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■ ミステイク1
マヒロ(女子高生) ハルト(マヒロの隣人、長兄) ナツキ(マヒロの隣人、次兄) シュウスケ(マヒロの隣人、次弟) トーヤ(マヒロの隣人、末弟)
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綺麗なピカピカのキッチン。 整理整頓当たり前、調味料の類から調理器具の類まで、ピシっと並べられて性格がすっごく出てるような佇まい。
勿論、あたしの家じゃない。 うちのママは、こんな綺麗好きじゃないし。
「結構上手く出来たと思うんだけど」
ちょっと恐る恐る、と言う聞き方になるのは、恋して止まない相手だからだと思う。 いわゆる片想いだし。 少しくらい猫被るのは仕方ないってところ。トーヤあたりに言わせれば「乙女過ぎ」だの何だのと煩そうだ。
「食べないの?」
伺うように顔を覗き込めば、眉を寄せたシュウスケと目が合った。 今日は眼鏡掛けてない。家だからかな。 さらさらした黒髪が目にかかって、いつもと雰囲気が違って見えてドキドキした。
「いや、何コレ。お前マジふざけてねえ?」 「ふざけてません」
ダイニングに向かい合って座ったあたし達は、さっきからこのやり取りを何度か交わしている。いるんだけど、一向に進まない。
「…味見したのかよ」 「してなーい」 「アホか、それくらいしろよ」 「えー、面倒だもん」
思い立ったのは五日前。 友達の「この間さ、彼氏にお菓子作ったんだよね」なんて言う、些細な一言が原因だった。
普段全くやらないくせに、一生懸命作ったらしいそれは物凄く高評価を受けたらしい。 あたしとシュウスケは付き合ってるわけじゃないけど、でもそれっぽい関係ではあるわけだし、と考えた結果このキッチンに乱入することになった。
何で自分の家じゃなくって、お隣さんであるこの家かって言うと、うちのママよりハルちゃんの方がずっと料理が上手だからだ。
そのハルちゃんに教えてもらうこと、五日。 その成果が今テーブルの上にある、クッキーだったりする。
「ハル兄が教えてこれなわけ」 「だから、何度も言ってるじゃん」 「あーそ…」
何が気に入らないのか知らないけど、全然食べようとしない。 それどころか、手を出そうとすらしないってどうなの。 せっかく作ったのに、この態度は何なの。 そりゃ勝手に作ったのは、あたしだけどさ。 見た目もちょっとって言うか、わりとって言うか、良くはないけど頑張ったんだし。
『マヒロちゃんにしては…まあ、頑張ったよねぇ』
ってハルちゃんも言ってくれたし。 やけに笑ってたのも食べてくれなかったのも気になるけど、それはこの際忘れるとして。
「ねえってば」 「……」
何度かの要請で、ようやくシュウスケが手を伸ばす。 物凄く気が進まない、という気持ちが指先にまでありありと表れている。
確かに今まであたしの作った物で――言っても数えるほどしかないけど――美味しかった事は無いかもしれないけど。 何もそんなに嫌がらなくてもいいじゃない。
ゆっくりと口に運ばれる濃い茶色の焼き菓子を、じっと見つめる。
ぱり、と音がした。 さっくりではなくって、お煎餅みたいな音。 同時にシュウスケの寄せられた眉が、さらにきつく寄せられる。 何か言いたいけど、言えないようなそんな感じ。
「……」
ぱりぱりと噛み砕く音以外、全く静かな部屋。 みんな出掛けてしまって、他には誰もいない。
「どう?」
また覗き込んで感想を聞くあたしを、シュウスケがじっと見て、無言で手招きをする。
こっち来い、ということらしい。 何だろう。 頭の中に「?」を飛ばしながら、傍へ行った。
「わ」
途端に腰を引き寄せられ、シュウスケの方に倒れ掛かった。膝の上に乗る形になり、そしてそのまま。
「ん…っ」
強く抱き寄せられるようにして、唇がくっついた。頭を押さえ付けるみたいにしたせいで、キスしているって言うより『くっついている』と言う表現のほうが正しい。
腰を抱いた腕が痛いほど締め付ける。 無理矢理こじ開けた唇から舌が入り込んで、あたしは目を閉じた。
「――?」
ざらざらした異物感。口の中に細かい焼き菓子の破片が入り込んで。 途端に。
「にが…っ」
舌に広がる嫌な、苦味。まるで漢方薬。何これ、有り得ないくらい苦いんだけど。 思い切り突き飛ばすように、顔を離す。 耐えれない。 出してあったオレンジジュースを一気で飲み干して「にがいーっ」と叫べば。
「こっちの台詞だ、バカ」
と、シュウスケの低い声に遮られた。
「だって」 「だから味見しろって…つーか、わけわかんねえもん作んな。だいたいこれ何だったんだよ」 「…ココアクッキー」 「分量ちゃんと教えてもらってねえの」 「教えてもらったもん」
少しむせながら水を飲むシュウスケを見てから、クッキーに視線を落とす。 おかしいなあ。 ちょっとアレンジしたのが、駄目だったのかなぁ。
結局何が駄目なのかわからないままに、二度と食べないと言い切るシュウスケを前にして、がっくりと肩を落とした一日。
********** (おまけ) 「ハル兄、ちゃんと教えてやったわけ、あれ」 「ああ、クッキーでしょ。ちゃんと食べてあげた?」 「すっげえ味してたんだけど、」 「あー…」 「あーって何。なんか思い当たんの」 「ココアパウダー大量に入れてるなあ、とは思ってたんだよねえ」 「パウダー?」 「ココアパウダーって、甘いんだと思ってたんだろうね、きっと。そりゃあれだけ入れれば大変なことになるね」 「…わかってんなら止めろよ」 「何で? 俺は食べないのに」 「……どういう理論だよ」
2007年11月25日(日)
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