舌の色はピンク
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| 2022年01月20日(木) |
朝の立ち回り、恥知らずのマクドナルド |
晴れ。 7時45分からの朝の立ち周りをしっかり記述してみる。 まず居間のエアコンは前日夜に予約してあるから、 起床した時点でちょっとは暖かい。 靴下を履く。 テレビをつける。NHKにして音量を上げる。 コップに水道水をついで飲む。 フライパンに油を引いて火をつける。 玉ねぎを1/3ほど切って大きめのみじん切りにして炒める。 残りはラップして冷蔵庫へ。 鶏もも肉は指先くらいの大きさに切って炒める。 ニンジンも大きめのみじん切り。 小鍋に水を入れてニンジンを全部入れてかるく煮ておく。 キッチンの引き出しからポリ袋を取り出して、 一時的なゴミ袋にする。 フライパンに豆板醤を加えて混ぜる。火は弱火に。 その間にトイレ。 お小水を済ませて手を洗い、食パン2枚をトースターにセット。まだ焼かない。 マグカップに牛乳を入れてレンジへ。まだ暖めない。 7時50分、前日に予約しておいた炊飯器が炊けたら 夫婦それぞれの弁当箱に詰めていく。 この時点で冷凍ブロッコリーも入れる。自然解凍がねらい。 ニンジンをフライパンの方に移して、 オイスターソースを加えて強火に。 木べらでガッと混ぜていく。火を止める。 専用の小型カップに水を入れてトースターに注ぎ、 3分半加熱。 キッチン上の生ゴミをまとめてゴミ箱へ。 冷蔵庫からトースト用発酵バターを取り出しておく。 小鍋で水を加熱。 8時直前、NHKの朝ドラを絶対に観たくないので 民放にチャンネルを切り替えておく。 トーストが焼けたら電子レンジで牛乳を2分温める。 トーストに発酵バターを塗りたくり、食卓に置く。 水を注いだコップも食卓へ。 自分用のマグカップに砂糖とインスタントコーヒー豆を入れて、 小鍋で沸かせたお湯を注ぐ。 レンジの加熱が終わる直前、 妻用の電熱ストーブの電源をつけて、 寝室の妻に呼びかけ起床させる。 牛乳が温まったら少量を僕のコーヒーに注ぎ、 あとは妻用として食卓へ。 自分用の電熱ストーブもつけて、 これから着る服を温めておく。 食べ終わったら食器をシンクへ。 洗面所へ向かい、歯を磨く。 歯磨きは4,5分かけたいから居間へと戻り、 テレビを見ながらちょっとした散らかりを片付ける。 歯磨きを終えたら着替え。 スラックスを履き、半袖の肌着を身に着け、カイロを貼る。 長袖の肌着を着て、シャツ、カーディガンを重ねる。 フライパンや皿、コップなどを洗う。 弁当の仕上げ。サラダ菜をちぎって入れて、 ドレッシングを少量たらす。 僕の弁当箱は箸とともにランチボックスへ。 キッチンをさっと拭いて、 燃えるゴミをまとめる。 新しいゴミ袋をセットする。 もうトイレに行きたくなってるのでここでまたお小水。 これで8時28分。 2分間は猶予があるから、 ストーブの前で温まってる妻のもとで わずかにコミュニケーションをとって、 30分になったらコートを羽織り、ニット帽をかぶる。 マスクを装着。 ポケットにはWimax、スマホ、 キーケース、ワイヤレスイヤホン。 居間のエアコンが1時間後に切れるようにして、 8時32分に家を出る。 この時間に出れば、急がず歩いても 信号につかまっても51分の電車には間に合う。
車両内は寒かった。足先がひどく冷える。
昼休み、弁当をたいらげた後に郵便局へ。 寒中見舞用の切手を64円が20枚分で1280円分買い、 さらにワクチン接種券申請書の封筒の分も買ってこちらはそのまま出した。 その足でドラッグストアに寄り、水と缶コーヒーを買って店を出て会社へ向かうさなか、 マクドナルドが立ちふさがる。 店の前に立ち並ぶ客が歩道を占拠しているのだ。 迷惑すぎる。 この場合、客たちをそう責められはしない。 いや個人的には文句のつけどころは多々あるのだが、 責任の所在は明らかにマクドナルドの方にある。 ここの店舗はレジカウンターが外に開かれている。 つまりレジ待ちの客を店舗内に格納できるつくりになっていない。 マクドナルドは昨日今日商売をはじめたわけでは勿論ない。 ここははじめから、外に客を並ばせる仕様になっているわけだ。 大資本がコスト削減のために。 公道に客を並ばせることを予め盛り込んでいる。
飲食店における行列にはおそらく厳しい取り締まり条令はないのだろう。 たまに列の整理を見かけても、近隣のお店の迷惑になるから…といった調子で、 おそらく法的には問題がない。 ”だから” マクドナルドに心底腹が立つ。醜い。汚い。呆れかえる。 恥を知れよ。
社会学者の松原なんとかさんは、 資本主義そのものがルールのグレーゾーンを開拓するよう動機づけられており、 この開拓したものが富を得ることが、資本主義の創造性の源泉の一つになっている… と説いている。 まったく正しいと思うが、…が、 その”が、”が大事なのだ。この”が”に人間が詰められている。 人間。 山本七平は書いてたっけな。
東京新規感染者数8600人。 前日比1000人増は微増ではないが割合でいえばドカンという印象は薄い。 しかし検査数の限界や、わざわざ検査してない人まで含めると 潜在的にはもう相当数に昇っているだろう。
帰りは西荻に寄って、 TSUTAYAで映画を借りられないものか下見。 ねらっていたタイトルは検索機にひっかかり、 ジャンルも知れたがあるはずの場所にはなかった。 図書館のように、現在位置を知らせるようにもできるはずなのに こういうとこでつまづいてるから 配信サービスに遅れをとりっぱなしになるんだよな。 自分もTSUTAYA店員だったからこそいう。 まぁじっくり探す面白さこそが店舗の魅力なんだけれど、 今日はとっとと帰りたかったから諦めた。
