歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2007年09月25日(火) 疲れるには訳がある

「そうさん、普段あまり動いていないのに一日の終わりの頃には相当疲れるのね?」

ある夜遅く、嫁さんが僕に尋ねてきた素朴な疑問です。
確かにそうかもしれません。普段の診療において僕は診療所を動く程度ですし、患者さんを治療する時はずっと座ったまま。おまけに診療所は自宅の隣にあります。側からみていれば、普段の僕は全く体力を使っていないように見えても無理はありません。
実際のところはどうかといいますと、一日の終わりには非常に疲労を感じます。ぐったりとして、本でも読んでいるといつの間にか瞼が閉じてしまい、寝入ってしまうこともしばしばです。あまり動いていないのにどうして一日の終わりにはクタクタになってしまうのか?

こればかりは実際に体験しないとわからないかもしれませんが、歯医者の仕事というもの、非常に気を遣う仕事です。患者さんの口の中を非常に明るいライトで照らしながら治療をします。ライトの明るさは10000ルクス程度の照度が必要とされています。一般の台所の明るさが300ルクス程度の照度が必要ですから、口の中を治療するには非常に明るい光の中で治療をしないといけないことがわかってもらえるかと思います。ということは、目を酷使するということになります。

歯を削ったり詰めたりする作業ですが、基本的にミクロン単位の仕事となります。ちなみに1ミクロンとは1ミリの千分の一の単位になります。非常に細かい作業であることがわかっていただけるのではないでしょうか?ミクロン単位といいますが、人間の口の中の感覚はミクロン単位の精度です。例えば、誰でも髪の毛が口の中に入るとわかるものですが、この髪の毛の太さというのはおおよそ80〜100ミクロン程度とされています。ほんの10ミクロン程度歯を削っても人はその違いを認識できるものなのです。歯医者の仕事は非常に細かいように思いますが、実は誰もが違いを認識できる精度で仕事をしているのです。細かいように見えて患者さんは理解できる違い。この違いを念頭に置きながら、歯医者は狭い口の中を強い光を当てながら一日に何時間も仕事をしているのです。

歯医者は様々な器具を用いて治療をします。例えば、タービンとよばれるはを切削する器具。誰もが知っており、嫌だと思う“キーン”と高音を発する、あの器具のことです。歯というダイヤモンド並の硬さを持つものを削るために、刃先にダイヤモンドの粉を散りばめたバーを一分間に20万回転〜40万回転という高速回転をさせながら削ります。歯を高速回転させながら削ると高温となりますから、絶えず水を掛けながら削ることになります。高速回転させながら削るタービンは一つ間違えれば口の中の粘膜や歯肉、治療に関係の無い歯を削ることになります。しかも、絶えず水が出ているわけですから視野も限られてきています。大雨の中で作業をしているようなものです。タービンを使用するということは、歯医者にとって非常な緊張が必要なのです。

ここ数年、僕はより精密に仕事をしようと、拡大鏡と呼ばれる視野を拡大する装置を用いて治療を行うことがあります。これは裸眼で見るよりも相当細かく治療を行うことができるために非常に重宝する装置ではあるのですが、その反面、裸眼以上に目を酷使するように思います。そのためと言っては何ですが、僕は午前と午後の間の休診時間は極力目を休めるようにしています。歯医者を数年程度するだけならこのようなことはしませんが、これから20年以上歯医者として仕事をしていかなければならないと思うと、目の疲労を少しでも蓄積しないようにするために目を休ませることは非常に大切なことではないかと考えます。側からみていると、午前と午後の合間の時間に寝ているように見えるかもしれませんが、僕にとっては貴重な目を休ませる時間でもあるのです。

歯医者は細かい治療をするだけではなく、患者さんとの会話や一挙手一投足に至るまで気を遣う必要があります。患者さんが何気なく話す一言や行動の中に、問題の原因が隠れている場合が少なくありませんし、患者さんとの信頼関係を築くために、時に歯医者は限られた時間内に聞き役となって患者さんと相対する必要があります。毎日一人だけの患者さんを診るだけならまだしも、一日に何十人もの患者さんに対して同じように接しなければならなりません。これらは全て細かい治療の合間に行わなければなりません。
正直言って、一日の診療が終わる頃には、思わず“フゥー”とつきたくなることがしばしばです。

上記のようなを考えると、歯医者の治療というのは自ずと相当な集中力を持続しないとやっていけない仕事であることが容易に想像つくのではないかと思うのです。
ただ、同じ医療業界の中でも僕はまだ恵まれていると思います。病院に勤務している勤務医は過労で今でも倒れてもおかしくない人が多数います。誰もがもっと体力的にも精神的にも余裕をもって仕事をしたいと思っているはずですが、そのようなことができない勤務医が多数いるのです。
いつ倒れてもおかしくないような環境の先生に比べれば、僕は恵まれています。徹夜をすることはほとんどありませんし、一晩眠れば何とか体力が回復し、疲労が蓄積していくことは今のところ防ぐことができています。ただ、今年厄年の僕はどうしても自分の体力が衰えていく一方の年齢になってきます。体力を維持することはできても伸ばすことは年齢的にできない年齢になってきている自分の体。また、自分の診療所の診療だけではなく、後進への指導や地元歯科医師会の仕事も増えていく一方。しかも、僕は一人身ではありません。嫁さんがいますし、子供も二人います。子供に関しては彼らを育て一人前にするまでに教育する義務があります。公私ともに自分への責任は増すばかり。

如何に自分の健康状態を維持しながら仕事を確実にこなし、家庭を支えていくか?いろいろ思案しているうちに意識が薄れ、いつの間にか眠ってしまった、ある深夜の歯医者そうさんでした。


 < 前日  表紙  翌日 >







そうさん メールはこちらから 掲示板

My追加