛くなって。 泣いてしまうのが雨。時雨は秋の。もうすぐ冬が来る頃。
夕陽には会えずにいたが。虹に会えたのだ。 肩を落として家路についていたかもしれない誰かにも。 空を仰ぐ一瞬の時を。与えてあげたのかもしれなかった。
あたしは元気。土曜日の夜がいちばん元気。 解放されているのは。いこーる満たされていること。
あれこれを思っては。折りたたんでしまいこんでは。 気が向けば破り捨てようとさえ思うことが出来るのだから。
あたしは私を。まもっているよ。とことんまもっているよ。
はらはらと落ちはしない。私は時雨のあとの虹になったよ。
バックミラーに映る夕陽に。きゅんきゅんしてしまう夕暮。 太陽が燃え尽きてしまいそう。心が後を追ってしまいそう。
イナズマ戦隊の歌が流れると。声を張り上げて唄ってしまう。 きーみを忘れないよ。おーとなになっても。ずっとずっとだ。
だから。なんとなく。まだもっとおとなになれそうな気がする。 とても。アンバランスな部分で。私の青春が続いているらしい。
嫌わないこと。さげすまないこと。ありのままでいること。
そして。自分を信じてあげること。
もくひょうと。きぼうと。ゆめと。ゆうき。
それはきれい事じゃなくて。わたしの決心。
いま。茅がきれい。秋桜よりきれい。 朝の川辺では。すすきが。きらきらと眩しい。 こんなに光が似合う花が。他にあるだろうか。
雑草だと言われて。触れば指を切ってしまうかも。 しれなくて。それでも。こんなに優しい花になる。
風になびく。ゆらゆらとなびく。時には強く揺さぶられては。 野にあり続ける。たいせつな命。根をはり胸を張って生きる。
いま。茅がきれい。わたしはあなたがとても好き。
少し肌寒さを感じる朝だった。空気がきりりっと。 日常が空になる。平凡が風になる。心が陽射しに。 なった。
太陽がとても紅くて。水辺を染めながら落ちるのを見た。 河川敷におっきな木がぽつんとあって。その枝のその葉。 シルエットがロマンスみたいに。せつなくて好きだった。
彼が犬と歩いている。のんびりと。なんだか優しいすがた。 日常が夕陽になる。平凡が影になる。心が水の流れに。なった。
夜は。また酔った。
9時から新しいドラマが始まったので。さっきまで見ていた。 伊藤美咲のイメージが。このように変ることがとても新鮮で。 僕的にかなり惚れてしまったようだ。小雪より。石原さとみより。 これからは伊藤美咲に決めた。むぎゅっとしたくなるほど可愛い。
芋焼酎を。宮崎のを。今すぐ飲んでみたいなあ・・。
雲ひとつない空と降り注ぐ光と爽やかな風。
私はせっせと洗濯物を干しながら。空に声をかけた。 もしかしなくても。届くような気がしたのだ。声が。 大阪も。きっと青空。窓を開けて深呼吸をしていて。
さつまいものシチューが。昨夜も今朝も美味しくて。 お昼にも食べて。夕食にも食べた。かなり満足なり。
『義経』に泣いた。 血というもの。情というものを。絶つということは。 ただただ悲しいことだ。そして流れる血。あまりにも。 儚い命。惨さを思い知ることが。情ではあるまいか・・。
夜更けて来た。このながき夜をありがたく受け止め。
麦から米に替えてみた。焼酎のお湯割がただただ美味し。
雨あがり。どんよりとした空のしたを今日も行く。 山々がみな雫のなか。ぽとぽととせつない音がする。
収獲の終った田んぼには。まるで春のような青い草。 そこには。白鷺の群れが。絵のように美しくあって。 こころが。真っ白く澄むような。新鮮な風景だった。
峠道を行けば。山肌に可憐な黄色の花を見つける。 つわ蕗の花が。ちいさな向日葵みたいに咲き始めた。 秋だったのか。ふと去年を思い出してみては。去年が。 不思議と。そう遠くない昨日のように思えるのだった。
開店休業。仕事はそのようで。 午後からテレビを見てしまったのだが。
坂本九、没後20年のドラマ『上を向いて歩こう』 見始めたら。とうとう最後まで見てしまった。
お母さんが。九ちゃんに心から伝えた言葉。
