| 2007年09月06日(木) |
人生の楽しみを奪うべきか、奪うべきでないか? |
この夏、知人の一人で50歳代のTさんが膀胱に癌が見つかったということで手術を受けました。最近の医療技術の進歩の恩恵を受けたというべきでしょうか、手術は開腹手術ではなく内視鏡による手術だったとのこと。開腹手術よりも遥かに小さな傷が残るだけの内視鏡手術は、体に対する負担が少なく、手術後の体力の回復も相当早いもので、手術後1週間で無事病院を退院することになったそうです。 ここまではTさんにとって非常に幸運で順調だったのですが、問題はその後にありました。経過を診てもらうために手術を受けた病院の外来診察を受けた時のです。診察中、Tさんは何気なく手術の主治医であり執刀医でもあった先生に
「先生、もう少ししたらアルコールを飲んでよいですか?」 と尋ねたそうです。するとその主治医の先生、突然顔色を変えて厳しい口調で
「これからアルコールはだめだといったでしょう!私の言うことが聞けないなら、別の病院へ行ってちょうだい!」
無理もありません。主治医はTさんのことを考え、できるだけ体に負担をかけない手術法である内視鏡手術を選択し、無事に手術を済ませました。癌の治療は、手術だけではなく、手術後最低5年間は経過を診ていく必要があるのです。癌の再発が怖いからです。 癌が再発しないようにするためには、患者自身も意識を変える必要があります。生活習慣を変える必要があるのです。主治医は、患者に癌が再発しないように手術後の生活指導も行うわけですが、その中にアルコールの摂取に関することが必ず含まれています。アルコールを飲まないことが癌の手術後、一定期間はアルコールを控えることが癌の再発を防止し、健康維持に大切であることが自明なことなのですが、中にはアルコールを飲んではいけないケースもあるのです。 Tさんの場合は、アルコールを飲んではいけないケースだったのです。そのことを退院時にも説明を受けていたのですが、Tさんは大のアルコール好き。毎晩、晩酌を欠かせない人だったのですが、手術により晩酌はおろか、アルコールを口にすることもできなくなったのです。頭ではアルコールはだめだとわかっていても、好きだったアルコールを飲むことが禁止された知人。だめを承知で主治医に尋ねたそうですが、主治医からはにべもなく、むしろ怒りをかったぐらいでした。
“せっかく手術をして助かった命をアルコールで台無しにする気か!“ そのような強いメッセージが主治医から出ていたようだったといいます。
診察を受け、病院から帰宅したTさんは、落胆した様子でこう語ったといいます。
「人生の楽しみがなくなったようだ。」
先日、このようなこともありました。 80歳代後半の患者さんEさんが定期検診にうちの歯科医院に来院しました。実際に口の中を見ていると若干の問題点はあったのですが、積極的に治療を施すほどのものではなく、定期的な経過観察で対処して問題がないようなものでした。Eさんに日頃の生活のことを尋ねてみると
「この年になってもタバコが止められないのですよ。タバコは人生の楽しみですから。」
本来なら、僕は毅然とした態度でアルコールとタバコを控えるように指導すべきでしたが、僕は聞き流すことにしました。その理由はEさんの年齢にありました。既に80歳代後半を迎えているEさん。日本人の平均寿命を超えて生きているのです。しかも、歯科医院に定期検診に行こうと思うだけの意欲と体力があります。 タバコを控えればさらにこの患者さんの健康は維持されることでしょうが、Eさんにとってタバコは人生の楽しみでもあります。そんな楽しみを健康指導の一環とはいえ、奪っていいものだろうか?難しい問題ですが、僕は既に長寿の仲間入りをしているこのEさんにとって、タバコを控えることが、生きる喜び、人生の楽しみがなくなり、結果的に健康の維持に支障が出るように感じたのです。
今日の日記は前後して相反することを書いたのですが、最初に書いたTさんの場合も好きなアルコールを飲む権利は依然として残っていると思います。ただし、後何年生きるかということを考えると、Tさんはまだ天寿を全うしている年齢とは言えません。まだまだTさんを頼りにしている人が周囲に多くいますし、しなければいけない仕事が多々あります。おそらく、主治医もTさんの年齢を考え、これからもっと生きるためにはアルコールを飲むことを放棄することを迫ったのだと思います。Tさんにとっては非常につらいことであることは理解できるのですが、人生の楽しみも命あってのもの。これからもっと生きなくてはいけない立場である場合、人生の楽しみは捨てなくてはならないことも仕方のないことだといえるでしょう。 Tさんには是非、体に負担がかからない人生の楽しみをみつけてもらい、今後の生きる糧の一つとしてもらいたいと思います。難しいこととは思いますが。
|