舌の色はピンク
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2021年06月29日(火) 交通事故にくし

朝のワイドショーで
国民の興味を誘った直近のニュースを
アクセス数でランキングみたいな表があって
一昨日くらいに置きた交通事故、
飲酒運転で児童数人が犠牲になった痛ましいニュースが
ランキング一位。

被害者がいるニュースをランキング付けって
馬鹿じゃねえの。
心の底から嫌悪する。
芸能人同士の結婚がー
とかならお前らの業界の話だから
勝手にやってろよってことになるけど
今回みたいな件はどう考えても擁護できない。
しかもままある。

あと交通事故が憎すぎる。
幸い、身近に交通事故で死傷といった例はなく済んでいる。
なのにこれだけ憎いのだから、まあ公平な感情だろう(公平な感情?)。
そもそも車社会への憎悪がある。
本来は道であった道が車道として再編されてしまった都市のつまらなさ、
またその醜悪さも不快だし、
交通事故に関しては、
「最も納得のできない被害」
という感が強い。
自然災害も戦争も、火事も建築物倒壊も、
極論通り魔ですら、
どこかに「仕方なさ」を覚えられる自信はある。
交通事故に対しては全くない。
積み重ねてきた歴史の結果、
無数の選択肢から"より賢明な方を"選んできた人間どもの営為の結果、
社会による殺傷、
という印象が強く、どうしても納得できない。
年間何万人の被害があろうが
それとわかっていて
なお車に乗り続ける社会を肯定する意味もわからない。

自分が車乗らないからって
だからって車に世話になってないわけじゃない、
という事情はあまりにも自明だから触れたくもないけども。
これは長くなるな。
これについてはまたまとめよう。


都市生活において疲弊しきった現代人というモデルが、
ネット上、とりわけTwitter上では猛威をふるってるわけですねー
彼らは
「仕事に疲れていて」
「会社をバカバカしく感じていて」
「勤務を冷笑して」
「そんな自分(たち)を社会不適合であると自虐して」
そのくせ、都市の腐敗を助長する生活態度に甘んじている。
彼らは実用性(自分を助けてくれる)や合理性(理にかなっている)が大好きだ。
そして、それを実現していない現実を忌み嫌う。
よりよい世界を目指して
現代社会の矛盾点のようなものを批判したがる。
しかしその根っこにある価値観こそは
まさに都市生活者の核心なのだから
ずっぽり都市社会の沼にはまってる。


朝、九段下駅を出たら小雨が。
ほとんど降ってないレベルで、
傘を差している割合も十人に一人ほど。
それも、もともと差していた通行人が、
今しがた弱まった雨に対してまだ傘を閉じていない、といった様子で、
駅を出て行く人の群れはおおよそ傘を差さずに歩きはじめている。
しかしわずかとはいえ、眼鏡を濡らしたくはない。
とかそういう理由はもろもろある。
だから今日は差した。
これとは逆に、
まずまず降っているが
差さずに済ませる場合だってある。
それにはそれの理由が、
それにはそれの判断があるのだが
あほはいちいち
「どうしてーーーしないの?」
と言う。
この手の
他者の行動に理由付けを求める体裁で
次善策を打ち出してくる輩は
だいたい視野狭窄で
自分の世界から自意識を放たず
相手には相手の世界があることを知らないから嫌。


弁当は鶏もも肉豆板醤ニンジン玉ねぎ。
週に一度はこれをやる。
楽だし、余りものでできるし、美味い。
葉っぱと蒸鶏と玉ねぎのサラダを添えてあるからバランスもいい。


「人のこと見下してるよね」
と勝手に人のことを値踏みして、
よほどそっちの方が人を見下している…という例がある。
 あの人って人のこと見下してるよねー
 ねー ほんとああいう人ってアレだよねー
 ハハハほんとヤバいよねー
という中学生みたいなやりとりを
大人でもしてたりする。
言葉の表現は上等だけれども
実際構造としてはこれとおんなじ、って、多い。よく見聞きする。


夕飯は豚しゃぶ。
今日は雨だし温度が低めだから
豚しゃぶはもっと暑い日にしてもよかったが
暑くないだけに味噌汁を添えられる。これは大きい。
玉ねぎは早めに切っておいて空気にさらして辛みを抜く。
でも全然抜けなかったから塩もみした。
豚バラ肉はさっと湯通ししたら冷水に入れて、
これを玉ねぎにのせる。大根おろしものせる。
万能ねぎを散らす。ポン酢をかける。
ンマーイ。


原神、ござる野郎が出てきた。
巷では早速るろうに原神と名付けられている。うまいな。
日本をモチーフにしているらしい稲妻の国、
ぼろくそに言われてたけど、かなり楽しみだ。
あと2週間くらいか。


妻、9月になったら磯遊びをしに行きたいという。
「浜辺じゃなくて、磯なんだね」
「潮だまりで遊びたい。潮だまりは磯にできるから
「磯ってなんなん?」
「海辺の岩場だよ。浜辺とは違うよ。砂浜に岩場はないでしょ?」
「いや、砂浜に岩場もあったりするだろ?」
「ないでしょ」
「というけど、実際僕はこれまで、
あちこちの海辺で砂浜に隣接した岩場に佇んだりしてきたぜ」
こんなやりとりをした。
あらためて調べてみると、やはり混在してたりもする。
しかし海辺と浜辺と磯辺、
それぞれをそれぞれとして見るようにはこれまでしてきてなかったから、
新たな知見を得た。


れどれ |MAIL