舌の色はピンク
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| 2022年01月19日(水) |
芥川賞直木賞、異界、アジール |
晴れ。 冬は晴れが多くて良い。良い。ヨヨイノヨイ。 寒いったらありゃしない。
弁当はナシゴレン。エビ入り。今日は目玉焼きもつけた。 美味かったなーそして辛かった。満足度が高い。
東京、新規感染者数7300人超。 「オミクロン株は軽症状」「インフルエンザと変わらない」 といった声がもはや通説となっている。 しかし僕のところは妻が喘息もちで妊婦で もし罹患したら産婦人科医に通えなくなる点で やはり警戒が必要で、 というか周りが油断できる状況と反比例して むしろ警戒を高めなければならない。
うちの会社の仕事は出勤の必要性があるのだけれど 部分的には自宅でできる業務もある。 その体制へもっていくにあたっては 厄介ごとはあるものの決して困難ではなく 十分検討の余地があるのに 取り組んでみようともしないから 従業員にナメられるのだ。 体制改善の声をあげる動きは どんな企図であるかに関わらず 動こうとする構えそのものを 今の上司につぶされたしな。 誰に見捨てられても文句の言えない会社。
21時50分に帰宅。 妻は今日さっさか病院に行ってきたらしい。 血液検査については内科ならどこでもいいようだったからと、 喘息で世話になっている先生に相談してみたところ、 妊婦なら全然問題ない、 数値でいえば今の倍くらい出てたら問題だけど、 まだまだ心配いらないよとの所見をもらったそうで、 精密検査までは不要との判断をくだしたようだった。 僕としてもほっとした。
夕飯は餃子。西荻の冷凍の。最近めっきりお世話になってる。 実はカロリー量もそう高くはないし、 月イチくらいならアリにしている。手軽で美味しい。満足度が高い。
芥川賞と直木賞の受賞作品が決まった。 直木賞は米澤穂信先生。 ひいきの作家であるので嬉しい。 受賞作である黒牢城はまだ読んでいない。 純文学以外は優先順位が低くなる。 理想はカフェとか旅先なんだよな。とっておこ。 で芥川賞が ウーバーイーツに従事する青年を題材にとった作品だとか。 うっわあ…。反吐が出るな。 去年だか一昨年はアイドルの推しをテーマにしてた作品だったし、 そういう 「現代社会のトリミング」 みたいな後追いが正統派文学作品だと位置づけられるの 愚の愚の愚じゃないのか本当に。本当に。 コンビニ人間も それ散々マンガで描かれきってるでしょ って程度のもんだったし恥ずかしい。 ただ今回の作品については紹介文を目にしただけで 実際に読んでみたわけじゃないから まぁいい切れはしないんだけれども いまこの時代にあってウーバーイーツを題材にとってるだけで もう恥ずかしすぎる。 でレビューに「考えされられた」系の感想が並ぶという。 馬鹿馬鹿しい。
MicroSoftがナントカいうゲーム会社を 7兆円以上の額で買収。 メタバース市場を見据えての投資のようだ。 メタバース。 オンライン上のデジタル空間で人々が仮想現実を共有する。 僕にとっては怨敵となりうるが 敵のことは知っておかなければならない。 ただ現時点ではどうなるものかよく知れない。 インターネットが、世の多くの人にとっては 実質 www…ワールドワイドウェブで共有されているように、 メタバースも「一つのだだっぴろい空間」となるのだろうか。 実際にはそうはならないだろう。 かつてのチャットルームのように、それぞれに空間が用意される。 そこへアカウントそれぞれのアバターで入室する。 じゃあその分だけアカウントが、アバターが、登録が必要となるわけで、 これは面倒以上に、つまらん、白ける仕様だ。 ルールを熟知している者向けの、 より体制的、秩序的、奴隷的のクローズドシステム。 世界を模したような おおおおーーーーーーーー…きな町が インターネット上で再現されてるなら面白そうとは思うのだけど。
