蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題2-17

トーヤにこうやってしているところは、何度か見た事がある。
今、自分がその立場にいることが何だか不思議に思えた。
普段話さない分、何を考えているのかわからなくて、黙ってされるがままになっている俺を掌が優しく撫でた。

「ねえ、」

ずるずると背もたれに深く座り、また地面を見つめる俺に、頭からハル兄の声が降った。
返事の代わりに、視線だけを上げる。

意味ありげに笑う、派手な兄と目が合った。

「うちの家、リビング以外は禁煙だって知ってた?」
「――は」

唐突な話題に思わず、上ずった声を出してしまう。
ぴくりと指が揺れた。

「心配かけたいなら他のコトでしてほしーんだけど」

何のことを言っているのかなんて、分かりすぎるくらい分かったけれど。

「なんだよ、それ」

取り繕うだけの余裕も無く、ぶっきら棒にそう返す。
ポケットに突っ込んだ掌が、自然にぎゅっと縮こまるのを感じた。

「あれ、違ったっけ。シュウは何だかんだ言って甘えたのくせに、甘え下手だからねー」

マフラーに埋めた顔は、上げなかった。

「心配して欲しいんでしょ?」
「……。バッカじゃねえの」
「そっかなぁ。まあ、イイや。俺はこれから店にまた寄らなくちゃいけないけど、ご飯は作ってあるから早く帰っておいで」

こういう時、くしゃり、と髪を乱されるのはいつだってトーヤの役目で、俺ではないはずなのに。
でもあの馬鹿は、今はここにいないから。

頭に触れていた掌が離れ、砂利を踏む音が遠くなる。
それでも俺は顔を上げることなく、そのままでいた。
正直、前を向けなかった。
とてつもなく、恥ずかしいとも思った。

ハル兄は変だけど、時々鋭い。ストレートに痛い所を突いてくれた。
自分の弱さを、再確認させられる。
そして思い知る。
結局俺は、単に自分のことしか考えていなかったのだと。


2008年02月20日(水)
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