舌の色はピンク
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やっぱ 男らしい女らしいを否定する観点がなっとくいかねー。 と急に思った。 既存の価値観、固定観念に縛り付けるなーて話なのはわかる。 それで、本来の自分らしさに蓋をされてしまうっていう。 でもそれごときに抑圧される個性って何だよとも思う。 それに、男らしさ女らしさは本来、美徳を謳っているものだ。 美徳の方までまるごと否定するのはもったいない。 男女ともに男らしさからも女らしさも 美徳を抽出してわがものにすりゃいいじゃんって思う。 歴史と風土から仕上がった素晴らしい美と徳があるのだから。 それとこの手の「受容」の問題、だいたい女の観点だ。 それがいい悪いってことは抜きにして。 もっといえば母親の観点だ。 (まさにジェンダーロール的な見方と批判されそうだがここには逆説のねじれがある) 我が子に優しくしたい、守りたい、のびのびさせたいという接しかた。 飴と鞭の飴。 今は、鞭が徹底的に非難される。女から。(逆説のねじれ) つまり、我が子に厳しくする、責める、抑圧するといった接しかたは、 「今どき何言ってんの?」レベルで、相手にもされない。 …どちらがいいの悪いのじゃなくて。 どっちもがあって一体化するものだと思うんですねー。 どっちも肯定できないもんですかねー。 男と女は対立でいいんじゃないですかねー。 凸と凹で世代を紡いでいってるんじゃないんですかねー。
こんな暴論めいた主張、もちろんいかようにも、反論はできる。 ただ、反論できるからといって、即座に悪のレッテルを貼ったり、 無意味と一蹴しようとする、そんな輩どもには一切議論の土俵にあがってこないでほしい。
読書してるとき 文字情報が上滑りして 頭に入ってこないことは 誰しもにあるだろうけど 時たまそれが音楽みたいに作用してるときがある。 歌詞なんて聞き取れてなくても歌声は気持ちいいみたいに。 でも、なんとなく耳には残ってたりして。 本読んでてもたまに同じ感じになる。 読んでるけど読めてない、でもなんとなく頭に残ってる。 たいてい他の考えごと、自由空想ができてるから それはそれで割といい時間なんだけど 繰り返し同じページを読む羽目に陥るのはありがちな悩み。
駅前の広場が形だけ封鎖されてる。 ちっこいバリケードに、 飲酒や宴会はご遠慮くださいとか 広場ではマスクはしてねとか とにかく集会させないように注意した文言が 小さい文字でずらずら書かれた紙がラミネートされて貼ってある。 これを誰も読んでいない、 いや読んでないふりをして、 連中ずらずら集まって、酒を飲んでいる。
バリケードには立入禁止とは書いていない。 これって同調的なもんだよなあ。 だって他の人もやってるジャン ていう。 すげえだせえぜ。 ああはなりたくない。
弁当めちゃんこおいしかった。 豚バラ肉と茄子を醤油とバルサミコ酢で炒めてブラックペッパー。 いつも目分量だから味は安定しない。 今日のはすごかった。完成形って感じがした。
夕飯もうまかった。 なにしろ担々麺。 市販の茹でればできあがるそれに、 豆板醤とネギとニンニクと生姜を炒めて ひき肉とシイタケとタケノコ加えて 醤油とオイスターソースと塩コショウで味を濃いめに整えたものと 白髪ねぎとチンゲンサイを加えればもう最強よ。
空手バカ一代7話目見た。良回。 名だたる流派に誘われて上機嫌な飛鳥拳。 しかし自身の過激ともいえる修行法に難色を示され、 結局はどの流派にも所属できない。 彼が優勝した大会で解説者を務めていた 空手連盟の権力者が彼を嫌い、裏で圧力をかけていたのだった。 あえなく仕事に出る飛鳥拳。 京都で車屋をやることにして、いい修行になると精を出していたが 客に騙されて駄賃をもらえなくなった。 雨に打たれて笑い出す。おれは裏切られてばっかりだ。 そして幼いころ満州で近所のおじさんに拳法をならったことを思い出す。 彼は店で荒くれものに絡まれても低姿勢で、 すごまれたときには土下座して争いを回避しようとするのだった。 が、 荒くれものがそれでも手を出そうとしてきたときには 強烈な一撃をくらわしてノックアウトした。 やっちゃうんかい。 立ち上がって逆上した荒くれものに対して、またも一撃をくらわす。 おいおい…。 しかし彼は、ワカランやつには何度でも、わからせるまで付き合ってやる、 それができないならはじめから力をふるう資格はない、と弁をふるうのだった。 ウーン、すごい。 やっぱりりっぱな人だ。 飛鳥拳はその後、ただ乗りせしめたオッサンと偶然の再会を果たしたが、 彼のことを許してやった。 詫びの品もいらんといって突き返す。 もうこんな真似をしないならそれでいいと。 かっこつけやがった。 が、いいかっこつけだ。 間違いなく良回だった。
飯の後ちょっと原神やって 気付いたらまた石が溜まってたから 妻に恒常引かせてみたら刻晴出した。 今更感はあるけど…育ててみよう。 刻晴は広告塔みたいなところもあって プレイヤーたちの間で 彼女面すんなよ って扱い受けてるのが面白い。
帰りの電車で本読みながら フ と一本ネタを思いついたから 夜に書きなぐってみた。 だいたい2000字くらいか。 細かいところと、中盤の中身ができあがってないけど。
