歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2007年10月19日(金) どうして自分でペンチで抜歯しないといけないのか?

一昨日、ネットサーフィンをしているとこのような記事を見つけました。

イギリスで行われた調査で、同国の歯科医療システムの使いにくさのため、自分でペンチを使って歯を抜いたり、強力瞬間接着剤で歯冠をくっつけたりしている人がいる現状が明らかになったとのこと。
イングランド全域で5200人を対象にした調査報告によると、患者の約6%がちょっとした「自宅歯科」をやり始めたと答えた。国営の医療制度であるナショナル・ヘルス・サービス(NHS)を利用できる歯科医が見つからないため全く歯科にかかってないという人が10%、自己負担で民間の歯科医にかかったという人は25%だった。中には「ペンチを使って自分で14本の歯を抜かなければならなかった」とした回答者もいたとのこと。
調査では歯科医750人にも質問をしたが、NHSを利用する患者はもう受け入れていないと答えた人が45%となった。
英国歯科医師会(BDA)は、歯科医が行った治療に応じて報酬を得るのではなく、一定の収入を保証される同システムに大きな欠陥がある点が示されたと指摘。
一方政府は、NHSの歯科医療の利用に問題があることは認識しているが、今回の調査報告は状況の全容を映し出してはいないとしている。(ロイター通信10月17日発信)

この記事を理解するには、イギリスの医療保障制度であるNHSのことを知っておく必要があると思います。NHSとはNational Health Serviceの略で財源は税金です。国民の税負担によって成り立っている医療保障制度で、日本のような保険加入者から徴収した保険料を財源とした国民皆保険制度とは異なるものです。
NHSの大きな特徴は、医療費が原則無料であるということです。単に医療を推進するだけでなく、病気の予防に力を入れ、国民が健康であり続けることを目標としている制度なのだそうです。
このようなことを書くと、イギリスの医療保障制度は治療費の患者負担が無い、素晴らしいもののように思えるかもしれませんが、現実は必ずしもそうではありません。医科の治療や入院治療では患者負担がないのですが、歯科治療においてはそうではないのです。
NHSは歯科治療は医療とは認めていません。口の中や歯の病気は自己管理すべきものであるという考え方で、歯科治療にかかる治療費は無料ではないのです。昨年(2006年3月)までは、歯科治療を受ける患者は治療費の8割を窓口で支払わないといけなかったのです。日本では原則3割ですから如何にNHSが歯科治療にかかる治療費を負担していないかがわかるのではないでしょうか?
昨年の4月からNHSは改革され患者の窓口負担も少なくなったのですが、それでも窓口負担は56%から63%を負担しないといけません。
昨年まではイギリスでも治療費は出来高払い制でした。これは日本と変わりません。そのため、歯科治療はお金がかかるという認識がイギリスでは浸透しているのです。

昨年4月から歯科治療費は出来高払い制ではなくなり、包括払い制に変更となりました。具体的には歯科治療を3種類に分け治療費を定めているのです。レントゲン撮影や歯石除去などのグループ、抜歯や根っこの治療、詰め物を詰める治療などのグループ、クラウンやブリッジ、義歯といった補綴物のグループというような形です。しかも、これら3つのグループの治療費は低く抑えられていることから、イギリスの歯科医院ではNHSに参加せず、自費診療に走る歯科医院が多くなってきています。

現在のイギリスでは、NHSに参加する歯科医院とNHSに参加しない歯科医院、そして、NHSに参加しながら自費診療を行う歯科医院の3種類があります。イギリスでは、日本では禁止されている混合診療が認められているのも大きな特徴です。これはどういうことかといいますと、わかりやすくいえば、NHS単独だけの歯科治療では採算が取れない、歯科医院の経営が成り立たないということなのです。上記の記事の中で“NHSを利用する患者はもう受け入れていないと答えた人が45%”というのはこうした事情が背景にあるのです。

NHSでは、昨年まで歯科医院で治療を受ける患者はどこかの歯科医院に登録しないと受診することができませんでした。歯科治療を受けるためにかかりつけの歯科医院を持つだけでなく、その歯科医院に届けを出しておかないといけなかったのです。人頭登録制というものです。この人頭登録制ですが、現在では廃止され患者はどこの歯科医院でも受診できるようになりました。

患者の窓口負担、自己負担が高いこと、かかりつけの歯科医院への人頭登録制などからイギリスでは歯が悪くても歯医者にかかることができずそのまま放置してしまう人が少なからずいる。中には「自宅歯科」と称して自分でペンチを用いて抜歯したり、協力接着剤で割れた歯冠を接着したりする人が増えているのです。
税金による国営の医療保障制度で医療費が無料というと非常に聴こえは良いのですが、歯科治療に関しては全くそうではなく、むしろ患者さんに多大の負担をかけているのが現状なのです。


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