舌の色はピンク
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2021年04月15日(木) 変わったとか変わんないとか

今は精神のすさみに自覚的でありたいという目論見があり
ここにはなるべくネガティブな感情を書き起こしてるけど
実際にはなかなか機嫌よく過ごせている時間が多い。
なにしろ春なので。
この空気の気持ちよさは何にも代えがたい。

日本は破産法が厳しく
比べるとアメリカは破産しても
前途が途絶えないので
リスクを負ってチャレンジしやすい、
だからスタートアップ企業が
果敢に市場に乗り込んでいく
といった話を仕入れた。フーン。

街並みが変わっていく。
飲食店はつぶれても再起するけど
本屋や古本屋は減る一方だ。
ネット商戦に押され
店舗経営縮小傾向にあるし
残るのは資本力のあるチェーン店ばかりとなり
街は個性を失って
似たような街ばかりになって
まったくもってつまらない。

だから下の世代をかわいそうに思う。
と、言い出すと
いかにも旧来の、老害という感じがする。
とりわけネット上ではありきたりな論調だ。

でも、その下の世代にとっての当たり前を尊重しようという
個人主義万歳の風潮は信用ならない。
いかにも正しいそうってだけで
突き詰めてみればあやしい。
それはそれで、安直な答えにとどまってる気がする。
放っとくだけでいいわけだし気楽なもんだ。
せめぎあいもいるだろう。



いやな流行り言葉。使わないようにしてる。
「雑」
「こんなに〜なことある?」
「アウトプット/インプット」
最近になって「言語化」もいやんなってきた。

さくばん入浴中
バンプの「K」を口ずさんでみたところ
青臭すぎてあまり好きじゃなかったなと妻が言う。
それに加えて、最近ナナナンキリコを読み返してみたら
やはり青臭くさが過ぎて
のりきれなかったという。
「でも昔はこういうの好きだったんだよなーって懐かしくなった」
と。
僕は僕でちょうど昔を振り返っていたので
「15、6、7、あたりの頃と、今の自分と、
あー何も変わってないなーって思うよ。
と同時に、
あー全然違うなーっとも思うよ」
と。

何にも変わってないなぁとも思うし、
全然違うなぁとも思う。
それは両立するものだ。
それも全体性としてだ。
変わった部分もあるし変わらない部分もある、ではなく、
全面的に変わってない
と同時に
全面的に変わった
が併存する。

妻は僕に、きみは変わったよねという。
昔はもっとちゃらかっただの詐欺師っぽかっただのと。
今は丸くなった、気難しくなった、
コミュ障っぽくなった、根暗だと。
一般論でいえば真面目な方がいいはずだが、
オトコとしての物足りなさでも感じているのだろうか。
くそくらえなので我が道を行く。
真面目も不真面目も併せ呑んで
唯一独自の道を切り開いていくのだ。
しかし誰になんと思われようが誤解されようが認められなかろうが
自分一人そのつもりで営業していくつもりであろうと
ただ妻一人にだけは理解されたいところもあったから
少なからずショックだった。
とりあえず
だいたい皆年を経るにつれて
自分はこういう人間なんだ
という無意識的な決めつけや意識的な決意をして
あちらこちらの観念をわが身に固定化させる。
あぁはならないぞ
でもならないと決めつけもまたしないぞ
というような話をした。


保坂和志の
小説のなんとかいう本を読み
ちっとも小説脳のない自分を見せつけられる。
青木淳吾また読みたいな。
日本語文の作用が変わる、
小説でしかなしえないあの味わい。

わかっちゃあいた
とはいえ 読みもの完全無反応はややつらい。
まだ2割も書けてないのだし
この程度でくじけちゃいかんのだけど。
反応ないままだとスゲーェやる気なくなる。
これはたしかだ。
わざわざTwitterで
タイムラインのお目汚しして
疎まれてるんじゃないかってのも
考えるだけで気が滅入る。
書いてるもののヘタさも目に余るし
あらゆる粗が様々な観点から照射されて
うめき声あげちゃう。
それでもやる、やりきると決めたから
やってやるんだけども。
うすぐらいモチベーションの一つに
フォロワーたくさんいる連中は
もうこういう勝手はできないだろう
フン
みたいな思いがある。
それ自体は悪くない。


れどれ |MAIL