萬葉集覚書

2007年01月07日(日) 22 河上の ゆつ岩群に

河上(かわのへ)の ゆつ岩群に 草生さず 常にもがもな 常処女にて




川の上流にある神聖な大岩にはいつも水が流れて苔が生えないように、我が皇女(ひめみこ)さまにあらせられても、変わらず永久(とこしえ)に美しく輝いていて下さい。




これは、吹黄刀自(ふきのとじ)というちょっと年かさの女官が、十市皇女(とをちのひめみこ)の伊勢参宮につき従った折に詠んだ歌です。
十市皇女という女性は、20,21の歌で競演した大海人皇子と額田女王の間に生まれた皇女です。
生まれ自体がすでに悲劇性を帯びていると思うのは少し考えすぎかも知れませんが、実際大友皇子と結婚して壬申の乱では父と夫の板挟みとなった女性です。
そういう星の下に生まれついてしまったと言えばそれまでなのでしょうが、若い女性にその運命はあまりに過酷なものでした。
壬申の乱が終結して、父大海人皇子が勝利したあと、父の元に身を寄せてひっそりと暮らしますが、あまり長命な方ではなかったようです。

この歌は、そんな十市皇女が気分転換に伊勢参宮を思い立って、吹黄刀自以下の女官を従えた旅の途上で詠まれました。
今ほどは結婚、再婚についてキリスト教風倫理的にどうこう言われる時代ではなかったのですが、特異な立場に居た皇女を慮った吹黄刀自が、姫様はこの先も乙女のように輝いてお過ごし下さい、との願いと慰めを込めています。

夫であった大友皇子在世中から、異母弟高市皇子との噂もあって、恋多き女性だったのか、儚げな印象が男を引き寄せたのか、よく判らないところもあって、謎多き女性です。

これ以後史上に登場するのは、薨去した折に噂の相手であった高市皇子が挽歌を詠んだ時くらいになってしまいますが、時代に翻弄された女性として、可哀相な印象が強いひとでもありますね。


 < 過去  INDEX  未来 >


セレーネのためいき

My追加