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■ 中学生編1(春の日)
深い眠りの中、あたしの視界はどこもかしこも真っ暗だ。
不意に頭に触れる手に、体が反応した。 首筋に息がかかるのが、くすぐったいと思った。
「……今、何時」 「八時。まだ起きないの」
耳元で聞こえた声は朝にしてははっきりとした発声で、どこか浮かれているように感じた。 でもあたしの目は開かなくて、ベッドの温もりがさらに睡魔を誘う。
「起きてよ」
子供みたいだと思った。 出掛ける約束を心待ちにして早起きする、そんな幼さ。 朝日に瞼を照らされて、ぼんやりとまどろむ。
昔は逆だったはずなのに、いつからこうなったんだろう。 面倒臭そうに布団を被り直す春日を揺り起こすのは、いつだってあたしのほうで。それは変わらないように思ってさえいたのに。
もうずっと昔になる、夏の暑い日の一日。 あれはいつのことだっけ。
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真夏日。そういう表現がぴったりの陽射し。 朝から容赦なくアスファルトを熱する太陽は、先週から絶好調らしい。
中学になって二回目の夏休みになれば、ある程度の要領もわかってくる。 前半に課題を終わらせて、後半は好きに使う。 あたしの予定はそれで決まっていた。
少しつまづいた問題を解くには近所の従兄弟の存在が何よりも便利で、家族ぐるみの付き合いもあったのだろうけれど、春日の家に行くのは何の抵抗もないことだった。
「ああちょうどいい時に来た。悪いけどさ泉、上行って春日起こして来てよ」
慣れた裏口から入って来たあたしを見て、フライパンで野菜を炒めていたらしい鈴菜おばさんがそう言った。 それから駄賃とばかりに、冷凍庫からアイスキャンデーを取り出し、手渡してくれた。
中学二年生にもなってアイスに釣られたわけじゃないけど、炎天下の外から来たばかりの火照った体には何よりもありがたい。「ありがと」と受け取ってから袋を破いて取り出し、きんきんに冷えた氷菓を口に入れた。
口内にくっつく程の冷たさは、上がりすぎた体温を幾つか奪い去っていった。
「アイツまだ寝てんだ?」
ソーダ味のキャンデーを口に含みながら、階段を上がる。行儀が悪い、とよく嗜めたあたしの母親は昨年に交通事故であっさりといなくなった。
後ろから「起きなかったら蹴っていいから」おばさんの明るい声がする。 一時期は避けていたこの人の顔も、真正面から見ても平気になった。
あたしと春日の母親は、双子の姉妹だった。
結婚した時期も同じなら、妊娠して出産した時期も同じで「さすが双子ね」なんてよく自分達で笑い合っていたらしい。 でもその偶然は、子供達には及ばなかったらしく、同じ春に生まれたあたしと春日は、性別からして異なっていた。
従兄弟というだけあって、容姿は似ていると言われたけれど、内面に関してはまるで正反対だったと思う。
それに関しては良くも悪くも思ってない。 別々の人間なんだから、違うところがあって当然だからだ。
軽快に走って上りきり、扉を開ける。 最初に視界に入る位置にあるパイプベットで、死んだように俯せに寝る春日に「はる、」と呼び掛けた。 動かない。たぶん、聞こえてもない。
もう一度「はーるっ、起きて」と言って、カーテンと窓を開け放った。
********** 続きます。
2007年11月26日(月)
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