| 2007年10月08日(月) |
「未だに永久歯が生えてこない」と言うおじさん |
先週末、ある患者さんがうちの歯科医院に来院しました。その患者さんは中年男性のHさんだったのですが、入室してくるや否や
「先生、新しく入れ歯を作って下さい。」
僕は“アレ?”と思いました。念のためにカルテを確認してみると、僕の疑問の思いは確信へと変わりました。Hさんは7ヶ月前にうちの歯科医院で上の入れ歯をセットしていたのです。7ヶ月も経たないうちに入れ歯を作りなおして欲しいというのは、普通はあまりありえないことです。余程理由があるに違いありません。Hさんに確認してみると
「5ヶ月前に入れ歯を無くしてしまったんです。」
Hさんの話では、5ヶ月前のある朝、いつもと同じように入れ歯をはめようとしたところ、いつも置いてある洗面所に入れ歯が見当たらなかったというのです。洗面所あたりを中心に台所や居間、寝室をくまなく探したそうですが、入れ歯は全く見つからなかったそうなのです。たった2ヶ月前に作ったばかりの入れ歯を紛失してしまったということになります。
実は、保険診療の規則で新しく入れ歯をセットすると、セット時点から6ヶ月以内は保険診療では新しい入れ歯を作ることができない規則になっています。かつてはこのような縛りはなかったのですが、当時、高齢者の医療費の窓口負担が無料だったこともあいまって、入れ歯コレクターと揶揄されるような高齢者が少なからずいたものです。多くの入れ歯使用者が次から次へと新しい入れ歯を作るようなことが起こり、保険組合から文句が出たらしいのです。 このような事態を改善するために、保険診療では新しい入れ歯はセットしてから6ヶ月以内は保険診療では作ることができないという規則に変更になりました。これは新しい入れ歯をある歯科医院でセットしてもらってからも気に入らず、他の歯科医院で作ってもらうようなケースも該当します。患者側とすれば、新しい入れ歯を一度作った後、更に新しい入れ歯を作ることを希望するなら、全て自費で入れ歯治療費を負担しなければいけないことになります。
うちの歯科医院では、入れ歯のセット時にこのことを説明します。Hさんもこの説明を受けていました。Hさんは新しい入れ歯を作らないといけないことは重々承知していたようですが、入れ歯をセットしてから6ヶ月以内は保険診療で新しい入れ歯が作れないということが頭の中にあり、この6ヶ月という期間をひたすら待っていたというのです。新しい入れ歯を自費で作るには経済的に厳しいという事情があったようです。
Hさん曰く 「この5ヶ月の間、入れ歯がなくて苦労をしました。入れ歯が前歯を幅広くカバーしていたでしょ。誰が見ても私の前歯がないことがわかってしまうのですよね。言うなれば、この5ヶ月は歯無しで暮らしてきたようなものです。最初のうちは風邪をひいたといってマスクをしてごまかしていたんですが、最近では、『大人になって生えてくる永久歯が未だに生えてこないのよ!』と言っていました。周囲の者は皆苦笑いしていましたけどね。いい加減に永久歯が生えてこないといけませんから、今日から早速新しい入れ歯を作って下さいよ、先生。」
わかりました。それでは、早速新しい永久歯を作っていくことにしましょうか。
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