ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2005年04月30日(土) なつかしさ

朝はかすみがかった空が。午後ゆっくりと潤いはじめる。
雨の兆し。夏のようだったここ数日の渇きが癒されるようだ。


何曜日なのか忘れてしまいそうに。ぼちぼちと仕事。
電話が鳴らない。ああ土曜日なんだと少しだけ気が緩む。

時々は深呼吸。職場の庭にもうぐいすが来てくれるのだ。
いつもは気忙しさで気がつかなかったのだろう。
ここにいるよと声がする。やまももの木だろうか。ねむの木だろうか。

私は。この山里がとても好きだった。かれこれ17年にもなるのか。
故郷のように思うときがある。たしかに懐かしく思うときがある。

子供の頃。三年間ほどここで暮したことがあった。
ちょうど魚屋さんの向かい側で。あの都忘れが咲いている庭に。
我が家があった。父も母も弟も。『ゆう』という名の犬もいた。

その頃。初めてギターを弾いた。近所のお兄ちゃんがいつも遊びに来て。
ギターを教えてくれたのだ。おさがりのギターを貰ってとても嬉しかった。


その大好きだったお兄ちゃんが。今は母と暮している。
とても傷つきやすかったあの頃。私はこの山里が大嫌いだと思っていた。

運命とか。縁とか。ずっと考えないでいたけれど。
この年になり。ふと閃くように思うのは。やはりこの山里のことだった。
二度と訪れまいと決めていたのに。私は自ずから帰って来たのかもしれない。
ほかに行き場所がなかったと言ってしまうこともできるが。
よほど縁のある土地なのだろう。母もきっとそうなのだろうと思う。

母が幾夜も続けて夢を見ると言って。気になってしょうがないと言う。
お地蔵さんがたくさん並んでいるのだそうだ。一本道でずっとはるかに。
村の墓地の近くに祠があるのを。お彼岸の頃に見つけたのだそうだ。
ずいぶん古いもので。いったい誰をお祀りしているのかわからないそうだ。

気にしすぎだよと言いながら。母の前世を思う私も尋常ではないかもしれず。
私もともに生まれていたのかもしれない。そのいにしえの頃を思った。

ちりんちりんと鈴の音が聞える。それはうぐいすの声よりも真っ直ぐに。
はっとして窓の外を眺めれば。ひたむきに歩き続けるお遍路さんがいた。

なつかしさを言葉にできない。ただ受け止めているすべてがなつかしい。






2005年04月29日(金) まるくまるい

「休もう 休もう」新聞の占いにそう書いてあって。
朝からふにゃふにゃっとした気分にしてもらった。

特にどうしてもと思うこともなく。くつろぐ時間のありがたさ。
それがぽっかりとそこにある。まるでくりぬかれたまるい場所。


庭に出て花を眺める。水をやりながら話し掛けてあげるのだ。
植物はきっと応えてくれる。か弱いほど念じれば育つのだと思う。

十二単(じゅうにひとえ)という名の花。
紫の衣を重ね着たように咲く花で。なんともいえない可憐さがある。
古の時代にも咲いていたのかもしれない。木陰にひっそりと佇むように。

初雪かずら。これは花ではないが。いままさに花の時のよう。
冬の間ずっと寒さに耐え忍んでいたのが。新しい芽がたくさん。
それは新緑ではなく。薄いピンクなのだ。そして白く色づいてくる。
初夏の初雪。誰が名づけたのであろうかと思わずにいられない。


そんなふうにしていると。ツバメのご亭主と目が合った。
首をかしげてじっと見られていたのかと。少し照れくさくなるような。
この庭も。彼らの庭なら。荒らすわけにはいかないと思う。
奥方は花どころではなくて。今日もひたすら卵を温めていた。


まるい時間が暮れていく。霞がかったままの空は夕焼け。
川風はほのかに水の匂い。ひたひたと暮れていく一日を見た。



2005年04月27日(水) しあわせ

      うぐいすがないている。どこでないているのだろう。

     のどかでやさしいかぜがふく。いきているってうれしいな。





       おとうさんとおかあさんとぼく









2005年04月26日(火) それなりに

風かおるいちにち。水田の若き緑も。日に日にすくっと伸びている。
畦道のあやめの花も。もう少しで咲きそう。五月の風景が目に浮かぶ。

仕事中も自転車に乗る。郵便局へ行ったりJAに行ったり。
魚屋さんの庭に今年も。都忘れの花がたくさん咲いて嬉しい。
柿の木の下に。うす紫の花が木漏れ日を浴びてきらきらして。