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理科の授業で落下速度について教わり、ぼくには無敵の時間ができた。 ぼくがマンションのベランダから飛び降りたら地面に激突するまでどれだけの時間がかかるのか計算するために、まずは高さを割り出すことにした。 おおよそ37mだった。おおよそ、というのは、落下する物体(ぼくのことだ)の中心部を定めかねたからだ。落下の始点にしてみても、ベランダの柵の上部からなのか足元にあたる地点からなのか、わからない。どうしたって誤差は生じてしまう。 計算式に当てはめてみると、どうやら自由落下ならば3秒とちょっとかかるようだった。 ところがこの計算式というのは、空気抵抗を無視した場合に限るらしく、現実には適用されないみたいだった。ぼくはインターネットと、理科の先生をうまく使って、ぼくの飛び降り時間をなんとか追い求めてみた。 3.6秒。 これが、ぼくの時間だ。 ぼくの手に入れた無敵の時間。
ぼくは何度も何度も、何度でも何度でも、繰り返し繰り返し、延々、執拗に、 飛び降りている間の3.6秒間を想像してみた。 一度シミュレーションするのに3.6秒しかかからないから、100回試しても6分。 ぼくは一日に1000回飛び降りたことすらある。
ぼくは3.6秒を手に入れた。 この時間、ぼくは自由だった。 ひるがえって、3.6秒を使えば、ぼくはいつでも自由になれた。 体格にめぐまれた上級生から女の子を守ったことがある。 まともにけんかしたなら勝てるはずない相手だった。 そこで、3.6秒を使う。 今にも殴りかかってくる彼を前に、"ベランダから飛び降りる"。 3.6秒が始まる。 この時間、ぼくはなんだってできる。 何千回も飛び降りた経験のなかで、ぼくはなんだってしてきたから。 もちろん火を噴いたり、稲妻を落とすなんて真似はできないけれど、隣町まで聞こえる大声をあげるくらいはお手のものだ。動体視力は人並み外れる。落下しながら7階のカーテンの隙間からお姉さんの着替えを覗いたことも、6階のベランダのプランターからてんとう虫が飛び立とうとしている様子も、5階の手すりに染みた雨粒の名残を見て取ったことだってある。小学生のうすのろな大振りなんかくらうものか。あとはもう、3階地点にまで伸びた枝に手を伸ばす速さで一撃をくらわせればいい。 いや、きっと闘う必要すらなかった。 3.6秒の間なら、ぼくは目玉に指だって突っ込める。
昔、なんとかいう哲学者が、死は存在しないと言い切ったらしい。 自分が存在している間には死はないし、死が現れたときには自分は存在しない…そんなパラドックスを言いのけたそうだ。 ぼくはそうは思わない。 人間の一生なんて宇宙の歴史からしてみたら一瞬だって、テレビで誰かが言っていた。本でも誰かが言っていた。漫画でも、近所のおじちゃんも言っていた。 だったら、人間なんて全員、100年生きようが、即死しているも同然だ。 産声をあげたときからもう死は始まってる。人生は即死の最中に過ぎないんだ。
3.6秒。ぼくは無敵になれる。 3.6秒さえあれば、この先怖いものはない。 どんな退屈も、挫折も、苦労も、いなしてしまえる。 だけど16階住まいの義屋羅串くんが 「へえ、きみも計算家なんだな。ぼくは3.9秒だぜ」 とうそぶいてきたとき、ぼくのなかの数字が惑った。 「ぼくときみが一緒に飛び降りたら、14階の君は0.3秒早くおだぶつってわけさ。 ふ、ふ、ふ。きみの勇気が試されるぞ!」 「ころしてやる!」 「やってみろ! 0.3秒差でぼくが勝つ」
義屋羅くんばかりでない。 最上階に部屋のある角安詩夢ちゃんも、ことあるごとに屋上を遊び場にしている合符音くんも、ぼくより長い無敵時間を誇っていた。 「さあ、一緒に飛び降りてみたらどうだ!」 きたないやつらめ! でも、それからは何度3.6秒を試しても、上の方から彼らの声が聞こえるのだった。
だからぼくは3.6秒を捨てることにした。 そしていま、せっせせっせと、落とし穴を掘っている。 誰か誤って落ちてしまったら困るから平時は蓋をしているだけであって、いわゆる落とし穴の意義は満たしていないかもしれない。単なる穴といえば穴だった。 ぼくの部屋のベランダから落下したらちょうどここへ落ちる。 1階の住民には、夏休みの自由研究という言い分で納得してもらえた。 ぼくはたっぷりひと夏かけて、この穴を掘れる限り掘ってみせよう。 そういう夏にしよう。 すでにぼくは4.1秒を得ている。 まだ合符くんには及ばないが、義屋羅くんにも詩夢ちゃんにも勝てる。 この夏はきっと忘れられない夏になる。 穴を掘りながらぼくは、ふとした遊び心で、マンションのベランダ群を眺めながら、4.1秒をつかってみた。 ぼくの住む部屋の縦のラインを除いた全住民がいっせいに、同じタイミングで、ベランダから飛び降りる。 ……みたいだった。 みんな、何考えてんだろう。
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最後の「--みたいだった」はある映像で、 ここの単語がそのままタイトルでいいだろう。 中盤の、無敵の時間となる理屈付けは、見せどころだ。 ムチャだけど説得力がある、そんな文章に、まあやろうとすればできるだろう。 ただし文字数がいる。 あとはお題次第か。 ラストは変えてしまっていいし。
ヘテロトピア、Twitterに投稿した。 企画者まわりからの反応は一切ないし ツイートアナリティクスで メディア参照数見てみても10に満たないし どう考えても労力に見合わないけど kizzさんがふぁぼってくれたからいいや。 書いてる時間が楽しくて、 あとは一人でも認めてくれたならそれでいい。
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