舌の色はピンク
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| 2022年01月27日(木) |
呪詛、安直の究極、江戸東京博物館 |
晴れ。 こう記録してみると冬ってだいたい晴れだな。 朝起きて晴れてるとそれだけで気分がいい。
弁当は牛肉と玉ねぎのオイスター炒め。 しかし牛肉が十分量ないし 冷凍保存してから日が経っているので こちらは自分の分の弁当とした。 妻には冷凍ソースカツとしじみの佃煮。 トースト食べてゴミをまとめて着替えて朝支度完了。
腰はまだ痛い。 腰に負担かかるとわかりやすい信号が走る。 ビキキ って。 年か。これが。もう。 昔の芸人が脳内に登場して おし マイケル と茶化す。 こちらで勝手にご登場願ったあげく悪いのだが うるせえよと思う。
どいつもこいつも死んじまえという 小便臭い呪念が晴れない。 誰も彼もが幸せでありますように、 生の祝福にまみれて過ごせますようにと心から祈り、 またその理想に向けた社会の実現へと 接近させるような努力だってしているはずでありながら、 無差別的な呪いを膿ましている。
ブッ殺してやりてぇという少年的な攻撃性ではなくて ただただ死ねというフレーズが無限発生するだけの少女的な呪念。
このテの膿みは珍しいものでもない。 そのへんのひとトッ捕まえても 心中漁れば似たような怨嗟が埋もれているだろう。 ただ、これを外へ表すとイタイとされる。 表すにもレベルがある。 公然と言う。 SNSでつぶやく。 ノートに書き残す。 裏紙に書いて捨てる。 誰にも聞かれない独り言でつぶやく。 心の中だけで唱える。…
うまくいかないことがあったら やにわに 死ね、死ねというフレーズが湧く。 このとき、死ねという音韻が先立って、 実際の希死は想起されていない。 この際善悪とか小便臭さとかよりも問題なのは、 本来対話をはじめとした関わり合いや 心身の修練によって止揚させていくべき対立概念を いっせいに無化させるために 死ね という言葉が採用されている点だ。 安直の究極。 リセットボタンを押したがるガキの心理とさほど変わらない。
が、心の奥やどっかには、あるもんだ。 非論理的な呪詛が。 多少なりとも自意識に敏感な人間には。 それをむき出した者から叩かれるというのも難儀な話で、 僕は見て見ぬふりしないために、 受け入れるために、 自覚深めるためにここに書き残す。
江戸東京博物館が改修工事に入るらしい。 営業開始から30年経ち経年劣化が問題になっているようだ。 30年。 江戸東京博物館は僕が生まれ育った家から徒歩10分程度の場所にあり、 落成を楽しみにしていた覚えがある。 小学校低学年の頃にはよく通いつめた。 地下一階にある視聴覚コーナーは当時 入場料がかからないスペースで ただ単に暇だったから、ただ単に冷房が涼しかったから、 よく友達と入り浸っていた。 東海道中膝栗毛を題材にしたスゴロク式のビデオ映像がお気に入りで、 飽きもせず何度も何度も堪能していた。 あの場所が喪われてしまうとなると それなりの寂しさがある。 工事は4月からか。 3月中に一度行けたら…。なんとしてでも行きたい…。
夜は筑前煮。 干し椎茸は一晩かけてもどすのが一番おいしいけど うっかり忘れてたから 水とともに容器に入れてラップして 電子レンジで2分半温めてもどす。 ごま油で鶏肉を皮目から焼き、 小さめの一口大にしたタケノコ、ニンジンを入れる こんにゃくは別鍋でアク抜き。 しいたけは戻し汁ごと入れる。 めんつゆ、醤油、みりん、酒を加えて 20〜30分ほど煮る。 火を止めて5〜10分ほど置いて 味を染み込ませたらできあがり。
うめえ。
食後、どうしてもとねだられて 数字であそぼをを数話一緒に読んで、 それから子どもの名前の検討をした。 妻は古い電子辞書を持ち出して、 ジャンル別索引から花の名前やら マイナー日本語を調べていた。 今日あがった候補は「鼎」。 女の子用ではなく、男の子でカナエ。 乗り気になったのはむしろ妻の方で、 提案した僕の方がやや尻込みしていた。 この感じには中国っぽさがある。 また、まず小中学生には読めないだろう。 どんな字であるか口頭で説明しがたくもある。 それに名に意を込められてもいない。 さいわいまだまだ時間はあるので、 これを候補と置きつつ、これからも探していく。
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