こころいっぱいなごんでは。なくさないようにけさないようにと。
しごとをこなす。いらいらむしもあせりむしもみんなとんでいく。



私は『てきとう』ってことばがあまり好きではなかった。
好きでないということは。そうするのが苦手なのかもしれない。
言い換えれば。そうしても良いだろう時に。そうできないのだ。
だから時たま。まわりに負担をかけてしまう。強要してしまうのか。
真面目でも几帳面でもないのにと思う。どうしてかそんな感じになる。

『それなりに』きっとそうすれば良いのだろうと思う。
りんきおうへんに。ときどきはてきとうにしてみるのがよいのだろう。



さて。また夜がきた。なんだかまた腑抜けているような気もするが。
どこだかわからないところが。きっちりと背筋を伸ばしているようにも思う。
だからこそ。てきとうにあしらっておけばよいだろう。いまがちゃんすかも。


ふと目を閉じる。あれこれがみんな横たわって。もうすぐ眠りそうになった。



2005年04月25日(月) めも

新緑がまぶしい朝。山々がくっきりと黄緑だったり。そのところどころに。
山つつじの花が咲いて。峠道を行けば。なんだかとても新鮮な空があって。
とつにゅうしていく。月曜日の気だるさもいずこへ。ただそこにある朝が。
愛しいと思う。


れっしゃじこはとてもしょっくだった。あまがさきにいじょうにはんのうする。
のっているはずはないとおもいながら。のっていたらとおもうとふあんになる。
へいおんぶじをいのりつづけているひび。ずっといのるしかないのだとおもう。


夕暮れて。すごくしんどくて少し横になる。胃が痛い。やたらと眠い。
サチコが帰ってくるまでそうしていた。クルマのクラクションが鳴って。
むくっと起きだす。「おかえる〜」って言うのだ。一気に明るい声で。

サチコの食事を温めながら。一緒にテレビを見るのが楽しい。
郷ひろみを久しぶりに見た。ヒロシの真似をして「ヒロミです」って愉快。
けらけら笑うと涙が出る。こんなに笑っていいのかと思うくらい笑う。


もう眠くなくなった。だから眠くなるまで。またアルコールに浸る。
いいかげんにしないとって思うけど。眠くなるまでしょうもなくて。

けってんとかみつけたってどうしようもないじゃんっておもうし。
すきなようにすればっておもうし。とにかくねないとあしたがこない。      



2005年04月24日(日) すいすい

もうすぐツバメの赤ちゃんが生まれそう。
母ツバメが巣から離れなくなった。
父ツバメが母ツバメに餌を運んで来ている。
その時。すごい鳴き声がするのだ。「ちきちきちちちちぃ!」って。
なんて言ってるんだろう。ツバメ語が解るといいなあって思う。



今日はサチコと買い物。欲しかった自転車を買ってもらった。
私はママチャリが欲しかったけど。サチコが折りたたみ式のにしようって。
うんうん。それがよかった。さっそくクルマに載せて帰れるもんね。
おまけに。少し傷があったので盗難登録の500円をまけてもらった。

夕方ちょっと試運転。甥っ子に会ったので「おばちゃんのだよ〜」って言って。
それから堤防に上がる坂を一気に上ろうとしたけど。途中でへなへなになった。

ふうふうしながら堤防の道。観光船と夕陽。野アザミと白爪草と。夕風と。
私はなんだか照れくさい。絵にもならないのだろうに。絵みたいに走る時。

でも。すごく気分爽快。風ってこんなにいい気持ちにしてくれるんだなあ。

        すいすい。すいすい。明日も走りたい。



2005年04月21日(木) りゆう

ふりそそぐ。はるかかなたまでひかる。そんないちにちに。
ぽつんといる。きっとみんないる。ざっそうもいしころも。
りゆうなんて。だれもしらない。ただそのばしょがあって。
そこがありか。だからぽつんと。そらをあおいでいられる。




