歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2009年05月27日(水) 忘れてはいけない歯医者のニオイ

人は誰でも嗅覚を持っています。人の嗅覚は様々な匂い、香りを嗅ぎ分けるものですが、これら匂い、香りは普段生活している場所とは異なる場所を訪問したり、移動したりする際、特に感じます。中でも生活臭や独特の材料や食品を扱っている場所などを訪問する時には、誰しも普段感じないニオイを感じることでしょう。

僕の場合、幼少の頃、近所に牛舎がありしばしば遊びに行ったことがあったのですが、牛舎のニオイは牛糞が混じっていたニオイでした。今から思い出してもあまり感心できるようなニオイではありませんが、たまに牛舎を訪ねると幼少の思い出が蘇ってきます。
更に、幼少の頃住んでいた場所の近所には大きなお菓子工場がありました。そこの近くに行くと、これも独特のチョコレートのニオイがしたものです。おそらく、工場のチョコレート生産過程で外部に排出されたガスの中に含まれていたのでしょうが、濃密なチョコレートのニオイは、幼少の僕にとって決して嫌なニオイではありませんでした。
当時、近所には畳屋があったのですが、畳のニオイは好きでした。家の中の畳は表が黄色くなり何も臭わなかったのですが、畳屋の畳はいつもグリーンの畳表が見えると同時に濃厚ない草のニオイが香ってきたものです。

ニオイには単に嗅覚だけでなく様々な思い出がくっついているものですが、病院のニオイに関しては誰しも独特のニオイとして認知しているのではないでしょうか?中でも歯医者のニオイは、他の医療機関には無いニオイを感じるはずです。

歯医者では様々な消毒薬や材料を使用しています。また、口の中を治療するわけですから患者さんの口から飛び散った切削粉や目に見えない雑菌もあります。これらが混合したのが歯医者のニオイというわけです。
この歯医者のニオイ、現在の僕は全く感じません。現在の僕ということは幼少の頃はそうではなかったということです。歯医者である親父は自宅開業でしたが、自宅の隣にあった歯科医院を覗きに行くと、ドアを開けた途端、歯医者のニオイを感じたものです。

某歯科大学在籍中、僕の友人が遊びに来たことがあったのですが、初めてうちの歯科医院を訪れた際、開口一番
「歯医者のニオイがする!」
といったものです。実は、僕がこの友人のお父さんの歯科医院を初めて訪れた時も全く同じことを感じたのです。こいつの家も歯医者だったんだということを。

そんな歯医者のニオイですが、歯医者をして20年近くになるとこのニオイが完全に日常化してしまいました。人間は常に接しているニオイには嗅覚が順応してしまい、ニオイを感じなくなるものですが、僕の場合もそうで、本来診療室に満ちている歯医者のニオイが感知しなくなっています。それだけ歯医者の生活にどっぷりつかっている僕ではあるのですが、時々そんなことでいいのかな?と感じることがあります。なぜなら、患者さんは自分たちの生活の非日常の一つとして歯医者を訪れます。その際、必ず歯医者のニオイを感じているはず。ところが実際に歯の治療を行う歯医者はそれを忘れてしまっている。
たかだかニオイなのかもしれませんが、ニオイが人の体調や精神状態を左右することがあるのは事実です。患者さんの立場を考えるなら、初心を忘れてはいけない意味で、歯医者のニオイというものもあるのだということを常に思い出さなくてはならないのではないか?そんなことをふと感じた今日この頃です。


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