かつて、僕の先輩の一人がこんなことを言っていました。その先輩は歯医者で、ある治療法に関して歯科業界では名前が通っている人です。何度も歯医者の集まりで講師として講演をしたり、実地指導をしたりしている方なのですが、その方がこんなことを言っていました。
「僕はかなりの数の講演をしてきたけれども、未だに講演の前は緊張する。なぜなら、講演を聴講する人の中には、いろいろな人がいるけれども、知識も経験もある人が必ずいるもの。そのような人は物言わずして僕の話をじっくりと聞いている。このような人を相手にいい加減な話はできない。物言わぬ聴衆は一番怖い存在なんだ。」
最近の傾向として、自分の意見を率直にダイレクトに言う人が増えている人が多いように思います。確かに何も物を言わないと意思疎通ができない側面もあることでしょう。何かと世知辛い世の中、自己主張をしていかなければ自分の存在が軽んじられ、無視されれば生き残っていくことは難しい。そのように考えて仕方のないところも否定できません。
ただ、能ある鷹は爪を隠すとも言います。何も知らない振りをしていて、実は相手をじっくりと観察する。真に知識、技術、経験があればどんな状況においても落ち着いて、冷静に対処する術をわきまえている人が確実にいるように思います。 これは考えてみれば非常に恐ろしいことです。黙っているからといって見くびっているつもりが、実は相手から見下されている、相手にされていないなんてことがあるものなのです。 何でも口に出して言わないと何も相手に伝わらないと思いがちですが、真の実力を持っている人ほど、思わぬことを観察しているものです。何気ない振る舞い、言葉遣いから相手の出身、性格、思考、習慣、知識、技量までも見切ることできる。
そのようなことを考えれば、僕はいつでも、どこでも、誰に対しても謙虚にならなければならないなあと思うのです。いつ何時自分が試されているかわからない。世の中はおくが深い。もっと畏れ多い人が数多くいることを常に意識しなければならないのではないかと考えます。 うぬぼれている暇はない。これは自分に対する戒めです。
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