お昼下がり。とても悲しい知らせがあった。
ついこの前。久しぶりに会えたひとが亡くなった。

その時約束したこと。まもれなくてごめんね。
すごくすごく悔まれてならない。
忘れてなんかいなかった。ずっと気になっていた。

まだまだ時間がいっぱいあると思っていたから。
明日や明後日よりも。もっとたくさんあるって。

だけど。ほうとうは。もう残り僅かだったから。
だから。会えたんだなと思う。笑顔でよかった。


やはり。どうしてもせいいっぱいでなくてはいけない。
まごごろこめて。おもいやるきもちをわすれずにいて。
えんをたいせつに。えんなくしてはであえないのだと。

        しんじてやまない。         

                     







2005年04月20日(水) すうはあ。すうはあ。

穀雨の頃。ほんとうにそうなんですよって雨が降る。
朝からとめどなく。時々はげしいほどに雨が降った。

潤うものは。みんなみんな生きているんだなと思う。


午後。少しだけ空が明るくなり。新緑が艶やかに光る。
雨あがりの風景が好きだ。垂れていたような雲が空に。
導かれるように昇っていくのなど。自然の息を感じる。

すうはあ。すうはあ。にんげんのあたしもいきをする。
ちっぽけだけど。ちゃんとここにいるんだなって思う。


実は今日ふと。心細く思うことがちょっとあったけど。
いまあんまりせいいっぱいじゃないから。このまんま。
いのち終っちゃうの嫌だなって。どうしようもないこと。

じゃあどうすればいいとか。じゃあこうしようとか。
考える余裕がない。そうすればますます焦るばかり。

好きなようにしてって。思うとほんとうにらくだけど。
自分のいのち。自分の人生。じぶんで決めて歩みたい。

阻止されるのたまらない。邪魔されたくないって思う。
だけど。そうなった時。きっと自分は無力なのだろう。

ありのままでとか。あるがままにとか。きれいごとで。
でも。そうするしか道がないから。そのように生きる。

だけど。その道には標がない。目的地が何処なのかも。
わからない。でも息をしている限り。歩いて行くんだ。


すうはあ。すうはあ。今日もへいおんぶじに歩いた。
潤ったからだ。潤ったこころ。まだまだ歩けるかな。

緑になりたい。新しい芽に。明日になればきっとまた。

      太陽に。    光る。



2005年04月19日(火) まあまあ

夕暮れて雨の気配。もわもわっとして。なんだかしめっぽいくうき。
そんな空気に身を。まかしてみるのもいいものだ。なんとなくそう。

ほら。たとえばアイロンをかける時。少し湿っぽくした方がいいし。
あとからしゃきっとしたりするから。しわも伸びるし気持ちいいし。

だから好きなようにしてって感じで。横たわっているのがいいのだ。



今日も特に頑張らなかった。なるようになっているのが。まあまあ。
それ以上でもなく。それ以下でもないところ。けっこうそれがいい。

あれこれが遠くなる。逃げてなんかいないのに。行ってしまうこと。
そういう時もあるのだなと思う。呼べば帰って来るのかもしれない。
だけど探さないから。どこかでくたばっているのかも。まあいいか。




先週からずっと筍。大好きだからとてもありがたいのだけど。飽きた。
今夜は酢豚に入れてみた。新玉ねぎといい感じで。柔らかで美味しい。

サチコが。やたらと喜んで。明日のお弁当にも入れてねって言うので。
嬉しい。そういうのが今日の嬉しさ。ささやかな花まるの一日になる。

          あとはぐっすり眠るだけ。



2005年04月18日(月) ああ夜だな

夜明け前。まだぼんやりとしている頃。窓を少しだけ開けて鳥の声を聴く。
あれはツバメさん。あれは雀さん。そうして頂く活力がありがたいこの頃。

どことなく腑抜けている月曜日。またきそくただしく動き始める朝の気配。
お味噌汁や。お弁当や。新聞がコトンとポストに届く音や。朝陽の窓辺や。

いつもとおんなじ。なにもかわらない。そんなへいぼんがへいおんなのだ。


ただ刻々と流れているのは時。さっきと今は違うだろうし。昨日と今日も。
どこまで続くのやら。永遠なのかもしれないけど。少しだけ覚悟している。
だからこそ精一杯って思うけど。気がつけば。なんとなくそれなりの現実。
特に一生懸命とか。そういうことがほとんどなくて。ああ夜だなとおもう。



