ヒルカニヤの虎



 ストリートには狸がいっぱいだ

いやいや3連休が終われば怒濤の忙しさですよ。知ってたけど吐きそう。

駆け足で先週末の総括。
映画4本と本2冊、3連休はなかなかに文化的でした。精神を育てるという意味の文化。だからつまり読んでたのは小林秀雄とドストエフスキー。なんでやねんと自分でも思う。トイレ行く前に偶然手に取っちゃったんだよな。高校のときなにひとつ理解できなかったなあと便座のうえで読んでみたらえらいこと面白かった。すごいぞ小林秀雄、批評とは愛することなのか。そのまま流れでカラマアゾフ(1)。まったくの序盤です。

土曜は午前に友達の結婚式打ち合わせ、午後会社で仕事して夜は両親の外食にご相伴。
日曜は午前会社出て午後から先輩F宅(本人不在)で映画2本、「変態村」と「死霊のしたたり」。存分にむなくそわるく堪能したところで夜は梅田で「ショートバス」、これはよかった。非常によかったので感想は後日にしたいと思います。
で、ええと月曜、午前中に一週間分のビデオ録画みて午後から先輩F宅でだらだらして、帰り際にちらりとみたスカパー郵送物の表紙が木更津キャッツニャー。ああしまったまちがえてた、と突如ひらめく。1年ちかく封印してあったワールドシリーズ完結編をひっぱりだして鑑賞。日本シリーズは何回もみにいったのにワールドシリーズは映画館に一度も足を運ばず、購入した限定メモリアルBOXは埃をかぶったままでした。
というのも映画見た人の感想に「泣いた」「感動した」が多く、あれあれキャッツそうやって終わるの?という違和感と、あとキャッツをこよなく愛し鑑賞眼にもっとも信頼がおける先輩Kさんが「本気だから私はだめでした」という簡潔なコメントを述べられたため、本気をうけとめる余裕のなかった当時の私はしりごみしたのでした。
でもそれは間違いだったと今は思う。そういうわけで以下感想です。DVDも出てるしネタばれ問題なしと判断。

トーンがテレビシリーズ本編と地続き。野球して、未遂だけど泥棒して、ひさびさに「木更津の」キャッツアイ。お祭り騒ぎオマケつめあわせ、夢の番外編だった日本シリーズと違って。もちろんありえない展開だけれどこれはリアルだと刺さる。本編スケール内でぶっさんが死にきって、ばいばいを言ってわれわれは先に進まないといけないんだな。

ワールドシリーズは生きていくために過去の亡霊(青春)に別れを告げる話。です。私にとって。
面白いこと全部やって22歳で時間をとめたぶっさんと、もう面白いこと全部やっちゃってぶっさんもいないけど生きなくてはならないキャッツたち。だめな若者からだめな大人になったバンビ、アニ、マスター(うっちーは…除いていいのかどうか)は今は場所も気持ちもばらばらで、ぶっさんの最期から逃げて「ばいばい」を言わなかったことを悔いている。久々に木更津に集まった彼らはを球場を作り、ぶっさん(その他大勢)をよみがえらせる、まさに「よみがえり」。でももう違う時間を生きてるバンビたちにぶっさんは必要がない。ぶっさんよりよけいに生きた彼らは22歳のままのぶっさんに合わせられるけれど、それはぶっさんが一番怒ることなので。それが互いの誠意で、生きてる人間はなんて勝手で強くて悲しいんだ。
テレビシリーズを見ていた頃わたしは大学の学部で、当時のキャッツとほぼ同じ年でした。そして今はバンビたちとほぼ同じ年です。なんというかまあ、痛い。もう私にぶっさんの気持ちはわからない。それはだってそうだ。あの頃を超えられないと知っていて、傍らの相手もなくして、余生みたいだと思いながらからっぽでも生きてる。でもそうして生きてれば手に入るきれいなものもたまにはあって、その足し算と引き算がきっと人生なのだろな。

魂ぬけるくらい泣きました。映画館でみなくてある意味よかったのかもしれない。公助はいつだっておいしいところをもっていく。
でも見てよかったよ。
さよならキャッツ。やっぱり大好きだ。

2007年09月18日(火)
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