舌の色はピンク
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2021年05月04日(火) 地獄の正体

晴れまくり。
朝のうちにゴミを捨てに行きたかったのだが
妻が自部屋のゴミをまとめるのを待っていたら
回収に間に合わず
ちょっと揉めた。
何にも遺恨はないのだけど
後々役に立たせたいからその一幕を記録しておく。
…というのも、昨日見た4ヵ月〜でもそうだし、
あとはアスガー・ファルハディ監督の映画なんかでもだけど、
ちょっとした思惑のすれ違い、
互いに正しいとする言い分はあるのに諍いになる、
といった会話劇のドラマがすごく好きなので、
現実で起きたら一度はちゃんと残しておこうと思ってたところだったので。

発端としては昨夜の時点で、
深夜3時を過ぎてから、
本来朝に出すべきゴミもこの時間帯ならいいだろうと
絶対に今回は朝に出し忘れたりしたくない僕が提案したところ、
妻は
いやここのゴミ回収はいつも遅い、午後まで放置されていたりするから
と言い、自部屋のゴミをまとめるのは翌朝にすると突っぱねた。
ものの1分で終わるのだから今してもらえればそれで済むのに、
明日の朝にまた待たされたりゴミ捨てに行く予定を確保しといたりと
こちらからすればデメリットだらけではあったが
たかだか1分とはいえここで
やれ
と強制すると機嫌を悪くするのは明らかだったから彼女の案を呑んだ。
果たして翌朝、僕は8時前には目を覚ますが妻は遅い。
9時半まで寝かせておいて飯を食べさせ、
ゴミをまとめるよう伝えるが先に一服、
それから衣類を洗濯機へ、
ゴミをまとめるよう再度伝えたが
言われなくてもやるから
と言い返し別の雑事を済ませ、
それからゴミをまとめて、10時になって、
コンビニに行くからついでに出してくると言う。
任せてみたところ、すぐ帰ってきて「もう回収されていた」とのこと。
「ごめん」と言い残し再び今度はコンビニへ。
数分後帰ってきて、僕が文句を言う。
「今回のゴミ捨ては、絶対に出したかったんだ。連休中で多いから」
「でも、ごめんて、謝ったじゃん」
「なにか、あぁゴミ捨てが自分の担当じゃないと思ってるから
その程度の意識でいられるんだなって見えちゃうんだよ」
「別に、昨日の時点で自分の分だけでも
捨てに行ったらよかったんじゃないの?」
「……」
「勝手に待っておいたわけでしょ。え? どうしろっていうの?」
「過失を責めてるんじゃなくて…。次につなげてもらいたい」
「そういう意味で言ってたの?
え、自分の担当じゃないから〜とかいうのも?」
「そうだよ」
「わかんない」
「…べつに、たしかに昼過ぎまで回収にこない例を
きみは何回も目にしてきてたんだろうし、僕もまぁ知ってる。
怒れるいわれはないってきみが言いたくなる気持ちも、まぁわかる。
でも僕からしてみたら、こういうことが容易く想定できるから、
だから昨夜にせよ、今朝にせよ、何回もゴミをまとめろって言って」
「どうしろっていうの?」
「…僕はとても…ぶちぎれたいようなところを我慢して…
とても不快になりながら…
でも自分の正しさをただ並べ立てたって…
きみの不備への指摘をたたみかけたって…仕方ない。
きみも、いま面白くない気分なのを我慢して、
そのくらいの態度にとどめてくれてるんだろう。
だから逆ギレってほどじゃない。
でも気持ちの上では納得いかないんだろう。
といったって、僕からしてみたらね。
そりゃあ、なんとでもいえるよ。
僕がいつもまとめてるキッチンのゴミを
"自分の分のゴミ”だって? よくも言えるね?
いつもゴミ捨ての予定とか段取りは僕の頭にはある。
きみはどうだ、って、責め立てても…仕方ない。
論破とかしたいんじゃないんだよ。
ただ…ハイ私が悪かったですとか、
そんなに私が責められることないとか、
そうじゃなくて、
私私、じゃなくて、
僕が不快になるのはごもっともな話だろ?
こっちに目を向けてくれよ。
あなたが気分を悪くするのもしょうがないって理解を寄せてほしい」
こう言い聞かせると、しおらしい声で
ごめんね
と呟いて、僕の気もおさまり、そこからはいつもの仲に戻った。

実際彼女の判断は、そう悪くはないはずだ。
というより言い分がある(わざわざ口にしていなかったが)。
「昨晩は忙しかった、タイミングが悪かった」
「朝ちゃんとやるつもりだったのは本心だ」
「似た予定でこれまで何度もこなしてきている」
「ゴミの出し忘れ自体はそんなに大ごとじゃない。
今回は絶対に出したかったという夫の意は知らされてもなかった」
「自分の分のゴミだけでも自分で管理できていればいいはずだった」
「いつもできていないわけじゃない」
「他にもやることがいっぱいある。
ゴミ出しを意識してないわけじゃないが、
私がたくさんの仕事を同時に処理していくのが苦手だとは
夫の方でも承知しているはずだ」
「たまたま前日にゴミをまとめられなかったこと、
朝まとめるのがちょっと遅れてしまったこと、
今日に限って回収が早かったこと。
夫が今回は絶対に出したがっていたこと。
これらはそれぞれ別問題のはずだが、
偶然、不幸にもすべてが重なってしまった。
それを一つの大問題扱いされても困る」
「次は気をつけろというが、私だって気をつけていないわけじゃない。
私なりにちゃんとやろうとはしている。
さぼろうとかいうつもりでいるわけじゃない。
それでもこなせないのは私の限界なわけだから、
じゃあどうすりゃいいのって言いたくなる」
「いちいちあれしろこれしろって、言われたくない。
自分の時間を邪魔されると面白くない。
あれしろって言われたらやる気がなくなる。
やることはやっていきたい。
でもそれは自分のペースでのこと」
まだまだ出せそうだ。