今日。はっとして見つけたのは。藤の花。土曜日にも通った道だったのに。
いつのまにかたくさん咲いていた。私のいちばん好きな色で。どきどきと。
せつないような。なんともいえない気持ちになった。たぶん嬉しいのかな。

よくわからない。あの色は不思議。あの色はなぜか懐かしくて。せつない。



2005年04月14日(木) とくべつ

帰宅すると。ツバメの卵が2個落ちていて。とても無惨な有り様だった。
雀が悪戯をするらしいけど。今まで一度もそんなことがなかったから。
「親が帰って来ないかもしれないな」って夫君が言うので。とても心配。

でも日が暮れてから帰って来た。いつものように母鳥は巣の中へ。
父鳥はすぐ近くのサッシ窓の上に。特に驚いた様子もなく変わりなく。
「仕方ないこと」自然界では何が起こっても。すべて受け止められるのか。
きっとそうなのだろう。人間だったら取り乱して嘆き悲しむようなことも。



今日は夕方。サチコが「バドミントンしようよ」って言って。
夕食後。ふたりで堤防に行って遊んだ。なんかこんなの初めてだった。
ふたりともちょっと酔っ払っていて。面白可笑しくはしゃぎまわる。
夕焼けが綺麗で。それから飛行機も飛んでて。機体がきらきら光ってた。

すごく特別な時間。ふれあってふれあって空を仰ぐ。保存しておきたい。
目がシャッターになって。すべて写真に撮ったような気分になった。

「またしようね!」ってサチコがぜぇぜぇしながらも言ってくれて嬉しい。
私はルンルン頷きながら帰る。肩を並べているサチコが愛しくてたまらない。

子供の頃・・こんなふうに一緒に遊んだ記憶がなかった。
 
サチコはいつのまにか大人になっていた。



2005年04月13日(水) いのち

去年たくさん咲いてくれたキャットテール。紅いちっちゃな猫のしっぽ。
みたいな花で。今年も花芽がいっぱい出てくれて嬉しい。蕾じゃなくて。
最初は5ミリくらいの緑色をしていて。それが日に日におっきくなって。
2センチくらいになったら紅くなる。それからまたおっきくなってやがて。
ふわふわと柔らかい花になる。ねこじゃらしみたいだけど。猫のしっぽ。

好きなんだ。この花が。咲くとついつい触ってみたくなる。手ざわりが。
なんともいえない。くすぐったいようで。ほのぼのとこころが和む花だ。




今日は。伯母さんの告別式だった。天寿を全うするということを。
考えずにはいられない一日。やはり悲しませてはいけないのだと思う。
だけど避けられない死もある。それがある日突然ならどんなにか。
悲しませてしまうことだろう。泣かせたいと思ったことがあったとしても。
そんなこと思ったりしてごめんねって。先に死んじゃってごめんねって。
自分も泣きながら旅立っていくことになるのだろう。とてもとても悔まれる。

精一杯生きて。精一杯愛して。最期は「ありがとう」っていっぱい感謝して。
微笑みながら逝くことにしよう。安らかな死顔で癒してあげたいなと思った。




2005年04月12日(火) とんねる

少しだけ冷たく思う雨。だけど潤ってしっとりと恵みの雨。
山道の新緑がいきいきとしていて。ついつい目を奪われてしまう。
そして満開の山つつじの。なんともいえないピンクの可愛らしさ。

それからお遍路さんのレインコート。鮮やかな色の背中がてくてく。
雨にも負けず精一杯歩いている峠道。すごく晴れやかな勇気を頂く。

しょぼしょぼと思いつめること。今はそれさえもなくなってしまった。
わたしはたぶんとんねるをでたのかもしれない。ただ目の前に道がある。
そんな感じの日々が。なによりもありがたいと思う。明るくてまぶしい。

目的はない。ここが何処とか標識もない。矢印もなければ地図もない。
だけど。息をして。たまにはあはあしても。休めばまた歩き出せるから。



今日。近所に住んでいる夫君の伯母さんが亡くなった。
90歳で。大往生というのか。誰も悲しんでいないように思う死だった。
安らかで。微笑んでいる顔。何よりも90歳には思えないくらい綺麗で。
伯父さんが舟で迎えに来たのかな。だから笑顔で旅立ったのかなと思う。