「寂しい時は。自分よりもっと寂しい人のために尽くしなさい」 「悲しい時は。自分よりもっと悲しい人のために尽くしなさい」
とても感動した。そして。自分もそうでありたいと思った。
突然の死。いつその日が来ても悔いのないように。
生きたいと思う。
時々いたずらに雨が降る。 重く灰色の空。ふと哀しみを思い出しては。 また悪い癖ねと微笑んでみる。
降る時には降ればいい。私が受け止めてあげる。
まだ午後9時前だと言うのに。ひどく酔っている。 思考が。ぐるぐるまわり始めているのを。愉しんでみるのもいい。
そうかそうだったのか。それが本音なのかって。 自分をぎゅっとしてあげる。すべてを許してあげるのだ。
携帯に43件のボイスデーターがあるのを。 ひとつひとつ聞きながら。わたしは雨になりそうだった。
尼崎のJRの事故のときの。 「僕は大丈夫だよ。バイクで通ってるから大丈夫だよ」って。
それが42件目の声だった・・。
2005年10月12日(水) |
前略わたしの神様へ。 |
白い鳥の群れと。灰色の鳥の群れが。 背中あわせでいて。真っ二つなんだけど。 一枚の絵のように。干潟で佇んでいるのを見た。
夕暮れが迫る。さらさらと水が紅くなり始める。 わたしは。こころの瞳で。シャッターを押した。
今日もまた手紙。お昼休みにふたりへ書いた。 ふたりは一緒に。ぽとんとポストに落ちていった。 ひとりは明日に。ひとりは明後日に。きっと届く。 一瞬で届いてしまうメールよりも。旅をする言葉。 これからも大切にしたいなあって思うのだった。
それから2時間くらい経った頃。携帯が鳴って。 それはバド仲間のTさんからだった。 「お久しぶり」ほんとうに最近ちっともクラブで会えない。 そしたら。仕事ですぐ近くまで来ているって言うからびっくり。 職場の裏側の県道へと跳びはねるようにして行った。 どこどこ?って言っているまに。彼の会社のクルマが見えた。
風に吹かれながら。少しだけ会った。 バドの話しとか。仲間の事とか。そしてなぜか私のHPのことまで。 唯一のひと。理由は自分でもよくわからないけれど。 私は彼だけにはHPのことを教えたのだった。
波長が。なんとなくぴったり。彼はそんな感じのひと。 だからなのか。話しているとすごくほっとするひとだった。 友達なのかな。また言いたいけど。きっと縁のあるひとね。
声をかけてくれてありがとう。会いに来てくれてすごく嬉しかったよ。
嬉しいことが。ここ数日のうちに。なんだか不思議なくらいいっぱい。 みんなみんな思いがけない事ばかりで。心がすごく感動しているのだ。
あっ・・って思う。もしかしたら。わたしもうすぐ死んじゃうの? だってこんなにもたくさん。もう胸がすごくいっぱいになったよ。
帰り道。対向車が飛び込んで来そうですごく怖くなる。 わたしをころさないで。かみさまころさないでといのった。
生きていると。時々は。贈り物がたくさん届く時があるのかな。 ほんとにほんとにありがたいことだよ。
今夜は。かみさまに。手紙を書きたくなった。
雨になれない空と。鳥になれないあたしと。
ちょっとした気だるさも。苦にはならずに。
またどこかわからないところへと歩みだす。
夜はとても急いでやってくるけれど。 夜はとてものんびりやさんらしいのだ。 まくしたてるようなこともしないで。 あれこれ干渉するでもなく。そこらへんで。 寝そべっている。それが何よりありがたい。
帰宅して。ポストに見覚えのある字の封筒。 J君は。二年前の夏に。ひらひらっと舞いながら。 落ちてきた。そうして。私の手のひらにすとんと。 それは。どんな言葉でも言い表せないくらい。 とても。懐かしいひとに再会したように思った。 いったいどこから飛んで来てくれたのか。 空から私を見つけてくれたのかもしれなかった。
手紙は。彼女さんと交互に書いてくれていて。 ほのぼのと。ああふたりが並んでるって。嬉しかった。 プリクラの写真もちゃんと。きらきらと眩しいふたり。 逢えたんだ。また逢えたんだ。ほんとうに良かったね。
