蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題(9)

ごめんって何、とか、じゃあ何で抱き締めるの、とか、言いたいことがたくさんあった。でも言えなかった。

たった一言『好き』とさえ言えない臆病なあたしには、そんなこと言えるはずもなかった。だって、わかってるから。『ごめん』の意味はわかるから。

それでもいいから傍にいたいって思うあたしは、未練がましいんだろうか。それとも。

「――っ、」

気付けばきついほどの拘束を、振りほどいていた。「マヒロ?」慌てたようなシュウスケの声。顔は見えない。見れない。声が出ない。

「…ん、で…っ」

息が通り抜ける。呼吸をするより、無理に出した声は上手くいかなかった。喉が狭まったような感覚に陥る。ごめんって何。そんなの、いらない。いらなかった。

「なん……で謝る、の」

泣くな。自分に言い聞かせた。でも泣き虫なあたしには、引き金になってしまうだけで。何で、という言葉をきっかけに零れ出した気持ちは、易々と引いてはくれない。好きで好きで仕方ない。いつからなんて、もう覚えてないくらい。だから、嬉しかったのに。一度だけの関係でも、少しは近くに、心の中に入れたと嬉しかったのに。

そういうのを全部、否定された気がした。

「本当は、ずっと、謝ろうって思ってた」

そう小さく低く耳に届く。それからがしがしと髪を掻く音。何かを言い足そうとして、やめる気配。無言。

「だから、何で…っ」

肌にぴりぴりするような沈黙に耐え切れなくて、顔を上げた。眉を寄せてあたしを見る顔に、余計に悲しくなった。

「好きじゃないから? 好きになれないのに抱いたから?」
「そんなんじゃない」

更にきつく眉間に皺を刻んだ表情は、怒っているようにも見えた。

「じゃあ何で謝るの。謝らないでよ、後悔、しないでよ」
「――するだろ」
「、」

間髪いれずにぴしゃりと言い切られ、返す言葉を失う。

「後悔くらい、するだろ」

息が止まりそうになった。

頭の中がぐちゃぐちゃする。かちかちと秒針を刻む時計。波打つ心臓。階下からは賑やかな笑い声がした。ここだけ、まるで別世界だ。

ハルちゃんの声がする。あたしを、シュウスケを呼んでいた。

2007年12月14日(金)
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