歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2007年09月22日(土) 惜しげもなく自分の技術を公開した先生

僕が会員になっている日本歯科医師会では月一回会員向けの雑誌が郵送で届けられます。日本歯科医師会雑誌という雑誌なのですが、この雑誌、専門的に結構興味深い記事が掲載されており、僕が愛読している専門雑誌の一つです。
この日本歯科医師会雑誌には末尾に会員の動きという欄があります。これは日本歯科医師会の会員の数を都道府県ごとにまとめたものや入会者、死亡者の一覧が掲載されています。
いつもと同じように僕は会員の動きを見ていたのですが、死亡者の欄にある著名な先生の名前が載っていました。その先生とはT先生。“まさか?”と思い、インターネットを通じ調べてみると、確かにT先生は他界されていたことがわかりました。

T先生は歯科界では名前の通った先生でした。T先生の技術は僕のような歯医者が見ていても非常に理論的であり、精巧であり、芸術的な高まりさえ認められるような治療をされていたのです。T先生の臨床症例を何例か見たことがあるのですが、その出来栄えのすごさに僕はいつも感嘆の声をあげざるをえませんでした。
T先生は自らの臨床経験に基づいた知識、経験を自分のものだけにするだけでなく、広く多くの歯医者に伝えようと自らの勉強会を立ち上げ、講習会を開催しては熱心に指導されていました。

通常、歯医者の指導者は自分の門下の先生や勉強会に参加した先生には自分の技術を公開しますが、それ以外の先生には教えたりしません。自分の技術を知りたいならば、自らの元を訪ね、講習料を支払って学ぶべしという姿勢が一般的なのです。自分の技術を安売りしない、自分の技術に誇りがあるという一種の現れなのですが、僕自身、そのことは理解できながらも、首をかしげてしまいたくなることがあります。なぜなら、歯医者の技術というのは、オープンにすべきものではないかと考えるからです。向上心のある歯医者であれば、いつでも誰でも学ぶことができ、それを実践できることができる技術。それは多くの歯医者が実践してこそ成り立つものであり、その結果、多くの患者さんの利益につながるのではないかと思うのです。歯医者の技術というのは一子相伝のようなものではなく、もっと普遍的なものであるはず。せっかくの優れた技術を仲間内だけに限定してしまうというのは、考え方として非常にせこいものを感じるのです。自信があるなら、広く世に問うようにどんどん情報公開してこそ意味があるものではないかと思うのです。

T先生のすごいところは、自分の門下生でなくても幅広く自分の技術の普及に努めていたところです。実際の細かいニュアンスはT先生の技術を生で見ないとわからない所があったかもしれませんが、T先生は何度もビデオやDVDに撮影したものを公開していましたし、口では伝えにくい勘所もこと細かく著書や業界雑誌で何度も述べておられていました。

“自分の技術は後世に伝えないと意味がない”
そのようなT先生の熱い思いが僕にも充分に伝わっていました。その傾向はとみにここ数年顕著だったように感じていたのですが、その理由が今となってはっきりわかりました。それは、T先生の体調が悪く、自分の人生が長くないことをわかっていたからです。数年前にT先生の写真を見たのですが、明らかに体調が悪い、やせ細った顔つきに驚いたものです。“何かのガンに罹っているのではないか?”と思いたくなるような顔つきの変化でしたが、実際のところそれは当たっていたようで、T先生は6月に62歳という若さで鬼籍に入られたのです。

今はT先生の冥福を祈るとともに、T先生の伝えようとしていた技術、歯科に対する思いを僕のような歯医者が実践していくことがT先生への供養になるような気がしてなりません。


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