ネットって。きっかけはそれしかなかったけど。 それがあったから出会う事が出来たふたりだけど。
今の私には。そんなネット空間にこだわらない。 とてもしっかりとした何かが。ここにちゃんとある。
縁というものに距離はない。 つい先日そう確信したばかりだった。
これが縁でなくてなんだろうと思う。
私は再会している。間違いなく。このふたりのことを憶えていた。
曇り日にくもらないでいられること。
たとえにわかに雨が落ちても。
おちないでいられること。
へいわなこころは。とても愛しいものだ。
午後。少しうとうとしていたら携帯が鳴って。 知らない電話番号だったけど。「もしもし」って言った。
聞き覚えのある声。ぼんやりとした頭ですぐには分からなくて。 いっしゅん他の人と間違えてしまった。なんか話しが通じなくて。 あれあれって混乱していたら。ああM君ねって。やっとわかった。
3月までうちのバドクラブで一緒に練習していたのだった。 専門学校へ行くようになって。少し遠い所へ行ってしまった。
彼は。右手右足が不自由だったけど。向上心が強くて。 すごく負けず嫌いで。とにかく出来なくてもやるって頑張り屋さんだった。 でも。どうしてもみんなと一緒にはなれない。すごく悔しそうな顔をして。 くちびるを噛み締めていることがよくあった。でも泣き顔だけは見せない。
私はクラブを任されていることもあって。特に彼と関わることになったのだが。 ある日。限界が来た。ものすごく重荷を感じるようになってしまった。 にこにこと笑顔で。いつも真っ先に彼は来ていて。私の名を呼んでくれたけど。 私の心の中は。どうしよう。どうしてあげたらいいのだろうと。 このままではいけないという思いが。すごく込みあげてくるばかりだった。
私は。それから。急に彼に厳しく当たるようになった。 もう。ちやほやしないと決めたのだ。決して甘やかさないと。 駄目な事はダメと言った。そしたら彼は。「わかってる・・」って呟く。
こころが鬼になっている。そんな自分を痛いほど感じていた。 可哀相でならない。だけど。こうするしかないと。自分を宥めた。
彼はよく転んだ。左手にラケットを持っているから。 体をくねらせるようにして。彼は起き上がるのだった。 そして。きっとした顔で対戦相手を睨む。 私は。私のこころはいつも感動していた。えらいよ、がんばれって。 だけど。声は。「また転んだ、駄目やねえ」って言ったのだ。
最後の日を終えて。私の痛みは最高に達し。 彼が転居してしまう前に。彼に会いに行くことにした。 スポーツ店で。バド用のTシャツを買って持って行った。
にこにこ。彼はどうしてこんなに微笑んでいるのだろう。 ご両親まで。深々と頭を下げてくれて。ほんとうに申し訳なく思う。
「いじめてごめんね」って言った。どうしても言わなければいけなかった。
出来ることを精一杯がんばって。いちばん伝えたかったことを。 やっと告げることが出来た。涙が出そうなくらい。心が楽になった。
私があげたTシャツを左手でぎゅっと抱くようにして。 彼が見送ってくれた時は。もう私の涙はとまらなくなっていたのだ。
「なんか、久しぶりに声ききたいなあって思って」
携帯を新しくして番号が変ったのを。私に知らせたかったのだそうだ。
ありがとう。ほんとにほんとにありがとう。
にこにこ。きみはにこにこ。
わたしもね。にこにこしてるの。ちゃんと見えたかな。
夜風が。15センチの窓の隙間から。 わたしになにか告げたいことでもあるのか。 わたしのそばでただ揺れていたいだけなのか。 とどまることもせずにひたひたと流れてくる。
こんな秋の夜長には。N君がいい。 N君は。いまどこにいるのだろう。 待って。いまここに連れて来てあげる。
高校一年の秋だった。あの日は文化祭。 文芸部は色紙にそれぞれの詩を書いて展示していた。 私は『安沢裕美』という名前だった。 安沢は小学校の時のいちばん仲良しだった子の苗字。 裕美は。郷ひろみの本名からいただいてしまった名前。
N君は知らないひとだった。中学も違うクラスも違う。 でも。朝のバスのなかで見かけたことはあったと思う。