テレビ画面には メタバースのプロモーション映像が流されていた。 世界各国といえるビジュアルの人々が デジタル上で寄り集まっている。 そのなかにヒジャブをまとった女性がいるのに目をつけて、 「やはりイスラム圏の女性はこういう場でも 肌を隠さなければならないのかな」 と妻が疑問を口にしたので私見を述べた。 ヒンドゥーのカースト制度により 職業選択の自由が制限されているインドで、 プログラマーやシステムエンジニアは 戒律が規定されていった当時にはなかった職業であるから 誰もに拓かれた成り上がりの梯子だということで 最下層の人間でも目指せる、だからインドは工学が強い… という話でも見受けられる通り、 イスラムにおいてもデジタル仮想空間における振る舞いなどは 戒律を規定する原典には記述がないわけであるから、 そこについては緩いか、あるいは議論の余地は望める。 ただし、原理的には神による被造物の模造自体を禁じているはずだ。 だから中東圏では絵画は発達していない。代わりに模様が発展を遂げた。 そんな文化圏において、人間をデジタル空間上に再現させる試みが どれだけ受け入れられるだろうか。 とはいえ、遵法主義で知られるユダヤ教ですら、 旧来の戒律を現代社会に適合させようとする学者一派が 勢力を増しているとも聞くし、 中東圏の映画を見ていれば、 イスラムだって原理主義は少数派で、 相当現代に迎合しているだろうことも見当がつく。 で仮想空間上の女性が肌を見せるかみせないかは せいぜいファッション程度の意識にとどめられるんじゃないか、 そんな話をした。
アジールについても話題にしてみた。 アジール。 中東圏における第三空間。 日本語では、聖域とか逃げ場所とか訳されもする。 駆け込み寺はかなり近しいだろうが、 それよりかは広義に扱えるはずの場所。 ある人にとっては馴染みの居酒屋だろうし、 親戚の家や、橋の下、物置、秘密基地、 人によってアジールは多岐に渡るだろう。 それを規定するのは場所ではなく場所性だ。 どんな場所だってアジールになりうる。
ちょうど今日、異界について考えていた。 異界。異界感。 それはルーティンワークの真反対にある。 毎日同じような生活をしていれば、 どの場所も知れていくものになる。 それこそが大人になることだ。 この日常化を厭がる人間は旅に出る。 旅先には異界が広がり、旅情は異界感を促進してくれる。
子どもの頃にはどこもかしこも異界だらけだ。 世界は知らない場所であふれている。 知っている場所ですら、時と状況ですぐに異界となる。 単純な話、子どもは夜を知らない。 夜の電車、夜の学校、夜の道、 なんだったら自宅だって、夜になれば容易く異界に化ける。
あんまり他の人間がどうかは知れないが、 僕は異界と異界感を求めている。 もっと他に的確な言葉もあるかもしれない。 ただ今日、いったん、しっくりきた。 非日常とかノスタルジーとか熱狂とか センチメンタリズムとかロマンチックとか そういうんじゃない。 異界。 人の少なくなった夜の電車で ふと迷い込んだような心地になる、 あの感じ。
ある人は言うだろう、 「世界はもっと広いものだよ。 あなたが知ってる狭い世界だけで、 知ってるとか知らないとか判断しないで、 もっといろんなところに行ってみたり、 いろんなことをしたらいいんだよ。 自分の世界が広がるよ」と。 僕はこの手の言説を軽んじている。 低級な解決方法だなと見下してやまない。 実際僕も旅は好きであるし、 新しいことをすれば世界が拓ける。 しかし、知っている場所を知らない場所へと転化させる、 その魔術的作用の方が高度な知性の働きであると信ずる。 だから、ロシア・フォルマリズムが言うところの 異化 こそは僕にとって目指すべき境地だ。
ネット空間は場所ではないが、 場所性は認められる。 そこは少なくとも一時期は、 僕にとっても異界でありアジールだった。 今時分にあっても、ある人のある時期にとっては アジールとなるのだろう。 メタバースね。 敵は敵でもせめて好敵と見なせますように。
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