幼いころ長兄と将棋していた記憶。
僕が指した一手に、横で見ていた次兄が
「バカじゃんそれなんの意味があるんだよ」
と口をはさんだ。
僕には僕なりの考えが、浅くともあった。
おそらく次兄の見通しの方が正しく賢いことは、
それは自分にもわかっていたが、
しかし僕にも僕なりの
「"その時"の正しさ」というものがあった。

架空の記憶。
誰かが乗る車の右横に立ち、運転席の彼と話している。
助手席に乗り込むよう促される。
車の前を回り込んで助手席へと向かう。
「ふつう後ろから行かない?」
と指摘される。
たしかにその指摘の方が真っ当かもしれないが、
助手席へと促された
「"その時"」には自分なりの判断があったはずだ。
自分に見えている情報から下された「"正しい"」判断が。
その判断は、判断と呼べるほどのものじゃない。
ほとんどどちらでもよかった。
でもなんとなく、今回は"その時"前からまわってみることにした。
その"なんとなく"にどんな判断が込められていたかは、
相手から指摘されることで立ち上がってくる。
「後ろを通って回り込むよりちょっとだけ距離短いから」
(ささやかな合理性)
「視界から消えられるのちょっと嫌な気分にさせちゃわないかなと思って」
(過剰な気遣い)
「家族の車に乗るときよくこんな風に前から乗り込んでたから」
(主観的経験)
「後ろの方に別の人が見えたから」
(気分)
「体が斜めに、どっちかていうと前の方を向いていたから、自然に」
(なんとなく、につけられそうな理由)
いずれも、わざわざ口にして伝えるほどのこともない。
というより、口にすればするほど嘘っぽくなる。
だからこの手の理由付けは、人に語られることがない。

これが、今回僕が書こうとしてみている、「地獄」の正体だ。
他者は勝手な評価を下してくる。
これはサルトルの思想にもある、"まなざし"だ。
サルトルにおいては、"まなざし"の中に地獄がある。
他者から下された評価に対して、"私"は反論を試みたくもなる。
しかし自分一人では実証されない。
さらなる他者がそう認定されて初めて、"私"はその内実が認められる。

ところが、人には明かさないまま、自分の中だけにとどまる自分らしさ、
自分の正しさ、"私"像がある。
これが、先の言い分、言い訳、"その時"の正しさだ。
僕はこれこそを地獄とする。
そしてその地獄には、他人を招き入れることができる。
つまり、脳内論争みたいなものだ。
頭の中で、こっちの言い分を伝える。相手も言い返す。
実際にはそんなつまらない言い争いなどしない。
でも、頭の中では繰り広げる。
これが、「地獄に落とす」の正体だ。
これは"私"の核心ではない。
"私"の中でも端っこのものだ。
でも、髪の毛や爪のように、いずれ切り落とされたりはしない。
それを間近に目撃しながら、なおもしぶとく"私"にとどまり続ける…
爪の語源は「はし」からきているという説がある。
ならば、その地獄が爪の裏側に宿っていたっていいだろう。

そして。
そして、この地獄を、ただ忌まわしいものと呪わず、
祝福してやりたくもある。
人は呪いながら祝える。憎しみながら愛せる。
ちっとも矛盾なんかしない。
言い争いはさせてしまおう。
でもそれは、祝福の中で。
地の底のようなところでも、上を見上げれば美しい世界が広がっている、
そういう場のなかで。

…ちょっと論法弱いかな。
祝福についてはまだ練らないといけない。
ここの接続がうまくいくか次第で、
今回の読み物の価値ががらーんと変わる。



追加メモ。
主人公は他者を"私"に取り入れることに慣れている。
それは例の悪趣味において、さらには人口地理学において。
人様を情報として見なしているわけで、空海さんに怒られるやつだ。
レヴィナスにも怒られるやつだ。
「私はなぜ他者を渇望するのか。
それは他者が私から超越した存在だからである。
超越した存在は、そのものとしては、私のうちに同化されない。
つまり私によって所有されることがない。」
主人公は、女主人ビナについて誤解していることがある。
物語の終盤で彼女はそれを知り、
今までのビナとの日々の意味が変革されてしまう。
情報を追っていてはそうなるという仕掛け。その人を見よ。
「地獄に落とす」もつまりは情報により模擬戦みたいなものだ。
人は他者を"私"に取り入れながら接している。
誰しも、他者を地獄に落としている。
ある人は、関わった人々すべての人のなかに割拠している。
でも、本当は、それぞれ独立して、
人はみな"私"のなかに"私"を割拠させている。
三千世界は"私"の心の中にある。
だからいずれは、地獄には私一人の空間となる。
そのために祝福を…
あぁこれならいいかもしれない。


れどれ |MAIL