舌の色はピンク
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ミュークルドリーミーみっくす、 あいかわらずに超高速テンポのよさに満足。 心の中の飢えが満たされていく感じする。 オープニングとエンディングはやはり前の方が良かったけど…。
高円寺から新高円寺にかけて散在している古着屋をいくつかまわった。 なにも買ってない。 聞いたことないブランドのデニムのコートがとても素晴らしいと思ったけど 5万して諦めた。 まぁブランド知らな過ぎてだいたい聞いたことないってなるんだけど。
図書館行って本の購入を申請。 正規の司書さんが呼び出されて申請書一つ用意するのに 大変あちらこちら走り回ってらした。ごめんなさい。
コンビニで 90過ぎと思われるおばあさまが会計にてこずってらした。 品物は10点ほど、カートを引き引き、 あとは支払うだけなのだが、 その支払いという行動がぴんとこないようで、 何かしなくちゃいけないはずなのはわかってるんだけど… という様子。 店員さんも困ってらした。 かくなる上はとバッグを店員さんに預けて、 これでお願いしますといった旨を告げていた。 しかし 「バッグの中に財布が入っているからそれを取り出して会計をよろしく」 と明言されたわけじゃないから、 さすがに店員さんもバッグを開けかねて、フリーズしていた。 僕は隣のレジに通されてしまったから ことの顛末は知らない。 あれは助けようにも助けられないし せめて野次馬的に見届けるのだけは避けようと店を去ったので。
高齢化社会では接客業のありようも変わるのだなあと思った。 当のおばあさんと僕の間には80くらいのおばあさんがいて、 そちらの方が前のおばあさんを見やる目が印象的だった。 おそれと哀れみと苛立ちと情けがいりまじったような…。
他者について。 この世に顕在している他者と、 自分のうちに取り込んだ、記憶の住人としての他者がいる。 前者をA、後者をBと呼んでみる。 直接コミュニケーションをしているとき、それはAを相手どっている。 しかし直接でないとき、 その人を思い浮かべていたり、あるいはネット上で交流している間などは、 それはBだ。 その人を祝うとき、その人を呪うとき、やはりBだ。 直接、顔を見て接している時間だけがAだ。 それにしてみても、Bありきで接することとなる。 Bはつまり情報の集合体で、 いうなれば「私」の延長でもある。 Aは生き物で、何が何やらわからない未知の存在だ。 Aに危害を加えることは許されない。 しかし、Bに危害を加えることは、Aに危険をもたらさない。 それで「私」が救われることがあるのなら、 果たしてそれは罪といえるだろうか。 社会通念上は是としないだろう。 しかしBは「私」の内在にとどまる。表沙汰にならない。 とかなんとか。
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