私は。わたしは・・その時どうするのだろう。笑顔で舟に乗るのかな。
お父ちゃん?もしかしてお母ちゃん?夫君だったら乗らないよ嫌だよ。
私は。夫君を迎えに行くほうがいい。だって・・なんとなくそうしたい。

だけど・・よくわからない。夫君が「乗れ!」って言ったらどうしよう。


はぁ・・こういうの考えるの。なんか・・ばからしいのかもしれんね。


ある日。ぽっくりと逝きたいのだ。惜しまれて惜しまれて泣かせたい。



2005年04月11日(月) うす曇の空よりも

まだか細くて。それでいて風に揺れる水田の苗を。心強く思う。
明日あたり植えるのか。苗床のまま水田の隅っこに。きっちり。
並んでいる緑も。心地良く思う。赤や青の田植機も空に映えて。

葉桜のさびしさ。どこに吹かれていったのか。花びらの行方を。
昨日までは知っていたように思うが。今日はもう知らなかった。


集金に行ったお宅に。猫が5匹くらい。庭中にたむろしていて。
思わず笑みがこぼれる。「にぁあよ みぃよ」とか呼んでみる。
どの子も警戒するようにとび逃げた。つつじの木の陰から顔を。
そっと覗かせている。真紅のはっとするような紅の陰から猫が。
にゃごぅにゃごぅと鳴く。懐いてくれるまでずっと居たい場所。

帰り道。少し遠回りをしたおかげで。枝垂れ咲く桜を見つけた。
神社の境内に。それは見事に咲き誇って。思わずクルマを停め。
歩み寄る。木の真下に立って仰げば。なんだかこの世ではない。
と思うくらい。空から桜が舞い降りる。桃色の八重の可憐な姿。

さびしさやはかなさやわかれや。あるのが世の常。だけれども。
こうして思いがけずに出会える。だから生きていたいとおもう。


うす曇の空よりも。ずっと晴れた気持ちで。ゆっくりと帰った。



2005年04月09日(土) さよならさくら

   はらはらと桜吹雪と。思いがけない初夏の陽射し。
   なんだか間違っているみたい。急がないで欲しい。
   だけどほんと。だからこそ流されたくないけれど。

   こんな春もあった。こんな自分も。こんな時もあった。



            ありがとうさくら





           
             またあおうね





2005年04月07日(木) 花ぐもりの頃に

さくら雨。のち花ぐもり。ゆうがた近くちょっぴりの青空。


たまに後悔する時があって。たとえば。ずっと音信不通だったひとから。
やっと電話があって。久しぶりに聞く声とかすごく懐かしかったりして。
じゃあね。またねとか言って。ぷつんと切れてしまってもすごく嬉しく。
しばらくはほかほかした気分でいたり。なんだか夢みたいとか思ったり。

していたのに。気がつけば。なんだか自分のことばかり話したような。
いっぱい訊きたいことがあったのに。聞いてあげたかったことが・・。
あったはずなのに。これっぽっちも思い遣れなかった。なんて愚かな。

そんな時。もう手遅れだけど。とてもとても後悔する・・。
だからまた。知らないことがいっぱいのまま。時が流れる。



             花ぐもりの頃に





2005年04月06日(水) あれこれ

花曇り。空も桜色になる。ひともあたしも桜色か。
訊いてみたいことがある。だけど今はそっとして。
ちんもくしている。そのほうがきっと私らしいと。

思ったりしている。あれこれよりも時を待ちたい。


サテキヲトリナオシテ。

今日の一番愉快だったこと。
サチコのお弁当箱は。幼稚園の子供みたいなやつで。
お箸箱なんか。ほんとうにサチコがその頃使っていたやつ。
ドラエもんのお箸箱なんだけど。捨てないで置いといて良かったぁ。

それが今日。お昼に大笑いしたよって言うから。
同僚の友達に見せたらすごいウケたよって言うから。

母にはまったく記憶にないことやった。
なんでそんなことしたのやろって。信じられない。

お箸箱には。いつもの白いお箸が一本。もう一本はストローだった。
らしい。なんで?なんでそんなことしたの!!