「この詩、もしかして君?」って突然訊かれてびっくりしたっけ。 照れくささと。見つけられた喜びで。私の胸はどきどきしていた。
それから何かを話した。何かいっぱい話したけど。思い出せない。 最後に約束をした。お互いの詩を交換しようとN君が言ったのだ。
その夜から私は。どこかに火がついたようになってひたすら書いた。 『あなた』と書き始めたら。それまですごく好きだったひとが。 忽然と『あなた』でなくなり。たった二日目でそれがN君になった。
チャイムが鳴っている。今はだめ。もう少ししてみんなが帰ったら。 4ホームへ行こう。4ホームは近いのに。なんて遠いんだろうと思う。
あっ・・っていう顔をいつもした。 一人じゃない時は。すごく困ったような顔をして。N君は。 私の詩を受け取り。私は彼の詩を。隠すようにして受け取る。
そこには『きみ』がいた。 わたしはとてもきになった。そのきみが誰なのか知りたくてたまらない。
それがある日『きみの詩って不思議』って詩をもらったのだ。 私はどんどん熱くなる。ついに私が『きみ』になれたのだと思い込んだ。
バス停で肩を並べてバスを待つ。 おっきなひとだなあって思う。まともに見上げることも出来ず。 心臓がばくばくしてたまらない。何も話せない。沈黙と動悸と。空と風。
N君は。私より五つ手前の停留所でバスを降りた。 窓から彼を見つめていたら。彼が目だけで何かを言ったのだ。 その時の。なんともいえないせつなさは。波の音と海の蒼さ。
それから。どれくらい経ったのだろう。 季節はいつで。何月何日だったのか。とても思い出すことは出来ない。
N君には。ずっと付き合っている彼女がいることを知った。 由紀子さんっていう3ホームのひとだった。
私は。もう4ホームへ行けなくなった。 もうN君に渡す詩が書けなくなったから。
わたしは。涙を少しだけ流し。
またすぐにあたらしい『あなた』を見つけた。
朝方。どしゃぶりの雨が降る。 空にぶたれているみたいな。なんか悪いことしたかなって。 思うほど。それは容赦なく。痛みを感じるほど大粒のあめ。
夕暮れて。湿っぽいけれど。心地良い風が吹く。 何かが終って。何かが始まるみたいな。生き生きとした風。
わたしはよこたわってみたくなる。 すべてをなげだしてすべてをわすれて。 じぶんだけをおぼえていたいなとおもう。
忘れられないこと。それは思い出。
あの頃。教室の机のなかに。そっと日記ノートを置いて帰った。 確かに誰かが読んでいる。支離滅裂でどうしようもなかった。 わたしのことを知ってしまったひとがいた。
紙切れに丁寧な字で「自分を大切に」と書いてあった。 誰なのかわからない。定時制で勉強している誰かであるらしい。
胸が熱くてたまらなくて。 明くる日もまたノートを残して帰る。 期待していた。すがりつくような思いだったかもしれない。
でも。それっきりだった。 だけど。その時いただいた言葉が。なんてありがたかったことか。
誰なのかわからないひと。ほんとうに顔も知らない誰かに。 わたしは頬を打たれたのかもしれなかった。 痛みよりも。もっとあたたかな何かが。そこにあったように思う。
そしておとなになる。いまもまだせいちょうしている。 すくっとしている日もあれば。うなだれている日もある。
わたしは書きながら発信している。 きっと誰かの胸に。この信号が届くことを信じて。
頬を打つことはしない。かわりに。ぎゅっと抱きしめてあげたい。
毎日が単調で。それでいてどことなく光っていて。 清々しいというか。とても心地良く日々を過ごしている。
早朝。とても嬉しいメールが届いていた。 結婚の報せ。遠く北海道からの。親愛なる友から。 ネットを通じて知り合ったのは。四年前の秋だったが。 難病と闘いながらも。すごい勇気でいつも立ち向かって。 どんな苦しさもしっかりと受け止めて。まるで戦士のごとく。 彼はいつも輝いていた。生きることは。歩みだすことだと。 私に教えてくれたのだった。とてもありがたい縁だと思っている。
