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■ 無題(7)
少し涼しくなった。教室の窓から見る銀杏の色付きはまだだけど、朝の空気の冷え方が違っていて窓を開けていると心地いい。秋季選抜が終わり気を抜くこともなく、次の全国に向けてシュウスケ達の吹奏楽部は練習に励んでいた。
あれから何も変わってない。時々練習は覗きに行っているけれど、練習室にナミコ先輩の姿を見かければそのまま帰ることが多くなった。気にすることないと友達は言った。『図々しさが足りないんだよねマヒロって』そうかもしれない。でも、何かイヤ。何で別れたとか知らないし、知りたくもないけど、でもあたしとシュウスケの距離よりはずっと近くにいた人に、知らない振りをすることなんて出来なかった。
そしてその距離は、今でもあたしよりはずっと近い気がする。
シュウスケに避けられてるわけじゃない。帰ろうと言えば一緒に帰れるし、家に行きたいと言えば入れてくれる。でもその位置は、あたしが望むものと、少し違う。
練習室には、今日も行かなかった。
帰って来てみれば、家の中は真っ暗だった。明らかに留守だ。そういえば出かけるって朝言ってたっけ。ご飯はどうしよう。自分で作る気なんて、最初からない。鞄から鍵を取り出し差し込み、今日はコンビニでいいかと思った。
「今帰り?」
ふいに話しかけられて、振り向いた。でも人影はなくて。
「こっち、上」
その言葉通り視線を上げてお隣の二階を見れば、ハルちゃんがひらひらと手を振っていた。
「――びっくりした。うん。今帰ってきたとこ」 「おばさん今日いないんでしょ? ご飯こっちで食べれば」 「いーの?」 「イイの、イイの。華があったほうが俺も嬉しいし」 「良かった。どうしようかと思ってたんだよね。じゃあ着替えてから、そっち、行くね」 「ん」
窓を閉める途中、誰かの声がした。きっとトーヤだ。差し込む途中だった鍵を開けると、部屋に上がった。鞄を置いて着替える。少し薄着だけど、近いから平気なはず。
開いたままの玄関から、勝手に入った。二階がキッチンとリビング。ここへはよくお邪魔する。二階はいい匂いが立ち込めていた。またお菓子でも焼いているのかもしれない。
そういえば、結局あたしが食べ損ねたこの間のスコーンは、吹奏楽部の中では物凄く好評だったらしい。
「いらっしゃい」
ハルちゃんはいつも元気だ。いつも笑ってるし、楽しそうだし、見てると元気になる。
キッチンで泡立て器を振って出迎えてくれたハルちゃんとは対象的に、「何しにきたわけ」トーヤが偉そうな口を利いた。黙ってその金色の頭を叩く。口で言い返すだけ無駄。
「いてーよ、バカ」 「馬鹿に馬鹿って言われたくないんだけど」
トーヤはシュウスケの弟で、今は高校一年になっている。小さい頃はよく遊んであげたし、そうでなくても勝手に後ろからついてきた。ハルちゃんと同じように色が白くてお人形さんみたいで、めちゃくちゃ可愛かったし、よく懐いてくれた。けど、中学に上がる頃からやけに生意気になって、可愛いげが全くなくなった。
口も悪くなったのは、いつの頃からだろう。
「すぐ手ぇ出す奴のほうがバカじゃん」 「何でそーなるのよ」
本当に可愛くない。顔立ちは昔の面影を充分残して幼いくせに、口を開けば喧嘩になる。
「ハイハイ、喧嘩しないのー。ね、マヒロちゃん。シュウはもうすぐ帰ってくると思うから、先に部屋行ってたら? ご飯できたら呼んであげる」 「いいの?」 「うん、ここにいてもトーヤが邪魔でしょ」
にこり、とハルちゃんが笑う。その言葉にトーヤが何か言いかけたけど、すぐに黙った。あたしには逆らえても、ハルちゃんには逆らえない。そういうことらしい。
キッチンを通り抜けて階段を上る。ここまで甘い香りがする。この家ではハルちゃんが、全部の家事をこなすらしい。そういうのが全く駄目なあたしからすれば、ハルちゃんは凄いと思う。
シュウスケの部屋は、階段を上りきった反対にある。この家にはよく来るけど、シュウスケの部屋に入るのは久しぶりだ。開ける時、勝手に入って怒られるんじゃないかと一瞬躊躇したけど、ハルちゃんが言い出したことなんだしと思い直す。
予想通り部屋の中はこざっぱりとしていて、わりと整頓されていた。綺麗というよりは、無駄な物があまりない感じ。そう思って見回していたら、扉ががちゃりと開いた。
2007年12月12日(水)
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