そういえば。日曜日にグリコカフェオレ飲んでて。ストロー捨てないでって。
サチコに言われたんだった。うん・・捨てなかった。ちゃんと洗ったもんね。

帰宅したサチコがあんまり笑うので。母もへらへら笑ってみせたが。

なんかさ・・ボケが始まったのかもしれんな。
まっ・・いいか。笑って終れる一日とか。日記に書いておこう!



2005年04月05日(火) のどか

桜は五分咲き。ほっとこころが和む。どんな時も桜の気持ち。
きらきらと咲く。陽の光を浴びて満面の笑顔のようだ。綺麗。

淡いピンクの向こう側に。純白の桜が。葉は新緑の色のよう。
はっとする白。どきどきする白。心惹かれる白。魅力的な白。


山里では田植えの準備。水を張った田んぼ。風とそよぐみず。
のどかで。ほんとうにのどかで。名も知らぬ鳥の声も聞える。

牧場では牛の親子達が。幸せそうに草を食む。小高い草原の。
見上げたところに山つつじの花が。たった一本ぽつんと咲く。
だからよけいに愛らしい。子牛が歩む。子牛が登る。丘の上。



もっともっとだなんて思ってはいないのだ。
ただ受け止めている。ただ感じている春が。

こんなにもありがたい。



2005年04月04日(月) みあげると

今年もツバメが帰って来てくれた。なんだかほっと嬉しいきもち。
ながいながい旅をして。空から見つけてくれる我が家なんだなって。
古巣はずっとそのまんま。ほんの少し修繕したらしくて。見上げると。
少し濡れた土で縁取ったようになっている。なかなかやるなと感心する。


花冷えの頃なのだろうか。今朝は少し冷え込んだ。けれど。
なんて清々しいのだろうと。空を見上げては。すくっとし。
一日を始められること。そんな朝がとても好きだなと思う。

風が少し強い午後。南風ではなかったが。どことなく春らしくて。
どんな風が吹こうとも。陽射しはどこまでも降り注いでいたから。
見上げると眩しかった。見上げるとくすぐったいみたいな不思議。

なんだかカラダから。芽が出そうだなと思った。

お昼休み。雪柳の花に会いに行く。

              
              こっちから






              あっちから





2005年04月03日(日) じかん

ときどき雨でしょうの予報が。思いがけない陽射しに恵まれる。
のどかで。のほほんとしては。ゆったりと時を過ごすありがたさ。

寝ても寝ても眠い。なんだか気が抜けたように眠い。
うたた寝ばかりで。なのに愛犬の吠えること。むっとしては。
また眠る。そしてまた愛犬が吠える。憎らしいったらありゃしない。

クルマの中はまるで温室のよう。窓を開け広げても暑いくらい。
また少しだけ愛犬が吠えて。息子君の彼女が遊びに来たみたい。
クルマの中から「こんにちは」する。あっ・・まただって思ったかな。

彼女は玄関に置いてあるジャーキーを一本提げて。犬小屋へ行った。
後ろ姿が誰かに似ている。ぽっちゃりとしたお尻とか。誰かさんに。
そっくりだなあって思う。背格好がよく似ているらしい。誰かさんと。
それから笑った顔も。くしゃくしゃになるところがよく似ているって。

私にはドーナツの差し入れ。粉砂糖のいっぱいついたのを頂く。
クリームがとろりんとして。からだまでとろとろになりそうや。
そしてカラカラになった喉を潤す。まだ三時だけどいいやって。
冷蔵庫からビールを持って来る。はぁ・・最高の日曜日だなあ。

ほろ酔ってまたうたた寝。風が強くなったなあ・・とか思いながら。
刻々となにかが。きっと知らなくてもいいことなのだろう。

わたしはじぶんでしゃだんして。とくべつのじかんをすごしている。



2005年04月02日(土) しんじつ

さくらが少しだけ。うすぐもりの空のした。まだほんの少し。
むくむくしている。どうしようもなくとめられない。衝動の。
ようにくるおしく。思い焦がれて熱くほとばしる心のありか。
きっとそうきっと。だからみだれてだから誰もがたちすくも。
そしていっしんに。咲いてほこらしく空に抱かれようとする。


あの日きみに送った。桜の花びらは。今はどんな姿に変わっているのだろう。

あの花びらがすべて。真実だったことを。きみは知っていたのだろうか?


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