お昼休みに手紙を書いた。 ほんとうはすぐにでも飛行機に飛び乗って。今頃は酒盛り。 それほど私は嬉しくて。その気持ちを素直に伝えたかったのだ。
手紙を書きながら思った。距離って。どんなに遠くても。 こんなに近く感じられる。会える会えないじゃないんだ。
縁というものに。距離なんてない。
雨のにおいが。なんだか懐かしく。心地良く感じる今宵。
サチコの帰りを待っている。飼い主を待っている飼い犬のごとく。 路地を曲がってくるクルマのエンジン音を聞き分けようとしては。 くぅんくぅんと。ワタシガソウナラ。甘えた声で鳴いているだろう。
おひさまのにおいのするこだった。 泣いている顔をときどき思い出すこともあるが。 それはまだとても幼くてあどけない頃だった。
泣かないわけではなかった。辛い日がないはずもなかった。 なのにどうしていつも。あのこは明るく振舞ってばかりいるのだろう。
待っていると。ふとそんなことが気掛かりになり。
帰って来たら。うんと優しくしてあげたいと思う。
桜紅葉の頃も近いだろうというのに。 その葉の一部が新緑に変り。なんと桜の花が咲いているのだ。
いつもの峠道に差し掛かるまでに。ながいトンネルがあるのだけど。 そのトンネルを抜けるとすぐに。その桜の木がある。 きのう見つけた。今日も咲いていた。明日も咲いているのだろうな。
戸惑ってみたり。だけどどうしてこうなったかとか思い悩むこともせず。 あるがままの姿なのかもしれない。咲くということは。きっとそう。
秋桜と名付けられた薄紅色の花は。先月の台風でかなり弱っていたが。 健気にも愛らしく咲き始めている。ほっとする。私の大好きな花だった。 倒れて地面にへばりついてしまっても。咲く。微笑む姿がいじらしいほど。
芙蓉は。夏の花。もう枯芙蓉だとあきらめてはいけない。 一時はそうなる運命だったのだが。まだ蕾があったのだ。 だから咲く。薄紅色のはまるで南国のハイビスカスのようで。 白い芙蓉は。今日のような薄曇の空に溶けるように花を開く。
ひとは。わたしは。ときどき自信を失いそうになる。 わたしは。ときどきなにもかも投げ捨てたくなる。
すくっと。存在するということは。試練にほかならない。 だからこそ。咲くという意志を持ち続けたいものだ。
自転車で。郵便局へ行く。
ああこのにおい。心がたくさん息をしたがる。
金木犀の花が。もう咲いていたのか。
そらがとてもあおくって。 おひさまが燃え尽きるのじゃないかと思うほど。 あついあつい日曜日だった。
サーフビーチへ行ってみようかなと思いながら。 行かない。波乗りさんが目に浮かんでは。消えていく。 きらきらと眩しくて。目を閉じてしまったような感じ。
買い物に行けば。秋物とかいっぱいあって。 あれこれ手にとってみては。もとにもどす。 ひとびとがうごめいている。なんだかあつくるしい。
午後はねる。ねるのがいちばんいい。 とてもとてもひらべったい気持ちで。 すやすやとねるのが。幸せだと思う。
なにもかんがえない一日だった。
至福の一日と記しておいて。またねよう。おやすみなさい。
週末はぽかんとがにあう。 みんなみんなぽかんとしちゃえ。
微笑みすぎたのだ。なんだかひつよういじょうに。 このひとだれ?って思うくらい。微笑んだじぶん。
苛立ちとか。どこへいったのかわからない。 思うに。たぶんそのひつようがなくなった。 それはとても良い方向ではなかろうかと思う。
まあいいのだ。すべてまるくて。つるつるしてる。 いいかえれば。それはつかみどころのないしろもの。 つかもうとすればころがろうとするから。つかまない。
だるだるっとして。すこしへろへろしながら。 こんな風に。とりとめもなくここにいることを。 許しているのは。ほかでもないじぶんじしんで。 あるから。これでいいのだ。だいじょうぶよあたし。
今日は『日本酒の日』らしくて。
かなり効いています。おかげで素敵な夜だこと。
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