歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2008年01月31日(木) 腕の良い歯医者考

“腕の良い歯医者”と言えば、誰もが技術的に優れている歯医者のことを想像するかもしれません。歯医者であろうが一般の人であろうが同じように感じていると思いがちですが、僕が今まで経験するに、“腕の良い歯医者“に対する捉え方が人それぞれ微妙に異なっていることが多いように思えてなりません。

先日、地元歯科医師会の会合があり出席してきたのですが、いつものように歯科医師仲間と雑談していると、歯医者仲間の一人であるH先生が下のようなことを言っていたのが印象的でした。

「先日、ある患者さんにクラウンをセットするために歯型を取ったんだよ。次回来院時にセットする予定でその場で仮歯を作ったんだよね。いざ、クラウンをセット使用とした時、患者が言うんだよ。『先生、この前作ってくれた被せ歯じゃいけないのか?』ってね。どうしてそのようなことを言うのかと思い、尋ねてみると、『前回の治療の時に先生が作ってくれた歯をはめていると非常に調子が良いのですよ。何でも噛めるのです。ところが、今回調整してセットしようとしているクラウンは何か体になじみそうじゃない。どこか、違和感があるんですよ。これじゃ、わざわざ歯型を取って新しい被せ歯を作る必要はないんじゃないかと思ったわけなのです。』って。ショックだったよ。」

「仮歯といっても決して手を抜いて作っているわけではなくて、きちんと作っているつもりなんだよね。それ故、患者さんとしては満足してくれたのだろうけど、歯型を取って模型を作って、きちんと製作したクラウンというのは非常に精密に作られているわけよ。少なくとも診療の合間に作っている仮歯よりはずっと精密なはず。それなのに、患者さんにとっては精密なクラウンよりも仮歯の方が気に入っていると言うのだよ。複雑な気持ちになるよ。」

仮歯を作った歯医者の実感としては必ずしも精密な歯を作ったわけではありませんでした。あくまでも即席で作った仮歯。仮歯は、専門的に見てきちんと歯型を取り、模型を作り、模型上で作製したクラウンには劣っているはず。
ところが、患者さんにとっては専門家が精密に作っていると判断したクラウンを良しとせず、即席で作った仮歯に満足していたのです。これは一体なにを意味するのでしょう?

愚考するに、人にはそれぞれ独自の感覚があるのではないでしょうか。例えば、繊細な感覚の持ち主があると思えば、繊細な感覚にこだわらない人もいます。一見すると、繊細な感覚の持ち主の人の方が優れているように思いますが、別な見方をすれば、繊細な感覚にこだわらない人の方は許容範囲が広い、柔軟性に富んでいるともいえるでしょう。どちらが優れていて、どちらが劣っているかということは判断できません。はっきりといえることは、人それぞれ持っている感覚が異なるということです。

一般の人にとって“腕の良い歯医者”というのは、その人の感覚に対応して治療をしてくれる能力を持っている歯医者といえるかもしれません。そこには、必ずしも専門的な技術が優れている必要はないかもしれません。ある一定のレベルに達しており、一人一人の感覚をつかむ能力があればいいのです。器用に越したことはありませんが、器用でなくても“腕の良い歯医者”になるには、如何に患者さんのことを考え、患者さんの感覚を理解し、合わせられるか?この能力に長けた歯医者が“腕の良い歯医者”として世間一般に評価されているのではないか?

H先生の話を聞きながらそのようなことを考えた、歯医者そうさんでした。


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