歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2009年03月11日(水) なおしびと

先週末、久しぶりに僕は嫁さんと一緒に映画を見てきました。その映画とはおくりびと。皆さんもご存知のことと思いますが、昨年に公開されて以来ロングランが続いている映画でいくつかの映画祭で賞を取ったり、日本の映画賞を総なめにした感がありました。極めつけはアメリカでの第81回アカデミー賞外国語映画部門を日本映画として史上初めて獲得したことです。
僕自身、映画の評判はいろいろと見聞きしていましたが、実際に映画を見ようとした直接のきっかけは、このアカデミー外国語映画賞受賞でした。一度は見ておかないといけない映画だろうなあ。そう思い、見てきたのです。

映画を見ての感想ですが、評判通りの、いやそれ以上の映画でした。映画の評価は様々な場所で言われ、書かれていますが、そんな評判に違わぬ素晴らしい映画でした。死をテーマにしながらも決して重くなく、時にはユーモアを含ませながら、非常に美しい映像、音楽に支えられたストーリーに僕は思わず目頭が熱くなりました。何かと世知辛い世の中、映画を見終わった瞬間、自分の心が癒されたような気がしたくらいです。僕が座っていた映画館の中でも至る所から鼻をすする音が聴こえていいました。嫁さんとともに久しぶりに感動できた映画だなあと言いながら映画館を後にしたくらいです。

ところで、この映画の中であるシーンが印象的でした。それは、既に遺体となった父親を本木雅弘が演じる主人公が自ら湯灌をする場面。亡き父親に対して納棺師として湯灌を行う運命を感じながらも、それまでにあった父親とのわだかまりが浄化されることを自覚しながら自分の父親を湯灌するというシーン。

この非常に美しいシーンとは比べ物になりませんが、僕はこのシーンと似たようなことを経験したことがあります。それは、歯医者になってから自分の父親に対して行った歯の治療です。
歯医者になってから何年も患者さんの治療を行ってきた僕ですが、親父の歯を治療するようになったのはごく最近です。初めて親父の歯の治療をする時は、自分では意識していないつもりでも、どこか心の片隅に意識をしているものがありました。
しかも、親父は歯医者です。幼少の頃、何度と無く僕は親父に歯を治療してきてもらっていました。それが今度は全く逆で、自分が親父の歯を治療する立場になったのです。
実際の治療は滞りなく終えることができましたが、それにしても自分が学んできた歯科の知識、技術、経験を親父に対して行ったことには何か不思議な気持ちがしました。父親も患者の一人ではありますし、治療中は意識することはなかったのですが、いざ治療を終えて一息つくと、少し感慨深いものを感じました。僕に治療を受けたことを親父はどう感じたのだろう?
親父は僕に治療を受けたことの感想については何も語っていません。ただ、一度のみならず何度も僕の治療を受けていることを思えば、少しは僕の治療を信用しているのかなと勝手に考えています。

映画では主人公は自分の父親を納棺するという“おくりびと”でした。亡き父親をあの世へ送る“おくりびと”であったわけですが、それに対し、僕は生きた父親の歯を治したという経験。映画と比較するのは馬鹿げていますが、映画の主人公が“おくりびと”ならば、さながら僕は自分の父親を治療する“なおしびと”だったかもしれません。


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