僕らが旅に出る理由
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2008年10月19日(日) My Only London - 豚飼い

ジェレミーは授業のカリキュラム等を考えるスタッフで、いわゆる学校の教務主任だった。年齢はもう50代くらいかと思えたが、とても優しくて皆の意見を公平に聞く人だった。教務担当者には私のような英語がおぼつかない外国人スタッフにやや冷たい人もいたので、私は教務課に電話してジェレミーが出てくれた時はいつもホッとした。

うちの学校は週末に施設を開放して、同業者向けにワークショップを開くことがあった。そこにはうちと同じ、イギリスで語学学校を運営している人達が多く集まった。
ある週末、何か仕事があって職場に来ていた私は、そういったワークショップの一つが開かれているのを、たまたま開いていたドアから覗き見た。
ちょうど、ジェレミーが発表している所だった。彼はスライドを使いながら、ここ数年のイギリスの語学学校の受け入れた学生数、滞在期間の推移、これらの数が将来伸びるかどうかの展望、などを話していた。

私はその光景を見て、まるで豚の飼育について牧場主達が話し合ってるようだと思った。
世界情勢を見ると飼料の値段は今後も上がりつづけ、豚を飼育する我々への負担はますます増えるでしょう。これをアメリカでは例えばどう対処しているかといいますと・・・

搾取という言葉が浮かんだ。
搾取されているのは、私たち外国人という豚だった。

彼らは英語を話すが、それは私たちのように努力して獲得したわけではない。
たまたま英語を話す人間として生まれたというだけのことを利用して、そこからお金を引き出そうという発想はズルいんじゃないか、と思った。

ズルいと思ったのは事実だが、腹は立たなかった。
あぁ。豚の飼い主が豚の扱い方について話してるんだなぁ。と、ごく平常心で考えただけだった。
たぶんその程度にズルいことなんて、世の中に溢れてるんだろうと思うし、私もその一部だろう。
ただ、ジェレミーとはその後、心の中で距離を置くようになった。
相変わらずいい人だったし、嫌いにはならなかったけれど。

また別の機会に、マーケティング・ディレクターのエイドリアンが学生の対処法についてこんな事を言った。
「クレームをつけてくる学生が最終的に狙っているもの・・・それはただ一つ、お金です」
それは、一部のクレームをつける学生には、確かに当てはまることだった。もしかしたら大部分はそうかも知れなかった。
でも100%そうとは言えない。
過去に仕事して来た中で、私は日本人は特に、お金でないもののためにクレームをつけてくることがあるのを知っていた。
謝罪である。
ここの認識の違いで板挟みになって、とても苦労したことがある。

ただ、これをエイドリアンに言って理解されるとは思えなかった。
特に今のお互いの立場では。
つまり、豚飼いと、まだ半分豚であるものとで、対等な話は期待できないのだ。エイドリアンもまた、いい人であったが、そこの溝はいかんともしがたかった。

私がなりたいのは、言うなればそのような時に、
「日本人はお金ではなく、謝罪を求めることもある」
と言って一発で相手の目を開かせることができるくらいの存在感と対等さを持った人間なのだ。


ジェレミーが円グラフを見せながら、えんえんと説明を続けている。
人々はグラフを見つめ、ジェレミーの話に一斉に耳を傾け、ある者はメモを取る。
ピカデリー通りから入り込む淡い日差しがその背中の輪郭をぼやけさせる。

私が見たのは豚飼いではなく、豚自身かも知れなかった。


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