「先生、こんなことを言うと情けないのですが・・・」
唐突に言い出したのはうちの歯科医院に出入りしている某歯科材料店の担当者B君。
開業歯科医院には必ずといっていいほど取引をしている歯科材料店があります。歯科治療に関わる器具、材料、消耗品などを扱うのが歯科材料店なのですが、各歯科材料店には歯科医院ごとに担当者がおり、定期的に契約している歯科医院をまわっては歯科医院で必要な器具、材料、消耗品などを尋ね、商品の手配をし、持参してくれるのです。 歯科材料店の役割はそれだけではありません。様々な歯科関係の情報を集め、契約歯科医院に伝えたり、商品の案内や講演会などの紹介などもしてくれます。 うちの歯科医院にも2社の歯科材料店と契約しているのですが、そのうちの一社の担当者がB君です。日頃から何かとお世話になっているB君。こちらの無理な注文や器具の調整、修理などにも嫌な顔一つせず取り扱ってくれています。 そんなB君の突然の申し出に僕は戸惑いました。
「この不景気でうちの歯科材料店も売り上げが落ちまして、正直言って大変苦しい状況になっています。いろいろと会社の中でも努力はしているのですが、その努力もかなり限界まで来ております。」 「それはよくわかるよ。どこの歯科医院でも経営に四苦八苦しているのが現状だから、歯科材料店もその影響を受けるのは必至だよね。」 「先生にはいつも大変お世話になっております。そんな先生にこんなことを言うのは申し訳なく思うのですが、どうか何か入用のものがありましたら、これまで以上に弊社の方へ注文をお願いしたいのです。厚かましいお願いであることは重々承知ですし、各歯科医院の先生方の経営状況も決して楽ではないこともわかっております。ただ、我々も生活がかかっているもので、何とかこれまで以上に今までのお取り先の先生方に何とかお力を貸して頂けないか、お願いにまわっている次第です。先生、何卒宜しくお願い申し上げます。」
深々と頭を下げ、よく見ると涙目になっているような表情のB君。
正直言って、うちの歯科医院も経営状態は決して芳しくありません。少しでも経費を見直そうと、いろいろな物品、器具、薬品等の見直しをしてきました。少しでも経費を安くしながらも、金をかけなければいけない部分もあります。そのバランスが難しいのですが、以前と比べれば契約をしている歯科材料店への注文は控えめになってきたのも事実です。 B君の会社の経営状態の詳細は知りませんが、彼が全面的に嘘をついているようには思えませんでした。現在の歯科業界の状況を考えれば、歯科材料店の経営も順風満帆という会社は多くはなく、むしろ少数派でしょう。 うちの歯科医院にも歯科医院の実情がある一方、泣きの戦術は人の情に訴えるもの。正面から泣きを入れられてもクールに対応すればいいのですが、これまでのB君との付き合いを考えるとそういうわけにもいかず。
経営のことを考えながら、少しはB君に注文を回せるようにしないといけないなあと感じた、歯医者そうさんでした。
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