八百屋でいくらかの野菜を買ってMyROADへ。 この施設に入るための入り口にあたる階段には 高確率でウーバーイーツに従事している人間が 堂々と自転車を止めて座り込んでいる。 煙草を吸っていることも多い。 そして大抵、やや強面でふんぞりかえっている。 僕は彼らを町を腐すゴミだと認識しているから 蹴るか蹴らないかのすぐ間際を大股で踏み歩き 舌打ちを一発だけする。 マクドナルドの例の通り 彼ら自身よりかは こうした現実を容認というか前提においている ウーバーイーツのシステムに問題があるのだけど こいつらにも恥を知ってほしいんだよな。 お前ら一人ひとりの心がけ次第で ウーバーイーツへの僻見や悪評だって 確実に翻しうるのに 真逆のことやってる。 あのバカげた経営戦略にのっとって 個人事業主って扱いにされてるけど 看板背負ってる以上は 真っ当な振る舞いを心がけるべきでしょうに バカだから自分勝手に振る舞って 社会が悪いとか政治がアホだとか 見当違いの文句言ってる。
と 気分害されながら施設に入ってみると BGMにあの オフィシャルヒゲなんとかいう害音が。 メロディーも歌詞も歌詞の乗せ方も リズムも編曲も演奏も あますところなくダッサイダッサイ救いようのない、 ダサさが凝縮された害虫用の楽曲が流れていて もうどうしようもなく追い詰められたところで、 肉屋の割引券が見つからない。 先週土曜日に、2割還元を見越して散財をした成果であるところの 400円超えの割引券…。 それを失くしていたなら それ自体は自分の責任なのだけど よりにもよってこんな汚物曲を聞かされながら 一刻も早く立ち去りたいさなかで ないぞ、ないぞと探さなければならない時間は もう もう こうやって人は発狂していくのかと実体験していく心地で あぁ無差別刺傷とか本人に利するところのない犯罪って 無数の不運や不遇の線が重なって特濃の点になったところで 起こったりするんだろうなあと思った。 いや自分にはそんなケは到底ないのだけど ずーっと延長線上にはあるんだろうなと。
そうして帰り道、妻から電話からかかってきて 今つまらん思いをさせられたばかりなのだと打ち明けると ことさらに愛嬌を振る舞ってくれたから助かった。 妻がいてよかった。 やはり孤独はアブねーんだろなと思う。 わかりやすい例だ。
夕飯は豚汁。 茄子の揚げ浸し。 たくあん。 妻の要望でたくあんにはマヨネーズを添えた。 で久しぶりに映像の世紀を見た。 第一次世界大戦と第二次世界大戦の間。 のアメリカの隆盛と、株価大暴落。 科学分野の発展による夢、希望に満ち満ちた1920年代のアメリカ、 そりゃあ誰もが憧れるよなあという明るさと熱狂が 映像によく表れていた。 Youtuberの先祖みたいな連中がいっぱいいたけど。
夫の育休について調べた。 よくわからないが少なくとも8週間、 希望すれば何ヶ月間かとれるのだろう。
分娩の同意書にいくらかの情報を書き込んでいった。 血液型のRhの型まで書くのに驚いた。 まず間違いなくプラスなんだろうけど 怖いから過去の書類から確認をとらなければならない。
最近にしては遅く、23時過ぎに入浴。 出てから妻に、素読について語った。 かつて日本では、 子どもにとっての学習といえば算術と国語で、 国語というのは素読と書道であったらしい。 素読とは大雑把にいえば四書を読みあげること、 つまるところは論語の音読で、 意味がわからなくても ただひたすらそれを読み上げ続けることが のちの知識人にとっての素養になったと これまで数々の本で読んできた。 なんとなくわかる。 言語が覚束ない子どものうちに、 言うなれば一流の音楽をたたきこむわけだ。 言語の裏にあるコード、背景の秩序、 語と語との関係性… そういった構造を知らず知らず会得する。 言語能力についても期待できるだろうが なにより言語センスが磨かれること請け合いだ。 その後の学習においての素地にもなるし、 大人になっての処世にも計り知れない影響があるだろう。
あんまり子どもにあれこれを押し付けて 当人の羽ばたきの余地を狭めてやりたくはないが これに関しては実施したい。 幼いうちから英語を聴かせて…とかクラシックを… よりも優先して、多少当人が嫌がったとしても、 頭ごなしにさせてしまいたくはある。 でも女の子相手だったら無理かも… 厳しくできない…
ちょうどいい機会だからと ロシア・フォルマリズムについて調べなおしてみた。 日常言語と詩言語とは別のもので、 すでに見知っているはずの語句を、 すぐに既知のそれと認知されないように、 あえて認知されにくくなるような読ませ方をするために まわりくどいような文章となる…
あらためて考えてみると、これは文体確立の大いなるヒントとなる。 これまでも日常風景の異化は努めてしてきている。 舗装されきった思考プロセスを不通にしてやること。 現実の認知をまやかす。
見知っている道で立ち止まる。 耳を澄ます。 普段と違うことをやる。 音楽を聴く、 この路地にテーブルを置いてフルコースディナーをしたなら、 この見知った風景も異化される。 思考プロセスに夾雑物を混ぜ込んでやること。 ある言葉をその言葉であると即座に承知させないこと。 意味の位相をずらすこと。 意義に意味をかしずかせること。
ずらす。ずらす。ずらす。
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